脳卒中リハビリ

脳卒中片麻痺を改善するファシリテーションテクニックについて

 

はじめに

この記事では、脳卒中片麻痺の手足の運動機能を引き出すための手技としてのファシリテーションテクニックについて解説します。

従来のファシリテーションテクニックに対する考え方と、近年の急激な脳科学の進展に伴い生まれてきたニューロリハビリテーションの考え方に基づくファシリテーション。

脳の神経細胞の再生と運動コントロール回路の再構築を促通するための、最新のファシリテーションテクニックに関する解説を行います。

またご自宅で自主トレとして行えるニューロリハビリテーションに基づくファシリテーション方法のご紹介を行います。

 

ファシリテーション(神経促通手技)とは!

 

脳卒中片麻痺の手足の運動機能を引き出すための手技として、ファシリテーションテクニックという言葉が一般的になっています。

しかし近年の急激な脳科学(ニューロサイエンス)の進展に伴い、ファシリテーションの概念も大きく変わってきているように思います。

従来のPNF法や川平法などに代表されるファシリテーションテクニックの主な目的は、神経促通と呼ばれ、運動神経の反射活動を利用して、既存の神経活動を強化することで実際の手足の運動を引き出すためのアプローチを表していました。

しかし近年の脳科学により、脳神経による運動コントロールシステムの詳細が解明され、脳卒中の発症後に障害された神経細胞が再生される仕組みも解明されてきており、ファシリテーションという言葉が、「残存する神経反射の促通」といった意味合いから、「新たな神経再生の促通」といった意味合いに変わってきているのです。

 

脳卒中初期の急激な麻痺の回復は神経細胞の再生ではありません

脳卒中(脳梗塞・脳出血)により脳の神経細胞が破壊されると、運動麻痺を含む様々な障害が起こります。

脳卒中の急性期には死滅した脳神経細胞の周囲に、血流の低下によって休眠状態となった脳神経細胞があり、それらの休眠細胞が徐々に動き出すことで、最初の数ヶ月間は意識状態や運動麻痺などがドンドン回復していきます。

しかしこれらは休眠細胞の活動再開であって、脳卒中により死滅した脳神経細胞による運動麻痺は確実に残ってしまいます。

しかしこの後のリハビリテーションによって、死滅した脳神経細胞の代わりに働く細胞を再生することが可能になってきているのです。

 

脳卒中後の脳神経細胞の再生とは!

脳卒中が発症した超初期には、全身の筋肉はダランとして力が抜けてしまっています。

しかし時間が経つと、徐々に麻痺側の手足などの筋肉が緊張して強張ってきます。

この原因としては、運動をコントロールしている2種類の神経細胞の性質の違いによるものがあります。

 

運動をコントロールしている2種類の神経細胞

1つ目の神経細胞はグルタミン酸で駆動される「興奮性の神経細胞」です。 この神経細胞は、運動を促進したり、筋緊張を高める働きをします。

2つ目の神経細胞は GABA で駆動される「抑制性の神経細胞」です。 この神経細胞は、1つ目の興奮性細胞の活動を抑制して、運動や筋緊張を制御します。

脳卒中の発症初期には、この2つの神経細胞は、両方共が神経活動が低下します。 しかしグルタミン酸で駆動される「興奮性の神経細胞」は早めにその神経活動が活発に再開するのに対して、GABA で駆動される「抑制性の神経細胞」は長い間、その神経活動が低下したままになります。

このために脳卒中の超初期には全身の筋緊張が落ちるのに対して、時間が経つにつれて徐々に筋緊張が高まってくるのです。

 

抑制性神経の抑制が弱まることで予備の神経細胞が動き出す

実は健康な状態においては、一部の神経細胞は抑制性神経細胞に抑制されて、活動できなくなっています。

しかし脳卒中の回復期において、抑制性神経の活動が低下することで、活動を抑制されていた神経細胞の抑制が外れると、これらの予備の神経細胞が活動を始めます。

そして死滅した神経細胞の穴を埋めるように活動をするようになるのです

また予備の神経の活動再開だけでなく、新たな神経細胞の再生や、既存の活動している神経細胞のシナプスの強化などによる回復もあることが確認されています。

しかしこれらの予備の細胞をキチンと働かせるためには、適切な指示をその神経細胞に与えなければなりません。

 

