脳卒中の手の麻痺を治すためには丁寧なマッサージが必要です
脳卒中の患者さんに聞くと、麻痺した手の機能を回復したいと望まれている方が、たくさんおられます。
しかし現在日本で主流の、日常生活動作訓練型のリハビリテーションでは、手の麻痺を回復させるアプローチは、あまり真剣に行われていません。
その理由は、日常生活動作訓練型リハビリでは、手の麻痺の回復が難しいどころか、回復を妨げてしまうからです。
そして、少しぐらい手が動くようになっても、それを活用して日常生活を自立させるのは難しいため、それよりも麻痺のない側の手の練習を重視して日常生活の自立を優先させることが、効率的なリハビリテーションの基本的なアプローチになっています。
でも手の麻痺を少しでも治したいという希望は、あなたもお持ちですよね。
そこで今回は、一般的な脳卒中リハビリテーションから視点を変えて、丁寧に手のマッサージを行うことで、手の麻痺を回復させる可能性が高まることがある事をご紹介します。
どうぞよろしくお願いします。
脳卒中になると、左右片側の手足が麻痺します
脳卒中の麻痺は、痙性麻痺と呼ばれる、麻痺した手足の緊張が高まる麻痺なので、足が突っ張るために、歩くのは何とかできるようになる場合が多いです。
しかし、これが手の麻痺となると、痙性麻痺による指のこわばりは、麻痺した手の実用性を大きくジャマしてしまいます。
ヒトの指の動きは、とても繊細ですから、少しぐらい肩や肘が動いても、指先がこわばってしまうと、手の実用性は失われてしまいます。
ですから日常生活動作においては、歩く動作については、麻痺側の足を積極的に活用しますが、麻痺側の手はほとんど使われることはなくなってしまいます。
しかし、それが麻痺側の手の神経回復を阻害することになるのです。
健側の手ばかり使うと麻痺側の神経活動が抑制されます!
私たちの脳の神経細胞には、ザックリ分けて「興奮性神経」と「抑制性神経」の細胞があります。
「興奮性神経」の細胞は、その神経が活動することで、手足に運動を引き起こします。
しかし「興奮性神経」だけが強く働いてしまうと、手足は強くこわばるだけで、繊細な力加減ができなくなってしまいます。
ですから、それを調節して力みすぎないようにするために「抑制性神経」が働いて、「興奮性神経」が手足の筋肉を力ませすぎないように調節しているのです。
この「興奮性神経」と「抑制性神経」の関係は、脳の神経回路のいたるところにあります。
そして、そのもっとも大きなものが、左右の大脳半球の相互抑制の関係です。
例えば、あなたが右手を使って字を書いている時、左手は動かしにくくなります。
これは、右手を動かすために左側の大脳半球が活動している時には、右の大脳半球が左の大脳半球の抑制性神経によって、その活動を抑制されているからなのです。
逆に、左手を主に使っている時には、こんどは右手が動かしにくくなりますよね。
このように左右の大脳半球には、お互いに抑制をかけ合う関係ができているのです。
これを脳卒中のリハビリに当てはめて考えてみましょう。
脳卒中の、手を使ったリハビリでは、健側の手を積極的に使って、日常生活動作を片手で行う練習を中心に行います。
これが一般的な日常生活動作練習型の脳卒中リハビリテーションですよね。
これは、初めにお話ししたように、麻痺側の指先が緻密に動かないと、日常の手の作業が効率的にできないためです。
ですが、日常の生活を健側の手だけで行うということは、健側の手を動かす方の大脳半球によって、常に麻痺側の大脳半球の活動が抑制されているということになります。
これでは麻痺側の脳の神経活動が回復して、手の麻痺が治ることは難しいですよね。
健側の手の活動を中心とした日常生活型リハビリでは、頑張れば頑張るほど、麻痺の回復が難しくなるというジレンマがつきまとっているのです。
麻痺側の手のこわばりをなんとかしなければ!
でも麻痺側の手を動かす練習をしたいと思っても、そのかんじんの麻痺側の手の指や手首がカチカチにこわばっていたのでは、麻痺の回復どころか、ちょこっと動かすことすらできません。
そして脳卒中の手のこわばりは、さらなるこわばりを生み出して、どんどん麻痺側の手をこわばらせてしまうのです。
筋肉のこわばりが感覚フィードバックを阻害して運動制御を混乱させます!
