はじめに
進行性核上性麻痺(PSP)は進行性の神経難病です。
症状は、パーキンソン症状と呼ばれる、筋肉のこわばりや、動作のスクミが特徴的です。
つまりは手足の麻痺ではなく、手足の運動制御が上手くいかなくなる病気だという事が分かります。
そして病気の進行とともに、何かの動作をしていて、急ににっちもさっちも動かなくなる、そんな現象が起こる場合があります。
たとえばテーブルの椅子に腰掛けようとしていて、座っている途中で、腰をかがめたまま、全く動けなくなったりします。
またはデイサービスの送迎車に乗ろうとして、車椅子から送迎車の座席に、乗り移ろうとしている途中で、まったく身体がかたまってしまう事もあります。
やっている本人も、介護しているご家族も、これにはほとほと参ってしまいます。
この動作の途中で、急に動けなくなって、動作ができなくなる現象は、いったいどうして起きるのでしょう?
またどんな対処方法が効果があるのでしょう?
今回はPSPの、動作の途中ですくんで動けなくなる症状の原因と、家族の対処方法について解説してみたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
進行性核上性麻痺(PSP)の動作が急にすくんで動けなくなる原因は?
進行性核上性麻痺(PSP)の場合、手足の運動機能が、完全に麻痺してしまっている訳ではありません。
なぜならばある動作について、出来る場合と出来ない場合があるからです。
これは手足を動かす運動神経が麻痺しているのではなく、その運動を、脳のもっと上のレベルで制御する機能が、いわば不安定になっているのです。
手足を動かす運動神経が麻痺しているのであれば、どんな時にも手足を動かす事は出来ないはずです。
しかしPSPの場合は、普段はほとんど動けないにも関わらず、急に歩いて居間のテレビを見にきたりします。
でも患者さん本人は、急に動けた事を、まるで意識しておらず、無意識のうちに動いてしまっています。
実はこの「無意識のうちに動けてしまう」というのが、重要なポイントになります。
進行性核上性麻痺(PSP)は、脳の大脳基底核の機能が障害される病気です。
この大脳基底核とは、大脳皮質のすぐ下にあります。
そして大脳基底核の機能のひとつに、「動作を自動的に行う」というのがあります。
大脳基底核が制御する動作の自動化とは?
あなたがテーブルの上の、グラスの水を飲もうとした時を想像してみてください。
あなたは「グラスの水を飲もう」と思っただけで、自然と腕が動いて、気がついたら口元にグラスが来ていて、水を飲んでしますね。
この時に、あなたは肘の伸ばし方や、指の動かし方を、特に意識する事はありません。
日常の慣れた動作であれば、あなたは特に意識しなくても、自然とその動作を行うことが出来るのです。
この「日常の慣れた動作を自動的に行う」ことをやっているのが、大脳基底核なのです。
ですから進行性核上性麻痺(PSP)になって、大脳基底核の機能が障害されると、自然な感じで自動的に動くことが出来なくなってしまうのです。
大脳基底核で自動化された動作を制御する仕組みは?
この慣れた日常の動作の自動化ですが、慣れていない初めての動作は、自動化することができません。
初めて行う動作の場合は、大脳皮質の運動野で制御して行います。
大脳皮質の運動野での運動制御は、意識して考えながら動かすスタイルになります。
ですから初めての動作の場合、シッカリと集中していないと、失敗してしまうのです。
しかし慣れない動作でも、何回か繰り返すうちに、その動作に慣れて来ます。
これは大脳皮質の運動野に、その運動パターンがシッカリと記録されたことになります。
そうなるとその後は、あまり意識しなくても、その動作ができるようになってきます。
実は大脳基底核は、大脳皮質の運動野に記録された運動パターンの中から、その時の状況に応じて最適な運動パターンを選び出す働きをしています。
ですからいったん大脳皮質の運動野に、その運動パターンが記憶されてしまえば、あとはその状況に合わせて、大脳基底核がパターンを選び出して、自動的に実行するだけになります。
野球のバットの素振りも、剣道の竹刀の素振りも、すべてはこの大脳皮質の運動野に、キッチリと運動パターンを記録して、それを大脳基底核が上手に引っ張り出せるようにする練習なのです。
よく剣道の極意で「無想剣」なんて言って、「何も考えずに相手と対峙すれば、あとは自然に剣が動いて相手を打ち倒す」なんて、カッコいいこと言ってますが、これなんかは、大脳基底核の機能が究極に高められたケースですね。
進行性核上性麻痺(PSP)ではどうして動作がすくむのか?
