脳卒中片麻痺の回復を促すために身体図式の生成能力を高める!
はじめに
21世紀に入ってからの脳科学の進歩に伴い、脳による運動制御の仕組みが徐々に分かってきています。
そして脳卒中の運動神経の障害による片麻痺も完全ではないにしろ、回復する可能性があることが分かってきたのです。
ここで運動機能を高めるためのアプローチにファシリテーションと呼ばれる手技があります。
一般的にファシリテーション(神経促通)と呼ばれる手技は、これまでは運動神経の反射を利用して、運動を促通することが主な目的でした。
しかし最近の脳科学の発達に伴い、ファシリテーション(神経促通)自体の意味合いも、神経再生を促すことを目的に、アプローチや方法論が変化してきています。
そしてこの神経再生とは、脳卒中により破壊された脳の神経細胞の機能を代替するための、脳神経細胞の活動が新たに生成されることを意味しています。
ではこの神経再生とはなんなのでしょうか?
ひとくちに神経再生と言っても、それは単なる脳神経細胞の再生だけではなく、⑴ 正常時には休眠状態にあった予備の神経細胞の活動開始、⑵ 既存のニューロンのシナプスの強化、⑶ 樹状突起の発芽、⑷ 新たなシナプスの発芽 などの様々な脳神経細胞の反応を含みます。
少し難しいですね。
しかし複雑な脳神経の反応の仕組みを理解することは、今回のテーマでは重要ではありません。
大切なのは、脳神経細胞の活動を回復させ、少しでも脳卒中片麻痺を改善するためには、これらの再生してくる脳神経細胞を、麻痺した手足を動かすための、神経機能単位として再教育していく必要があるということです。
これをキチンと行わないと、どれだけ手足を一生懸命に動かしても麻痺は一向に回復してくれないのです。
つまり再生してきた神経細胞に正しい運動制御のプログラムを書き込んでやらないと、間違った運動制御を覚えてしまい、「ただただ手足を緊張させるだけ」などというとんでもなく迷惑な運動制御を獲得してしまうことだってあり得るのです。
再生してきた脳の運動神経細胞に正しい運動制御を教えて、運動機能単位を構成していくことが片麻痺の回復にはとても重要です。
そして現在は21世紀の脳科学の進歩に伴う、新たな神経ファシリテーションテクニックが生まれつつあります。
そしてそのファシリテーションを効果的に行う、そのためには脳神経細胞における運動学習の効果を高めるためのアプローチが必要になります。
この運動学習の効果を高めて、片麻痺の回復を促すために欠かせないファシリテーションを行うための絶対条件が、脳内での『身体図式』の生成を行うことになります。
今回はこの『身体図式』とは何なのか?
『身体図式』によってどの様に運動学習が促進され、麻痺の回復につながるのか?
効果的に麻痺を回復するには、具体的にはどうすればいいのか?
これらをできる限り分かりやすく解説していきたいと思います。
身体図式と身体イメージの違いについて!
身体イメージとは!
あなたはご自分の身体をイメージすることができますか?
あなたは太っていますか、それとも痩せていますか?
筋肉質ですか、それともヒョロヒョロしていますか?
手足は長いですか、それとも太くて短いですか?
こういった客観的に意識される体に対するイメージは、「身体イメージ」と呼ばれ、「身体図式」とは別物です。
身体図式とは!
「身体図式」とは運動の制御を行うために、無意識のうちに生成される、手足や身体の位置や運動に関する情報を言います。
つまりは「身体イメージ」は、客観的に意識される、自分の身体に対するイメージで、「身体図式」とは運動を正しく制御するために生成される、普段は意識されない、身体の各部位に対する感覚情報が統合されたものということになります。
そしてこの身体図式が生成され運動制御を行うことで、脳神経細胞に麻痺を回復させるための運動学習が行われるのです。
これだけだと何のことか分かりにくいですよね。
「身体図式」についてもう少し分かりやすく説明していきましょう。
身体図式とはどんなものなの?
身体図式とは
「運動を正しく制御するために生成される、普段は意識されない、身体の各部位に対する感覚情報が統合されたもの」
というのが基本的な考え方です。
でもこれだけではよくわかりませんよね。
しかし「身体図式」を科学的に分かりやすく説明するのは、とても難しいのです。
そこで日常生活の中で身体図式を活用して運動制御をおこなっている例をご紹介しながら、「身体図式」に対するイメージを作っていきたいと思います。
あなたはその段差を乗り越えられますか?
