呼吸ケア 人工呼吸器の換気モードの解説 ⑷ PEEP / CPAP
はじめに
これまで一般的な人工呼吸器の換気モードについて解説してきましたが、今回は肺の酸素化能を改善するために、換気モードに付随して行われる PEEP / CPAP に関する解説を行います。
基本的に PEEP も CPAP も持続的に気道内に陽圧をかけることで、気道や気管支を拡げて肺胞の虚脱を防ぐことで肺の酸素化能を改善するものです。
以前は、気管内挿管を行っての人工呼吸管理中の持続気道内陽圧を PEEP と呼び、マスク換気での持続気道内陽圧を CPAP と呼んでいましたが、最近ではこの呼び方は厳密には守られなくなっている印象です。
今回はこの PEEP / CPAP の原理と効果について、初心者が陥りやすい誤解を解きながら、その効果と臨床上注意すべき、陽圧が生体に与える副作用について、なるべく分かり易く解説したいと思います。
よろしくお願いいたします。
持続気道内陽圧とは!
PEEP も CPAP も基本的には同じ、持続的に気道内に陽圧をかけるだけの方法です。
基本原理はCOPD(慢性閉塞性肺疾患・肺気腫・気管支炎)の患者さんが、呼吸をするために自然と習慣的に行うようになる「口すぼめ呼吸」と一緒です。
人工呼吸器をつけると、基本的には気管内挿管や気管切開チューブによって、呼気時の口腔や鼻腔の気道抵抗がなくなり、気道内圧が維持できなくなるため、人工呼吸器の呼気弁に抵抗を加えて、常に気道内に陽圧が残るようにしたのです。
要するに持続的気道内陽圧とは、上気道をバイパスして行う人工呼吸器の呼気時に気道内圧がゼロになってしまうのを防ぎます。
肺胞内の圧が低下しすぎると周囲の臓器によって圧迫され、押しつぶされてしまうのです。
持続気道内陽圧とは、それを防ぐため、呼気弁に圧をかけることで、呼気時の気道内に陽圧を残すものです。
人工呼吸器で PEEP / CPAP が必要になる理由!
人工呼吸器による呼吸管理ではほとんど習慣的に PEEP / CPAP を使用しています。
これは単に習慣だからという訳ではなく、やはり人工呼吸管理に PEEP / CPAP が不可欠だから、ほぼ習慣的に使用することになっていると考えられます。
では人工呼吸管理でなぜ PEEP / CPASP が必須になるのか、その理由を考えていきましょう。
上気道のバイパスによる気道内圧の不足を補う
一般的な人工呼吸器を装着する場合には、気管内挿管を行うか、挿管が2週間以上の長期になる場合には、気管切開を行って 気管切開チューブによる挿管を行います。
この時に、気管内挿管によって、声帯や鼻腔などの空気の流れに対して抵抗が高い部位がバイパスされてしまいます。
口腔から挿管する一般的な気管内挿管は、挿管チューブが細く長いため。チューブ自体に、一定の気道抵抗があります。
しかし気管切開を行なって挿管する気管切開チューブの場合は、それらの制限がなく、太く短いチューブによって、完全に声帯や鼻腔をバイパスして、喉元から換気を行います。
そのために呼気時の気道抵抗が非生理的に低下してしまいます。
このために気道内圧や肺胞内圧が低下しすぎてしまい、気管支や肺胞が周囲の組織によって押しつぶされてしまい、肺胞虚脱が起こります。
そのために、特に気管切開チューブによる人工呼吸管理を行う場合には、上気道(声帯や鼻腔)の抵抗がバイパスされて、気道内圧が低下する分を考慮して、あらかじめ 数 cm H2O の PEEP をかけておくようにします。
周囲の肺組織の炎症などの影響による肺胞の虚脱を防ぐ
人工呼吸管理を行う必要があるということは、呼吸器に肺炎などの疾患があって、問題が起こっているということです。
つまりなんらかの呼吸器の問題で、肺コンプライアンスが低下して、肺が硬くなっていたり、気道抵抗が上昇してしまっていることで、呼吸筋に負担がかかって、呼吸筋疲労が進行しているから、人工呼吸管理が必要になったのですよね。
ですから人工呼吸器の装着されている肺には、なんらかの問題がある場合がほとんどです。
肺のコンプライアンスが低下して、肺が硬くなっているということは、その肺胞や肺胞の周囲に炎症があったり、水が溜まる(肺水腫)などの問題があるということです。
そうなるとどうなるかというと、当然のように肺は押しつぶされて換気できなくなり易くなっています。
肺胞が潰されて虚脱してしまえば、それは肺内シャントが形成されることになるので、肺の酸素化能は低下してしまいますよね。
ですからこれらを予防するために PEEP をかけて肺胞内圧を高めにすることで、肺胞の虚脱を防ぐのです。
気管支の圧迫による換気の障害を防ぐ
また問題が肺胞やその周囲でなく、気管支やその周囲にある場合にも、肺内シャントが増加してしまいます。
例えば慢性気管支炎によって、気管支壁に炎症が起こり、気道が閉塞もしくは狭窄している場合に、PEEPによって気道内圧を高めることで、気道を再拡張して、通気を促すことができます。
万一気道が閉塞したまま、長時間が経過すると、その気管支の先にある肺胞内の空気は、周囲の毛細血管によって吸収され、肺胞が虚脱してしまいます。
