脳卒中片麻痺を治す最新の脳科学に基づく脳卒中ニューロリハビリテーションの在宅での実施方法
脳卒中リハビリテーション新時代の幕開け!
最近、しきりにニューロリハビリテーションの話題が聞かれるようになりました。
この新しいリハビリテーションの概念であるニューロリハビリテーションとはどんなものなのでしょうか?
そして従来の脳卒中リハビリテーションとは何が違っているのでしょうか?
今までの従来型の脳卒中リハビリテーションとは!
これまでの脳卒中ケアの基本的な考え方は、「脳出血や脳梗塞などの、脳の血管障害によって障害された脳の神経機能の回復は絶対にありえない」という基本原則に則っていました。
ですからそれに従う脳卒中リハビリテーションは当然ながら、「麻痺を改善させるのではなく残存機能を利用して日常生活を自立させる」という目的を持って、日常生活動作訓練を中心にしたアプローチが行われていました。
ですから現在の日本の医療機関のリハビリセンターで受けられる一般的なリハビリテーションは日常生活動作訓練を主体としたものになっています。
最新の脳科学に基づく脳卒中ニューロリハビリテーションとは!
しかし現在の最新の脳科学の発展に伴い、従来の常識であった「脳出血や脳梗塞などの、脳の血管障害によって障害された脳の神経機能の回復は絶対にありえない」という基本原則は否定されてきています。
最新の脳科学において注目されているのは「脳の可塑性」というものです。
この脳の可塑性(Plasticity)というのは、脳の働きがどんどん成長し変化することを意味しています。
例えば脳神経のネットワークは20歳頃までに完成しますが、その後の経験や知識を脳に蓄積することで、脳神経の新たなネットワークを構築したり、ネットワークを太くしたり拡大したりして、脳の機能自体をカスタマイズができることが分かってきて、これを「脳の可塑性」と呼んでいるのです。
実は脳の大きさは10代後半までに成長して、それ以降はほとんど変化しません。 加齢による脳細胞の減少もごくわずかです。
ですから理論的には「加齢による記憶力の低下」も本当はないのです。
アメリカの大学の実験で「年配者(60~74歳)」と「若年者(18~20歳)」の2グループに対して、記憶力のテストを行いました。
この時に「ただのテスト」といってテストした場合は年配者と若年者のテストの点数に大きな差はなかったのですが、「記憶力のテスト」といって同じテストをすると、年配者の点数は大幅に低下(40%ほど)しました。
これは「年をとると記憶力は落ちるもの」という従来の脳科学からくる「思い込み」が脳の機能に制限を加えている可能性が示唆されています。
おや!
あなたの脳も主治医からの「あなたの麻痺はもうこれ以上回復する見込みはありません」という言葉に対する「思い込み」に毒されていませんか?
実は私の長年の臨床経験からも、残存機能の向上だけでは説明のできない、運動機能の改善をしばしば経験しており、これはどういうことだろうかと常に疑問に思っていました。
短期間に効果を出すことは難しくとも、数年単位でのアプローチで、「麻痺が回復した」としか思えないような手足の運動機能の回復を認めるケースが結構あるのです。
脳卒中リハビリテーションにおける脳の可塑性変化!
脳卒中片麻痺は発症後から数ヶ月間は急激に回復していきます。
その理由は、脳梗塞の場合には、脳神経への血流が阻害されることで、虚血の中心部分は10mL/100mg脳重量/分 以下の極度の虚血により神経細胞は急速に細胞死になりますが、周辺の10~30 mL/100mg脳重量/分 程度に血流が保たれた領域では、神経細胞は死に至らずに休眠状態となります。
これを「ペナンブラ」と呼びます。
また脳出血では、脳内への出血により、神経細胞が血腫占拠性病変となり神経細胞が死んでしまいます。
さらに脳内の血腫により脳の頭蓋内圧が亢進したり、脳浮腫に陥ることで、脳の運動神経(錐体路)を圧迫したり神経細胞が休眠状態になったりして麻痺が悪化します。
最初の数ヶ月間は、これらの症状が改善することで麻痺が急激に良くなるのです。
しかしその後は回復は非常にゆっくりとしたものになります。 場合によっては悪くなってしまう場合もあります。
この時には一体何が起きているのでしょうか?