あなたが歩いていると、目の前に段差が現れました。
あなたはその段差を乗り越えて、向こう側に行きたいのですが、あなたはその段差を一歩で乗り越えられるでしょうか?
当然、低い段差なら簡単に乗り越えることができるでしょうし、あまりに高い段差なら諦めなくてはなりません。
大体の方は一目見ただけで、それが乗り越えられそうかどうかの判断ができています。
そして身長の高い人と低い人では、その判断が違ってきます。
当然、身長の高い人ほど高い段差を乗り越えられると判断します。
実はヒトが段差を登れると判断する物理的な限界は、足の長さの88%の高さと言われています。
この段差を登れるかどうかの判断が「身体図式」によって行われています。
つまり自分の足の長さの身体図式が無意識のうちに働いて、その段差を登れるかどうかの判断を行っているのです。
この黒子は次にどうすると思いますか?
上の写真では黒子が野球のバットを構えています。
あなたはこの後黒子がどうするかわかりますか?
そうですねバットをスイングします。
もう野球のバットを構えた姿勢を見た瞬間に、バットを振るイメージが浮かんできますよね。
実はこれも身体図式に関わる神経回路が関係しているのです。
この神経回路のことをミラーニューロンシステムといいます。
ミラーニューロンシステムとは、模倣による運動学習をするためのシステムです。
例えば子供の頃に野球のバッティング練習をしていて、王貞治さんの一本足打法を真似して練習してみませんでしたか?
またはピンクレディーの振り付けを真似して練習したり(山本リンダかな?)しませんでしたか?
私たちは何かの動作を習うときに、上手な人の動作を真似することで上達していくのです。
そして上手な人の動作を真似するということは、見ている相手の動きを、自分の脳の中で、自分の動きとして再現することになります。
これにも身体図式に関する神経回路の働きが関与しています。
コーヒーカップがテーブルに置いてあります!
上の写真ではテーブルにコーヒーカップが置いてあります。
この写真を見てどんなイメージが湧きましたか?
おそらくは浮かんだイメージは2通りだと思います。
1つ目は香ばしいコーヒーの香りや味が思い浮かびます。
そしてこれが重要なのですが、2つ目にはコーヒーカップを持って自分の口元に運ぶイメージが湧いたのではないでしょうか?
コーヒーカップの見た目から中に入っているコーヒーの量、取っ手の形や瀬戸物の質感まで、イメージして持ち上げた時の肌触りや重さまで想像できているはずです。
逆にもしこのコーヒーカップを持ち上げた時に、重さや質感が想像と違っていたら「あれ!」と意外に感じるのではないでしょうか?
もしかしたらそれで指が滑って、コーヒーカップをひっくり返してしまうかもしれません。
ここでもコーヒーカップを持ち上げるために、ミラーニューロンシステムを使って、身体図式を生成しているのです。
つまりは自分の手でコーヒーカップを持ち上げた時の、重さや手触りなどを予測して、それを行うために適切な手の動かし方や力加減をあらかじめ予測しておくのです。
女の人が落ち込んでいます!
上の写真では女の人が落ち込んで悲しそうにしています。
でもこの写真には何の説明もありませんよね。
それなのに何故、あなたにはこの女の人が悲しんでいるとわかるのでしょう?
実はこれもミラーニューロンシステムと身体図式によって、判断しているのです。
自分がこのような動作や表情をした時の感情や意図はどんなものかを判断することで、その動作を行っている相手の意図を理解し、共感することができるのです。
相手がどんな動作をしているか、その動作を自分の動作として置き換えて脳内で再現することで、相手の意図を理解することができるのです。
相手の動作から、相手が怒っているのか、悲しんでいるのか、慌てているのかなどが判断できます。
私たちは社会的な認知機能をミラーニューロンシステムと身体図式を利用して行っています。
例えば同じ電話をかける仕草でも!
これと
これで
全く印象が違います!
このように身体図式の生成は、運動制御だけでなく、運動学習の効果を高めたり、社会的な認知を行うために重要な神経活動なのです。
それでは次に脳卒中リハビリテーションにとって重要な運動学習と身体図式について解説していきます。
身体図式と運動学習の仕組み!
ミラーニューロンとは!
