脳卒中リハビリ

脳卒中片麻痺における正しい座位姿勢の確立

脳卒中片麻痺における正しい座位姿勢の確立

 

(平成28年6月29日 加筆修正)

 

はじめに

今回から実際のリハビリ内容に関しての解説をすすめていきたいと思います。 まずはリハビリを進める上での基本となる、正しい座位姿勢や立位姿勢のとそのバランス機能についての説明を行います。 じつは手足の運動機能を改善したり歩行能力を改善したりするための基礎として、正しい姿勢を作ることはとても大切なことなのです。 我々リハビリの専門家である理学療法士のテキストにバイブルとも言える古典的なテキストがあり、そのタイトルが「正しい正中線(Right in the middle)」(正しい正中線とは身体の中心軸の事です)となっている事でもわかりますね。

脳卒中片麻痺のリハビリを進める上で、身体の軸が真っ直ぐに正しい位置で身体の中心にあれば、肩やそれに繋がる腕や手の動きもスムースになりますし、歩行時の骨盤や股関節の動きと肩の動きの連携もしやすくなり、歩行パターンや歩行バランスも良好になります。

なるべく良い状態で座位姿勢や立位姿勢を保つ事は、その後のリハビリの進捗や健康寿命に大きな影響を与えます。

 

正面から見た座位姿勢のチェックポイント

脳卒中片麻痺では麻痺側の半身の麻痺と感覚障害がおこります。 そのため座ったときに、感覚が弱く不安定な麻痺側のお尻に体重を乗せる事を避けて、健側のお尻にばかり体重をかけて身体を健側に斜めに傾けて座る傾向が認められます。

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(健側に傾いた座位 正面):左の健側のお尻に極端に体重を乗せて座っています。麻痺側に体重をかけるのは怖いのです。バランスをとるために右肩が下がっています。

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(姿勢をなるべく真ん中にもどした座位 正面):正しい姿勢を練習するためになるべく右の麻痺側に体重をかけるようにしています。右肩も正しい高さに戻っています。

この最初の健側に傾いた座り方のまま長期間経過すると肩の位置も左右で変わってしまいます。

最初の写真を見ていただくとお分かり頂けると思いますが、麻痺側の肩が健側の肩に比べて下がってしまっています。

この状態では、麻痺側の腕を上に上げる事は、たとえ麻痺が無くても難しくなってしまっています。

 

さらにこの麻痺側の肩が下がった座位の状態から立ち上がったらどうなるでしょう?

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( 健側に傾いた坐位 正面):立ち上がる前から左の健側に身体が傾いて左に体重がかかっています。

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(健側に傾いた立位 起立):立ち上がろうとしていますが、すでにほとんどの体重が左の健側にかかっています。

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(写真: 健側に傾いた立位 正面):左に傾いた坐位から立ち上がると、立位も左の健側の足に体重をかけた傾いた立ち方になってしまいます。

健側に傾いた座位から立ち上がると、そのまま健側の足に体重を傾け、麻痺側の足になるべく体重をかけないようにした、休めの姿勢になってしまいます。 この状態から歩き始めるので、麻痺側の骨盤が後ろに引けた健側の足に依存した形での歩き方になります。

この歩き方を長期間続けると、膝関節や腰椎・肩などに負担がかかり、反張膝や円背が過度に進行する可能性が高くなります。

 

脳卒中片麻痺の座位姿勢にはどんな問題点があるのか?

