小児リハビリ

脳性麻痺の発達を効果的に促す小児ニューロリハビリテーションの基礎

 

はじめに

脳性麻痺とは、妊娠中や出産前後、または出生後4週間以内に、何らかの原因で生じた、脳の損傷によって、運動麻痺や姿勢制御の障害、知的な発達障害が起こることを言います。

脳性麻痺によって、脳の神経システムが損傷してしまうと、脳から手足に対して、適切な指令が出せなくなってしまいます。

また目で見たり、耳で聞いたりした、感覚情報なども、適切に分析できなくなり、正しい行動を選ぶことが難しくなったりします。

そのために、その後の成長の過程で、正常な発達をすることが難しくなるのです。

この問題を少しでも解決するために、主にリハビリテーションを行います。

これまでの小児リハビリテーションは、人間発達学にもとづいてアプローチがなされてきました。

これは脳性麻痺によって、自力では正常な発達の過程を追えなくなったお子さんに対して、正常な運動発達などの過程を追うように促すカタチでの、リハビリテーション方法です。

しかし脳性麻痺のお子さんは、脳の神経経路のどこかに問題があり、スムースに運動発達を追えなくなっていますので、単純にそれを矯正的に促しても、なかなか難しいものがあります。

そこで21世紀に入ってから、小児ニューロリハビリテーションが行われるようになってきました。

この小児ニューロリハビリテーションとは、脳の神経の機能上の問題点をキチンと評価した上で、問題のある神経系に対して、神経学的なアプローチを行います。

そうすることで、運動発達のボトルネックとなっている、神経学的な問題点を解決し、正常な発達を促すものです。

ヒトの脳は、様々な神経回路が集まってできており、それぞれの部分で、異なる機能を担っています。

ですから問題のある神経系がちがえば、起こってくる運動障害もちがってくるのです。

そうするとニューロリハビリテーションでのアプローチ方法も、それに合わせて、変えていく必要があります。

ステロタイプの運動発達を追うようなやり方にはなりません。

お子さんによっては、手の基本的な運動から始めて、うつ伏せや四つ這いは1年も2年も後に始めるケースもありますし、その逆にうつ伏せから積極的に行うケースもあります。

今回は脳性麻痺の神経学的な捉え方と、それに対するニューロリハビリテーションのやり方について、簡単に解説していきたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。

 

脳性麻痺とは!

脳性麻痺は、妊娠中、出産前後または生後4週間以内のあいだに、なんらかの原因で脳に損傷がおこり、赤ちゃんに運動と姿勢制御の障害がおこります。

赤ちゃんが脳性麻痺になると、首が座らなかったり(傾いたり)、おすわりやハイハイなどの運動スキルが上手く獲得できなくなります。

そのためにさらに正常な脳の発達が遅れ、感情や思考などの発達も遅れてしまいます。

どうして脳に損傷がおきると、このような問題が起きるのでしょうか?

ヒトが手足を動かすためには、脳の運動野から、神経細胞のグループが、「筋肉にこのくらい力を入れて腕をあげなさい」などの指令を出しています。

脳の運動神経が損傷されてしまうと、この手足の筋肉を動かす指令が、うまく出されなくなってしまいます。

生まれたばかりの赤ちゃんの脳が損傷されて、手足がうまく動かせなくなると、どういったことがおこるのでしょうか?

普通は、生まれたばかりの赤ちゃんは、4ヶ月ぐらいから、両手を目の前で合わせる動作をするようになります。

また6ヶ月ぐらいから、自分の手で、自分の足を触る動作をするようになります。

そして8ヶ月くらいから、身体を上手にひねって、横を向くようになります。

この間に赤ちゃんが何をしているのかというと、自分の身体の構造を確認して、その働きの理解を深めているのです。

つまりは自分には、身体の右と左に手が生えていて、こんな風に動かして、顔や足に触ることができるとか。

自分の身体の下の方には、足が生えていて、こんな風にバタバタ動かせるとかです。

また身体を上手にひねると、身体を横に向けることができるとかも学習します。

こういった自分の身体に対する、漠然とした理解のことを「身体図式」と呼びます。

この「身体図式」を発達させることは、赤ちゃんの発達にとって、とても大切なことなのです。

しかし脳性麻痺の赤ちゃんは、手足がうまく動かせないために、自分の手がどんな働きをするのかを経験することができません。

また仰向けに天井を見て寝ているだけだと、自分の足が見れませんから、自分の身体に足が生えていることにすら気づいていません。

また長いこと仰向けに寝続けていると、背中の筋肉がこわばって動かせなくなってしまいます。

あなたも休みの日とかで、夕方まで寝てしまい、背中や腰の筋肉がバキバキに痛くなった経験はありませんか?