実はこの時に起きていることは、① 脳内の神経活動に起きている変化 と ② 脳卒中の急性期に身体全体に起きている現象 の2面から捉える必要があります。
脳卒中の急性期に脳内で起きている変化
1. 興奮性神経回路と抑制性神経回路のバランスの変化
脳卒中の発症初期には、脳神経細胞の活動は大きく低下します。
この時にグルタミン酸を神経伝達物質にしている「興奮性神経回路」の活動低下は一時的であり、すぐに活発に活動し始めます。
しかしGABAを神経伝達物質にしている「抑制性神経回路」は長期間にわたって活動が低下してしまいます。
このGABAによる「抑制性神経回路」は、大脳皮質や大脳基底核など幅広い領域において、グルタミン酸による「興奮性神経回路」の神経活動を制御して、運動を安定化させる働きがあるのですが、その機能が障害されることで、脳卒中の急性期には筋緊張が亢進して痙性麻痺となります。
しかしこの「抑制性神経回路」の作用が弱まることで、それまで抑制されて働いていなかった神経シナプスの脱抑制により、新たな神経ネットワークの形成を促す効果もあります。
また手足の緊張がダラダラに落ちているよりは、少し力んでいるくらいの方が、立ったり歩いたりができる可能性も高まります。
ですからこの「抑制性神経回路」が長期間にわたって活動低下することも、ある意味では戦略的な回復過程の一環なのかもしれません。
① 興奮性神経回路はすぐに活動再開する
② 抑制性神経回路の活動性低下は長期化する
結果として
① 脳卒中の急性期には筋緊張が亢進して痙性麻痺となる
② 手足の緊張が高まることは立つこと歩くことに対して有利になる場合がある
③ 抑制性神経回路の作用が弱まることで新たな神経ネットワークの形成を促す効果がある
2. 脳血管血流の改善
脳梗塞の虚血の中心部の脳神経細胞に対する血流は10mL/100mg脳重量/分以下の極度の
虚血になっていて神経細胞は急激に死にいたります。
しかしその周辺の「ペナンブラ」と呼ばれる領域は、比較的血流が保たれるため(10~30 mL/100mg脳重量/分程度)、長時間の虚血に耐えることができ、後々の神経回復につながります。
このため脳卒中の発症から数ヶ月の間は麻痺の回復が順調に進みます。
しかし細胞死に至った部分に相当する部分の麻痺などはそのままでは改善しません。
3. 脳浮腫の改善と頭蓋内圧の低下
脳出血などで脳内に出血した場合、その血腫により出血した場所の神経細胞が血腫占拠病変となり細胞死にいたります。
さらに脳浮腫や頭蓋内圧の亢進により、神経細胞が圧迫され神経活動が阻害されます。
しかし脳浮腫や頭蓋内圧の亢進が早期に改善されることで、神経活動の再開が期待できます。
このため脳卒中の発症から数ヶ月の間は麻痺の回復が順調に進みます。
しかし細胞死に至った部分に相当する部分の麻痺などはそのままでは改善しません。
脳卒中の急性期に身体全体におきていること!
脳卒中の急性期には、意識状態が低下したり、治療のために長期間の臥床を強いられることになります。
また自律神経機能の障害により、末梢の手足の筋群や脊柱起立筋群の浮腫や筋緊張亢進が引き起こされます。
また前述した抑制性神経回路の脱抑制による四肢の慢性的な痙性の出現に伴い、筋の血流が阻害されることで、四肢・体幹の筋群が筋機能不全状態におちいります。
これらの現象により以下のような問題点が引き起こされます
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関節拘縮
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筋緊張の亢進
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筋の機能不全状態による筋出力の低下
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筋の機能不全状態による固有受容感覚(体性感覚)の低下
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筋の機能不全による筋の線維化
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頭半棘筋、頭板状筋、頭最長筋などの筋機能不全状態による平衡機能の低下
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肩甲筋板の障害による肩関節周囲炎
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腰椎周囲のコアマッスルの障害による腰痛の増悪
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股関節周囲のコアマッスルの障害による腰痛の増悪
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膝関節周囲のコアマッスルの障害による膝関節痛の増悪
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下肢伸筋群の伸展反射の亢進に伴う内反尖足
これらの事をまとめると!
