はじめに
脳性麻痺は周産期に様々な問題が起きて、脳神経がダメージを受けて、麻痺などが起きると考えられています。
出産の前後で、母体と胎児になんらかの負荷がかかることで、赤ちゃんの脳に問題が残ってしまった事が原因で、手足に麻痺が起こり、知的な問題が起こっていると言うものです。
しかしその麻痺や知的な問題は、本当に生まれ持った問題なのでしょうか?
というのは大人の場合の、病気による麻痺、たとえば脳卒中による片麻痺や、パーキンソン病による運動障害などは、確かに神経機能が障害されて起きています。
しかし生まれたばかりの赤ちゃんの場合、それが本当に神経障害による麻痺なのか、単に発達しそこなって動かし方を学んでいないだけなのか、区別がつかないのです。
手足の動かし方が分からなければ、その動作・作業・遊びから得られる、脳の知的な発達も、また阻害されてしまいます。
大人の麻痺の場合、そのヒトは昨日までは確かに普通に動いていましたから、それが麻痺して動けなくなった場合には、あきらかに脳の運動神経に障害がでたことが分かります。
しかし生まれたばかりの赤ちゃんの脳性麻痺の場合には、その赤ちゃんは、生まれてから一度も動いた事がありません。
これだと脳の運動神経細胞が障害されて動けないのか、生まれてから最初に運動学習をするチャンスを失って、動かし方を学びそこなったままなのか、はっきり分かりません。
つまりは脳性麻痺の運動障害には、運動神経系の障害による麻痺と、運動学習の問題による学習障害が混ざっているのです。
そして初期の運動学習の失敗によって、手足の動かし方を学びそこなったままの場合、手間はかかりますが、きちんとしたニューロリハビリテーションによるアプローチで、麻痺を治す事が可能です。
これまでの小児リハビリテーションでは、この運動機能を学びそこなったまま成長している子供に対するアプローチが、全くなされていませんでした。
そのために本来であれば、麻痺から解放されて、すこやかな人生を取り戻すチャンスを、みすみす見逃しているお子さんがたくさんおられます。
今回は、脳性麻痺で動けなくても、ニューロリハビリテーションによって、麻痺が治る可能性が高いお子さんがいることについて、解説したいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
周産期の問題で脳性麻痺になります
脳性麻痺は、妊娠中から出産後1ヶ月くらいの間に、なんらかの問題が起きて、赤ちゃんの脳に損傷を受けることで麻痺になります。
問題の内容には、出産時に赤ちゃんの脳に十分な酸素が送られなかったことで起きる、低酸素脳症がよく知られています。
またその他の原因として、風疹などの感染症や薬物の影響、あるいは出生時の低体重なども、脳性麻痺の原因になります。
それ以外にも、原因不明の発達障害により、妊娠・出産時になんの問題も無かったにもかかわらず、脳性麻痺になる場合もあります。
脳性麻痺とひと口に言っても、その原因はさまざまです。
脳性麻痺の麻痺にもさまざまなタイプがあります
さて妊娠中および出産時の、さまざまな問題によって脳性麻痺になる事が分かりました。
しかし脳性麻痺の原因にさまざまな問題があるように、麻痺のタイプにもさまざまなタイプがあります。
なかでも多いのが「痙性麻痺」と呼ばれる、手足の筋肉が硬くこわばって、動かなくなっているタイプの麻痺です。
そのほかにもアテトーゼ型と呼ばれる、手足や体がグラグラと激しく揺れるタイプの麻痺があります。
これは新生児期の起きる「黄疸」という症状によって、脳の一部で「核黄疸」と呼ばれる障害が起こることで、発症します。
最近では新生児黄疸の治療が発達したため、アテトーゼタイプの麻痺は激減しています。
どうして生後数年単位で手足の筋肉がこわばるのか?
ここで痙性麻痺の手足の筋肉のこわばりについて、少し解説してみたいと思います。
脳性麻痺の場合の「痙性麻痺」では、数年単位の経過で、手足の筋肉がこわばってきます。
また背骨の筋肉のこわばりも、数年単位で進みます。
この背骨の筋肉は、いわゆる脊柱起立筋群と呼ばれる、背骨の左右に対になっていて、背骨の曲げ伸ばしを行う筋肉です。
この左右の脊柱起立筋のこわばりが、左右で差が出てくることで、脊柱側弯が進行してきます。
ですから脳性麻痺の赤ちゃんは、生後かなり期間が経過してから、脊柱側弯になるのです。
どうしてこんな現象が起きるのでしょうか?
