脳卒中リハビリ

脳卒中ニューロリハビリのための脳の話 ② 大脳皮質編 ⑴ 運動関連領野

 

はじめに

前回はヒトの大脳が左右の大脳半球に分かれており、お互いに抑制性の神経制御を行っている話をしました。

その左右の大脳半球が、相互に抑制性の神経制御を行う性質を利用したニューロリハビリの方法が、CI 療法と呼ばれるリハビリ方法でした。

今回は、左右の大脳半球の表面を広く覆っている、大脳皮質の解説をしていきます。

どうぞよろしくお願いします。

 

大脳皮質とは?

大脳皮質とは、大脳の表面を覆っている、神経細胞の膜で、その厚さは1.5mm ~ 4.0mm程度です。

またこの大脳皮質は、大脳基底核と呼ばれる神経核を覆うように広がっています。

大脳皮質は、その部位ごとに、視覚・知覚・思考・記憶・運動制御などの機能が分かれており(機能局在)、脳の機能の中では高次脳機能と呼ばれる、高度な神経制御を担当しています。

 

大脳皮質の機能局在

大脳皮質の表面には、たくさんの溝があります。

そのせいで脳の表面は、シワシワに見えますね。

その大脳皮質の表面の溝の中で、特に深く刻まれている溝が3本あります。

⑴ ローランド溝

⑵ シルビウス溝

⑶ 頭頂後頭溝

この上記の3本の溝によって、大脳皮質は、前頭葉・頭頂葉・側頭葉・後頭葉の4つに分けられます。

この「前頭葉」と「頭頂葉」「側頭葉」および「後頭葉」には、それぞれに違う働きがあります。

またこれらの大脳皮質の区域は、お互いに連携して、さらに複雑な神経の制御を行っています。

 

前頭葉の働き

前頭葉はローランド溝から前方の、大脳皮質の一番前の部分から、ローランド溝までが前頭葉になります。

前頭葉は、『前頭前野』と、その後ろの『運動関連領野』に分かれます。

 

前頭前野

前頭前野は、思考や判断力あるいは創造性などの、脳の最高中枢を担う、脳全体の司令塔と考えられています。

あなたは「ロボトミー手術」という言葉を聞いたことがありますか?

この「ロボトミー手術は」精神病患者さんの前頭前野を切除する手術方法で、1950年代に盛んに行われ、約5万人が手術を受けました。

「ロボトミー手術」を受けると、確かに精神病の患者さんは暴れなくなるのですが、その他に感情や行動面で、以下のような様々な問題が起こってしまったのです。

前頭前野を切除して起こった問題

⑴ 周囲に対して無関心になった

⑵ 注意力がなくなり、反応が乏しくなった

⑶ 状況の理解力や判断力、推理力が低下した

⑷ 時と場所をわきまえない行動が目立つようになった

⑸ 我慢ができなくなり感情的に行動するようになった(脱抑制)

このことから、「前頭前野」は、生きるための意欲や、周囲の状況を判断して適切な行動をとるための重要な働きをしていると考えられるのです。

デイサービスなどの送迎で、送迎バスに乗る順番を待てずに、違うコースの車にもドンドン乗り込んでしまい、注意されると怒り出すおじいちゃんが時々いますよね。

これなどは脳梗塞や認知症などで「前頭前野」の機能が低下していることが原因なのです。

要するに病気のせいで怒っているのです(というか怒りやすい病気になっている)。

風邪で熱を出している人に、「熱いぞ」と怒る人はいませんよね。

相手が理不尽に怒っていたとしても、「前頭前野の障害だから仕方がない」と考えれば、なんとなく気持ちも収まりますね。

またアルツハイマー認知症が進行してくると、全く意欲がなくなって、自分からは動かなくなってしまいます。

これなども「前頭前野」の機能が低下しているせいだと考えられますね。

ですからこれも、「やらないことに怒ってお尻を叩いても仕方がない」ということになります。

 

運動関連領野

さて前頭前野のすぐ後ろには「運動関連領野」があります。

この「運動関連領野」は、さらに『高次運動野』と『1次運動野』に分けられます。

『高次運動野』はさらに、⑴ 背側運動前野 ⑵ 腹側運動前野 ⑶ 補足運動野 ⑷ 前補足運動野 ⑸ 帯状皮質運動野に分けられます。

 