実は脳性麻痺の赤ちゃんの体や手足のこわばりは、長いこと動かなかったために、後からできたものであることがほとんどです。

しかし赤ちゃんが、保育器から出てきたときには、すでにガチガチに硬くなっていますので、親御さんは、脳性麻痺のせいでこんなにこわばっているのだと思い込んでいるのです。

このようなカチカチな体では、上手に身体をひねった寝返りの仕方も経験できませんし、だいいち筋肉を動かすことすら経験できない可能性があります。

これではとうてい「身体図式」は発達しませんね。

自分に足が生えている事に気づいていない赤ちゃんが、意識できていない足を動かせるようにはなりません。

脳性麻痺の赤ちゃんの発達障害は、単に神経の障害によるだけでなく、その運動障害がボトルネックになって、さまざまな人生の初めの経験ができないための、経験不足によるものが原因なのです。

ですから普通にほったらかすと、健康な赤ちゃんが自動的に経験する運動発達ができませんから、脳性麻痺の赤ちゃんには、専用の運動経験を積むための仕組みが必要になります。

また「身体図式」が成長してくると、この身体図式は伸びるようになります。

この「身体図式が伸びる」とはどういうことかと言うと、柿の木で遊ぶ子供を想像してもらうと分かりやすいと思います。

子供が柿の木の下に立っています。

柿の木の枝には、柿の実がなっています。

子供は柿の実をとりたいのですが、手を伸ばしただけでは、柿の実に届きそうもありません。

この柿の木の枝の実を見ただけで、その木の高さと、自分の身長から、だいたい手が届くかどうかが分かるのが「身体図式」による、自分の身体の漠然とした理解なのです。

このままでは、柿の実に手が届かないと思った子供は、次に地面を探して、木の棒を拾います。

そうして子供は木の棒を振り回して、柿の実をはたき落とそうとします。

この時に、子供の身体図式は、手の先から、手に持っている棒の先にまで伸びています。

これが身体図式が伸びるという現象です。

私たちが、何かの道具を使う場合、私たちの身体図式は、その道具の先にまで伸びてきているのです。

これは例えば、お箸でご飯を食べるときや、スプーンでスープを飲む場合も同じです。

身体図式は、それぞれお箸やスプーンの先にまで伸びています。

このように「身体図式」が発達していないと、道具を使うことができません。

それどころか、物に触ることすらできないのです。

このように脳性麻痺の赤ちゃんは、初期の運動経験から、身体図式の発達がなされないことで、その後の人生経験を拡げるチャンスを失って、発達が遅れてしまっているのです。

これが脳性麻痺の大きな問題と、発達障害の原因です。

 

脳性麻痺の原因は?

脳性麻痺は、生まれてくる新生児の、約1000人に2人の割合で発生しているそうです。

脳性麻痺の原因は、それ自体が不明であることも多いのですが、原因が分かっているものには、以下のようなものがあります。

 

⑴ 核黄疸・ビリルビン脳症

肝機能や胆のうに問題があると、ビリルビンが体内に蓄積して黄疸が起こります。

この黄疸の原因となる「ビリルビン」が脳神経細胞を損傷してしまうのです。

⑵ 低酸素脳症

出生時に仮死状態になってしまうなどの問題があると、脳に十分な酸素が届かなくなり、脳の神経細胞が傷ついてしまうことがあります。

⑶ 脳室内出血・脳室周囲白質軟化症

どちらも早産や未熟児であることが原因で起こります。

脳室内出血では、新生児の脳内に出血が起こります。

脳室周囲白質軟化症では、大脳皮質の灰白質の下にある、白質層に血液が十分に届かずに、白質が未成熟な状態になります。

⑷ 感染症

妊娠中の母体が、風疹、サイトメガロウィルス、トキソプラズマなどに感染することで、胎児が脳性麻痺になる場合があります。

⑸ 脳の奇形・遺伝子異常

脳性麻痺の原因として、遺伝子形成の段階での、何らかの遺伝子書き換えの不備によって、遺伝子異常が認められることで、脳性麻痺になる場合があります。

⑹ その他

上記の原因以外に、よく原因が分からないまま、お子さんの脳の発達が妨げられ、脳神経細胞が未成熟のまま生まれてくる場合があります。

 