成長とともに麻痺が進行している?
実はこれは脳の運動学習が悪循環スパイラルに陥って起きる神経の反応なのです。
ですからお子さんの運動学習をキチンとできる様にしてやれば、手足のこわばりも、脊柱側弯の進行も予防することが可能なのです。
もう少し詳しくご説明しますね。
生後すぐの身体ストレスによる自律神経の緊張が発端です
脳性麻痺の赤ちゃんは、周産期に問題があって、未成熟の状態で生まれてくることが多いのです。
またハッキリしなくても、身体になんらかの問題が隠れていて、あとで見つかる場合もあります。
この様なコンディションで、生まれてからすぐに、人工呼吸器がつけられたり、様々な痛い治療が行われます。
この身体的ストレスによって、赤ちゃんの自律神経はずっと緊張し続けます。
体が生存の危機を感じているからです。
その結果、手足や背骨の周り、肩や腰の筋肉が、コリコリに凝った状態になってしまいます。
筋肉がコリコリに凝っていると、何が起きるのかというと、筋肉から脳への「感覚フィードバック」が起こりにくくなります。
私たちの脳が運動制御をする場合、脳の運動野から、手足の筋肉に対して「運動指令」を出します。
手足の筋肉は、脳の「運動指令」に従って、手足を動かすために筋肉を緊張させて、手足を動かします。
手足の筋肉が運動すると、その筋肉の線維の中にある「感覚センサー」が、どのくらいの運動が行われたのか測定して、脳にその情報をフィードバックします。
これが「感覚フィードバック」です。
脳の運動野では、はじめに出された「運動指令」と、この「感覚フィードバック」を照合して、脳からの命令と実際の運動に誤差がないかを調べています。
そして運動の微調整をして、より正確に手足を動かせる様にしているのです。
この時に、手足の筋肉がコリコリに凝っていると、筋肉の中の「感覚センサー」が働かないために、脳に「感覚フィードバック」が行われなくなってしまいます。
脳の運動野に「感覚フィードバック」が来なくなると、脳の運動野の運動制御が混乱します。
その結果、脳の運動野は暴走して、手足の筋肉に対して、より強くこわばらせる様な命令を出す様になります。
これが長期間繰り返されることで、ダンダンと筋肉がこわばり、それに伴って「感覚フィードバック」が少なくなり、そうするとさらに脳の運動野が混乱するという悪循環スパイラルが形成されます。
そうやって脳性麻痺の赤ちゃんの、手足の筋肉はこわばって行き、脊柱側弯が進行していきます。
ではいったいどうすれば良いのでしょう?
答えは簡単です。
揉みほぐせば良いのです。
ご両親は(それどころかリハビリのセラピストまで)、保育器から出てきた赤ちゃんを、初めて抱いた時に、すでに手足が硬い状態なもので、勘違いしてしまいます。
つまり「硬い子が生まれてきた」と思い込むのです。
しかし本当はNICUの保育器の中で、きびしい治療を受けている間に、自律神経の緊張などで、筋肉がこわばってしまったのです。
しかしNICUのお医者さんや看護師さんを責めてはいけません。
NICUでは、赤ちゃんの命を救うことで、手一杯なのです。
NICUでは、手足の筋肉のコリなんかに、気を取られている暇はありません。
ですから赤ちゃんがNICUから出てきた時には、一丁あがりのカッチンコッチンです。
でも本当はこれはコリですから、早めに揉めばほぐれるのです。
これを言うと、私はみんなから嘘つき呼ばわりされることが多いのですが、本当ですよ。
だって誰も脳性麻痺の赤ちゃんを、しっかり揉みほぐしたことが無いでしょう。
やってみないのに何でウソだと分かるのですか?