脳卒中の急性期には、脳神経細胞の死滅に続いて、神経細胞の再生への準備が行われていますが、その反面では長期臥床や回復のための過度の神経反応などによる、身体機能全体への悪影響も多く出現しています。
たとえば適切な「脳の可塑性変化」を促すためのリハビリテーションを行うのに、肩関節周囲炎や腰痛などの痛みは、痛みによる逃避運動を引き起こすため、回復の邪魔になります。
また筋機能不全状態による体性感覚の低下があると、適切な感覚情報が脳にフィードバックされないために、適切な「脳の可塑性変化」を促すための障害となります。
頸部の筋群の機能不全があると、前庭脊髄反射が有効に働かないため、めまいが起きたり、ふらついたりして、立位や歩行の獲得の妨げになってしまいます。
今後の回復期にどのようにしてこれらの問題を解決しながら、適切な「脳の可塑性変化」を達成するのかが重要になってきます。
脳卒中の回復期で脳内に起きている変化
脳卒中の発症から数ヶ月後の回復期には何が起きているのでしょう?
これより後の期間にはリハビリテーションや適切な日常生活動作により神経ネットワークに新たな神経回路・ネットワーク形成をもたらす機構が作用し始めます。
神経ネットワークに新たな神経回路・ネットワーク形成をもたらす4つの機構
1. シナプス顕在化
損傷前には機能していなかったシナプス結合が働き出し、新たな神経伝達が得られる。 また抑制性神経回路からの抑制が失われて活動を始める神経も存在する。
2. 神経発芽・側芽形成
軸索に損傷を受けた神経細胞や損傷領域外の神経細胞の軸索に新たな神経突起が発生し、別の神経まで伸展して新たなシナプスを形成する。
3. シナプス増強
既存のシナプスで、シナプス後膜の受容体増加などにより神経伝達が増強する。
4. 神経新生
失われた神経細胞を補填するために、神経幹細胞からの新しい神経細胞が生まれ、成熟した神経となって機能し、局所神経回路に新たに組み込まれる。
これらの神経回路・神経ネットワークの再生により大脳皮質マップの書き換えを行います。
大脳皮質マップの書き換え
物をつかむなどの特定のイベント動作は、多数の神経細胞が同期して活動することで、実行できるようにコードされています。
リハビリテーションにおいては、個々のシナプス形成をもとに、特定のイベント動作を行う神経細胞集団の機能的結合様式をコードしていくことで、新たな細胞集団が再形成されます。
このようにして神経ネットワークシステムの変化がもたらされると、脳の機能的構造が変わり、大脳皮質のマップが書き換えられていきます。
では実際の脳卒中片麻痺の大脳皮質マップの書き換えにはどんな問題点があるのでしょうか?
