脳卒中リハビリ

脳卒中後の神経細胞の興奮による筋緊張の高まりと麻痺からの回復

脳卒中発作後の運動神経細胞の興奮による筋緊張の高まりへのリハビリと片麻痺からの回復

 

はじめに

今回は脳卒中の急性期に徐々に筋緊張が高まっていく現象について、その仕組みとそれに対するリハビリ方法についてご説明します。

実はこの急性期に徐々に筋緊張が高まっていく現象には、脳卒中の片麻痺から回復するための重要なヒントが隠されているのです。

そしてその重要なヒントを生かして、片麻痺からの回復をするためには、リハビリテーションのやり方がとても大切になってきます。

今回は「卒中発作後の運動神経細胞の興奮による筋緊張の高まりへのリハビリと片麻痺からの回復」のメカニズムについてご説明します。

 

脳卒中の急性期に始めはダラダラだった筋肉が徐々に緊張していく現象

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脳卒中は予告なしに急に発症します。 そして多くの場合は、その初期には麻痺側の手足に力が入らなくなったり、起き上がったり立ったりすることもできなくなります。

しかししばらくすると麻痺側の手足や背中の筋肉が緊張し始めて、起き上がったり、立って歩いたりする事ができるようになります。

しかしこの時の麻痺側の足の動きは、膝や足の関節を突っ張って「まるで棒を地面に突き立てるようにして」立ったり歩いたりします。

そして麻痺側の手は握ったままで、肘を曲げて胸に押し当てるように強張っています。

どうしてこんな風に緊張が高まっていくのでしょう?

 

脳卒中急性期の筋緊張の高まりは回復過程の通過点

実は脳の運動神経の中で特にこの2種類がこの現象に関わっています。

  1. グルタミン酸で駆動される興奮性の神経細胞

  2. GABA で駆動される抑制性の神経細胞

普段の神経活動では「興奮性の神経細胞」の活動を「抑制性の神経細胞」が抑え込むことで、筋緊張などを調節しています。

そして正常な場合の神経活動では、一部の「興奮性の神経細胞」を「抑制性の神経細胞」が完全に押さえ込んで活動を封じ込めている場合もあります。

 

脳卒中が起きたらこれらの神経細胞はどうなるのでしょうか?

脳卒中の超初期には、脳の血流障害により神経細胞が死滅します。

そして生き残った多くの神経細胞も、その活動が低下してしまい、そのために全身の筋緊張が低下して、ダラダラに力が抜けた状態になってしまいます。

「興奮性の神経細胞」も脳卒中の超初期には、その活動が低下してしまいますが、比較的早い時期に、その神経活動は元のレベルに近いところまで回復してきます。

しかし「抑制性の神経細胞」の活動は、その神経活動の低下は長い間低下し続けてしまいます。

ですから脳卒中の急性期には、「興奮性の神経細胞」の活動が優位になるため、全身の筋緊張が高まっていきます。

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この筋緊張の高まりは回復に向けた戦略なのかもしれません

この筋緊張の高まりは、ある意味では回復に向けた戦略なのかもしれません。

というのは全身の筋肉がダラダラに力が抜けた状態よりは、たとえ自由に動かせないとしても、緊張していた方が、立ったり歩いたりができる可能性が高まるからです。

おそらくそれは「脳卒中と言う大変な事態に対処して生き残るための脳の緊急事態の対応」なのではないでしょうか。

例えば脳卒中で手足が麻痺して力が抜けたまま道端に倒れていたらどうなるでしょう?

現代社会では、おそらく誰かが救急車を呼んでくれる事でしょう。 しかしこれが人里離れた山の中ならどうでしょう。 そのまま動けないで寝ていたら、あなたは早晩、イノシシやクマに襲われて彼らの餌食になってしまう事でしょう。

 

それと「それまで抑制性の神経細胞に抑え込まれていた予備の興奮性の神経細胞が活動できるようになる」ことも重要なポイントです。

 

脳卒中で破壊された神経が回復していく過程では以下の4点が重要なポイントとなります

1. シナプス顕在化

損傷前には機能していなかったシナプス結合が働き出し、新たな神経伝達が得られる。 また抑制性神経回路からの抑制が失われて活動を始める神経も存在する。

2. 神経発芽・側芽形成

軸索に損傷を受けた神経細胞や損傷領域外の神経細胞の軸索に新たな神経突起が発生し、別の神経まで伸展して新たなシナプスを形成する。

3. シナプス増強

既存のシナプスで、シナプス後膜の受容体増加などにより神経伝達が増強する。

4. 神経新生

失われた神経細胞を補填するために、神経幹細胞からの新しい神経細胞が生まれ、成熟した神経となって機能し、局所神経回路に新たに組み込まれる。

 