ちなみに私は、いつもしっかり揉んでいます。
大抵の脳性麻痺の赤ちゃんは、早めに始めれば、柔らかくほぐれてしまいます。
ただし、揉み方にはポイントがあります。
単なるマッサージではなく、『マイオセラピー』というちょっとマニアックな揉み方が必要なのです。
麻痺には運動神経の障害による麻痺と運動学習不足による運動機能不全があります
大人の麻痺の場合は、手足がこわばって動かなくなれば、それは脳の運動神経系の障害だとハッキリしています。
なぜならば、そのヒトは昨日まではシッカリと動けていたからです。
しかし脳性麻痺の赤ちゃんの場合は、事情が違います。
それが運動神経系の麻痺によって動かないのか、運動学習が出来ていなくて動かし方を知らないのかが区別が難しいからです。
脳のCTやMRIでも、脳の神経系が運動学習出来ているかどうかは写りませんからね。
脳性麻痺の赤ちゃんの場合、生まれてからこの方、一度も手足を使ったことがありません。
確かに始めのうちは、少し手足を動かすことがありましたが、ダンダンと動かなくなっていってしまいます。
実はこれは「運動学習」が上手くいっていないからなのです。
つまり脳の運動神経系が障害されているのではなく、脳の運動神経系に手足を動かすための「運動学習」が行われていないのです。
パソコンに例えると、パソコンは壊れていないけれども、ソフトウェア(アプリケーション)が何にも入っていない状態です。
これだとパソコンには電源が入りますが、全く動かないですよね。
つまりあなたの赤ちゃんは、ソフトウェアの入っていないパソコンと同じである可能性があるのです。
この場合、パソコンにソフトウェアをインストールすれば、パソコンは動き始めます。
では脳性麻痺の赤ちゃんに、どうやってソフトウェアのインストールを行えば良いのでしょう?
それには「運動学習」を効果的に進めるアプローチが必要になります。
どうして運動学習がうまくいかないのか?
健康な赤ちゃんは、生まれてから少しづつ、自分の手足を動かす方法を学んでいきます。
たとえば生まれてすぐの赤ちゃんは、仰向けに寝たまま、手をパタパタ動かして、手の動きを確かめています。
また指をしゃぶる事で、指の形や動きを確認します。
さらには両足を高く上げて、顔の前まで持ってきては、足の指までしゃぶっています。
そうやって自分には左右に手足が生えていて、自分の思い通りに動かせることを学んでいるのです。
これが赤ちゃんが生まれて最初に行う「運動学習」になります。
これに対して、脳性麻痺の赤ちゃんの場合は、初めから手足の筋肉がこわばっていて動かせないか、始めのうちはパタパタ動かしていても、脳の神経細胞が未成熟なため、十分な運動学習が出来ずに終わってしまう場合が、ほとんどです。
脳性麻痺の赤ちゃんの場合、自然な状態に任せていても、手足の運動学習が自力では難しいのです。
こわばった手足をほぐしてやり、未成熟な脳神経細胞に対して、じっくりと時間をかけて、効果的な運動刺激を送りながら、脳神経細胞の成熟を促す必要があるのです。
ですから本来であれば、脳性麻痺の赤ちゃんが、じっくり時間をかけて、運動学習を進めていけるようなサポートが必要なのです。
ですがこれまではその様な効果的なサポートが行われて来なかったわけです。
身体図式の問題を解決する!
脳性麻痺のお子さんの運動学習が進まなくて、いつまでも手足が動かせない原因のひとつに「身体図式」が未熟なことがあげられます。
この「身体図式」とは、どんなものなのでしょうか?
たとえば、あなたは自分の手足が、自分のものである、と言うことを知っています。
そして、その手足をどう動かせば上手に使えるかも、良く分かっています。
それは生まれつき分かっていたことなのでしょうか?
たとえば、あなたが柿の木の下に立ったとき、頭の上の枝になっている、柿の実に手が届くかどうか?
あなたは見ただけで、大体の見当がつきますね。
そして、もし柿の実に手が届かないと分かったら、次にあなたは足元の木の棒を探します。
そして柿の実を、ひっぱたいて落とそうと思います。
この時に、どの位の長さの棒であれば、柿の実に届くか、これも大体分かっているのです。
これらの機能が、「身体図式」による、自分の身体の理解です。
そして、この「身体図式」は、生まれつき脳に備わっている訳ではありません。
生まれてから、様々な運動の経験を積むうちに、少しずつ学んで来たものなのです。
では、体を動かせないまま、ずっと寝ている脳性麻痺の赤ちゃんに、この「身体図式」を自力で獲得することが、果たしてできるのでしょうか?
