小児リハビリ 我が子の手の運動学習機能を高める戦略的スキンシップ方法
はじめに
小児のリハビリテーションで、子供の手の機能を発達させ麻痺を改善していくことは、とても大切なことです。
今回はご両親が少し手の空いた時間に、お子さんに戦略的にスキンシップを行うことで、お子さんの手の機能の発達を促し、麻痺の改善のチャンスを増やす、戦略的スキンシップ方法の解説を行います。
手の運動学習機能を阻害する要因とは?
大人の麻痺と子供の麻痺の違いについて!
大人の脳卒中などの手の麻痺と、子供の麻痺や運動障害は何が一番違うのでしょう?
それは大人の場合は「すでに自分の手が何ができるのか」を本人が知っているということです。
これまで健康に生活してきて、ある日突然に手が麻痺して使えなくなったのです。
ですから何とか手の麻痺を治して、昔の様に生活できる様になろうと必死に努力します。
子供の麻痺の注意点
しかし生まれつき手が動かしにくいお子さんの場合はどうでしょう?
そのお子さんは、まず第一に自分の手が何のためにあるのかすら知りません。
成長していく過程で、少しずつ手を動かして、自分の手が何のためにあるのか、どう使えばいいのかを運動学習していきます。
しかしお子さんには一つ運動学習を大きく妨げる問題があるのです。
それは何なのでしょう?
肩や腕の筋肉の強張りが運動学習を妨げます!
実はナニがお子さんの手の運動学習を妨げるのかというと、それは「肩や腕の筋肉の強張り」です。
あなたのお子さんの肩をよく見てください。
肩が怒り肩になって、首がほとんど見えないくらいに肩が引き上げられていませんか?
腕はどうでしょう?
腕の筋肉を軽く揉んで見てください。
腕の筋肉が硬くシコって強張っていませんか。
本来は子供の腕の筋肉は柔らかくプニプニしています。
「でもうちの子は麻痺があるから筋肉が緊張して硬いのはしょうがないでしょう」って仰いますよね。
ところが本当はそうでもないのです。
肩や腕の筋肉の強張りはほぐせる可能性があります!
あなたは、あなたのお子さんが保育器から出されて初めて抱いた時から、お子さんの肩が顎にくっつくくらい強張って、腕もカチカチだったので「ああ! うちの子は麻痺があるからこんなカチカチな子なんだ!」と思い込んでしまっています。
確かに麻痺によっては筋緊張が出やすいケースもあります。
ケイレン発作があれば、それだけ筋緊張が高まる傾向は強くなります。
でもお子さんの肩や腕の筋肉が強張る原因はそれだけではないのです。
生まれてすぐの体調が良くない時期の筋肉の強張り
親であるあなたも、「痛いこと」や「怖いこと」や「辛いこと」をされたら、肩に力が入って体をすくめる様にして強張りますよね。
あなたのお子さんもそうなのです。
別に病院でお子さんをいじめた訳ではないのですが、医療行為というものは、大体が「痛くて」「怖くて」「辛い」ものです。
あなたのお子さんは生まれ落ちた瞬間から、それに直面し続けているのです。
さらに体調が悪いと、自律神経のバランスが崩れて、交感神経が緊張したりします。
するとさらに筋肉は緊張して固まりやすくなっていきます。
そうして筋肉が強張っていると、筋肉の筋線維への血液の流れも制限される様になっていきます。
そうしてさらに肩や腕の筋肉が強張っている「悪循環スパイラル」に陥ってしまうのです。
あなたのお子さんにも、多かれ少なかれこんな現象が起きている可能性があります。
運動制御が上手くできないと筋肉が強張ります
肩や腕の筋肉がいったん強張ってしまうと次にはもっと大変なことが起こります。
肩や腕の筋肉が強張ってしまうと、その筋肉の線維内の感覚センサーである「筋紡錘」や「ゴルジ腱器官」などがキチンと働かなくなってしまいます。
そうなると肩や腕を動かそうとした時に、実際にどのくらい自分の肩や腕の筋肉に力が入っているのか、どのくらい動いたのかが、サッパリ分からなくなってしまいます。
つまり脳の運動野が肩や手を動かそうとして、手に動作の指示を出した時に、その指示に対して実際に手がどう動いたのかの返事が戻ってこないことになります。
そうなると脳の運動野は混乱してしまいます。
混乱した脳の運動野は、変な信号を出し始め、さらに肩や手の筋肉を強張らせたり、実際には感じていないはずのシビレ感や痛みを脳の中で作り出してしまうリスクが高まります。
筋肉が強張ると運動制御がうまく出来なくなってしまいます。
つまりそれは運動制御ができないということは、運動学習も出来ないということになります。
肩や腕や手の筋肉が強張っていると、それらを自分で動かすための「運動学習」自体が出来なくなってしまうのです。
運動制御と筋肉の強張りが問題だと身体図式の生成が出来なくなります
あなたは「身体図式( Body Shema)」という言葉をご存知ですか?