つまり脳卒中で失われた神経が行っていた仕事を、代わりに行うための神経細胞がドンドン現れてきているのです。

 

しかしこれらの新たに動き出した神経細胞は、それだけでは有効に活動することができません。

その新たに目覚めた神経細胞に自分が何をすべきかを教えてあげなくてはなりません。

 

脳卒中発作後の運動神経細胞の興奮による筋緊張の高まりへのリハビリ

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脳神経の機能単位

脳の神経細胞は、いくつかの神経細胞が集まって連携して、「指を曲げる」「肘を伸ばす」などの機能をコントロールする単位を形成していると考えられています。

そしてその機能単位を形成する神経細胞の一部、あるいはすべてが死滅すると、その運動機能が障害されます。

そこで新たに活動を開始した神経細胞に、その死滅した神経細胞の穴を埋めてもらうことになります。

しかし新たに活動を開始した神経細胞は、それだけではその神経細胞が何をすべき細胞であるかが、定まっていません。

ですから神経細胞に役割を与えるための学習をさせなければならないのですが、これを計画的に行わないと大変なことになってしまいます。

 

わかりやすい例で説明すると、もしある神経細胞が新たに活動を開始した時に、周りの神経細胞が「ただひたすた力んで指を握り込む」活動をしていたらどうでしょう?

やはりその新しい神経細胞も「ただひたすた力んで指を握り込む」仲間になってしまいそうですよね。

 

歩行運動の場合はどうでしょう?

脳卒中片麻痺の患者さんで、よく全身を力ませながら、一心不乱に足元を見つめて、麻痺側の足に力を込めて「ドッコイショ! ドッコイショ!」と歩いている方がいます。

本人は一生懸命に歩行練習を続ければ、いつかはリラックスしてカッコ良く歩けるようになると信じて歩行練習を続けています。

しかし脳神経細胞の学習に目を向けて考えてみると、どうでしょうか?

もし新たに歩行活動を助けるための神経細胞が活動を始めた時に、周りの歩行細胞たちが、「一心不乱にドッコイショ!ドッコイショ!」とやっていたらどうなるでしょう?

やはりその新しい神経細胞も「一心不乱にドッコイショ!ドッコイショ!」の仲間入りをしそうです!

 

ですから脳卒中片麻痺の運動機能を改善して麻痺を回復させるためのリハビリアプローチを行うためには、ただがむしゃらに頑張ってもダメなのです。

脳の運動コントロール機構を正しく理解して、その性格をうまく活用しながら、計画的に神経細胞のための学習プログラムのカリキュラムを実行していかなくてはなりません。

 

ところで正常な歩行ってどんなものだっけ?

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皆さんは正常な歩行ってどんなものだと思いますか?

「生まれて物心がついた時から、ずっと普通に歩いていたから、改めて聞かれると分からない」

「でもずっと歩いていたんだから、身体が覚えているはず」

「だからひたすら歩く練習をすれば良くなるよ!」

ブッブー  不正解です!

たとえ隣にものすごく優秀なカリスマ理学療法士がついて歩行練習をしたとしても、ただ歩いているだけでは、どれだけ歩き方を口で注意されても、正しい歩行は身につきません。

このことは私自身が20年以上リハビリテーションに携わってきて骨身にしみています。

2足歩行というのは生物の霊長である人間だけが成し得る、非常に高度な運動です。

ですから歩行コントロールはすごく複雑で高度な制御がされているのです。

 

正常歩行のコントロール機構

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正常歩行は以下の手順でコントロールされています。

  1. 前頭前野で歩き出そうと考える

  2. 視覚情報や体性感覚情報から今自分が居る場所と歩き出す方向の空間と自分の身体の状態を頭頂連合野で認識する。

  3. 高次運動野(補足運動野+運動前野)で ⑴ 歩くための姿勢制御のプログラムと ⑵ 実際に足を振出すプログラムが作られる

  4. 網様体脊髄路系の回路で姿勢制御のプログラムを実行して姿勢制御と全身の筋緊張をコントロールする。

  5. ⑵ 実際に足を振出すためのプログラムが一次運動野に送られて、「足を振出す」運動の指示が出される。

  6. 一次運動野から大脳基底核と視床と小脳を結ぶ運動調節回路に「足を振出す」指示が送られると、そこで視覚や体性感覚などと統合された運動が調節される。

  7. 視床で調節された「足を振出す」運動プログラムが一次運動野に戻される。

  8. 一次運動野から皮質脊髄路系で「実際に足を振出す」運動が実行されて歩き出す。

  9. いったん歩き出したら左右の足を振り子の様に振出して歩くために、脳幹などの歩行誘発中枢や、脊髄にある歩行運動発生器(CPG)などに指示が送られて、自動的な歩行運動が継続され、このためスマホを操作しながら歩くことができる。(歩行は脳幹以下の自動歩行回路、スマホは大脳皮質で操作)