後ほど詳しくご説明しますが、脳卒中片麻痺には、脳の障害部位に応じて様々な種類の麻痺が出現します。
この中の脳卒中片麻痺の種類の一つに、『皮質脊髄路の障害による片麻痺』があります。
大脳皮質の運動野から脊髄に向かって運動信号を伝達する神経経路が「皮質脊髄路」で、この経路は大脳基底核の高さで、「尾状核」と「被殻」と「視床」という神経核の間にある「内包後脚」という部分を通過します。
※ 皮質脊髄路は主に一次運動野に始まり「放線冠」と呼ばれる神経線維を内包に収束させ、内包を通過したのちに延髄で90%が錐体交叉し、対側の「外側皮質脊髄路」となり、残りは錐体交叉せずに同側の脊髄を「前皮質脊髄路」となって下行する。
実は脳出血の中で1番多いのが「被殻出血」であり、2番目に多いのが「視床出血」なのです。
そしてこの2つの脳出血により、内包後脚が障害されることで、「皮質脊髄路」が切断されて、片麻痺が起こります。
※ 水色と青色の二色の「被殻」と赤色の「視床」に挟まれた黄色の部分が「内包後脚」
従来的な考えでは、一度切断された「皮質脊髄路」の機能は改善しませんから、片麻痺も一生治らないことになります。
しかしこの皮質脊髄路の障害に対する、麻痺の回復システムについては、生理学研究所と名古屋市立大学の共同研究による、ラットの実験で、内包に出血した片麻痺ラットの麻痺側の上肢を強制的に動かすことで、皮質脊髄路に代わって、「皮質赤核路」の増強による麻痺の改善があったことが発表されています。
※ 黒い円板型の黒質の内側の濃い赤色の小さな球が「赤核」
つまり脳には失われた機能を代償するネットワークを新たに構築していく能力が隠されていたのです。
これらの研究は今どんどん進められており、皮質赤核路だけでなく、その他の経路が構築される可能性も示唆されています。
例えば、「皮質脊髄路」のほとんどは(約90%)延髄で錐体交叉して対側の外側皮質脊髄路になりますが、一部は錐体交叉せずに前皮質脊髄路として同側の脊髄を下行していきます。
その前脊髄路系の機能を高めていく戦略も考えられます。
また麻痺側の運動機能を代償するために、健側の一次運動野と両側性支配を持つ補足運動野や運動前野が連携し、網様体脊髄路細胞が活性化されて、反対側脊髄を下行する線維が脊髄内の交叉性運動ニューロンに接続し、それらが運動ニューロンに接続していく経路なども提唱されています。
つまりは脳卒中リハビリテーションは「残存機能を使って日常生活をどうやって自立させるか」の時代から、「どのようにして麻痺をできる限り治していくか」の時代に移ってきているのです。
ニューロリハビリテーションでどのようにして脳卒中片麻痺を回復させるか?
ニューロリハビリテーションのための脳卒中片麻痺の捉え方!
まずニューロリハビリテーションを行うにあたって、脳卒中片麻痺がどのようにして起きているのかをキチンと捉える必要があります。
運動コントロールはどのようにして行われているか!
大脳皮質レベルでは以下の領域で運動コントロールが行われます
- 1次運動野
- 運動前野
- 補足運動野
- 前補足運動野
- 帯状回運動野
※ 赤色で示された大脳皮質が「1次運動野」、「運動前野」や「補足運動野」は1次運動野の前や内側にあります
「1次運動野」
まずは運動コントロールの中心部は1次運動野と呼ばれる領域で、体の各部分を完全にそのマップ内に収めています。 そして1次運動野の神経細胞は運動に先行して活動し、発揮される運動強度と神経細胞の活動強度には相関があります。
1次運動野の障害で手足に麻痺がおこります。
「運動前野」
1次運動野の前方には前運動野があります。運動前野が障害されると手足の麻痺はおきませんが、熟練した動作が出来なくなり、例えば文字を書くのが下手になり筆跡も変わります。
また視覚などの情報に基づいて動作を行うことが上手く出来なくなります。
「補足運動野」
補足運動野が障害されると、ヒトは自分から進んで手足を動かしたり、しゃべったりしなくなります。
手足が意のままに動かないという自覚があり、時には意図しない動作を行ってしまう場合があります。
また記憶や体性感覚に基づいて動作を行うことが上手く出来なくなります。
大脳皮質レベルでの運動麻痺の回復については、1次運動野が対側性の神経支配が主体で、運動前野や補足運動野は両側性に1次運動野を介さずに脊髄に信号を送れるために、1次運動野での運動麻痺は改善しやすいと言われています。
ですからあなたがもし1次運動野に限局するような脳梗塞であればラッキーですね。
とにかくリハビリを頑張りましょう!