予備の神経細胞による運動機能の回復過程

私たちの脳神経細胞は、いくつかの神経細胞が連携して、指を曲げるなどの動作をコントロールする単位となっています。

これらの単位ごとの神経細胞の一部、もしくは全部が死滅すると、それを補うための新しい神経の連携が生み出されます。

しかしこれらの神経細胞は、新たな役割を学習させないと、キチンと運動コントロールのために、働いてくれません。

それどころか、脳卒中の片麻痺による様々な運動の困難を、間違った形で代償しているうちに、間違った運動を学習してしまいます。

指が硬く強張った状態で緊張が続いていて、そのまま新しい神経細胞も指を強張らせる運動を学習してしまい、時間が経つに連れて、ドンドン指が強張っていくなどの間違った学習が起こりやすいのです。

 

脳神経細胞の再生を目指すニューロリハビリテーションに於ける神経ファシリテーションは、これらの神経細胞に正しい運動を学習させるものでなくてはなりません。

 

2系統の主な運動コントロール回路

私たちの身体の運動コントロールを行う神経回路は主に以下の2系統があります

  1. 皮質脊髄路系

  2. 皮質-網様体脊髄路系

皮質脊髄路系

皮質脊髄路は一次運動野から始まって、まずは大脳基底核に運動の指示を与えます。

大脳基底核では隣の視床と連携して、細かい運動の調節を行います。

視床には、視覚情報、平衡感覚、体性感覚、聴覚、嗅覚などあらゆる感覚情報が集まっており、それらと運動指示を統合して、動作の調節を行います。

大脳基底核では、視床で統合された動作にアクセルとブレーキをかけて調節する働きがあります。

この大脳基底核と視床で調節された運動情報は、いったん一次運動野に戻された後、皮質脊髄路となって内胞を通過しながら、延髄で反対側に錐体交差した後、脊髄の外側脊髄路を下行して、運動神経に接続します。

一次運動野は手足を意識して動かす時に運動指示を出す皮質です。

しかし皆さんが例えばテーブルの上のカップを取ろうとした場合、意識するのは「テーブルの上のカップを取ろう」と思うだけで、「まずは肩の位置をキチンと固定してから、ゆっくり倒さないようにカップに手を伸ばそう」とかは考えないですよね。

それらの細かい調節は、大脳基底核-視床の運動調節回路が自動的に行ってくれているのです。

この大脳基底核-視床の運動調節回路は動作を熟練させて上達させる働きがあるのです。

ですから皆さんは、細かいことを気にしなくても「テーブルの上のカップを取ろう」と思うだけで、上手にカップを取れるのです。

しかし脳卒中片麻痺になった段階で、この大脳基底核-視床の運動調節回路はいったんキャンセルされてしまいます。

なぜなら今までの熟練した運動は健康な時の身体で覚えたものなので、片麻痺になったからには、新たに学習しなおさなくてはなりません。

また死滅した、一次運動野の神経細胞も再学習と神経機能の再構築が必要になります。

ですからはじめはキチンと意識して、「まずは肩の位置をキチンと固定してから、ゆっくり倒さないようにカップに手を伸ばそう」と練習しなければなりません。

そして麻痺や身体の強張りに邪魔されて、間違った運動を脳神経細胞に記録してしまわないように注意してリハビリを行う必要があるのです。

 

皮質-網様体脊髄路系

皮質-網様体脊髄路は高次運動野(補足運動野+運動前野)から始まって、脳幹網様体でシナプスして、延髄以下を両側性に脊髄を下行していきます。

この経路は、主に姿勢制御に関わっていて、両側性に神経支配をしているので、皮質脊髄路のようにダイレクトに片麻痺の影響を受けにくく、体幹や肩、腰を動かす動作は麻痺が出にくいと言われています。

しかし、脳卒中の急性期の長期の寝たきり状態や、自律神経機能の混乱に伴う浮腫や緊張によって、背骨の周囲の筋肉(脊柱起立筋群など)はカチカチに固まってしまっています。