大脳皮質から脊髄を通って手足や体幹に運動の信号を伝達する経路には、主に以下の2つの経路があります

  1. 皮質脊髄路

  2. 皮質-網様体脊髄路

このうち姿勢の制御に関わる神経経路は ② 皮質-網様体脊髄路 になります。

  1. 皮質脊髄路は手足の要素的な随意運動を巧緻動作として行うような(手足の運動を自分で意識して細かい作業を行う)運動をコントロールする回路です

  2. 皮質-網様体脊髄路は姿勢制御や全身の筋緊張をコントロールしたり、歩き出しや手足の意識的な動作を始める前に、転んだりしないように無意識のうちに姿勢を調節してバランスをとる運動などをコントロールする回路です

皮質-網様体脊髄路は、大脳皮質の補足運動野と運動前野から始まって、両側の中脳、橋、延髄網様体に投射します。 そこから網様体脊髄路として脊髄を下行しながら、頭頸部から体幹、上下肢を支配する末梢神経に信号を伝達します。

 

皮質-網様体脊髄路の運動コントロールの特徴

  1. 姿勢制御や全身の筋緊張をコントロールしている

  2. 神経支配が両側性支配であるために、片麻痺に対する代償が行いやすく、そのため手足の随意運動に比べて姿勢制御機能は良好に保たれやすい

  3. 補足運動野、運動前野と頭頂葉連合野の連携により『予期的姿勢調節』の機能に関与している

  4. 脳幹にある歩行中枢である、中脳歩行誘発野(MLR)、視床下部歩行誘発野(SLR)、小脳歩行誘発野(CLR)のコントロールに関与している

  5. 脊髄にある中枢歩行パターン生成機構(CPG)のコントロールに関与している

『予期的姿勢調節』とは!

歩行の開始や上肢のリーチ動作などの随意的な運動の開始に先立って、その動作を行うために最適な筋緊張と姿勢を準備する機構で随意的な運動に先立って無意識的に準備されています。

つまり皆さんが歩き出そうとした時に、そのまま足を上げるとバランスを崩して転んでしまいますが、そうならないように、足を上げる直前に、反対側の足に体重を移して、少し体を捻りながら傾けてバランスをとる姿勢制御を、皆さんは常に無意識のうちに行っています。

予期的姿勢調節とは次の目的動作によって起こる姿勢制御の問題をあらかじめ予測して準備することを言います。

 

これまでの説明では脳卒中片麻痺になっても、こと姿勢制御に関しては「皮質-網様体脊髄路」の優れた代償機能によって問題なく解決されるような気がしますね。

 

しかし実際には、多くの皆さんは脳卒中片麻痺の回復過程における姿勢制御の「落とし穴」にズッポリ落ち込んでしまっていることがほとんどなのです。

大変ですね、できるなら「落とし穴」には落ちたくないですし、落ちているなら、なんとかして穴から抜け出したいものです。

 

では脳卒中姿勢制御の回復過程における「大きな落とし穴」に関して解説したいと思います。

 

脳卒中片麻痺の回復過程における姿勢制御の「落とし穴」とは!

皆さんに姿勢制御の「落とし穴」に関して解説するために、まずは正常な姿勢制御に関して少しお話しします。

姿勢制御

1. 代償性姿勢制御

  ① 外からの姿勢を乱す刺激に対する姿勢反射や姿勢反応

2. 先行性姿勢制御

  ① 目的とする動作に対して、これに最適な姿勢を提供する仕組み

  ② 予期的姿勢調節

  ③ 目的動作に先行する feed-forward型の制御

  ④ 動作によって生じる環境と自己身体の関係を予測する高次脳機能に依存する

 

実は皆さんは椅子に座っている時も、じっと動かないでいるようで、実は小さく動いているのです。

まずは皆さんは呼吸しています。 その呼吸する肺の大きさは左右対称ではありません。 心臓も動いていますが、やや左に偏った位置にあります。

そして視線は常に左右に動いて周囲を観察していますし、それに伴って顔も動いています。

手もせわしなく動かして鼻をなでたり膝をさすったりしているかもしれません。

皆さんの身体は、動かずに座っている時にも、ゆっくりとしたウネリの中にいるのです。 そしてそれらの姿勢の変化を無意識のうちに「予期的に調節」し続けています。

 

しかしこれらの無意識の予期的姿勢調節はご自分の手足や背骨が思い通りに動いてこそ可能なのです。

 

では脳卒中片麻痺の身体機能では姿勢制御にどんな問題が出るのでしょうか?

 

脳卒中片麻痺の姿勢制御の問題点!