大脳基底核レベルでは以下の領域で運動コントロールが行われます。
- 視床
- 大脳基底核
- 小脳
1次運動野などから運動の指示がなされると、その信号は大脳基底核とその隣の視床に送られます。
視床は視覚や体性感覚などの感覚情報や小脳からの情報も受けています。
実はこの大脳基底核と視床が運動コントロールに重要な働きをしており、視床で企画された動作に対して、大脳基底核がその運動を微調整するアクセルとブレーキの働きをしています。
また熟練した動作にも深く関わっています。
※ 大脳基底核の中の水色の「淡蒼球」から赤色の「視床」に対して神経の促通と抑制を行います。
ですからこの部分の運動調節回路が障害されると、運動のスムースさが失われガクガクした動きやリズム感の消失、姿勢の異常、すくみ足、手足の強張りなどの、いわゆるパーキンソン症候と呼ばれる症状が出現します。
また動作の手順をキチンと整理して行えなくなり、「歩いていて椅子に座ろうとして、お尻を椅子に向ける前に、椅子のかなり手前で腰を屈めてしまう」などの動作が見られたりします。
また小脳の梗塞や小脳からの神経経路が障害されると、小脳性失調症状が現れ、企図振戦や強い失調動作が起こります。
これらの部分の障害に対するリハビリテーションは、光刺激や音刺激などを利用したり、特別な感覚入力の練習をするなどのアプローチが必要になってきます。
運動神経の通り路
「内包後脚」
淡蒼球と視床で調節された運動信号は、一旦は1次運動野に戻されます。
そしてそこから錐体路と呼ばれる運動神経となり脊髄に向かって下降していきます。
途中で前出の淡蒼球と視床の間にある、「内包後脚」と呼ばれる部分を通ります。
実はこの淡蒼球のとなりは被殻と呼ばれる部分で、脳出血の中で一番多いのが『被殻出血』で、次に多いのが『視床出血』なのです。
ですから『被殻出血』や『視床出血』となった場合は、この「内包後脚」を下降する運動神経(皮質脊髄路)を出血により障害されて、運動神経が切断されてしまいます。
この「内包後脚」の障害は、言うなれば電話線が切れたようなものですから、ハッキリとした片麻痺が出現します。
先ほどご紹介した皮質脊髄路」の障害を補足するための、、「皮質赤核路」などによる運動神経のネットワークの再構築を進めるためのリハビリテーションが必要となります。
「延髄と頸髄」
内包後脚を通過した運動神経は延髄のレベルまで下降してきます。
この延髄の下部かその下の頸髄の上部で錐体交叉により、左右の運動神経が交互に入れ替わります。
このために右の脳が障害されると左片麻痺になり、左の脳が障害されると右片麻痺になるのです。
しかしこの時すべての運動神経が反対側に交叉していくわけではなく、全体の75%~90%が交叉して、残りの神経は交叉せずそのまま下降します。
ですから脳卒中片麻痺になった場合は、麻痺側の手足だけでなく、健側の手足の筋力や巧緻性(器用さ)も低下しています。
このために脳卒中リハビリテーションは麻痺側だけでなく健側へのアプローチも重要になるのです。
その他の問題点!
「脳障害後の大脳半球間の脳梁を介した相互抑制の不均衡」
実は左右の大脳半球は、真ん中の脳梁を介して、左右の半球同士で、相互に活動を抑制し合っているのです。
ところが脳卒中にて片側の大脳半球が障害されると、反対側の健康な大脳半球からの抑制が強まってしまい、それがさらに障害側の大脳半球の活動を弱めてしまうことになります。
ですから麻痺側の運動機能を高めるためには、健側の大脳半球からの抑制を弱めて、麻痺側の大脳半球が活動しやすい様にしなければなりません。
リハビリセンターで行う大脳半球の相互抑制の不均衡を解消するアプローチとしては CI 療法というものが行われています。 これは健側の手足を抑制して動かせないようにして、麻痺側の運動を行うというものですが、まだ完全に理論が確立されておらず短絡的なアプローチとなっているような気がします。
ですから今すぐに在宅でご自分で行うのはあまりお勧めできません。
「脳卒中の急性期に起きる身体状態の不調」
脳卒中片麻痺の急性期には、自律神経が不安定になったり、長期の臥床による運動制限などによる、四肢の筋肉の浮腫や筋緊張の慢性的な亢進による、筋機能不全状態が引き起こされます。
