はじめに
進行性核上性麻痺(PSP)は、脳の大脳基底核が脳の神経活動の老廃物であるタオ蛋白によって障害されて、パーキンソン症状が起こる病気です。
パーキンソン症状の中には、不随意運動や筋肉の強張りに加えて、「すくみ足」で歩こうとして最初の一歩が踏み出せないなどの症状が出る場合があります。
この「すくみ足」による最初の一歩が踏み出せない歩行障害は、それ以外の動作の障害にも関連して認められる場合があります。
たとえば立った状態から椅子に座ろうとして、腰をかがめている動作の途中で、急に体が動かなくなる、などの症状が出ることがあります。
またベッドの柵などをつかもうとして、逆に柵を握ったまま、手が離れなくなったりする現象が起きる場合もあります。
それに対して、逆に仰向けに寝た状態から、横向きまで寝返ろうとして、うつ伏せまで寝返った挙句に、気がついたら四つ這いになっていた、なんて事もあります。
進行性核上性麻痺(PSP)は、大脳基底核の自動的に動作を制御する機能が障害されています。
なので自分で思った動作と、違う動作を大脳基底核が選択して、間違った制御をしてしまう場合があります。
どうしてPSPでは、この様な動作が思う様にならない現象が起こるのでしょうか?
そしてそれに対する有効なリハビリテーションはないのでしょうか?
今回は進行性核上性麻痺(PSP)の動作のすくみと、そのリハビリ方法について解説したいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
PSPで大脳基底核が障害されるとどんな問題が起きるのか?
まずは健康な時に、あなたがテーブルの上のグラスの水を飲もうとした場合を想像して見てください。
あなたはテーブルの上のグラスを見て、「そうだ水を飲もう」と思っただけで、なんとなく自然にグラスをつかんで口元に運んでいるはずです。
あなたはグラスを右手でつかむか、左手でつかむかすらも意識していなかったはずです。
でもあなたは無事に水を飲めています。
これは大脳基底核が、目的となる動作を自動的に制御して、あまり細かく動作を意識しなくても、慣れた日常の動作を行える様にしてくれているからです。
具体的には、これらの半自動的な動作の制御は、次の様な流れで行われています。
大脳基底核による半自動的な動作制御の流れ
⑴ 日常生活上の様々な動作のパターンが、大脳皮質の「高次運動野」に蓄積されています。
⑵ 大脳基底核が、その時の目的動作に最適な動作パターンを選択して、運動神経に命令を送ります。
⑶ 小脳がその時の状況に合わせて、自分と目標物との距離や大きさを測り、動作の大きさを調節します。
⑷ 脳幹網様体が、その時の動作が、スムースにバランスよくできる様に、運動のリズムやスピードを調節します。
⑸ これらの運動制御のネットワークが、適正に働くことで、上手にグラスの水を飲むことができます。
申し遅れましたが、大脳基底核は大脳皮質のすぐ下にある、尾状核、被殻、淡蒼球、黒質、視床下核 の5つの神経核の集合体です。
そしてこの様に大脳基底核が、目的にあった動作パターンを選択して、制御してくれるので、あなたはあまり細かい手足の動きを意識しなくても、スムースに目的とする動作を行えるのです。
また高次運動野と大脳基底核、脳幹網様体のネットワークでは、「動作の開始と終了」の制御もしています。
なのでPSPによってタオ蛋白がたまってしまい、大脳基底核が障害されると、適切な動作パターンが選べなくなり、動作の開始や終了がうまくコントロールできなくなって、動作がすくんでしまうのです。
「動作のすくみ」に対するリハビリテーション方法
たとえば立った状態から椅子に座ろうとして、腰をかがめている途中で動けなくなってしまう場合、どんなリハビリ方法があるでしょう?
この現象は、座ろうとする動作パターンの途中で、なんらかの緊張や不安から、目の前のテーブルや手すりにつかまって倒れない様にする動作が選択され、二つの動作パターンが動作の途中でぶつかって起こります。
この様に大脳基底核の動作パターンの選択が障害されているのです。
この様な現象への対処方法としては、以下の様なリハビリテーション方法が考えられます。
⑴ 運動のリズムを練習する
すくみ動作は、目的となる動作の開始と終了のタイミングをとることが、できなくなって起こります。
ですから動作のタイミングをとるための、リズム練習を行います。
特にこのリズム練習は、左右対称、左右交互に行うと効果的です。
なぜならば、ほとんどの動作のリズムは、前後左右の交互の動作のリズムで成り立っているからです。
歩くのも左右の足を交互に前に出しますし、手も左右で交互に振ります。
体のバランスも、背骨の左右の筋肉を、交互に緊張させて、身体の傾きを調節しています。
練習方法として、一番簡単なのは、椅子に座って、メトロノームやビートの効いた音楽に合わせて、左右の膝を、それぞれの左右の手で、交互にポンポンと叩く練習を行います。
健康な時には簡単なことですが、PSPが進行してくると、結構難しいですよ。
試してみてくださいね。
⑵ 第3者に細かく動作を指示してもらいながら苦手な動作を練習する
PSPは大脳基底核による動作の制御が障害されて、動作のすくみが起こっています。
ですからいったん動作の制御を、大脳基底核から大脳皮質の運動野に戻して、練習を行います。
つまり大脳基底核から大脳皮質の動作パターンの選択を行うのではなく、大脳皮質から直接動作を指示する方法で、正しい動作を行える様に練習していきます。
これは一人では難しいので、ご家族などに手伝っていただいて、「まずは右手を椅子のアームレストに移動して」などと、本当にひとつひとつの動作を、細かく指示しながら動作を練習していきます。
こうすることで、具体的な動作を意識して、大脳皮質から動作の指令が出される様になります。
⑶ 時の流れに身をまかせる
少し無責任な様に感じるかもしれません。
しかしPSPは、けっこう急速に進行する病気です。
ですのでいくら練習しても、病気の進行の方が速く、ドンドン出来なくなってしまいます。
そしてすくみ動作が出ている時期は、まだなんとか動けている時期ですが、気分も不安定で、イライラしやすい時期なのです。
この期間に、本人もご家族も、病気との戦いに疲れてしまう場合があります。
しかしもう少し病気が進行すると、動作自体ができなくなると同時に、患者さんご本人の感情の起伏も、穏やかになっていきます。
これは大脳基底核が、動作だけでなく感情もコントロールしているからなのです。
ですから大脳基底核の障害が進むにつれて、ドンドン感情が穏やかになり、最後はまるで仏様の様に優しくなります。
ですからPSP中期の、一番大変な時期に、ご家族が疲弊してしまわずに、最後の「いい時期?」に穏やかな時間が遅れる様に、エネルギーを温存するのも良い方法ではないかと、私は感じています。
なかなか急速に進行する神経難病は、対応が難しいです。
まとめ
進行性核上性麻痺(PSP)のすくみ動作は、大脳基底核の障害によって起こります。
すくみ動作の原因は、大脳基底核の障害によって、大脳皮質の高次運動野に蓄積されている、運動パターンの選択が障害されることと、運動リズムの障害によって起こります。
リハビリテーション方法としては、⑴ 運動リズムの練習や ⑵ 大脳皮質による運動制御の練習などが挙げられます。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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