はじめに
脳性麻痺は周産期の様々な問題、たとえば感染症や、早産などの問題で、脳の神経細胞に障害が起こり、そのために運動発達が十分に達成されません。
また小児のリハビリテーション では、脳性麻痺だけでなく、さまざまな問題によって、脳の神経細胞に障害をもった子供が対象になります。
それはたとえば、奇形の問題であったり、遺伝子の問題であったりします。
これらの小児の運動発達の障害に対して、ニューロリハビリテーション によるアプローチによって、一部の子供達の運動発達が、劇的に改善されることが分かってきました。
これまでのリハビリでは姿勢制御が安定せず、最終的には脊柱側弯が進行したり、手で物を持つことができなくないままのお子さんが、普通に椅子に座れたり、手でオモチャを操作できる様になるぐらい回復する様になっています。
しかしニューロリハビリによって、以前よりは回復の程度が良くなってきていても、やはり回復にある程度の制限があるケースも沢山あります。
この違いはどこから来るのでしょう?
今回は、ニューロリハビリテーション によって、劇的に回復するケースと、回復に制限がかかるケースの違いについて、解説してみたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
ニューロリハビリテーション のポイント!
小児ニューロリハビリテーション は、成人のたとえば脳卒中のニューロリハビリテーション などに比べて、より成果が出やすいアプローチです。
どうして小児のニューロリハビリテーション は成果が出しやすいのでしょう?
実は脳性麻痺などの小児の運動発達の障害は、生後の「身体図式」の発達の障害が主な原因となっていたことが分かっています。
この「身体図式」とは、簡単にいえば「自分には手足が生えていて、それにはこんな働きがある」と言う、主観的な自分の身体に対するイメージです。
健康なお子さんの場合、この「身体図式」は生後の数ヶ月間のあいだに自然と育っていきます。
健康なお子さんは、生まれてから、まずは目の前で両手を動かして、手と手をぶつけたり、手と手を組み合わせたりして、手の「身体図式」を育てます。
ついで赤ちゃんは、両足をグンと目の高さまで持ち上げてきて、自分の手で足をいじってみたりします。
そうやって足の「身体図式」を育てます。
さらには足を持ち上げて遊んでいるうちに、バランスがくるって、コロンと寝転がってしまったりします。
そうすると赤ちゃんは、自分の身体を寝返りさせて、うつ伏せになることを覚えます。
そうして体の軸に対する「身体図式」を育てていきます。
この様に、健康な赤ちゃんの場合、周囲の大人が特に何もしなくても、自然と「身体図式」を育てることができるのです。
しかし脳性麻痺などのお子さんは、自力では「身体図式」を育てることができません。
そしてそれが運動発達を阻害する、最大の原因となっているのです。
「身体図式」はなぜ大切なのか?
脳性麻痺などのお子さんが、運動発達が障害されてしまい、将来的に様々な経験が積めなくなって、人として成長する機会を失うことが、大きな問題です。
そのために小児リハビリテーション では、運動発達を促すことに、最大限の注力をしていきます。
これまでは漠然と、周産期の問題によって脳の神経機能に問題が起こったために、神経細胞が正常に発達しないのだと考えられてきました。
しかし脳科学の進歩により、脳の神経機能の構造が、細かく解明されるにつれ、脳性麻痺の赤ちゃんの「身体図式」の未発達が、運動発達を阻害する大きな原因であると分かってきたのです。
どうして「身体図式」が発達していないと、運動発達が行われず、手足が麻痺したままののでしょうか?
その理由は簡単です。
たとえ赤ちゃんの運動神経細胞が障害されていなかったとしても、その赤ちゃんの「身体図式」が発達していない場合には、その赤ちゃんは自分に手足が生えていることを理解していません。
もっと言うと、自分の体から生えている、この手足が何なのかを理解していないのです。
使い方や働きが分かっていなければ、それを動かせる様にはなりません。
ですからたとえ運動神経系の神経細胞が障害されていなかったとしても、それらの神経細胞が、前頭前野から命令を受けて活動することはないのです。
運動神経が使われなければ、運動神経が成長することもありません。
それはつまり「運動発達が起こらない」と言うことになりますね。
自分に手足が生えている事が分かっていなければ、それを使える様になる訳がありません。
つまりはそう言う事です。
なぜ脳性麻痺の赤ちゃんは「身体図式」を自力では育てられないのか?
では脳性麻痺の赤ちゃんは、どうして「身体図式」を自力で育てられないのでしょうか?