この身体図式と一般的な身体イメージとは基本的に違います。
身体イメージとは、「背が高い」とか「太っている」とは「丸顔」だとかのイメージです。
身体図式の場合は、例えが難しいのですが、例えばあなたが目の前の段差を見た時に、それを一歩で乗り越えられるかどうかは、段差の高さを見ただけで大体予測が出来ますよね。
例えば大きなテーブルの向こう側の端に、ハサミが置いてあって、それを椅子に座ったまま手を伸ばして取ろうとした時に、手が届くか届かないかも、大体の見た感じで分かります。
これが身体図式です。
そしてこの身体図式は、自分の動作と周囲の環境を結びつけて、適切な動作をするためにはとても大切なものです。
また運動学習を行う上でも必須の感覚情報となります。
この身体図式は、脳の視覚野と運動野などが連携して作り出します。
そしてこの身体図式を正確に作るために必要な情報が、⑴ 皮膚感覚 ⑵ 筋肉や関節などの固有感覚 ⑶ 視覚 の3つになります。
ここでも筋肉の感覚センサーが上手く作動することが求められていますね。
筋肉の強張りと運動学習の制限
これまでご説明してきた様に、筋肉が強張っていると運動学習が上手く出来なくなってしまう様です。
では実際には、肩や腕や手の筋肉が強張ってしまっていると、お子さんの身体にどんな影響が起きているのでしょうか?
それを今から整理してみたいと思います。
肩をすくめていると腕が挙がりません!
まずはご自分で肩を思い切りすくめてみてください。
その状態で両手を前から、頭の上まで挙げてみましょう。
どうですか? ちゃんと挙がりましたか?
挙がらないですよね!
肩をすくめていると、手はほとんど首ぐらいの高さまでしか挙がりません。
ですからあなたのお子さんが、肩が緊張してすくめてしまっている場合は、その手はどう頑張っても自分の顔を触れません。
せいぜい胸の前で手をブラブラさせるくらいが限界です。
そうなるとお子さんは、自分の手は最初からそのぐらいしか動かないものだと認識してしまいます。
胸の前でブラブラするくらいの、大して役に立たない器官になってしまっています。
こうなると積極的に手を使って、脳を発達させていくことはできません。
せめて手が自由に動かせるくらいのことがなければ、子供は「自分で手を動かして色々なことが出来る」可能性にすら気づくことができないのです。
固有感覚の感覚フィードバックがない!
あなたのお子さんが運動学習を効果的に進めていくためには、筋肉や関節の運動感覚や筋肉がどのくらい力を出しているかなどの感覚情報が脳にフィードバックされる必要があります。
脳の運動野による運動制御がどの様に行われ、それがどう運動学習に繋がるかを、少し考えてみましょう。
運動制御の仕組み
⑴ まず前頭前野で「運動の目的」が規定されます。 つまりは動作には「目の前のカップの水を飲もう」などの目的が必要になります。
⑵ ついで、前頭前野のすぐ後ろにある高次運動野で、目的の動作を行うための運動プログラムが作られます。 これは「具体的な手を意識的に動かすプログラム」と「それを行うための姿勢制御プログラム」の2つが作られます。
⑶ 「姿勢制御プログラム」は脳幹網様体から脊髄を通って、背骨の周囲の脊柱起立筋群などを調節して姿勢制御を行います。
⑷ 「具体的な手足を意識的に動かすプログラム」は高次運動野から一次運動野に送られ、そこから手の動きを制御する指令が出されます。
⑸ 手を動かす指令を出した時に、同時に手に対してどんな指令を出したのかの記録が残されます。(遠心性コピー)
⑹ 指令に従って手の動作を行います。
⑺ この時に実際に手がどう動いたかの感覚情報がフィードバックされます。
⑻ その感覚フィードバックと運動指令の記録を照合して、さらに動作を適正に調節します。(動作の適正化)
⑼ この運動制御を繰り返しながら、データを蓄積していって運動学習を行います。
この時に肩や腕や手の筋肉が強張っていると、筋肉の感覚センサーが働かないので、感覚フィードバックが行われません。
そうなると感覚フィードバックと運動指令(遠心性コピー)の照合と運動の最適化も行われずに、運動学習も成立しないことになります。
つまり手足の筋肉が強張ったまま麻痺を治すための運動をすることは、壊れたキーボードをタイプして、パソコンにプログラムを入力しようとしているようなものなのです。
これでは運動学習の行われませんし、麻痺も治りません。
しかも脳で運動指令がなされた後で、実際の運動からの感覚フィードバックが脳に戻されないと、脳の運動神経回路が混乱して、手足の筋肉をさらに強張らせてしまうことが分かっています。
ですから強張った手足は、ほおっておくとさらに強張ってしまうのです。
逆にいったんほぐれ出して、運動制御が正常に作動し始めると、筋肉がドンドンほぐれ出す現象が起こります。
麻痺の種類によって程度の差はありますが、本当ですよ!