ミラーニューロンとは、主に高次運動野である「腹側運動前野」で見つかっている神経回路です。
例えば、先ほどのコーヒーカップを持ち上げる動作ですが、⑴ 他人がコーヒーカップを持ち上げる動作を見た場合でも ⑵ 自分でコーヒーカップを持ち上げる動作を行った場合でも、このミラーニューロンシステムが活動します。
そのため模倣による運動学習に重要な働きを持っていると考えられています。
またミラーニューロンシステムは運動野である「腹側運動前野」だけでなく、感覚野である「下頭頂葉」にも見つかっていて、この2つの領域は、互いに強い神経ネットワークでつながれています。
つまりは視覚の中枢である、「下頭頂葉」で相手の動作を観察し、それに対する自己の身体の動作として、高次の運動中枢である「腹側運動前野」が反応していて、これが脳が動作を習得する重要な神経システムではないかと考えられています。
また自己身体の運動制御に関わっている「身体図式」の生成に関わる中枢は「背側運動前野」と「下頭頂葉」にその中枢があると考えられていて、ミラーニューロンシステムと身体図式の生成は深く関わっている可能性が示唆されています。
身体図式生成の仕組み!
身体図式の生成は様々な感覚情報の統合によって行なわれます。
それらの感覚は主に ⑴ 視覚 と ⑵ 体性感覚 により、体性感覚はさらに ⑴ 皮膚感覚 ⑵ 筋肉の筋紡錘(感覚センサー)からの固有受容感覚 ⑶ 関節覚 などに分けられます。
まず視覚による感覚情報は、感覚野である「下頭頂葉」に送られます。
さらに筋肉の筋紡錘(感覚センサー)からの感覚情報は、運動野である「背側運動前野」に送られます。
一般的に運動野は身体に対して運動を指示する信号を作る場所と考えらえてきましたが、筋肉からの感覚情報は、運動野で処理されて、身体図式の生成に活用されることが分かってきています。
また運動野での感覚と運動の緊密な連合があることが、運動制御をより行いやすくしていると言われています。
さらに下頭頂葉と背側運動前野の間にも緊密な連携があり、「身体図式」の生成を行っています。
手足や身体の各部位の「身体図式」は下頭頂葉と背側運動前野で生成された後で、「頭頂感覚連合野」に送られて、全身の「身体図式」として組み立てられます。
このようにして身体図式は脳の一部の領域で生成されるのではなく、脳内の様々な領域が連携することで生成されています。
運動制御の仕組み!
先ほどのコーヒーカップを持ち上げる動作を例にして運動制御の仕組みを解説していきます。
⑴ まずはあなたはテーブルの上にあるコーヒーカップを見ます。 この視覚情報は感覚野である頭頂葉に送られます。 そしてその大きさや形や質感を判断します。
⑵ 頭頂葉で判断されたコーヒーカップの情報は高次運動野である運動前野に送られます。 そしてコーヒーカップの形や予測される重さから、最適な手の動作が選択されます。
⑶ 選択された運動情報は、すぐ後ろの一次運動野に送られて、実際の手足の筋肉を動かす運動指示が作られます。
⑷ この時一次運動野で作られた運動指示のコピーが頭頂葉に戻されます。 これを遠心性コピーと呼んでいます。 この遠心性コピーから運動後の感覚フィードバックの予測が作られます。
⑸ 実際の手足の運動が行われ、その運動の結果として実際の感覚フィードバックが頭頂葉に戻されます。
⑹ 予測された感覚フィードバックと実際の感覚フィードバックが照合されて、その結果により動作の修正が行われます。
⑺ この時に予測された感覚フィードバックと実際の感覚フィードバックが一致すれば、この運動は自分の運動であると認識します。 遠心性コピーがなく不一致である場合は他人の運動であると認識します。
⑻ また予測された感覚フィードバックと実際の感覚フィードバックが大きく不一致である場合や、実際の感覚フィードバックが行われなかった場合は、脳は異常だと認識します。
手足の運動を行うたびに、これらの運動制御が繰り返し行われることで、脳内の運動神経回路のシナプスが正しく強化されたり、神経細胞の活動が強化されたりします。
つまりは脳卒中片麻痺を回復させるためには、脳神経に正しい信号を繰り返し送らなくてはならず、そのためには正しい運動制御プログラム実行を繰り返し行う必要があるのです。
脳卒中片麻痺の場合の運動制御の問題点とリハビリプログラムについて!
脳での運動制御がキチンと行われることで、運動学習が成立します
そして運動学習を適切に行うことで、脳卒中で失われた脳の神経細胞の機能が再生されるわけですから、運動学習を成立させることはとても重要なことです。
しかし脳卒中片麻痺には、この運動学習が成立しにくい様々な要因があり、それが運動学習と麻痺の回復を妨げていると考えられます。
ではどのような要因が適切な運動学習による麻痺の回復を妨げるのでしょう?