では進行性核上性麻痺(PSP)で、大脳基底核が障害されて動作がすくむのはどうしてでしょう?
実はPSPで大脳基底核が障害されると、大脳皮質の運動野に記録された運動パターンを、適切に選び出すことが出来なくなるのです。
先程の、椅子に座ろうとしていて、急に腰をかがめた姿勢のまま、動作が止待ってしまう現象を例にとってみましょう。
この時の動作のすくみは、椅子に座ろうとする動作と、バランスが不安定だから目の前のテーブルにしがみつこうとする動作が、同時に選択されてしまって起こります。
本来であれば大脳基底核で、椅子に座る動作を優先して、しがみつく動作に制限をかけるのですが、それが出来なくなってしまいます。
ですから一人の人間の中で、「疲れたから椅子に座ろうとする動作」と「腰を屈めると転びそうで怖いからテーブルにしがみついて転ばないようにする動作」が同時に起こってしまい、にっちもさっちも行かなくなるのです。
これはその場では、患者さん本人にも、どうすることもできない、困った自体なのです。
患者さん本人が、一番焦って困っていますから、絶対に怒ったり、動作を急かしたりしないでくださいね。
逆効果になりますよ。
進行性核上性麻痺(PSP)の動作がすくんで動けない時の対処方法!
このPSPの動作がすくんで動けなくなった時には、決して患者さんを急かして焦らせてはいけません。
「ほらお父さん、早く動かないとみんな待ってるわよ」なんて怒るのは最悪です。
なぜならば、この時に大脳基底核を焦らせると、慌ててさらにいろんな運動パターンを引っ張り出してしまい、もっと体がこわばって動かなくなるからです。
事態はさらに複雑化してしまいます。
この対処方法としては、まずは介助者がシッカリと落ち着いていなければなりません。
そうすることで患者さんも、落ち着いて考えることができるようになるからです。
そしてもっと具体的で細かい動作の指示を、ゆっくりと患者さんに対して行うようにします。
「まずは右の肩から力を抜いて」
「次に左の肘をもう少し伸ばして」
「ゆっくり両膝を曲げてごらん」
なんて感じに、具体的で単純な動作を、ひとつひとつ指示していきます。
そうすることで、動作の制御を大脳基底核ではなく、大脳皮質が優先して行うように仕向けてやります。
そうです、これはその動作を初めて行う、初心者に対するアドバイスを行うことなのです。
実は大脳基底核は、動作を熟練する中枢でもあります。
ですからPSPの患者さんは、日常のすべての動作に対して、初心者になってしまったのです。
ですからまるで初めての動作に対して、緊張してかたくなって、すくんでいるのだと考えてください。
簡単な日常の動作に対して、赤ちゃんや子供に対するように、ゆっくりと指示してあげる感じで、介助してあげてください。
そうすると結構いろんな動作ができるようになりますよ。
よろしくお願いします。
まとめ
進行性核上性麻痺(PSP)の動作のすくみは、大脳基底核の障害により、大脳皮質の運動パターンが、うまく選択できなくなって起こります。
そのための対処方法として、赤ちゃんや、まったくの初心者に対するように、簡単で具体的な指示を、ゆっくりと与えてやることで、動作がすくまずにできるようになります。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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