はじめに
脳性麻痺は周産期に問題が起こることで、生まれてくる子供の脳に障害が発生して、運動麻痺が起こると考えられています。
しかし脳性麻痺による運動障害を、大人の、たとえば脳卒中などの麻痺と同じ様に考えることは間違っています。
なぜならば大人の脳卒中による麻痺は、脳卒中になるまでは、その患者さんは間違いなく普通に動けていたからです。
ですから脳卒中による麻痺は、間違いなく正真正銘の、運動神経の障害による麻痺です。
しかし脳性麻痺の子どもの運動障害は、必ずしも運動神経が麻痺しているとは限りません。
なぜならば、その子はこれまで一度も、キチンと正常に動いたことが無いからです。
この場合は、必ずしも運動神経の障害によって、手足が麻痺しているとは限りません。
生まれてから、初めに手足を動かすという概念を学ぶべき時に、学ぶための運動神経が未成熟だったために、自分の手足と、その動かし方の概念を学び損ねているだけなのかも知れないのです。
こういった場合は、その概念を教えてやると、その後その子は驚くほど運動機能が回復する場合があります。
今回は、「身体図式」の発達障害によって、運動神経が障害されていないにも関わらず、運動発達が起こらない場合と、それに対するニューロリハビリテーションについて解説したいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
「身体図式」とは?
ここでまずは「身体図式」についてご説明しておきます。
一般的な「身体イメージ」とは、太っているとか、背が高いとか、足が短いといった様な、具体的で客観的な身体の特徴をあらわします。
しかし「身体図式」は、もっと主観的で抽象的な概念なのです。
たとえば、あなたが柿の木の下に立っていたとして、柿の木の枝になっている、柿の実に手が届くかどうか、あなたは見ただけで大体わかってしまいます。
また目の前にある段差を、一跨ぎで越えられるかどうか、目の前の小川をジャンプして飛び越えられるかどうか、見ただけで大体わかります。
これが「身体図式」と呼ばれる感覚です。
あなたは自分の身体について、漠然と主観的に理解していて、それがあなたの日常の動作を助けているのです。
1次運動野による手足の運動制御
では今度は、手足の麻痺はどうして起きるのか、考えてみましょう。
あなたが自分の手足を、自分の意思によって動かそうとする場合、その手足に具体的にどう動くかの命令を出しているのが「1次運動野」です。
1次運動野は大脳皮質の、前頭葉の一番後ろ、頭頂葉のすぐ手前にあります。
脳卒中などの麻痺は、この1次運動野の運動神経が障害されて起こります。
そして脳性麻痺の場合は、この1次運動野の運動神経が未成熟で、十分に働かないために、運動発達が起こらないのです。
ではどうして脳性麻痺のお子さんの、1次運動野の運動神経細胞は、未成熟のままで運動発達が起こらないのでしょう?
それはそもそも1次運動野に対して、手足を動かす命令を出す事の、依頼がなされないからです。
ではなぜ脳性麻痺のお子さんの1次運動野には、手足を動かしなさいと依頼が来ないのでしょう?
それについての答えは「高次運動野」にあります。
高次運動野による運動指令
「高次運動野」は、大脳皮質の前頭葉の前頭前野の後ろ、1次運動野の前にあります。
この「高次運動野」がどんな働きをしているのかと言うと、1次運動野に対して、より高度な運動制御の命令を出しています。
たとえば目の前にあるものを持ち上げる動作の場合、目の前の物体が「りんご」である場合と、「水の入ったグラス」である場合、手の指の動きや形は、全く違ったものになります。
ですから「高次運動野」では、目で見たものの形を、視覚野で判断したら、その物の形に合わせた指の動きをプログラムします。
そしてその命令を、「1次運動野」に送り、具体的な指の運動の命令を出させるのです。
しかし脳性麻痺のお子さんの場合、この「高次運動野」の神経細胞も未成熟で、十分に働かないために、1次運動野に対してキチンとした指令が出せないのです。
ではなぜ「高次運動野」までが未成熟なままなのでしょうか?
それはそのお子さんの「身体図式」が育っていないからです。
「身体図式」が育たないケースについて
たとえば、あなたの右の肩からは右手が生えています、左の肩からは左手が生えています。
そして右の腰からは右足が、左の腰からは左足が生えていますね。
それらは、正真正銘のあなたの右手や左足であることを、あなたは理解しています。
ではあなたはいつから「自分の手足が自分のもので、思い通りに動かせる」と理解できたのでしょうか?
これはあなたが生まれたばかりの時にさかのぼります。
健康な赤ちゃんは、生後4ヶ月目くらいになると、両手を目の高さに持ってきて、両手を合わせて遊ぶ様になります。
さらに6ヶ月目には、両手で自分の足を持って遊ぶ様になります。
そして8ヶ月目には、自力で寝返りができる様になり、腹這いを好む様になります。
この様にして、最初は反射的に、あるいは偶然に手を動かしたり、足にさわったりしているうちに、自分の手足の存在や、その動かし方を理解していきます。
そうして徐々に「身体図式」が育って行くのです。
脳性麻痺のお子さんの場合、生まれてからしばらくの間は、反射的にあるいは偶然に、手足を動かして遊んでいます。
しかし生まれつき運動神経が未成熟なまま生まれてきているので、自然に行われる手足の遊び運動だけでは、きちんとした「身体図式」を育てるまでにはいかないのです。
ですからそのうちに、成長するに従って、徐々に手足が動かせなくなっていってしまいます。
なぜならば「身体図式」が育たないために、自分に手足があって、それがどう動かせるかを認識していないからです。
自分の手足がなんなのかを理解していなければ、それを動かすことは、当然できる様にはなりませんよね。
ですから小児ニューロリハビリテーション の1番の基本としては、この「身体図式」を育ててやることを目標にアプローチを行います。
ようするに、お子さんの「身体図式」を育てることが、ニューロリハビリテーション の基礎の基礎になります。
「身体図式」を育てるためのニューロリハビリテーション!