そしてそれに対してはどのようなリハビリプログラムが必要になるのでしょうか?
脳卒中に伴う筋機能不全状態による運動学習の阻害
これまでの解説で運動制御を正確に行うためには「身体図式」の脳内での生成が不可欠であるとご説明してきました。
そしてこの「身体図式」を正しく生成するためには、⑴ 視覚 と ⑵ 体性感覚 を統合する必要があるのです。
そして体性感覚の中には、筋肉の線維内に存在するセンサーである「筋紡錘」からの固有受容覚(体性感覚の一種)が重要になります。
しかし脳卒中の急性期には何が起こっているかというと、自律神経機能の混乱などにより、四肢体幹の筋肉が緊張して強張り、また手足の筋肉への血流が阻害されて浮腫が起こるなどして、筋肉の機能が不全状態に陥ってしまいます。
これにより筋線維に含まれる筋紡錘からの固有感覚が障害されて、「身体図式」の生成が障害されてしまいます。
実はこれは非常に大きな問題であって、ほとんどの脳卒中片麻痺のケースにおいて、この急性期後の筋線維の機能不全状態が放置されたまま運動療法が行われています。
しかし先にもご説明したように、筋紡錘からの体性感覚が障害されたまま、いくら麻痺している手足を動かしても、脳の運動神経に正しい感覚情報が伝達されなければ意味がないのです。
脳卒中に伴う筋機能不全状態に対するリハビリテーション
脳卒中片麻痺では手足の筋肉が強張っている場合がほとんどです。
大抵の場合は、この手足の筋肉の強張りは脳の運動神経の麻痺による筋緊張の亢進であると考えられていて、在宅リハビリテーションにおいてはほぼ放置されています。
しかしこの筋肉の強張りの一部は脳の運動神経の障害による筋緊張の亢進ですが、大部分は浮腫や長期運動制限による筋機能不全による強張りであることが多いのです。
これはいわば手足の筋肉が異常に凝っている状態と言えます。
ですからこの筋肉の強張りに対するリハビリテーションアプローチは、強張っている筋肉へのマッサージになります。
しかし単なるマッサージではなく、この場合に必要なアプローチはマイオセラピーと呼ばれる特殊なマッサージになります。
一般的なマッサージは筋肉の表面を軽くこするようにマッサージして筋肉の血流を改善して疲れをとるものです。
しかし脳卒中片麻痺の筋肉の強張りに対するマイオセラピーは筋肉の中に作られた筋硬結と呼ばれる強張りをほぐして筋肉の異常な強張りを軽減するものになります。
しかし在宅で皆さんがご自分自身でマイオセラピーを行うことは不可能です。
マイオセラピーの手技に関しては非常に専門的な技術が必要になるからです。
ですからこの場合、皆さんがご自分でマイオセラピーに代わりになるようなマッサージを行う必要があります。
これはベテランの専門家でなくては出来ないマイオセラピーのような手技ではなく、誰でも簡単に出来るものでなくてはなりません。
しかし考え方を変えれば、脳卒中片麻痺による筋の強張りを改善するためには、浮腫や慢性的な筋緊張が続いたことによる、筋線維の中の筋硬結と呼ばれる血流不全による強張りをほぐせれば良いのです。
超音波マッサージによる筋コンディショニング
そのためのマッサージ方法としては超音波マッサージ器を利用したマッッサージを提案したいと思います。
超音波による微細な振動により、強張った筋肉の線維の血流を改善して少しづつ筋硬結と呼ばれる強張りをほぐしていきます。
マッサージのやり方としては、麻痺側の手足の筋肉の特に硬く強張った部分を触ってみて、その中でも特に筋肉の中に硬いしこりのある部分を探します。
そして超音波マッサージ器を使用して、その硬いしこりのある部分を中心に円を描くようにマッサージを行います。
マッサージ時間は一箇所につき15分程度でいいと思います。
刺激強度は、初めは軽い刺激から初めて、少しずつ様子を見ながら強くしてみてください。