またその背骨から生えている手足は、皮質脊髄路の片麻痺によって、片側が硬く動かなくなっています。

これらの悪影響を受けて、皮質-網様体脊髄路の姿勢制御機能は、大きく健側に傾いた状態で、間違った運動制御方法を獲得して行ってしまいます。

背骨が傾いた状態で練習する姿勢制御方法や、歩行動作、手の運動が正常に近づくわけがありません。

姿勢制御をいかにキチンと再学習するかは、その後の歩行能力や手の機能を決定する、非常に大切な課題なのです。

 

脳神経細胞の再生を促すファシリテーションテクニック

脳卒中後の死滅した神経細胞の機能を代償するための、神経細胞の再生を促すファシリテーションテクニックには、現時点では以下のようなものが挙げられます。

  1. 徒手的なアプローチのよる運動パターン練習

  2. ミラーニューロンを刺激する鏡を利用した運動練習

  3. 健側の運動を制限して健側大脳半球による抑制を低減させるCI療法

  4. 電気刺激による筋運動を促すEMS療法

  5. 振動刺激による筋緊張のコントロールと体性感覚の促通を行う振動療法

さらにはEMS療法の延長線上に、筋電図からの信号で電気刺激を調節して、トップダウン方式の運動刺激を行う方法や、脳波を利用したブレインマシンインターフェースによるロボットスーツなどを利用した方法が開発されてきています。

今後も様々な方法が開発されつつありますので、随時ご紹介していきたいと思います。

 

在宅自主トレで自ら実践する麻痺を改善するためのファシリテーション(神経促通手技)

最初にお断りしておきますが、今回ご説明させていただくファシリテーションテクニック(神経促通手技)はあくまで患者様ご本人が自主トレとして行うことを前提としてご提案させていただくものですので、専門家が直接マンツーマンで行うものとは若干の手法の違いがあります。

またファシリテーションテクニック(神経促通手技)による麻痺の改善は、完全に科学的に証明されたものではなく、現在はその可能性が示唆されている段階であり、その麻痺の改善効果も完全に麻痺を改善させ得るものではありません。 そして脳梗塞や脳出血などの病態やその障害部位および重症度によっても、ファシリテーションの効果が変わるものと思われます。

ですから現在のリハビリテーションの技術レベルでは、ファシリテーションによって麻痺が改善するのか、またどれ位改善するのかは全くわからないのです。 これはどういうことかと言うと、ファシリテーションが貴方の麻痺に合っているかどうかは、やってみてある程度の期間が経過しないと分からないと言うことです。

私の経験から言わせていただけば、ファシリテーションを行うようになって、「ほとんど動かせなかった手で新聞ぐらいは持てるようになったり、ドアノブを回せるようになった方」はそれなりにおられますが、「わずかに腕が動かせるようになったが、指はほんの少し反応して動くだけ」の方もそれなりにおられます。 最初のケースでは手の麻痺の改善がそれなりに日常生活動作レベルを向上させていますが、後のケースではほとんど日常生活動作には影響がありません。

申し訳ありませんが、貴方がどちらになるかは、やってみなければわかりません。

しかしとにかくやらなければ出来るようにはならないのです。 ここは取り敢えず挑戦してみることをお勧めします。

 

脳卒中片麻痺改善のファシリテーションを行うための前提条件!

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ここでもう一度ファシリテーションを行う前の前提条件を確認しておきたいと思います。 なぜならこれがキチンとしていないと、結局いくら頑張っても腕や足の緊張が高まるばかりでちっとも良くならない状態に陥るからです。 では以下にその前提条件をもう一度お示ししますので、ご自分は条件をクリアしているか確認してください。

 

ファシリテーションを行うための前提条件

① 手足の関節の拘縮が可能な限り改善して関節が柔らかくなっていること

② 筋肉のコリが十分にほぐれていると思われること

③ 手足を動かしてもフラつかない身体の軸の安定ができていること

④ 自律神経が落ち着いていて、便秘や下痢などがないこと

⑤ 力まないで手足を動かすイメージトレーニングが習慣化されていること

以上が主な条件になります。

関節や筋肉の問題については以前にもお話ししましたが、関節が固まっていたり、筋肉が痙性麻痺以外のこわばり、つまりは急性期の浮腫や安静などの影響で、異常な筋肉のコリ(筋コンディションの低下)が起きていないかについては、この様な身体状態でいくらファシリテーションを行っても、無理やり手足を動かそうとして、かえって力むばかりになりファシリテーションは失敗します。