 

神経回路による機能の違いと症状の違いについて

脳性麻痺といっても、その神経症状は様々で、それぞれにみんな違います。

これは障害された、あるいは未成熟なままの脳の神経細胞の部位が、みんな違っているからです。

これまでは脳の機能が十分に理解されていなかったため、子供のリハビリは、神経障害を漠然ととらえて、正常な発達と違う部分を、なるべく正常な発達に近づけるようなアプローチをしてきました。

しかし脳科学が発達して、脳の機能があきらかになってくると、脳性麻痺の発達障害は、一部の神経機能の問題がボトルネックとなり、その他の神経機能の成長を妨げていることが分かってきたのです。

ですから小児ニューロリハビリテーション(神経リハビリ)は、お子さんの脳神経のどこに未成熟や機能の弱い部分があるのかを、しっかりと調べた上で、そのボトルネックとなっている神経機能の発達を促すためのアプローチを行います。

小児ニューロリハビリテーションを効果的に行うためには、脳の機能をシッカリと理解した上で、問題となっている脳の神経核がどこなのかを明らかにしたうえで、適切なアプローチを行わなければなりません。

では代表的な神経機能の未成熟の問題点をご紹介します。

 

大脳皮質の神経細胞の未成熟

大脳皮質は、前頭葉、頭頂葉、後頭葉、側頭葉に分かれています。

その中でも、前頭葉には「前頭前野」と呼ばれる、あなたが何をするかの意志を決める部分と、その意志にしたがって動作を行う「運動野」があります。

 

前頭前野のはたらき

運動前野は意志の決定を行う、中枢のいちばん上位に当たる部分です。

いわば脳のなかのリーダーですね。

お子さんの動作を観察していて、反射的にはチューブを上手に手にからめとって抜いてしまったりするのに、言葉で指示をして何かをやらせようとすると、モジモジして一向にできない場合があります。

これは反射的な動作には、意志の決定が関与していないからです。

あなたも顔の周りにハエが飛んできたら、何も考えずに手で振り払うでしょう。

お子さんが、反射的に抜いてしまうチューブは、あなたの顔の周りのハエと同じことなのです。

このようなケースでは、まずは「前頭前野」で、何をするかの意志を決定してから、シッカリと「運動野」にどんな動作をするかの指令が出せるように、練習していかなければなりません。

ではその「運動野」は、どんな仕組みになっているのでしょう。

 

運動野のはたらき

「運動野」は前頭前野のすぐ後ろにあります。

この「運動野」は、さらにザックリと「1次運動野」と「高次運動野」に分けられます。

1次運動野のはたらき

1次運動野は前頭葉の一番後ろ、頭頂葉との境目にあります。

1次運動野は、目的となる動作を行うため、手足を具体的にどう動かすかの指示を行います。

たとえば人差し指から小指までの4本の指を、そろえて曲げ伸ばしする動作をする場合、いくつもの1次運動野の神経細胞が協力して活動することで、指を動かします。

または肘の曲げ伸ばしでも、そのための神経細胞が協力して、肘を曲げ伸ばししています。

いくつもの神経細胞が協力して、ひとつの動作を行うためのグループを作っているのです。

これを神経細胞の運動単位と呼びます。

お子さんが、これらの動作がうまくできない場合、それはこの神経細胞の運動単位に協力する細胞が少ないか、または神経細胞同士の連絡をするシナプスの繋がりが弱い可能性があります。