 

1. 麻痺側の手足が姿勢制御に有効に使えない

たとえ皮質-網様体脊髄路が両側性の神経支配で姿勢制御の機能は比較的に保たれやすいとはいえ、その体幹から生えている手足の随意運動(意識的な運動)は対側性神経支配で片麻痺の影響を受けやすい皮質脊髄路のコントロールを受けています。

ですから姿勢制御自体は上手くできていても、その活動を支える手足の運動が麻痺していては正確に姿勢を制御することはできません。

 

例えば椅子に座っている時に、ただお尻の上にお腹や胸や頭が乗っかってバランスがとれているわけではなく、土台となる骨盤を安定させるために、骨盤から生えている2本の足が軽く踏ん張ることで、バランスをとるお手伝いをしています。

 

しかし片方の足が麻痺していて、上手く動かせない場合は、スムースにバランスをとることができなくなってしまいます。

これは麻痺側の足に踏ん張る力があるかどうかではなく、左右の足に交互に力を入れることで、左右の骨盤の間で重心移動のキャチボールが自然にできるかどうかが大切なのです。

 

この左右の重心移動のキャチボールは左右の腕の振りによる上半身のバランス制御でも、同様のことが言えます。

 

脳卒中片麻痺では麻痺側の手足の強張りや動かしにくさにより、左右の重心移動のキャッチボールが上手にできなくなっています。

 

2. 自己身体の認知情報である身体図式の生成が阻害される

身体図式とは空間における自己身体の姿勢や各部位の状態を表すメカニズムです。

視覚や体性感覚、平衡感覚、前庭感覚、聴覚などの感覚情報を統合して、頭頂連合野で生成されます。

 

脳卒中片麻痺では、神経麻痺による感覚障害だけでなく、慢性的な痙性麻痺に続発する四肢体幹の筋機能不全状態から体性感覚などが障害され、この身体図式の生成が阻害されていると考えられます。

 

このため「身体図式」に依存する傾向がある「予期的姿勢調節」が困難となり、脳卒中片麻痺での姿勢制御ができにくくなるのです。

 

これらの障害から適切な姿勢制御が難しくなることで、脳卒中片麻痺では健側に大きく重心軸を傾けて、健側の骨盤と体幹で姿勢を維持しながら、麻痺側の骨盤が後退し、麻痺側の肩甲帯は健側に比べて下がった位置で固定される、特徴的な姿勢をとるようになります。

 

この状態では適切な姿勢制御機構も働かず、脳幹部の歩行誘発中枢や脊髄の中枢歩行パターン発生器も作動しないため、座位での姿勢制御や歩行運動も、大脳の一次運動野で意識して代償しながらの強張った歩行パターンが引き起こされてしまいます。

 

つまりは自然でなめらかな姿勢制御や歩行ができなくなり、極度に意識的で強張った姿勢の保持や歩行運動が生成されてしまいます。

 

この状態が長く継続してしまうと、脳の可塑性により、脳の運動神経回路に間違った運動調節方法が刷り込まれてしまい、それに伴ってドンドンと不自然な運動パターンが強調される悪循環に陥ってしまいます。

 

皆さんの周りにもいませんか? 健側に上半身を傾けて、麻痺側の手足に極度に力を入れてドスンドスンと歩いている方!(あなたがその人だったならゴメンなさい m(_ _)m )

 

脳卒中片麻痺の座位姿勢をどう改善するか!