初めはそれほど分かりにくいと思いますが、毎日継続すると徐々に筋肉の強張りが解消していくのが感覚としてわかると思います。
使用する超音波マッサージ器については、アマゾンで24,000円程度で購入出来るものがありますので、オススメの器械をご紹介しておきます。
オススメの超音波マッサージ器
麻痺や運動刺激の低下による一次運動野と一次体性感覚野での神経細胞の機能変化
脳卒中片麻痺が改善しにくい(ファシリテーションが効きにくい)もう一つの理由として、身体地図のリモデリングの問題があります。
大脳皮質にはそれぞれの部位に機能局在と呼ばれる、受け持ち区域があり、それが「脳内身体地図」と呼ばれています。
これはどういう事かと言うと、例えば前頭葉の一番後ろ側の部分には「一次運動野」と呼ばれる部分があり、それが実際の手足の運動を行うための指示を出しています。
さらにはその一次運動野には指先の運動を行わせる部位や、足の運動を指示する部位や、顔の表情を作る部位などに細かく分かれています。
また一次運動野のすぐ後ろの、頭頂葉の一番前の部分は「一次体性感覚野」と呼ばれる手足の感覚情報を統合する部位になり、これもそれぞれ手の感覚や足の感覚の部位に細かく分かれています。
そして脳には可塑性と呼ばれる性質があり、脳に与えられる刺激に従って、脳の地図を書き換えて、その機能を変化させていく働きがあるのです。
これにより脳は一生変化して成長し続けると言われているのです。
しかし脳卒中になると、この脳の可塑性が裏目にでることがあります。
これはどういう事かと言うと、例えば麻痺側の手をずっと動かさないでいることで、麻痺側の手の運動を制御している、一次体性感覚野の神経細胞が、手の運動制御をしなくなり、代わりに、その他の顔などの運動制御をするようになってしまうのです。
例えば一次体性感覚野でも、ずっと手からの感覚情報が届かなくなっていると、一次体性感覚野での手の感覚を統合する部位が消滅して、顔の感覚などの部位に変化してしまいます。
こうなるといくら運動して脳の神経細胞に手の運動制御方法を教えようとしても、どうにもなりません。
もうあなたの脳の中では、あなたの麻痺側の手は無いことにされてしまっているのと同じことなのですから。
よく麻痺側の肩が大きく下がってしまっていたり、麻痺側の腰がすごく後ろに引けて前かがみに近い姿勢になってしまっている方がおられます。
しかし本人にはそれほど肩が下がっていたり、腰が引けていることを気にしていない場合がほとんどです。
この現象はおそらくは、一次運動野や一次体性感覚野での麻痺した部位の神経支配が消滅しかけているために、その体の部位の身体図式が上手く生成できなくなってしまい、その部位の姿勢の異常が意識にのぼりにくくなってしまっているのではないかと考えられます。
麻痺して極端に下がってしまった肩や、動かせなくなった指や、後ろに引けて体重が乗せられなくなってしまった股関節などの運動を、身体図式が生成されない状態でいくら運動しても、これらの問題を解決することは出来ません。
まずはこれらの身体の部位の身体図式を生成できるようにするためのリハビリテーションを行う必要があるのです。
麻痺側の身体地図を書き直すためのリハビリテーション
麻痺側の運動学習機能を高めて、麻痺を回復させるためには、一次運動野や一次体性感覚野で消滅してしまった、麻痺側の手足の身体地図を書き直して、適切な身体図式が生成できるようにしてやる必要があります。
麻痺側の手足の身体地図が書き換えられてしまった原因としては、一次運動野や一次体性感覚野に、麻痺した手足の運動信号や感覚信号が適切に伝達されていないことが原因となります。
しかし実際に麻痺側の手足は麻痺していて、運動信号や感覚信号もそのままでは脳に届かないことになってしまいます。
どうすればいいのでしょうか?