「身体図式」を育てるには、⑴ 背骨の運動発達に関する身体図式、手や腕の運動発達に関する身体図式、足の運動発達に関する身体図式、そして手指の運動発達に関する身体図式を育てていきます。
⑴ 背骨の運動発達に関する身体図式
脳性麻痺のお子さんは、生まれてすぐに生きるか死ぬかのストレスに晒されます。
そのことで背骨の周囲の脊柱起立筋群や肩や腰の周りの筋肉が、硬くこわばってしまいます。
まあ筋肉のコリが異常に高まった様な感じですね。
そうなると、偶然に動いた程度では、寝返り動作や、身体の回旋運動を習得することはできません。
ですからお子さんは、自分で寝返りをして、身体を仰向けから、うつ伏せに変えられるなんて、夢にも思いません。
逆に運動発達を促そうとして、無理やりにうつ伏せにされたりすると、できると思っていない動作を強要されるのですから、それは凄まじい恐怖感を感じてしまいます。
飛べるわけないのに、飛べるからとビルの上から突き落とされる感じですかね。
これでは怖いばかりで、運動発達には繋がりませんね。
この場合、キチンとマイオセラピーなどのアプローチで、脊柱起立筋群などをほぐしてやると、寝返り動作ができる様になります。
うつ伏せから、自力で仰向けに戻れる様になると、お子さんは怖がらなくなります。
⑵ 手や腕の運動発達に関する身体図式
手や腕の「身体図式」は、比較的自力でも育つ場合があります。
しかしここでも、ひとつ問題が発生しています。
やはり脳性麻痺のお子さんが、生まれてすぐに生きるか死ぬかのストレスに晒される事で、肩の周りの筋肉がこわばってしまいます。
そしてお子さんは、極度のイカリ肩になっています。
ここであなたも、ご自分の肩を、思いっきり怒らせてみてください。
そしてその状態から、両手を上に挙げてみましょう。
どうですか、あまり上まで上がりませんね。
だいたい目の高さぐらいが最高でしょうか?
この様に、脳性麻痺でイカリ肩のお子さんは、自由に腕を振り回すことをしなくなります。
自分の腕が、そこまで自由に動かせるということを、生まれつき体験していないので、そう言うものだと思い込んでいるのです。
そうなると腕の運動発達が妨げられることになりますね。
対策としては、「肩の筋肉を揉みほぐしてやる」これだけです。
⑶ 足の運動発達に関する身体図式
脳性麻痺のお子さんで、手は動かせるけれども、足は全く動かない子が、けっこういます。
それはどうしてなのでしょう?
手より足の運動神経の方が、脳性麻痺で障害されやすいのでしょうか?
いいえそうではありません。
実はこれには、とても簡単な種明かしがあります。
脳性麻痺のお子さんは、生まれた時から、ずっと仰向けに寝たままでいます。
ですので、自分の足をじっくりと見た事がないのです。
生まれてから一度も見た事がないものは、お化けや妖怪と一緒で、この世には存在しないものです。
生まれてから一度も見た事がない、と言うのは少し大げさですが、ほとんど見た事がないですよね。
だからお子さんは、自分に足があると言う事、その足が動くと言うことを、認識していません。
ですから動かせないのです。
対策としては、足を動かしてやりながら、わざと足の裏を音の出る箱などに軽くぶつけて、音を出して見たり、足を上まであげさせて、目の前に持ってきたりを繰り返し行っていきます。
⑷ 手指の運動発達に関する身体図式
脳性麻痺のお子さんで、指先に触ろうとすると、慌てて引っ込めて、頭の後ろなどに自分の手を隠して、守ろうとする子がいます。
これは、その子の「指先の身体図式」が育っていないのが原因です。
おそらくは、その子は自分の指先を、まるでイソギンチャクの職種か、ミノカサゴのヒレみたいに認識しているのだと考えられます。
イソギンチャクの触手であれば、なんとなくユラユラ動かしていても、触手は触られたら引っ込めますよね。
触手で物を握るなんて、とんでもないことです。
ですから指の動きも、なんだかミノカサゴのヒレみたいに、変な動き方をしています。
対策としては、とにかく指を一本一本触っていきます。
そしてお子さんに、自分には「親指から小指まで5本の指」があって、物をつまむときには、人差し指と親指でチョイと摘むとか、棒を握るときには、4本指でしっかり握った後で、親指で反対側から押さえる何てことを教えてゆきます。
慣れないうちは、お子さんは指を触られると、すごくびっくりして、あとでとても疲れた顔をします。
まるで子供にいたずらされて、ヒゲを引っ張り回されたネコみたいになります。
でもこれもお子さんのためですから、心を鬼にして、お子さんの指先を、突っつきまくりましょう。
そうしていくと、少しずつ慣れてきて、指の動かし方を意識する様になっていきます。
この様に「身体図式」をゆっくりと育てていきましょう。
まとめ
脳性麻痺の運動発達の障害は、運動神経の麻痺ではなく、「身体図式」の未発達が原因である場合が、とても沢山あります。
この場合、キチンと「身体図式」を育てることで、運動発達を促し、麻痺を回復させる事ができます。
最後までお読みいただきありがとうございます。
注意事項!
このサイトでご紹介している運動は、あなたのお子さんの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。