箱に入れられて育てられたサルの赤ちゃんの実験
昔、生まれたばかりのサルの赤ちゃんを、首から上だけを出して、身体全体は箱の中に閉じ込めたまま育てると言う実験がありました。
そうやって箱に身体を閉じ込められて育てられたサルの赤ちゃんは、成長してから箱から出されたときには、もう手足を動かすことができなくなっていました。
そのサルの赤ちゃんは、生まれてから脳が発達していく期間に、身体が箱に閉じ込められていたために、脳の運動神経が発達できなくて、神経細胞に障害があった訳ではないのに、手足の運動が麻痺してしまったのです。
そればかりか、そのサルの赤ちゃんは、自分の身体に手足が生えていることすら認識できなくなってしまっていたのです。
産まれてすぐに、自分の手足が見えない、動かせない状態にされたことで、手足を認識できなくなったのです。
これと同じ現象が、じつは脳性麻痺の赤ちゃんにも起こっているのです。
脳性麻痺は周産期に何らかの問題が起こって、赤ちゃんの脳の運動神経に問題が発生しています。
それだけでなく、脳性麻痺の赤ちゃんは、十分に肺や気管支などが成長しないまま生まれてくる場合も多く、そのために生まれてすぐに保育器に入れられ、人工呼吸器などがつく場合もあります。
そうなると生まれてすぐに健康な赤ちゃんがするような、寝返りや手足の遊びができなくなります。
そうして長期間を保育器の中で、仰向けに寝たまま、動けない状態で過ごすことで、赤ちゃんは箱に入れて育てられたサルの赤ちゃんと同じ状態になってしまうのです。
そうなると脳の運動神経が発達しなくなりますから、脳性麻痺の赤ちゃんも手足が動かせなくなってしまうのです。
じつは脳性麻痺の赤ちゃんが、周産期の様々な問題で、脳に受けるダメージは、その重症度がみんな違います。
ですから中には脳の神経細胞に対するダメージが、とても小さい場合もあるのです。
そういった赤ちゃんでも、保育器の中で手足を動かせないまま長期間過ごした場合には、まるで重症な神経ダメージを受けた赤ちゃんと同じように動けなくなっています。
でもそういったじつは軽症なダメージで、保育器による脳の神経発達が阻害されたタイプの赤ちゃんの場合には、保育器から出された段階で、その後のリハビリテーション次第では麻痺が治る可能性が高いのです。
脳性麻痺の赤ちゃんが囚われている、バーチャルな神経発達の箱から、赤ちゃんを救い出すことで、脳の発達を正常に近づけていくことができるのです。
今回は脳性麻痺の赤ちゃんの麻痺を治すための小児ニューロリハビリテーションの基本的な考え方について解説して行きます。
どうぞよろしくお願いします。
脳性麻痺の脳の神経障害には重症度に個人差があります
脳性麻痺は周産期に起こる様々な問題で、脳の神経細胞に障害を受けることで、生まれてくる赤ちゃんの手足の運動が麻痺してしまいます。
脳性麻痺の原因としては、母親の「核黄疸」や「ビリルビン血症「、出産時の赤ちゃんの「低酸素症」、未熟児や早産での「脳内出血」や「脳室周囲白質軟化症」などがあります。
また風疹やサイトメガロウィルス、トキソプラズマなどの細菌・ウィルスの感染が原因となる場合もあります。
この中で未熟児や早産の時の「脳室周囲白質軟化症」の場合の、脳の神経細胞の損傷の程度の違いについてご説明してみますね。
「脳室周囲白質軟化症」と言うのは、未熟児や早産の赤ちゃんの場合、脳の血液の流れが十分でないために、赤ちゃんの成長の過程で、脳の神経細胞の白質と呼ばれる部分に、血液が十分に届かなくなります。
そうするとその部分の神経細胞の酸素と栄養が不足して、神経細胞が死んでしまうのです。
その神経細胞が死んでしまうことで、その細胞が本来担うべきであった、脳の機能が麻痺してしまい、手足の麻痺や姿勢の異常が起こります。
ここで注目したいのは、赤ちゃんによって発育の程度や、早産の時期は大きく違っていると言うことです。
発育の程度や早産の時期が違えば、発育の未熟さの程度も違いますから、脳の血液の流れの足りなさの程度も違うのです。
ですから、同じ「脳室周囲白質軟化症」であっても、脳の白質の神経細胞への損傷の程度が違うことになります。
ですから本来であれば、赤ちゃんによって、手足に出る麻痺の程度は大きく違うはずなのです。
ですが実際にはほとんどの赤ちゃんがけっこう重症な麻痺をもつことになっています。
これはどうしてなのでしょうか?