脳卒中片麻痺の座位姿勢の姿勢制御を改善するためには、皮質-網様体脊髄路での姿勢制御機能と、皮質脊髄路での手足の随意運動の関連性をきちんと理解した上で、なるべく正しい脊柱と肩甲帯や骨盤の位置関係を実現しながら、体幹と左右の手足の連携による座位姿勢の保持や変換が、スムースにできるように、辛抱強く焦らずに繰り返し練習することが大切になります。

 

つまりは初めは意識して練習していても、いずれは意識しなくても、椅子の上で、左右の骨盤に均等に体重をかけ、左右の肩の高さも同じに揃った状態で、左右の腰や肩に力みがなく、自然にバランスがとれた状態を目指すことが理想になります。

 

座位姿勢の姿勢制御は、その後の立位や歩行の機能改善、手の随意的で細かな作業能力の改善にとってとても重要な土台となります。

 

座位姿勢の左右バランスを改善するリハビリ

この健側に過度に依存した座位姿勢を改善するためのリハビリは、麻痺側のお尻とその足に対して、キチンと踏ん張って体重を支えられるように、麻痺側への重心移動との練習と、重心線を身体の中心にできるように正しい感覚を学習してもらいます。

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( 座位正面 開始)

なるべく左右の身体の傾きがないようにキチンと椅子に座ります
両足は前後を揃えて、肩幅に開きます

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(両手を組んで正面に持ち上げる)

両手の指を組み合わせるように手を組んで、両手を胸の高さまで持ち上げます

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(両手を組んで健側の爪先に組んだ手を持っていく) 組んだ両手を揃えて健側の爪先に持っていきます

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(両手を組んで正面に持ち上げる) いったん元の姿勢に戻します

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(両手を組んで麻痺側の爪先に組んだ手を持っていく) ついで組んだ両手を麻痺側の爪先に持っていきます

この運動を20回くらい繰り返しゆっくり行います
足の位置がずれてしまわないように注意して行ってください

※ これらの運動に関しては、転倒に注意して安全に行ってください。

 

側面から見た座位姿勢のチェックポイント

脳卒中片麻痺に限らず、腹筋や背筋の麻痺や筋力低下、あるいは骨盤を支える股関節周囲の筋群の麻痺や筋力低下により、椅子に座った姿勢で骨盤を真っ直ぐに支える事が難しくなってしまい、骨盤が後ろに傾いた状態になってしまいます。

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(座位側面 麻痺側):骨盤が後ろに傾いて背骨が曲がって円背になっています。

この座位姿勢が長期間続くと、写真で見てもわかるように、円背が進行する可能性があります。

また太腿から膝の裏側にかけた筋肉が短く縮んでしまい、これが腰痛症原因などになってしまいます。

 

座位姿勢の骨盤を真っ直ぐに治すリハビリ

椅子に座っている姿勢で骨盤を真っ直ぐにするために、腹筋背筋のトレーニングや股関節周囲の筋肉のトレーニングと太腿から膝の裏側にかけての筋肉のストレッチを行います。

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(座位側面 開始)
なるべく前後左右の身体の傾きがないようにキチンと椅子に座ります
両足は前後を揃えて、肩幅に開きます

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( 両手を組んで正面に持ち上げる)
両手の指を組み合わせるように手を組んで、両手を胸の高さまで持ち上げます

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(両手を組んでなるべく前に突き出す)
組んだ両手を揃えてなるべく前に突き出します
この時骨盤から前に傾けるように意識して行います

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(両手を組んで正面に持ち上げる)
いったん元の姿勢に戻します

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(両手を両足の真ん中の床につける)
組んだ両手を揃えて両足の間の床面に着けるようにします

この運動を20回くらい繰り返しゆっくり行います
足の位置がずれてしまわないように注意して行ってください

※ これらの運動に関しては、転倒に注意して安全に行ってください。

 

強い腰痛がある場合は無理をしないようにしてください。 この運動を行うに関しては、主治医や担当のリハビリ専門家に相談の上、自己責任で行っていただくようお願い申し上げます。

 

次回は

「脳卒中片麻痺における正しい立位姿勢の確立」

についてご説明いたします。 よろしくお願い申し上げます。

 

最後までお読みいただきありがとうございます

 

 

注意事項

※ このウェブサイトでご紹介する運動内容などは、皆様を個別に評価して処方されたものではありません。 実際のリハビリの取り組みについては皆様の主治医や担当リハビリ専門職とご相談の上行っていただきますようお願い申し上げます。

 

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脳卒中手の機能テキスト02

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