1次運動野の機能

1次運動野は、「高次運動野」のすぐ後ろにあります。

また1次運動野の後ろは、すぐに頭頂葉があり、頭頂葉の「体性感覚野」と接しています。

そして1次運動野のすぐ下には「大脳基底核」があります。

1次運動野は、これらの「高次運動野」「体性感覚野」および「大脳基底核」と密接に連携しながら働いています。

1次運動野の働きとしては、これら周囲の領域と連携して、手足に運動指令を出すということです。

この運動指令は、意識して手足を動かすというもので、具体的には1次運動野からの運動指令は「皮質脊髄路」を下行して、手足の筋肉を適切に動かす制御をしています。

つまり1次運動野は「皮質脊髄路」の出発点となっています。

そして右半球の1次運動野は左の手足の随意運動を制御し、左半球の1次運動野は右の手足の随意運動を制御します。

これは「皮質脊髄路」が延髄の高さで「錐体交差」して、右の1次運動野からの皮質脊髄路は、ここから交差して左の脊髄を下行し、左の1次運動野からの皮質脊髄路は、逆に右に交差して右の脊髄を下行して、それぞれ左右の手足の意識的な運動を制御するためです。

ですから脳卒中で、右の大脳半球の神経が障害されると、左の手足が麻痺し、左の大脳半球の神経が障害されると、右の手足が麻痺する「片麻痺」になるのです。

 

高次運動野の機能

高次運動野は「前頭前野」のすぐ後ろにあります。

また高次運動野の後ろには「1次運動野」があり、高次運動野は前頭前野と1次運動野に挟まれています。

高次運動野の働きとしては、目的となる動作を遂行するための、運動の企画を行なっていると考えられます。

例えば、あなたが目の前のテーブルの上のお茶を飲もうと思ったとします。

この「お茶を飲もう」と決断するのは「前頭前野」の役目です。

そしてお茶を飲むためには、テーブルの上の湯呑みを、中身のお茶をこぼさないように持ち上げて、口元まで運ばなくてはなりません。

この時に、湯呑みの形によっても、持ち方が変わりますよね。

またこれがお茶の湯呑みでなく、把手付きのコーヒーカップであっても、持ち方が変わってきます。

お茶が湯呑みでなく、ペットボトルのお茶であっても、持ち方や飲み方が変わりますね。

これらの情報に対して、「的確なお茶の飲み方」を決めるのが「高次運動野」になります。

そして高次運動野で決められた飲み方に対して、具体的な手足の運動をコントロールするのが「1次運動野」の働きになります。

それでは高次運動野の中にある、5つの領域、それぞれの領域の働きを見ていきましょう。

 

腹側運動前野

腹側運動前野は、視覚情報と体性感覚情報(手足の関節や筋肉の動きの情報)などから、手などの動きを誘導する働きをしています。

例えば、手を伸ばして湯呑みを取る場合に、肩から指先の動きは一定でも、顔の向きによって、視覚的な見え方や、位置関係が変わってしまいますよね。

腹側運動前野は、このような視覚情報と運動情報の適切な連携を行います。

また持ち上げるものが、「湯呑み」なのか「コーヒーカップ」なのか、「ペットボトル」なのかでも、持ち方や飲み方が変わってきます。

このように腹側運動前野は、対象となる物体の形に応じた、最適な運動制御の調節を行なっています。

また同じ湯呑みであっても、テーブルの近くに置いてあるのか、遠い端の方に置いてあるのかでも、持ち方や操作の仕方が変わってきます。

腹側運動前野は、空間情報によっても動作の制御の仕方が変わってくるのです。

これらの視覚と実際の動作の適切な連携を行なっているのが腹側運動前野になります。

 

背側運動前野

背側運動前野は、視覚情報(感覚情報)と動作の連合に関わっていて、特徴としては「ルール」に従った運動制御に関わっていると考えられています。

例えば、道を歩いていて、目に前の信号が赤だったら、いったん立ち止まります。

そして信号が青に変わったら、再び歩き出します。

このように視覚信号を、何かの行動と関連づけられたルール(シンボル)として理解して、運動制御をおこなっているのが背側運動前野です。

このルールに従った運動制御を行うために、背側運動前野は前頭前野や頭頂葉と密接に連携して働いています。

 

補足運動野

補足運動野は、運動の開始や制止の制御をおこなっています。

補足運動野が障害されると、以下のような障害が出ることが知られています。

⑴ 自発的に運動することができなくなる

⑵ 意図しない動作が勝手に行われる(エイリアン・ハンド)