小児ニューロリハビリでは、このような場合、1次運動野の神経細胞の運動単位を増やし、シナプス結合を強化するためのアプローチを行います。

高次運動野のはたらき

高次運動野は前頭前野と1次運動野の間にあります。

高次運動野では、目的の動作を正確に行うための運動制御を行います。

1次運動野では、どの程度指を曲げるかとか、肘を伸ばすかの指令を手足に行なっていましたね。

しかしヒトの動作は、そのほとんどは操作の対象となる物があり、それを正しく持って操作することを目的にしています。

ですから対象となる物の形や、重さ、動きなどを理解したうえで、それを操作するのに最適な動作をしなければなりません。

そのための高度な運動制御を行っているのが高次運動野です。

たとえばテーブルの上の飲み物を飲もうとする場合、それが水が入ったコップなのか、コーヒーカップなのか、ワイングラスなのかで、持ち方も、口元に運ぶやり方も変わってきますね。

高次運動野では、このような操作する対象の形や働きに応じて、手の動き方の違いを制御しています。

また動作によっては、素早く動かす必要があったり、ゆっくり動かす必要があったりします。

このような運動のリズムも高次運動野で制御しています。

さらには外からの働きかけに応じて、動作を行う場合もあります。

たとえばママに呼ばれたら、ママの方を向くとか、信号が赤になったら横断歩道で立ち止まるとかの動作がありますね。

こういった行動も、高次運動野で制御しています。

小児ニューロリハビリでは、こういった高次運動野の機能を高めるアプローチも重要になってきます。

 

大脳基底核

大脳基底核は大脳皮質のすぐ下にあります。

また大脳基底核は、ひとつの神経核ではなくて、線条体、被殻、淡蒼球などが集まってできています。

大脳基底核のはたらき

私たちは、健康であれば、たとえば歩きながらスマホをいじったり、テレビを見ながらご飯を食べたり出来ますね。

つまりは私たちは、同時にふたつの事を行うことができるのです。

たとえばスマホを操作しながら歩いている時には、私たちはただ真っ直ぐにしか歩けませんし、障害物や落とし穴があっても、避けることができません。

テレビを見ながらご飯を食べている時には、テレビの内容に集中していると、料理の味はわかりませんし、料理を味わっていては、テレビの内容が頭に入ってきません。

つまり私たちは、2つの事を同時にできますが、そのうちの片方は、ほとんど意識せずに、自動的に動作をしていることになります。

この意識しないで自動的に行う動作を制御しているのが、「大脳基底核」です。

私たちがテレビを見ながら、テーブルの上のコップの水を飲む時に、「コップの水を飲もう」と考えただけで、コップをどうつかもうとか、腕の伸ばし方なんかをどうするかなどを、特に意識しないでも、自然にコップを口元に運ぶことができますね。

こういう自然に無意識に行う動作を、大脳基底核が制御しているのです。

また大脳基底核には、動作を熟練する働きがあります。

たとえば板前さんの仕事をイメージして見てください。

見習いの板前さんが魚を三枚に下ろす時には、一生懸命に魚に意識を集中しなければ、上手に魚を捌くことはできません。

しかしベテランの板前さんなら、特に意識しなくて世間話をしながらでも、上手に魚を捌くことができますね。

これは魚を捌くという動作の経験値をあげることで、大脳基底核の制御の能力が高まったからです。

大脳基底核は、このような無意識に行う自動的な動作を、視床や小脳と連携しながら、コントロールしているのです。

大脳基底核がうまく働かないことで、動作がぎこちなくなったり、こわばったりしてしまいます。

 

身体図式とミラーニューロン

ここでもう一度「身体図式」という聞きなれない言葉の説明をさせてください。

この「身体図式」というのは、一般的に考えられているような「身体イメージ」とは少し違っています。

たとえば身体イメージであれば、「背が高い」とか「足が短い」とか「丸顔」だとか、そういった客観的なイメージになります。

先ほども少し説明しましたが、「身体図式」は、もっと漠然とした、主観的なイメージのことを言います。

たとえば先ほどの、柿の実の話を思い出してください。

私たちは、木の枝になっている柿の実を見ただけで、なんとなくそれに手が届くかどうかが判断できてしまいます。

また道を歩いていて、目の前にある段差を、一またぎで越えられるかどうかも、ひと目でなんとなく分かります。

野原を歩いていて、橋のかかっていない小川があれば、それをジャンプして飛び越えられるかどうかも、なんとなく分かります。

このように「身体図式」とは、自分には手足が生えていて、その手足が、どの程度のことをする実力があるのかが、なんとなく分かっているという、主観的で漠然とした感覚なのです。