そしてその筋機能不全状態(異常に筋が強張った状態)は、その後の慢性期にも継続して引き継がれてしまいます。
この筋機能不全状態になると、筋肉内の筋紡錘などのセンサーが上手く働かなくなり、手足を動かした時の、脳に対する筋肉からの運動情報のフィードバックが届きにくくなってしまいます。
筋肉や関節からの運動情報が適切に届かなければ、脳の神経ネットワークの再構築や中枢神経の可塑的変化(脳地図の書き換え)なども起こりにくくなってしまいます。
そのために、脊柱の周辺や四肢のコアマッスルとアウターマッスルに対して、キチンとした筋肉のコンディショニングを行い、筋肉から脳への感覚フィードバックを改善しておく必要があります。
また出来る限り四肢の筋肉の筋緊張を適正化しておくことで、脳が正しい運動出力を学習しやすくなり、力まない運動練習が可能になります。
脳卒中ニューロリハビリテーションのアプローチ
では実際にニューロリハビリテーションでの、片麻痺からの運動機能の回復を、どのように行っていくのか解説していきます。
1. 脳神経のネットワークに信号を送る端末である四肢体幹の筋肉を関節のコンディショニングを行う。
ニューロリハビリテーションでは、脳の可塑性を利用して、脳神経ネットワークのカスタマイズや強化を行います。
ですがその脳神経ネットワークのカスタマイズや強化を正しく行うためには、端末である手足からの感覚情報のフィードバックが正しく脳に伝わらなければなりません。
しかし脳卒中の急性期に長期に寝たきりであったり、手足が浮腫んで緊張していたりして、筋肉のコンディションが悪い状態のまま、退院してしまい、その悪いコンディションを慢性的に引きずってしまっている場合が殆どです。
この状態でいくら運動しても、脳は強張った筋肉や拘縮した関節から、正しい感覚フィードバックを受けることができずに、さらに緊張して強張った動作、間違った動作を獲得してしまいます。
まずは正しいニューロリハビリテーションを行うために、四肢体幹の筋肉と関節のコンディショニングをキチンと行うことが必要になります。
2. 自律神経系の機能を整えておきます。
脳卒中の後遺症の1つとして自律神経機能の障害が挙げられます。
この自律神経機能障害の中に、交感神経系の興奮による筋緊張の亢進があります。
これは一般的な脳卒中の上位ニューロンの障害による、椎体外路の機能を制御している皮質核路の障害による、毛様体脊髄路の活動亢進による筋緊張の病的な高まり(いわゆる痙性麻痺)と呼ばれるものとは区別されるべきです。
交感神経系の興奮による筋緊張の亢進はいわゆる、痙性麻痺ではなく、それらのベースにある筋の緊張状態を調整する自律神経系の機能に由来する筋緊張の調節システムの調整不良になります。
簡単に言うと車のエンジンのアイドリング調節が上手くいかなくて、エンジンを掛けるとすぐにエンジンの回転が高まってしまうような状態を考えてください。
正しく安全なドライビングを行うためには、エンジンのアイドリングを低めに正しく設定することが大切ですよね。
自律神経の調節も筋緊張が正しく低めに設定できるように調整する必要があります。
3. 正しい姿勢制御の方法を学習します。
脳卒中の運動機能の改善において一番重要なのは、何と言っても正しい姿勢制御の獲得です。
正しい姿勢制御を獲得するために、視覚や体性感覚からの情報をもとに、安定した姿勢をとれるように練習していきます。
姿勢制御には、① 大脳皮質による視覚や体性感覚の統合や、② 大脳基底核での姿勢制御コントロールの調整機能、③ 左右の脊柱起立筋群の筋活動の制御、④ 両側の肩甲帯、両側の骨盤の運動制御などが重要になります。
動作の開始時や歩行の開始時には、その動作を行うために最適な姿勢を準備しようとする『予期的姿勢調節』が行われますが、これは運動学習により経験と熟練とがなされた結果の、高次運動機能と言われるもので、片麻痺の発症後には、その身体状況を改善しながら、それに合わせた『予期的姿勢調節』の動作を再学習していく必要があると思われます。
また安定した座位姿勢や立位姿勢から、前後左右に体重を移動して、その状態での正しいバランスの維持と、再び元の姿勢に戻るなどの動作の安定性や巧緻性、実用的なスピードで行う能力などを獲得していきます。