  10. 海馬や扁桃体などの感情や記憶を調節する大脳辺縁系からの自動歩行継続回路への調整がなされ、「気が急いている時は早足に」「デートに行く時は軽やかに」「不安がある時はオドオドと」「怒っている時はイライラと」歩く様に自動調節される。

  11. 目の前に急に障害物が現れたら、瞬間的に脳幹以下の自動歩行回路から、大脳皮質のコントロールに切り替わり、障害物を回避する。

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これらの歩行調節機構はもともと人間が持っている神経機構に、生まれてからの歩行運動の経験と学習が積み重なって作られたものです。

ですから脳卒中片麻痺になって、様々な神経回路に支障が出ると、これらの歩行調節機構は上手く働かなくなってしまいます。

 

そして皆さんが一生懸命に練習している歩行らしき運動は、大脳皮質で必死に考えて、手足や体を動かして2本足で前に進む、人類が行っている歩行に非常によく似た運動動作になっています。

 

 

ところで目の前のテーブルの上のカップを取るのってどうやるの?

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皆さんが目の前のテーブルの上のコーヒーカップを取ろうとするときは、どうやるのでしょう?

まずは「コーヒーを飲みたいからカップに手を伸ばそう」と考えます。

この時にチラッとカップの中のコーヒーの量を確認します。

でもあとはほとんど無意識に体が動いてカップに手を伸ばして持ち上げます。

ではこの時にはどのような運動コントロールが行われているのでしょうか?

 

テーブルのカップを持ち上げるコントロール機構

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実際にカップを持ち上げる動作は以下の手順で行われます。

  1. 前頭前野でカップのコーヒーを飲もうと考える。

  2. 視覚情報などから頭頂連合野でカップの存在と自分との位置関係を認識する。

  3. 高次運動野(補足運動野+運動前野)でカップに手を伸ばすための ⑴ 姿勢制御プログラムと ⑵ 実際にカップに手を伸ばす運動プログラム を作る。

  4. 網様体脊髄路系の回路で姿勢制御のプログラムを実行して姿勢制御と全身の筋緊張をコントロールする。

  5. ⑵ 実際にカップに手を伸ばすプログラムが一次運動野に送られる。

  6. 一次運動野から大脳基底核と視床と小脳を結ぶ運動調節回路に「カップに手を伸ばす」指示が送られると、そこで視覚や体性感覚などと統合された運動が調節される。 肩の位置や、それぞれの関節の角度、力の入れ具合などが決定される。

  7. 視床で調節された「カップに手を伸ばす」運動プログラムが一次運動野に戻される。

  8. 一次運動野から皮質脊髄路系で「実際にカップに手を伸ばす」運動が実行されてカップを持ち上げる。

  9. カップを持ち上げた時の感覚がフィードバックされ、再度運動の調節が行われる。

 

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これが箸やフォークを使った食事であれば、指先の感覚は箸やフォークを介して伝わるため、さらに複雑なコントロールが必要になります。

 

脳卒中急性期の筋緊張の高まった状態に対するリハビリテーション

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このようにカップを持ち上げるコントロール一つとっても、複雑な制御が行われています。

そしてこれらの制御機構は、脳卒中片麻痺によりいったんキャンセルされてしまっています。

ですからリハビリテーションの中で、もう一度これらの運動調節機構を、新たに活動を開始した神経細胞に学習させなくてはなりません。

しかし脳卒中片麻痺の回復過程の始めでは、抑制性神経細胞の活動が弱まり、興奮性神経細胞が一斉に活動を行っているため、ただ運動を練習したのでは、強張って力んだ、ぎこちない運動パターンを身につけてしまいます。

また脳卒中の急性期に身体に加えられた種々のストレスにより、手足が浮腫んだり、背中が強張ったりしている状態も、正しい運動学習を阻害してしまいます。

脳卒中急性期の筋緊張が高まった状態でのリハビリテーションはそれらのことに気をつけながら、複雑な運動コントロール機構が再び上手く機能できるように、計画的に進めていかなくてはならないのです。

 

 


次回は

「1次運動野とその関連野の障害による運動麻痺にどう対処するか?」

についてご説明いたします。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

※ このウェブサイトでご紹介する運動内容などは、皆様を個別に評価して処方されたものではありません。 実際のリハビリの取り組みについては皆様の主治医や担当リハビリ専門職とご相談の上行っていただきますようお願い申し上げます。

 

 

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