出産後の保育器での半拘禁状態が脳神経細胞の発達を阻害します
産まれてすぐの脳性麻痺の赤ちゃんは、そのままでは自力では生きていけません。
なので保育器に入れられ、たくさんのチューブに繋がれ、酸素を投与され、場合によっては人工呼吸器を付けられたりします。
そうなると赤ちゃんは自然な形で寝返りしたり、手足を動かして遊ぶことができなくなりますね。
本来、健康な赤ちゃんであれば、ベビーベッドに寝かされた状態で、自分の手を顔の前に持ってきて、しゃぶったり、両手をくっつけたりして、手遊びを行います。
またもう少しすると、足を持ち上げてきて、顔の前まで持ってくるようにもなります。
そして足の指をしゃぶっていたりしますね。
その時に、バランスを崩した勢いでコロンと寝返りをしたりもします。
こうやって健康な赤ちゃんは、自分の手足がどうなっていて、どうすれば動かせるのかを自然な遊びの中で覚えていくのです。
しかし脳性麻痺の赤ちゃんは、自力では上手に手足を動かせません。
ですから手遊びなどをして、手足の動かし方を学ぶにも、助けが必要になります。
ですが生きるために保育器の中での生活をしなければならないために、ほとんど動けない状態のままに、産まれてから長い期間を過ごすことになります。
それは赤ちゃんにとって、とてもストレスになります。
また様々な治療機械に繋がれていることも、赤ちゃんにとっての大きなストレスですね。
そうこうしているうちに、赤ちゃんの手足の筋肉はカチカチに緊張してこわばってきてしまいます。
ですから初期のケアが終了して、赤ちゃんが保育器から出てきた時には、カチカチに固まってしまっています。
そうなると手足や背骨の周りの筋肉の中の感覚センサーが働かなくなっていますから、感覚フィードバックが起こらなくなっています。
筋肉がこわばると、筋肉の中の血管が圧迫され、感覚センサーに血液が流れなくなるので、筋肉がどのくらい動いたかの情報が、脳の運動神経系に伝えられなくなるのです。
その筋肉のセンサーからの感覚フィードバックがない状態で、少しぐらい手足を動かしても、脳の運動神経系での運動制御の仕組みが動きませんから、脳の運動神経は発達しなくなってしまいますね。
ただ手足を運動させても、脳の運動神経がいっこうに反応しないために、脳は手足の存在も認識しないですし、動かし方を覚えることもありません。
そうなると周囲の大人たちも、「これは脳の神経細胞が損傷して麻痺になっている」と短絡的に断定してしまい、回復を諦めてしまうのです。
この状態が、まるで「箱から首だけ出して育てられたサルの赤ちゃん」と同じ状態になっています。
脳性麻痺の赤ちゃんを見えない箱から出して運動学習をさせる方法は?
ではこの脳性麻痺の赤ちゃんが閉じ込められている「見えない箱」から、赤ちゃんを救い出して、適切な運動発達を行わせる方法はあるのでしょうか?