そもそも痛ければ動かさない!
さらに運動制御時の感覚フィードバックが行われずに、運動神経回路が混乱すると、感覚にも混乱を起こします。
その結果、肩や腕や手に、シビレ感や痛みを感じてしまうようになる場合があります。
また強張った筋肉を無理やり動かされると痛みが出ます。
自分で動かそうとしても痛みが出ます。
そうすると自分から積極的に手を動かそうとしなくなるのは、当たり前のことですよね。
自分から動かさなければ、運動学習も出来ませんし、麻痺も治りません。
当たり前のことです。
ですからなるべく筋肉の強張りをほぐして、痛みを少なくしておく必要があるのです。
戦略的スキンシップ方法とは
子供の肩や腕や手の筋肉をほぐすことが大切なのはわかりました。
では実際にはどんな風にほぐしてやればいいのでしょうか?
そんなに難しく考えることはありません。
お子さんの肩や首や腕や手の平や指に優しく触れながらマッサージをしてやれば良いのです。
触り方はそんなに難しくありません。
いくつかポイントになる場所がありますので、その部分の筋肉に対して、次のようにマッサージしていきます。
マッサージ方法
⑴ まずはターゲットになる筋肉の表面の皮膚に沿って軽くさするように何回も手の平を動かします。
⑵ 皮膚の表面が柔らかくなってきたら、筋肉の腹を軽く揉むように、親指と反対側の4本の指で軽く挟むようにして揉んでいきます。
⑶ 筋肉が柔らかくなってきたら、さらに親指の指先の腹を、やや深めに筋肉の中に押し付けるようにします。
⑷ すると押す場所によって、筋肉の中に「固いしこり」が触れる場合があります。
⑸ その「固いしこり」を時間をかけて優しくゆっくりと親指の腹で揉んでやります。
⑹ そうすると徐々に「固いしこり」が小さくなって消えてゆきます。
⑺ そうすると、その筋肉が全体的に柔らかくなってきます。
具体的にはどう触ればいいの?
首のマッサージ
首の筋肉で重要なのは「頭板状筋」です、首の後ろ側を左右から挟むようにして揉み解してやります。
肩甲挙筋のマッサージ
肩甲骨の内側の端と首の付け根の間ぐらいに、筋肉の「固いしこり」が触れる場所があります。 そこを重点的にマッサージしてやります。
三角筋のマッサージ
肩の付け根の、肩パッドのように盛り上がった筋肉です。 この筋肉の盛り上がりを全体的に掴むようにしてマッサージします。
二の腕のマッサージ
二の腕の「力こぶ」の部分(上腕二頭筋)と、その反対側の「腕の裏側の筋肉」(上腕三頭筋)をマッサージします。
前腕のマッサージ
肘のすぐ下から手の方向にかけての筋肉の盛り上がった部分のマッサージを行います。
親指のマッサージ
親指の付け根の筋肉の盛り上がり(母指球筋)をマッサージします。
指のマッサージ
手の平側の指の節の間にある筋肉の盛り上がりをマッサージします。
まとめ
お子さんの手の運動学習を妨げる要因として、筋肉の強張りによる感覚フィードバックの低下があります。
感覚フィードバックが起こらないと、運動制御回路が働かず、運動学習が成立しません。
また脳の運動制御回路が混乱して、さらに手の筋肉を強張らせてしまいます。
運動制御回路が適正に動いていれば、手の筋肉は自然とほぐれる傾向にあります。
また肩甲帯や関節の運動が妨げられることで、腕がうまく動かせない場合には、手を使うこと自体を学習できない場合もあります。
これらの問題を解消するために、戦略的スキンシップとして、肩や腕の筋肉のマッサージをお勧めします。
最後までお読み頂きありがとうございます。
注意事項!
このサイトでご紹介している運動は、あなたのお子さんの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。