 

参照: 脳卒中片麻痺の関節拘縮と骨格筋のコンディション障害のリハビリ

 

身体の安定した軸に関しては、身体の中心軸がぶれていては、そこから出ている手足を安定して動かすことができずに、これも無理をしてファシリテーションを行えば、力んでしまって失敗します。
参照: 動作時にフラつかない身体の軸を作るリハビリ方法

 

自律神経に対しても、以前に自律神経が興奮していると、手足の筋肉の緊張が高まって、無理な運動や歩行練習で肩や腰に痛みが出てしまうとご説明しましたが、これには追加があって、自律神経の興奮(交感神経の興奮)により消化機能が影響を受けて、便秘や下痢があると、脳の活動にブレーキがかかるのです。

つまり消化器(胃腸など)に不調があると、その影響で脳も不調になるのです。

これは腸脳連携といって、もともと人は腔腸動物(ミミズみたいなやつ)から進化しているので、初めにできたのは消化器であり、大脳は後から発達したので、大脳は先輩である消化器の命令に従ってしまう(お腹がすくと怒りっぽくなるヒトいますよね)のです。

腸脳連携については後々解説を行います。

ですから自律神経機能を整えることは筋緊張を安定させることと、脳の活動性を高めてファシリテーション効果を良くする両面の効果があるのです。

参照: 脳卒中後の自律神経機能の異常による筋緊張の高まりとそのリハビリ

参照: 自律神経機能を整えるためのアプローチ

参照: 自律神経機能を整えるためのコアマッスルのリハビリ方法

そして最後に力まないイメージトレーニングですが、これをキチンと習慣化していかないとなりません。

でないとファシリテーションの運動を始めた途端、貴方の悪い癖が顔を出して、自分でも気がつかないうちに力んでフーフー言いながら運動することになってしまいます。

こうなるとファシリテーションは大失敗です。

参照: 脳卒中発作後の運動神経細胞の興奮による筋緊張の高まりへのリハビリ

参照: 大脳の命令に逆らってリラックスした運動をする

以上の条件をキチンとクリアしている、あるいはクリアしつつあるかクリアする自信がある場合は、手足の麻痺を可能な限り改善するためのファシリテーションを開始しましょう。

 

次回からまずは上肢のファシリテーション、ついで体幹と下肢のファシリテーションを解説し、さらにはカッコイイ歩き方講座を行います。 できる限り分かりやすく解説していきますので頑張ってついてきてくださいね。

 

それでは次回から本格的によろしく御願いします。

 

次回は

「脳卒中片麻痺の上肢の全体的な運動ファシリテーション1」
についてご説明します。

 

最新の脳科学に基づく脳卒中片麻痺の回復に関する記事はこちら

「脳卒中片麻痺を治す最新の脳科学に基づく脳卒中ニューロリハビリテーションの在宅での実施方法」

 

最後までお読みいただきありがとうございます

 

 

注意事項!

この運動は、あなたの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 ご自身の主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上自責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。

 

脳卒中片麻痺の自主トレテキストを作りました!

まずは第一弾として皆様からご要望の多かった、麻痺側の手を動かせるようにしたいとの声にお応えするために、手のリハビリテキストを作りました。

手の機能を改善させるための、ご自宅の自主トレで世界の最先端リハビリ手法を、手軽に実践する方法を解説しています。

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脳卒中手の機能テキスト02

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関連ページ

1. 脳卒中片麻痺を改善するファシリテーションテクニックについて
2. 脳卒中片麻痺の上肢の全体的な運動ファシリテーション1
3. 脳卒中片麻痺の上肢の全体的な運動ファシリテーション2
4. 脳卒中片麻痺の上肢の全体的な運動ファシリテーション3
5. 脳卒中片麻痺の麻痺側肩の運動を安定させるファシリテーション
6. 脳卒中片麻痺の肘と手首の運動ファシリテーション
7. 脳卒中片麻痺の手指の運動ファシリテーション

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