私たちの脳が手足の運動を制御する仕組みに「最適化フィードバック制御」というものがあります。
これは脳の運動神経が手足の筋肉に対して「運動指令」をだして、手足の筋肉を収縮させて運動を行うと、その筋肉の感覚センサーから、その「運動指令」に対して、実際にどのくらい運動したかの「感覚フィードバック」がおこなわれます。
この「運動指令」と「感覚フィードバック」を照合して、脳の運動神経は運動の再調整を行います。
これを運動の最適化と呼ぶのです。
つまり「これくらい動かして」という脳からの命令に対して、「このくらい動きました」という筋肉からの返事があることで、その運動指令と実際の運動の誤差を測って調整しているのです。
これが「運動制御」の基本的な仕組みになります。
しかし脳卒中の麻痺側の手の筋肉はカチカチにこわばっていますね。
もし筋肉がカチカチにこわばっていると、その筋肉の線維の中にある「感覚センサー」が働かなくなってしまうのです。
そして「感覚センサー」が働かないと、「感覚フィードバック」が起こらなくなり、運動神経が運動の再調整ができなくなってしまうのです。
そうなると脳の運動神経による「運動制御」の仕組みが混乱して、運動神経が暴走をはじめます。
その結果として、運動神経はさらに強い信号を出して、さらに手の筋肉をこわばらせてしまうのです。
脳卒中の麻痺側の手が、時間が経てばたつほどドンドンこわばってしまうのは、こういった仕組みがあるからです。
運動神経の再生には運動制御の繰り返しによる運動学習が必須です
脳卒中の手の麻痺を治したいと考えている方は、とても多いと思います。
でも、これまでの日常生活動作練習型のリハビリでは、手の麻痺を治すことはできません。
それどころか、先ほどご説明したように、日常生活動作練習型のリハビリでは、健側の手ばかり使うことで、麻痺側の神経機能の回復を阻害してしまいますね。
ではどうすれば良いのでしょう?
麻痺を回復させるためには、麻痺側の手の練習を効果的に行う必要があるのです。
効果的な手の練習とは、効果的な「運動学習」になります。
ここで少し「運動学習」についてご説明したいと思います。
ここで「運動学習」とは、運動を上達させることと考えていいと思います。
先ほどの運動神経による「運動制御」では、運動指令に対して、手の筋肉から感覚フィードバックが行われていましたね。
この運動指令と感覚フィードバックを照合して、運動の再調整を行って、その動作を最適化していきます。
これを「最適化フィードバック制御」と呼びますが、この運動の最適化を繰り返すことで、最初に出される運動指令がダンダンと正確になっていくのです。
そうして最後には、最初から最適化された運動指令が出されるようになります。
これこそが運動が上達するという現象なのです。
そして、この運動が上達する過程において、その運動を制御する神経細胞が増やされ、その運動神経をつなぐシナプスが強化されていくのです。
つまりは効果的な運動学習を行うことが、麻痺した手の神経機能を再生させる、唯一の方法なのです。
そして運動学習を進めるためには、麻痺側の手の筋肉がカチカチでは話になりませんね。
とにかく手の筋肉をマッサージ & ストレッチしましょう!
これまでご説明してきたように、麻痺側の手の神経機能を再生・回復させるためには、筋肉のこわばりを解消することが必須となります。
それは以下のような3つの理由にまとめられますね。
⑴ 健側の大脳半球から麻痺側の大脳半球への抑制を少なくする
麻痺側の手の筋肉がこわばっていると、どうしても日常生活では検測の手ばかり使ってしまいます。
そうなると健側の大脳半球ばかりが活動して、麻痺側の大脳半球の神経活動が抑制されて、神経機能の回復が阻害されてしまいます。
ですから日常生活で健側の手ばかり使った分、毎日のマッサージと運動で、麻痺側の手の筋肉と神経に適切な刺激を与える必要があるのです。
⑵ 感覚フィードバックによって運動制御を安定化させます
麻痺側の手の筋肉の線維がこわばっていると、線維の中の感覚センサーが働かず、感覚フィードバックが起きません
感覚フィードバックが行われないと、脳の運動神経は、正しく運動制御ができなくなり、運動制御の仕組みが暴走して、手の筋肉をさらにこわばらせてしまいます。
⑶ 脳の麻痺した運動神経を再生するために運動学習を進めます
手の麻痺を回復させるためには、そのための運動神経を再生させ、その神経をつなぐシナプスを強化しなければなりません。
そのためには効果的な運動学習を進める必要があります。
この運動学習の基本となるのが、運動制御の繰り返しです。
つまり脳の運動野からの運動指令と、手の筋肉からの感覚フィードバックの照合を繰り返し、正確な運動制御を繰り返すことで、その手の運動に関わる神経細胞の数を増やします。
またその神経細胞をつなぐシナプスを強化していくのです。
よくこわばって動かない麻痺側の手を動かすために、ものすごく力んでいる方がおられます。
でも動かせない手を動かそうとして力むのは、とても良くないことなのですよ。
要するに、こわばった筋肉は感覚フィードバックがなくなっていますから、その筋肉を力んで動かそうとする行為は、さらに脳の運動制御を混乱させ暴走させてしまいます。
そうなるとさらに手の筋肉がこわばってしまいますね。
なるべく早く動かしたい気持ちは分かりますが、ここは心を鎮めて落ち着いて、ゆっくりとマッサージから始めましょうね。
まとめ
現在主流の日常生活動作練習型の脳卒中リハビリでは、麻痺側の手の機能を回復させることはできません。
それどころか麻痺を悪化させてしまうのです。
しかし、それらの脳卒中は麻痺が回復しないことを前提として、残された健側の機能を使って、日常生活の自立を図るアプローチですから、それは仕方のないことなのでしょう。
しかしわずかなチャンスであったとしても、麻痺側の手の麻痺がないがしろにされているのは、なんとも勿体ないことだと思います。
あなたも騙されたと思って、麻痺側の手の筋肉のマッサージから、もう一度始めてみませんか?
最後までお読みいただきありがとうございます。