私の臨床経験上では、多くのケースでは、できていません。
両手は動くけれど足が動かないケース
たとえば、両手は良く動かせるけれども、足は全く動かせないお子さんがおられます。
でもそれは下肢を動かすための運動神経が麻痺しているのではない場合があります。
生まれてからずっと仰向けで寝て来た、そのお子さんは、自分の足を見たことがありません。
なので自分に足が生えていることに、気がついていないのです。
脳の「身体図式」の中で、足が生えていない場合、運動神経に足を動かすための命令が出されることはありません。
つまりこれは運動神経の麻痺ではなく、「身体図式」の中での、足への理解の欠損なのです。
手をすぐに引っ込めるケース
脳性麻痺のお子さんの中には、手は動くけれども、物を持てない、触れないお子さんがおられます。
またこちらから手に触ろうとすると、慌てて手を引っ込めて、隠します。
これも実は「身体図式」の問題で起こっているのです。
このケースの場合、お子さんは、自分の手の指の形や働きについて、良く理解していません。
つまり自分の手には5本の指があって、それぞれに名前が付いているくらい、それぞれに特徴がある。
そしてその親指と人差し指を使って、物をつまむことが出来る。
お子さんは、そんな事が分かっていないのです。
このタイプのお子さんの、ご自分の手の指に対するイメージは、「手の先になんかヒラヒラしたものが付いている」くらいの感覚です。
まるでイソギンチャクの触手の様ですね。
ですからイソギンチャクの触手の様に、物に触れると、慌てて引っ込めるのです。
つまり原始的な逃避反射のみが発達して、把握反射が出ていないのは、お子さんのご自分の指に対する「身体図式」が発達していないからですね。
「身体図式」は、脳の運動神経系と感覚神経系のネットワークによって、作られています。
ですから脳性麻痺の赤ちゃんに対しては、そのためのニューロリハビリのアプローチを行わないと、「身体図式」をキチンと育てる事ができません。
この様にまず、お子さんの「身体図式」を発達させておかないと、脳の運動神経の運動学習も行われないのです。
そしてお子さんが、手足の動かし方を理解していないだけなのに、私たちは運動神経が麻痺している(神経が障害されている)と思い込んで、いろいろな事を諦めてしまっているのです。
運動学習障害に対する脳性麻痺ニューロリハビリの可能性について!
脳性麻痺の運動障害は、運動神経系の障害である場合もありますが、多くは「身体図式」の未成熟などを原因とする、運動学習の未達成です。
つまりは「運動学習の障害」です。
これは運動神経系が障害されているわけではありません(パソコンの故障ではない)。
お子さんが勉強の仕方がわからなくて(運動学習が分からない)、学習による成長ができていないのです。
つまり言葉は悪いですが、勉強の仕方が下手な、要領の悪い子なのです。
ですからその子にあった運動学習の手引きがあれば、その子はグングン伸びる可能性があります。
つまりYDK(やれば出来る子)です。
確かに未成熟な脳の神経細胞が、ニューロリハビリテーションによって、どこまで成長できるかは、個人差があります。
しかし可能性はたくさん残されているのです。
またたとえ運動神経に障害が残っているケースでも、成人のニューロリハビリテーションの様に、失なわれた運動神経細胞を再生するためのアプローチも、残されています。
脳性麻痺のニューロリハビリテーションの技術は、近年の脳科学の発達に伴い、急激に変化・発達して来ています。
お子さんの残された可能性を引き出すために、脳性麻痺のニューロリハビリテーションに注目して見てはいかがでしょう?
まとめ
脳性麻痺は周産期のさまざまな問題が原因で起こります。
脳性麻痺による麻痺は、運動神経系の細胞が障害されて麻痺になる場合と、生まれたときの脳神経細胞が未熟なため、適切に運動学習が行われなかった結果の運動不全があります。
現在はこの2つの運動機能障害が、混同されており、治療的なリハビリテーションも区別なく行われています。
そのために、本来であれば劇的な麻痺の回復が期待できる、運動学習障害のお子さんに対する、効果的なリハビリテーションが行われていません。
脳性麻痺のニューロリハビリテーションでは、これらの脳性麻痺の運動学習障害に対する、効果的な神経学的アプローチを施行します。
それによりケースによっては、劇的な麻痺の回復を見る事があるのです。
最後までお読みいただきありがとうございます。
注意事項!
このサイトでご紹介している運動は、あなたのお子さんの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上、自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。