これによって発生するのが、無気肺です。
無気肺が増加することは、肺内シャントが増加して、肺の酸素化能の低下を引き起こします。
PEEP と CPAP の違いについて
一般的にはPEEP も CPAP も持続的な気道内陽圧ですから、ほぼ一緒です。
言葉の住み分けとしては、一般的な気管内挿管によって行われるコンベンショナルタイプの人工呼吸器に組み込まれているモードが PEEP であり、専用のマスク等を使用して行う BiPAP などの非侵襲的人工呼吸器に組み込まれているモードを CPAP もしくは EPAP と呼んでいるように思います。
気管内挿管をして行う人工呼吸器 = PEEP
マスクBiPAPで行う非侵襲的人工呼吸器 = CPAP / EPAP
まあほぼ言い方の問題と考えて間違いありません。
気道内陽圧の生体に与える影響について
私たちの普段の自発呼吸は横隔膜が緊張することで、そのドームを引き下げて、それによって胸郭と肺が拡げられて、胸腔内圧や肺胞内圧が「陰圧」になることで、肺に空気を吸い込んでいます。
これに対して、一般的な人工呼吸器は「陽圧」で肺内に空気を押し込んでいます。
この肺内に空気を「引き込む」陰圧呼吸と、空気を「押し込む」陽圧呼吸では、生体に与える影響も大きく異なります。
換気血流比の不均等分布の増大
まずは肺胞の解剖学的な構造を考えてみましょう。
肺胞は肺胞内皮細胞による薄い膜で肺胞の袋を作っています。
そしてその周囲に血管内皮細胞によって形成された毛細血管が肺胞を取り囲んでいます。
そしてこの肺胞上皮細胞と血管内皮細胞の2枚の膜を通じて、酸素と二酸化炭素が拡散現象によるガス交換をしています。
正常な陰圧による自発呼吸の場合は、胸郭や肺が拡げられることで、胸腔内圧も肺胞内圧も共に陰圧になります。
ですから肺胞と一緒に周囲の毛細血管も拡げられて血流が増すことで、よりガス交換が有利になります。
しかし陽圧による人工呼吸管理の場合は、肺胞内に陽圧で吸気を行います。
そのために肺胞の周囲の毛細血管は、肺胞の陽圧に圧迫されて血流が流れにくくなります。
このため、人工呼吸器による陽圧換気では、肺胞換気量の増加に比べて、肺胞毛細血管の血流量が減少して、換気血流比不均等分布が増大してしまいます。
ですから陽圧人工呼吸器では、適正なガス交換を維持するために、正常な分時換気量よりも3割~5割程度多めの分時換気量が必要になるのです。
中心静脈及び心房への静脈還流の阻害
心臓が適切に全身に血液を循環させるためには、一旦左心室から送り出した血液が、適切に右心房に戻ってこなくてはなりません。
でないと左心室が送る血液が不足して空打ちになってしまいます。
正常な陰圧による自発呼吸では、吸気時に横隔膜のドームが引き下げられることで、胸腔内圧が全体的に陰圧になっています。
ですから自発呼吸の吸気に合わせて、肺内に空気が吸い込まれると同時に、胸郭内の中心静脈や右心房にも、腹部や頭部の静脈から、静脈血が引き戻されるように作用します。
ですから正常な自発呼吸は、右心房への静脈の還流を助ける働きがあるのです。
しかし陽圧による人工呼吸管理で PEEP を使用した場合には、胸腔内は常に陽圧になってしまいます。
そのために右心房への静脈の還流が阻害されてしまいます。
右心房に十分に静脈が戻らなくなると、身体は循環血液量が不足していると錯覚してしまいます。
そのために抗利尿ホルモンが分泌され、腎臓での水分の再吸収が促されて尿量が減少します。
ですから人工呼吸管理を開始すると尿量が減少してうっ血傾向になりやすくなるため、利尿剤の投与が行われるのです。
心臓のポンプ機能の阻害
陽圧による人工呼吸管理は、心臓のポンプ機能にも影響を与えます。
胸郭は上と前後左右を肋骨で囲まれ、底面は横隔膜があります。
そのきっちり囲まれた胸郭の中には、主に左右の肺とその真ん中に心臓があります。
人工呼吸器の PEEP による陽圧が常に胸腔内にかけられていると、肺は常に陽圧で膨らんでいることになります。
そうなるとその左右の肺に挟まれた心臓は、常に肺に圧迫され拡がりにくくなっています。
ちょうど心タンポナーデのような現象でしょうか?
そのために、高い PEEP 圧をかけていると、心臓の機能に悪影響を及ぼしてしまいます。
本来の PEEP は肺の酸素可能を改善する大切なモードです。
でも心臓には悪影響しかありません。
昔の ICU では、呼吸器内科と循環器内科が共同で同じ患者さんをみていた場合、よく呼吸器内科医が上げた PEEP を、循環器内科医がすぐに下げてしまい、またそれを呼吸器内科医が上げるなんていう無言の戦いが繰り広げられていました。
現在では相互のケアの理解が行われて、平和的に話し合って PEEP圧を決めています。
何と言っても心臓と肺はお互いに強く関連している臓器ですから。
まとめ
今回は、肺の酸素化能を改善するために、一般的に使用される PEEP / CPAP について基本的な効果と仕組み、生理的な影響(副作用)について解説しました。
最後までお読み頂きありがとうございます。