しかし脳性麻痺のお子さんは、生まれた時から、手足を動かす経験が不足しています。

仰向けに寝たきりの場合などは、自分では足が見えませんから、自分に足が生えていることすら、気づいていない場合もあります。

また生まれてすぐに、生きるか死ぬかの経験をしており、自律神経系の緊張から、手足の筋肉がこわばってしまっているため、スムースに手足が動かせる経験もありません。

ですから脳性麻痺では「身体図式」が十分に成長していなケースがほとんどです。

もしあなたのお子さんの、運動神経系の神経細胞が、未成熟ではあっても成長する可能性を秘めていたとしても、「身体図式」が育っていなければ、運動神経系の細胞が成長することもありません。

大人の脳卒中などの麻痺は、すでに成長して「身体図式」も確かにあった方が、脳神経細胞に障害を受けて麻痺していますから、運動神経系の麻痺を疑うことはありません。

しかし子供の場合は、「身体図式」を成長させる経験がないため、自分に手足が生えていて、それがどんな働きをするのかが分かっていない場合が多いのです。

運動神経の麻痺がなくても、自分に足が生えていることが分かっていなければ、足を動かせるようになる訳がないのです。

これがお子さんの脳性麻痺の大きな特徴になります。

まずは「身体図式」を育てることに全力を尽くさなければなりません。

 

ミラーニューロンとは?

ここで「身体図式」の生成に深く関連する『ミラーニューロン』について、少しご説明したいと思います。

次から次に聞きなれない専門用語が出てきてごめんなさい。

もう少しがんばって下さいね。

この『ミラーニューロン』は、単一の神経核ではなく、大脳皮質の広い領域にまたがって、神経が連携されて働く、いわば「ミラーニューロンシステム」と言った具合の神経系です。