脳性麻痺の赤ちゃんは、身体の様々な臓器が未成熟のまま生まれてきます。
たとえば肺や気管支が未成熟のまま生まれてきて、人工呼吸器が必要であったり、気管切開してチューブを入れる必要があったりします。
同じ様に、脳性麻痺の赤ちゃんは、脳の神経細胞も未成熟のまま生まれてきます。
ですから生後の数ヶ月間のあいだに、上手に手足を動かして、自分の手足の存在と動かし方を確認する事ができません。
そのために「身体図式」が育ちそこなってしまうのです。
ですからニューロリハビリテーション のアプローチでは、無理やり強制的に「身体図式」を育てるためのアプローチを行います。
そうやって「身体図式」を育てることに成功すると、そのお子さんには運動発達の可能性の芽が出てくるのです。
ニューロリハビリテーション によって運動発達が良くできる子とできない子がいるのはなぜか?
しかしニューロリハビリテーション で「身体図式」を育てても、容易には運動発達が起こらないお子さんもおられます。
この「身体図式」を育てることで、容易に運動発達が起こってくるお子さんと、なかなか起こらないお子さんがいるのは、いったい何故なのでしょうか?
それには以下の様な原因が考えられます。
⑴ 「身体図式」を育てる事が難しいお子さんがいます
「身体図式」は、脳の単一の部位で作られるものではありません。
脳の大脳皮質のとても沢山の領域が連携して働くことで、この「身体図式」は作られています。
たとえば大脳皮質の視覚領域と体性感覚領域が連携して、手足の動きや位置を把握します。
その情報が運動野に送られて、実際の動きの中で、自分の手足の状態を把握していきます。
そのほかにも様々な神経領域が「身体図式」を作り出すために、関与しています。
これら関係する神経領域の、どれかひとつでも神経細胞に大きな障害が発生していた場合、この「身体図式」を育てる事がとても難しくなります。
つまりはその障害されている部分が、ボトルネックになって、その他の領域の成長の足を引っ張ってしまいます。
そうする事で身体図式が育たなくなるのです。
「身体図式」が育たないと、運動発達も起こりにくいままになってしまいます。
⑵ 「身体図式」を育てても運動神経細胞に強い障害がある場合は大変です
「身体図式」を育てることに成功すると、自分の手足の使い方を理解しますから、脳の前頭前野から、手足を動かすための運動野の運動神経に、ドンドンと命令が送られます。
それはまるで芽が出ないまま土の中で眠っていた花の種に、水や肥料が豊富に降り注がれる様に、命令の雨が未成熟な運動神経細胞に降り注ぎ始めます。
そうするとまるで花の種が芽を出して花が咲く様に、運動神経も活動を始めるのです。
しかし脳性麻痺やその他の病気のお子さんの中には、脳の運動神経細胞が未成熟なのではなく、大きく障害されているお子さんがおられます。
生まれてくるときの低酸素や感染症が、とても重症であった場合、運動神経細胞が十分に発達しなかっただけでなく、死んでしまう場合もあります。
その死滅してしまった運動神経細胞の数が、とても多かった場合には、「身体図式」を育てただけでは、容易に運動発達が起こらないことになります。
それにはさらにニューロリハビリテーション のアプローチを辛抱強く継続して、失われた神経細胞を再生させるための、気の長いアプローチが必要になってしまいます。
それにはとても長い期間が必要になりますし、完全な運動発達の可能性も低くなります。
どこで運動発達ができにくいか見分ければいいのか?
ではお子さんのどこに注意すれば、ニューロリハビリテーション のアプローチで「身体図式」を育てることで、良好な運動発達が起こる子供なのか、それが難しい子供なのか見分ける事ができるのでしょう?
じつは現状のニューロリハビリテーション の技術レベルでは、それは難しいとしか言いようがありません。
つまり「やってみなければ分からない」と言う事です。
まあ現状ではそんなものです。
だって小児ニューロリハビリテーション は始まったばかりですから。
データの蓄積量が足りないのです。
つまり私たち小児ニューロリハビリテーション に関わるセラピストの経験値が不足しているのです。
しかし小児ニューロリハビリテーション が、一部のお子さんにとって。画期的なブレイクスルーを引き起こす技術革新であることは、間違いがありません。
今後さらに小児ニューロリハビリテーション は発達していきます。
なるべく沢山のお子さんの希望の種を育てられる様に。
まとめ
小児ニューロリハビリテーション では「身体図式」を育てることにフォーカスしてアプローチを行います。
「身体図式」を育てることで、良好に運動発達が促進されるケースがあります。
しかし「身体図式」が育ちにくいケースや、運動神経細胞が重度に障害されているケースでは、「身体図式」の発達のみでは、運動発達が起こりにくいケースも存在しています。
最後までお読みいただきありがとうございます。
注意事項!
このサイトでご紹介している運動は、あなたのお子さんの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上、自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。