4. 正しい上肢の運動制御方法を学習します。
正しい姿勢制御ができていることを前提に、上肢の運動機能の獲得を学習します。
あるいは正しい姿勢制御のためにも上肢の随意運動の機能が改善されることが求められます。
まずはより中枢に近い肩関節や肘関節から初めて、徐々に前腕の回内外運動や手首の運動、最後には手指の運動を練習していきます。
これらの上肢の関節を動かすための筋肉の活動を促すため、初期の筋活動の誘発と筋緊張のコントロールを目的に ① 振動療法 や ② 強制的電気刺激療法 (MEMS)などを行い、筋活動と運動が認められてきたら、③ 補助的電気刺激療法 (AEMS)や ④ 神経運動促通アプローチ ⑤ 両手の協調動作などを行っていきます。
運動の質的なアプローチとしては、
- 筋収縮の発現
- 筋活動の安定的出現と関節運動
- 複合した関節運動
- 動作の出力と持久力の改善
- 両手の協調動作と巧緻性の向上 の順番に従ってアプローチを行います。
5. 正しい下肢の運動と歩行制御方法を学習します。
正しい姿勢制御ができていることを前提に、下肢の運動機能の獲得を学習します。
あるいは正しい姿勢制御のためにも下肢の随意運動の機能が改善されることが求められます。
まずはより中枢に近い骨盤や股関節から初めて、徐々に膝の運動や足首の運動、最後には足趾の運動を練習していきます。
歩行に関しては、高次脳機能に基づく予期的運動機能の向上が非常に重要になります。 つまりは「転倒しない』ための「適切な姿勢制御」ができなくてはなりません。
この場合の「姿勢制御」とは
⑴ 『代償性姿勢制御』: 外的な刺激に対して姿勢を安定させる機能
⑵ 『先行性姿勢制御』: 目的とする動作に対して、これに最適な姿勢などを提供する機能
となり、前者は歩いていて何かにつまづいたり、誰かに押された時に転ばないように反射的に動く機能で、主に脳幹、脊髄、小脳内側部などでコントロールされています。
後者は「予期的姿勢調節」であり、障害物を避けたり、階段を上ったり、歩き始めの動作もこれに当たります。
「予期的姿勢制御」に関しては、高次運動機能の調節として非常に重要になりますので、のちのち詳述します。
歩行の遂行に関しては、この「予期的姿勢制御」たけでなく、脳幹部や視床下部、小脳などに存在するといわれている「歩行誘発中枢」の適正な作動とコントロール。脊髄に存在する「中枢歩行パターン発生器」のコントロールなど、意識的な運動だけでなく、自動的な運動コントロールを復活させるケアも非常に重要となってきます。
すなわち歩行とは
歩行開始や方向転換、あるいは障害物の回避といった動作を、より高次運動機能の調整をしながら随意的に行い、スマホを見ながら、あるいは人と話しながら歩くときは、無意識のうちに自動的な左右の下肢の振り出しを、道路の状態に合わせて適切に行い、なんとなく危険を察知したら素早く立ち止まり、また歩き出す。
と言った複雑な動作を意識的、無意識的に調節し、また随意的かつ自動的に行われる、非常に高度で複雑な動作なのです。
歩行機能を回復するニューロリハビリテーションでは、これらの機能を脳神経のネットワークとして構築するためのアプローチを行います。
まとめ
今回は今話題のニューロリハビリテーションについて、概念的な解説を行いました、専門用語が多く少し分かりにくくなってしまったかも知れません。
次回以降に「正しい姿勢制御の方法」、「正しい上肢の運動制御方法」、「正しい下肢の運動と歩行制御方法」の獲得についてもう少し分かり易く解説をしたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
次回は
「脳卒中片麻痺の体幹の姿勢制御機能を回復するニューロリハビリテーション」
について解説します。
関連サイト
3. 脳卒中片麻痺の歩行機能を回復するニューロリハビリテーション
注意事項!
このサイトでご紹介している運動は、あなたの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 ご自身の主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。