『ミラーニューロン』の働きを簡単に説明すると、「マネっこ神経系」ということができます。

世の中にはモノマネ芸人さんがたくさんおられます。

またプロでなくとも、巷には知り合いのちょっとした仕草を真似して笑いを取る人がたくさんいます。

彼らは本当に上手に相手の真似をして見せますよね。

実はこの「ひとの真似ができる」ということが、私たちが生活していく上で、とても大切な能力なのです。

そしてそれを可能にしているのが『ミラーニューロン』です。

『ミラーニューロン』は、感覚神経と運動神経が連携した神経システムです。

これがどのように働くかというと、私たちが他のヒトの動作を見ている時、視覚などの感覚神経系が働いて、相手の動作を認識しています。

しかしそれと同時に、自分の運動神経も、相手の動作と同じ動作をするように活動しているのです。

これはどういうことかと言うと、相手の動作を観察しながら、同時に自分の頭の中でも、同じ動作をイメージして、動いて見ているのです。

つまり観察している相手の動作と、まったく同じ動作を、私たちは常に頭の中の動作として、やって見ているのです。

これがどう言う効果を生んでいるのかと言うと、主に以下の2つになります。

⑴ 上手なひとの動作を観察することで動作が上達します

昔の職人は「仕事は見て盗め」なんて言いましたが、まさにそれですね。

私たちが、何か新しい作業を覚えるためには、その作業の上手な先輩の動作を見て勉強するのが一番近道です。

これがミラーニューロンの働きによるものです。

つまり私たちが、新しい動作ができるようになるためには、このミラーニューロンの働きが不可欠なのです。

⑵ 相手の動作を脳内シミュレートすることで相手の動作の意図を推察します

ミラーニューロンは、相手の動作を観察しながら、同じ動作を自分の脳内で再現しています。

つまり自分の脳の中で、相手の動作と同じ運動神経の活動が行われることで、相手の動作を自分が同時に行っている感覚が生まれます。

これがどんな効果を生むのかと言うと、相手の動作を自分の脳内で再現してみることで、相手の気持ちが分かるのです。

つまりは相手がどんな目的を持って、その動作を行っているのか推測できるのです。

これは電車に乗っているところを考えると、怪しい人が他人のカバンにこっそり手を入れているのを見たら、「あっスリだ!」と気がつきます。

でも怪しい人が、女の人のおしりを触っていたら、これは「あっ痴漢だ!」になりますよね。

こう言った、相手の動作を見て、その意図を推察するのはミラーニューロンの働きによって行われているのです。

また私たちはミラーニューロンの働きによって、相手の感情も理解しているのです。

たとえばテレビのドラマを見ていて、悲しい場面でヒロインが泣いていたら、あなたも悲しくなりますよね。

これはあなたも心の中で、ヒロインと同じように泣いて見ているから、相手の感情が理解できるのです。

お子さんも、ミラーニューロンが働くことで、動作を覚えることが出来るだけでなく、ママが泣いているのを見て、「あっママは悲しいんだ」と感じることが出来るようになるのです。

このミラーニューロンは、身体図式と深く関係していて、身体図式が発達していないと、脳内で相手の動作を再現できませんから、ミラーニューロンも作動しないことになります。

このようにミラーニューロンが働かないと、相手の真似をして、動作を獲得することができませんから、運動発達のチャンスが大きく失われることになります。

身体図式とミラーニューロンを発達させることは、運動発達において、とても重要なことなのです。

 

姿勢制御と神経経路の連携

ついで姿勢制御について、少し解説したいと思います。

実は座ったり立ったりする姿勢を制御するのは、リズムの切り替えなのです。

座っているときも、立っているときも、私たちは揺れているのです。

そして揺れていることで、バランスをとっています。

座っていて、振り向くときにもバランスをとるために、このリズムを切り替えていますし、まっすぐに立っている状態から、歩き出すときにもリズムを切り替えて行います。

ですから私たちが安定して座ってるために、安定して立っているために、または転ばないように歩くためには、それに適したリズムを上手に選択して、切り替える必要があるのです。

脳性麻痺のお子さんは、このリズムの制御がうまくできない場合が、けっこうあります。

この姿勢や動作の変化に合わせて、体を揺らせるリズムの切り替えは、脳の高次運動野と大脳基底核と脳幹網様体の連携で行われています。

この姿勢を保つためのリズム制御は、高次運動野でのリズムサンプルや、大脳基底核でのリズムの調節や、網様体での適切なリズムの切り替えを、それぞれ適切に連携しながら行う必要があります。

ですから脳性麻痺のニューロリハビリでは、姿勢制御を安定して行えるようになるために、高次運動野と大脳基底核および網様体での、それぞれの姿勢制御のための機能を高めるアプローチを行う必要があるのです。

 

ニューロリハビリテーションで何をするのか?

それではこれらの脳のそれぞれの機能の違いに基づいて、小児ニューロリハビリでは、どのようなアプローチを行うのかについて、分かり易く簡単に解説して行きたいと思います。

 

運動制御と運動学習の関係について

脳性麻痺による運動障害に対するニューロリハビリによるアプローチの基本は、「運動学習」を進めることになります。

これは手足を動かすための運動制御を行う神経活動を、繰り返し練習することで、その運動に関わる神経細胞の数を増やしたり、その神経細胞同士のシナプス結合を強くしたりします。

これを「運動学習」と呼びます。

この運動制御の繰り返しによる運動学習がどのように行われるか、少しご説明します。

まず手足を動かすための運動神経による指令は、1次運動野から出されます。

この1次運動野でつくられた運動指令は、大脳基底核を通って微調整されてから、脊髄を下って行って、手足の筋肉を動かします。

実際に筋肉が動いて、手足の動作が行われると、筋肉の感覚センサーから、どの位動いたかの結果が、感覚情報としてフィードバックされて、脳に戻されます。

この感覚フィードバック情報は、1次運動野のすぐ後ろにある、体性感覚野に戻されます。

そして1次運動野に残された、運動指令の情報と、体性感覚野に戻された、実際の運動の結果情報が照合され、さらに動作を適切に行うように、微調整が行われます。

これを「運動の最適化」と呼び、これによって最適化されながら制御される運動を『最適化フィードバック制御』と呼びます。

ニューロリハビリ では、この『最適化フィードバック制御』を繰り返すことで、「運動学習」を進め、神経の発達を促して行きます。

 