この問題を解決するために鏡を使った視覚信号による脳神経への刺激を利用して、脳の身体地図の書き直しを行います。
要するに筋肉や皮膚からの体性感覚や運動感覚は低下していて、適切な脳への刺激には不十分なので、それを補うために視覚刺激を利用するのです。
方法としては2種類の鏡を使った運動があります。
全身の姿勢を整えるミラーセラピー
まずは全身の姿勢を制御する方法を練習します。
これには全身が映る姿見を用意していただきます。
そして姿見の前に椅子を置き、そこに姿見に対して正面を向くように座ります。
まずは左右の足の位置と膝の開き具合を左右で揃えるようにしてキチンと椅子に座るように姿勢を整えます。
そして左右の手の指を組み合わせるようにして、手のひらを上にしておヘソの前あたりにおきます。
この時に両腕は身体の前でマルを描くようになっていますね。
この状態から両腕で作ったマルを回すように意識しながら左右の肩を交互に上げ下げします。
そうすると肩だけでなく腰も左右に捻るように動かすことになります。
つまり右肩を下げるように組んだ手を左の脇に回していくと、右の腰が前に動いて、右膝が前に出るように動きます。
逆に左肩を下げるように組んだ手を右の脇に回していくと、左の腰が前に動いて、左ひざが前に出るように動きます。
この運動をなるべく左右均等に同じように動かせるように、姿見を見ながら動作を調節していきます。
この運動では手と腕と肩と腰と足を同時に動かしながら、視覚による正確な姿勢制御を練習することができます。
こうして視覚による調節を加えながら、姿勢制御の動作を練習することで、適切な運動刺激と感覚刺激を脳に送り込むことができるようになります。
運動は1日15分程度、必ず姿見に全身を映した状態で、左右の運動が均等になるように練習してください。
もし麻痺側の手や肩が上手く動かない場合は、健側の手や肩の動きを抑えめにして、左右の運動を均等にするようにしてください。
初めから健側と同じように麻痺側を無理に動かそうとして、力んでしまうと、正しい運動刺激を脳に伝えることが出来なくなってしまいます。
この運動は焦らずに長期戦で考えてくださいね。
手足の運動を引き出すミラーセラピー
次に行うミラーセラピーは指先や足先の運動制御を改善するために行うアプローチです。
これは以前にも別の記事でご紹介しましたが、化粧用の小さめの鏡を利用して手足の運動制御を視覚による錯覚で補うアプローチです。
方法としては、化粧用の斜めに立てかけて使うタイプの鏡を麻痺側の手や足の上にかざすようにして置き、反対側に健側の手足を並べて置いて一緒に動かすことで、自分から見て、鏡に映った健側の手足が、麻痺側の手足のように見えることで、視覚的な錯覚を作り出して、脳の運動神経に麻痺側の手足が動いていると思い込ませることで、運動制御の能力を引き出す練習方法です。
手のミラーセラピー
ステップ1
テーブルに向かってまっすぐに椅子に座り、麻痺側の腕をテーブルの上に置きます。
麻痺側の腕はなるべくまっすぐ前に向けるようにしておきます。
ステップ2
麻痺側の手の上に化粧用の鏡を斜めに被せるようにセットします。
ステップ3
麻痺側の手に被せるように斜めにセットした鏡に映るように、健側の手をテーブルの上に置きます。鏡を自分で覗いた時に、ちょうど麻痺側の手の上に、鏡に映った自分の健側の手が来るように鏡と自分の視点を調節してください。
ステップ4
ご自分で意識して両手の指を握ったり伸ばしたりを、両手が揃うように気をつけながら動かすように練習します。
この時に実際には麻痺側の手は動いていなくても構いません。
大切なのは左右の指を同じ力加減で同時に動かすようにします。
ステップ5
この指の屈伸運動を1セット15分毎日行ってください。
足のミラーセラピー
ステップ1
椅子にやや浅めに姿勢良く腰掛けてください。
この時に左右の足をつく位置は、ご自分の体の正面から見てなるべく平行になるようにセットしてください。
両足はなるべく裸足でお願いします。
ステップ2
麻痺側の足に被せるように化粧用の鏡を斜めにセットします。
ステップ3
麻痺側の足に被せるように斜めにセットした鏡に映るように、健側の足の位置とご自分の視点を調節します。
ステップ4
ご自分で意識して左右のつま先を上げたり下ろしたり、両方の足の動きが揃うように気をつけながら動かすように練習します。
また左右の足の指を曲げたり伸ばしたりの練習も合わせて行います。
この時に実際には麻痺側の足が動いていなくても構いません。
大切なのは左右の足を同じ力加減で動かすようにします。
ステップ5
この足の運動を1セット15分毎日行ってください。
ポイントは鏡を置く位置を調節して、鏡に映った健側の手足が、ちょうど自分から見て麻痺側の手足のすぐ上に映るようにします。
こうすることで、脳は鏡に映った健側の手足が麻痺側の手足だと錯覚するのです。
まとめ
脳卒中の片麻痺を片麻痺を回復するためには、脳の運動神経や感覚神経に適切な刺激を送り込まなくてはなりません。
そしてそれらの刺激が適切に処理されて、麻痺の回復につながるためには「身体図式」と呼ばれる感覚処理が脳内で適切に行われていなければなりません。
今回は「身体図式」を生成する仕組みと、それに基づく運動制御の仕組みの解説
さらには脳卒中により障害された身体図式の生成を回復させるリハビリテーションアプローチについての解説を行いました。