⑶ 手に接触したものを強制的につかんでしまう(強制把握)

⑷ 左右の手で独立した運動ができなくなり、両手を鏡に映したように対象的にしか動かせなくなる

⑸ 連続した動作をスムースに順序立てて行えなくなる

これらのことから、補足運動野は、自由度の高い運動の組み合わせを、順序立てて、それぞれの運動プログラムを切り替えたり、更新したり、維持したりする働きをしていると考えられています。

 

補足運動野の障害で起こる失語症

ヒトの言語中枢は左側の大脳半球にあることが分かっています。

しかし言語中枢ではないけれども、左側の補足運動野の障害で、特徴的な失語症になる場合があるのです。

この左半球の補足運動野の障害による失語症は以下のような特徴があります。

⑴ 言われた言葉やセンテンスを繰り返すことはできるが、自発的に話し始めることができない

⑵ 言葉に流暢さがない

この左半球の補足運動野の失語症は、左半球だけであり、右半球の補足運動野の障害では、起きることはありません。

左半球の補足運動野と左半球にある言語中枢の間に、なんらかの関係があるのでしょうね。

この辺が不思議ですね。

 

内発性動作と外発生動作

「外発生動作」は外部刺激や外部からの感覚に誘導されて行う動作で、「内発性動作」は外部からの刺激に関係なく自発的に行われる動作です。

補足運動野の障害では、この「内発性動作」が障害されています。

パーキンソン病などで、すくみ足で歩き出すのが難しいケースで、床に線が引いてあると歩けるようなケースが、この補足運動野の障害による「内発性動作」の障害ということになります。

つまりは床に引いてある線が、外からの視覚刺激であり、それによって歩き出すことができるのは「外発生動作」ということになりますね。

 

帯状皮質運動野

帯状皮質運動野は、大脳内壁の帯状溝内にあります。

帯状皮質運動野の内側は「脳梁」で、下側には「帯状回」と呼ばれる「大脳辺縁系」に属する神経系があります。

帯状皮質運動野は、この「帯状回」とたくさんの神経接続があります。

またその周囲の、「海馬」「扁桃体」「視床下部」からも情報を受けています。

「帯状回」などの大脳辺縁系と「扁桃体」は、感情のコントロールをしていると考えられている領域で、帯状皮質運動野は「感情と運動の連携」に働いていると考えらえれます。

例えば冬の寒い日に、体育の授業でグランドでサッカーをしたとします。

はじめは寒くて嫌々ながらやっていたのが、しばらくして体が温まってきて、ゲームが面白くなると、夢中になってボールを追いかけていたりします。

この時に、運よくゴールが決まったりしたら、興奮は最高潮ですね。

つまりこのように、運動機能と感情は密接に連携しているのです。

また感情が行動に影響を与える場合もあります。

あなたも足元に蛇がいるのにびっくりして飛び上がるなんて経験はありませんか?

また大きな犬に吠えられて、後ずさりしたりしますよね。

嬉しいことがあると、鼻歌を歌いながらスキップしたりします。

疲れてガッカリしている時には、肩を落としてトボトボ歩きます。

このように感情によって行動が変化したり、行動が選択されることがあります。

この感情による行動の変化や選択に「帯状皮質運動野」が関与しています。

 

まとめ

前頭葉は「前頭前野」と「運動関連領野」に分けられます。

「前頭前野」は意志の決定や状況判断など、脳の最高中枢であり、脳全体の司令塔の働きをしています。

その「前頭前野」で決定された行動指針に対して、「運動関連領野」で動作のプログラムが作られます。

「運動関連領野」は「高次運動野」と「1次運動野」に分けられます。

「前頭前野」で決定された行動指針に対して、「高次運動野」で、どのように動いて目的を達成するかの動作プログラムが決定されます。

それに対して「1次運動野」では、具体的な手足の動きの制御が行われます。

「1次運動野」から「皮質脊髄路」が始まっており、これを錐体路系の神経系と呼びます。

錐体路系が障害されることで、片麻痺などの運動麻痺が起こります。

また「高次運動野」は、前運動野・補足運動野・帯状皮質運動野などの領域に分けられ、それぞれに特徴的な機能があります。

 

最後までお読み頂きありがとうございます。

 

 

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