まずは最初のアプローチ

この運動制御をキチンと行って、運動学習を進めるためには、運動司令に対して、キチンと筋肉が反応する必要があります。

そして筋肉の中にある、感覚センサーが働いて、実際におこった運動に対する、感覚情報がフィードバックされなければなりません。

しかし多くの脳性麻痺のお子さんは、手足の筋肉がカチカチにこわばっています。

手足の筋肉がカチカチにこわばった、このような状態では、筋肉の中の感覚センサーが働かず、感覚フィードバックが行われません。

それどころか、感覚フィードバックがないと、運動の照合ができないため、運動神経が混乱して、さらに手足の筋肉をこわばらせてしまいます。

ですからニューロリハビリのアプローチを行う、第一歩目としては、このこわばった筋肉を、柔かく揉みほぐすことから始めます。

脳性麻痺の子どもを持つ親御さんは、この我が子の手足がカチカチなのは、脳性麻痺による神経の問題だと思い込んでいます。

我が子が保育器から出られるようになり、初めて抱いたときには、すでに手足がカチカチだったので、脳性麻痺の子どもはそういうものだと思い込んでも仕方がありません。

しかしこのお子さんの手足のカチカチの強張りは、生まれてからある程度成長するまで、生きるか死ぬかの戦いを強いられたストレスの結果なのです。

つまりはストレスからくる、肩コリや腰痛の特殊なバージョンであると考えてください。

ですからキチンと揉みほぐしてやると、多くの場合は、柔かくなってきます。

このお子さんの筋肉をもみほぐす方法は、普通のマッサージではなく、「マイオセラピー」と呼ばれる、特殊な方法で行います。

 

運動学習に関係するミクログリアの働き

脳性麻痺のお子さんが、小さな子供の頃は、けっこう手足を動かせていたのに、成長して大人になるにしたがって、だんだんと手足がこわばって動かせなくなるケースによく出会います。

これはどう言うことかと、手足を動かすための運動制御が正しく行われていなかったために、シナプス結合が消失してしまったからです。

つまり正しく運動制御を行って、運動学習を続けていかないと、脳の神経細胞の繋がりであるシナプス結合が、不要のものとして切断されてしまうのです。

健康な場合は、ヒトは成長するにしたがって、手足の動作が上手になって行きます。

しかし脳性麻痺のために、正しい運動制御と運動学習ができなくなっていると、運動神経のシナプス結合が強化されないばかりか、不要なものとして切断されて行ってしまうのです。

ですから成長するにしたがって、少しづつ手足の動きが悪くなるなんていう、嫌な現象が起きてしまうのですね。

運動神経のシナプス結合は、その動作を行って運動学習をすればするほど、強化されて、動作が上手になって行きます。

逆に動作を行わずに、運動学習が行われないと、その動作のためのシナプス結合は、不要なものだと切断されてしまうのです。

このシナプス結合を繋いだり、強化したり、切断したりの調節を行っているのが、「ミクログリア」という脳の細胞です。

実は脳の細胞は、電気的に情報のやりとりをする「シナプス細胞」の他に、『グリア細胞』と呼ばれる細胞がたくさんあります。

このグリア細胞は、さらに「ミクログリア」「アストロサイト」「オリゴデンドロサイト」などの細胞に分かれています。

実はチンパンジーやゴリラと人間の脳を比べると、シナプス細胞の数は、それほど差がないのです。

しかしヒトの脳は、チンパンジーなどに比べると、このグリア細胞が桁違いに多く、ヒトと猿の知能の違いは、このグリア細胞の働きによる可能性があるのです。

そしてグリア細胞の中で「ミクログリア」と呼ばれる細胞が、シナプス細胞のシナプス結合を調節していることが分かってきています。

小児のニューロリハビリ では、このミクログリアの働きを活性化して、お子さんの学習能力を高めるアプローチも、とても重要になってきます。

そのためには正しい運動制御と運動学習の仕組みを、お子さんの脳と身体に作り上げていかなくてはなりません。

 

手足を動かすための1次運動野の運動神経単位を増やす

小児のニューロリハビリでの第一歩は、手足をシンプルに動かすための、1次運動野での運動神経細胞の運動単位を増やすアプローチと、シナプス結合の強化を行います。

まずは一番基本となる、手足の屈伸運動などで、正しい運動制御と、それに伴う運動学習が継続して行けるようにします。

まずはキチンとした運動制御と運動学習の仕組みが作られれば、その後の継続的な運動神経の発達が期待できます。

 