それには以下のようなニューロリハビリテーションのアプローチが必要になります。
⑴ 固まった手足や背骨の筋肉のコンディショニングをします
脳性麻痺の赤ちゃんが囚われている「見えない箱」の大きな原因は、保育器から出された時にはすっかり完成している「手足や背骨の筋肉のこわばり」です。
赤ちゃんのご両親は、保育器から出された我が子を抱いた時に、初めから赤ちゃんの手足がこわばっているために「脳性麻痺の子供はこんなもんだ」と思い込んでしまいます。
そればかりか医療関係者であるリハビリの担当者も、そう思い込んでいる節があります。
しかし、この筋肉のこわばりは、保育器で成長している過程で作られたもので、脳性麻痺の本来の症状ではない場合があります。
これは周産期に起きた脳の神経損傷の程度にもよりますが、中には神経症状的にはまったくこわばりがないのに、長期間の保育器でのストレスで固まってしまっているケースも、けっこう見受けられています。
筋肉がこわばっていると、その筋肉の中に通っている血管が圧迫されます。
血管が圧迫されると、筋肉の線維に酸素と栄養が届きませんから、さらに筋肉は固くなります。
そうなると筋肉の中にある「感覚センサー」に血液が届かなくなり、筋肉を運動させた時のいわゆる「運動感覚」が感じられなくなります。
そうすると手足を誰かに動かされても、自分で動かそうとしたときでも、実際に手足が動いた感覚が脳に届かなくなります。
そうなると脳の運動神経系は、手足の動かし方を学ぶことができなくなり、「運動学習」や「運動発達」が止まってしまいます。
これを治療者側やご両親が「麻痺」と勘違いしてしまうのです。
赤ちゃんの「運動学習」を進めて「麻痺」を治すためには、まずは手足と背骨の筋肉のこわばりを解してやる必要があります。
この筋肉のコンディショニングのためには、マイオセラピーなどの特殊なマッサージを行います。
赤ちゃんに手足の存在をしっかり認識させる
私たち大人は、自分の体から左右それぞれに手足が生えていて、それをどのように使って生活すればいいかを知っています。
しかし産まれたばかりの赤ちゃんは、自分に手足が生えていることも、その形がどうなっているかも分かっていません。
手足の使い方も分かっていません。
それを指をしゃぶったり、手を振り回したり、大きく足を持ち上げて顔の前まで足を持ってきたりと、様々に遊びながら手足の構造や使い方を学んでいきます。
しかし運動神経や手足の筋肉が未熟な状態で産まれた脳性麻痺の赤ちゃんは、この一人遊びで手足の構造を確認し、その動かし方を学ぶことができません。
ちょっとだけ不器用に産まれてしまったので、それらを学ぶための手助けが必要になっているのです。
たとえば自分からは物に触れない赤ちゃんがいますね。
さらにはママが赤ちゃんの手に触ろうとすると、慌てて手を引っ込める反応をします。
これは手に触られるのを嫌がっているのではないのです。
産まれてすぐに「指しゃぶり」などが出来なかったために、自分の手の指の構造を理解できていないため、「把握反射(物を掴む反射)」が発達していないのです。
指の「把握反射」が発達しないと、「逃避反射」が優位になりますので、何はともあれ指先に物が触れると、「逃避反射」によって指が引っ込む現象が起きているのです。
これは気持ちの問題で嫌がっているのではなく、単なる反射です。
指の構造や動かし方を学ぶことで、反射活動などを正常にすることで、こういう現象を治すことができるのです。
繰り返しの熟練動作練習を行います
脳性麻痺の赤ちゃんの中には、いつまでも片側だけ(右なら右、左なら左)を向いたままの赤ちゃんがいますね。
また体を起こすと、いつまでも首が座らなくてグラグラな場合もあります。
ちょっと見にはアテトーゼ型の麻痺にも見えてしまいます。
でもこれは大脳基底核と運動前野の連携による、リズム運動の練習ができていないためです。
姿勢制御とは、背骨や肩や腰をリズミカルに「捻る」「傾ける」動作を繰り返して、常に正しい位置に身体を保つことです。
このリズミカルな背骨や肩の運動が適切に学習されていないために、姿勢制御ができなくなって、片側だけを向いてしまったり、グラグラしてしまうのです。
この問題は、運動前野でのリズム運動パターンの練習と、それを繰り返し繰り返し練習することで、大脳基底核での動作の熟練を進めることで、グラグラや傾きを治すことができるのです。
一度は我が子の可能性を信じてみること!
脳性麻痺の手足の運動麻痺は、見た目にはみんな同じように見えます。
しかし周産期に起きる神経損傷の程度は、その重症度や原因によって、お子さんひとりひとりでみんな違います。
中にはとても軽度な損傷の子もたくさんいます。
でも保育器から出されたときには、みんな同じような「見えない箱」に詰められて、動けなくなっています。
でもその「見えない箱」から救い出してやると、目覚ましい進歩を見せるお子さんがいるのです。
あなたの赤ちゃんが、必ずそうなるとは断言できません。
でもそういう可能性もあるのです。
お子さんの可能性を信じて引き出してやるのは親の役目です。
我が子の可能性を信じて小児ニューロリハビリテーションにトライして見ませんか?
最後までお読みいただきありがとうございます