高次運動野での手の運動制御を高める

1次運動野での運動学習ができるようになったら、次は高次運動野での、より高度な制御の練習を行います。

例えば指の屈伸ができるようになったとしても、それだけで物をつかんで操作できる訳ではありません。

対象になる物を目で見て、その形を確認した上で、それに合わせた指の形を作って操作しなければなりません。

例えば飲み物を飲むときにも、それが入っている器が、シンプルなコップなのか、取っ手のついたマグカップなのか、ワイングラスみたいな物なのかで、指の動きが変わります。

そういったより高度な制御の練習も必要になってきます。

 

ミラーニューロンと身体図式を育てる

高次運動野での高度な運動制御を育てるためには、より高度な運動学習が必要になります。

そしてより高度な運動学習のためには、ほかの人の動作を見て真似っこする「ミラーニューロン」と、自身の身体を正確に把握する「身体図式」を成長させていく必要があるのです。

 

姿勢制御と運動リズムを高める

手足の運動機能を高めるためにも、安定して歩くためにも、姿勢制御と運動リズムの切り替え機能を高めていかなければなりません。

この姿勢制御とそのための運動リズムの調節は、高次運動野+大脳基底核+視床+小脳+脳幹網様体の連携で行われます。

ですから姿勢制御機能を高めるためのアプローチは、それらの神経核それぞれに対応するアプローチを、適切に行っていく必要があるのです。

 

大脳基底核による動作の熟練

これらの運動制御が少しづつできるようになってきたら、これを繰り返し練習して、運動制御の精度を高めて行きます。

これも運動学習のひとつです。

繰り返し練習することで、高次運動野や大脳基底核にデータを蓄積して、動作を熟練して行きます。

 

 

お子さんの興味と意欲を引き出す方法

小児ニューロリハビリテーションの基本は、お子さんが正しい運動制御が練習できる身体条件を整えて、運動学習をなるだけ効率よく進めていくことです。

そのために一番基本となることは、「お子さんの学習意欲を引き出す」ことになります。

実はこれが一番大変なのです。

よくコントなどで学校の先生が「彼はやれば出来る子なんですが、もったいないですね」なんて言ってるシーンがありますよね。

そうなんです。

本当にやれば出来る子が沢山いるんです。

そこでお子さんのやる気を引き出す方法ですが、まず基本的に「無理強い」は最悪です。

早く結果を出そうとして、お子さんが泣いて嫌がっているのに、無理やりうつ伏せにするとかは、なんの効果もありません。

早い時期に、嫌なことを強制してしまうと、それがトラウマになり、それから後のアプローチでも、ずっとトラウマになった運動を拒否し続けてしまいます。

まずは小さな事で構わないので、簡単な動作の練習から行って、「成功体験」を積み上げることから始めてください。

小さな成功体験を積み上げることで、お子さんにチャレンジ精神が育ってきます。

また少しづつ出来る動作が増えることで、お子さんに自信も生まれますし、運動を練習する意義も理解してくれるようになります。

そうして意欲が高まって、お子さんが自分から積極的に頑張るようになると、運動学習の効果も高まって行きます。

基本はお子さんの意欲を引き出すこと。

これが一番大切で、一番大変なアプローチになります。

 

まとめ

今回は小児ニューロリハビリテーションの基本について解説しました。

ニューロリハビリの基本は、正しい運動制御による運動学習を進めることにあります。

また運動学習は、1次運動野での運動学習から始めて、高次運動野や大脳基底核などでの運動制御の学習に続いて行きます。

そして運動学習を効果的に進めるために、一番重要なのは、お子さんにニューロリハビリの意義を理解してもらい、自信と意欲を持ってもらうことが大切になります。

小児ニューロリハビリは、最近始まったばかりですが、私の臨床上の体験から、本当に革命的なアプローチになると確信しています。

お子さんの未来の可能性を最大限高めていく、小児ニューロリハビリテーションに、みなさんが関心を持ってもらい、今後普及していくことを願っています。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

注意事項!

このサイトでご紹介している運動は、あなたのお子さんの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。

 

 

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