呼吸ケア 急性期呼吸ケアでの理学療法士の仕事!
はじめに
呼吸理学療法という言葉が一般に広まってからすでに20年以上が経過しています。
この呼吸理学療法という言葉は、当初は胸郭にアプローチして、呼吸パターンを改善したり、排痰を促したりすることを意味していました。
しかし呼吸ケアが進歩するにつれて、理学療法士が単なる呼吸理学療法だけでなく、呼吸ケア全般に広く知識を持って呼吸ケア・呼吸リハビリテーションに携わる様になってきています。
今回は急性期呼吸ケアにおいて、理学療法士が知っておくべき基本的な知識と視点について解説したいと思います。
よろしくお願いします。
急性呼吸不全とは!
ここで呼吸不全の定義を見てみましょう。
呼吸不全(こきゅうふぜん、respiratory failure)とは、「動脈血ガスが異常な値を示し、それがために生体が正常な機能を営みえない状態」と定義され、室内気吸入時の動脈血酸素分圧(PaO2)が60Torr以下となる呼吸器系の機能障害、またはそれに相当する異常状態を指し、これを呼吸不全と診断する(厚生省特定疾患「呼吸不全」調査研究班昭和56年度報告書)。
この様に定義されています。
さらに急性呼吸不全の定義としては
この呼吸不全が急性に起こり、病状が刻々と変化するために早期の対応を必要とする呼吸不全と言われています。
さらに呼吸不全については低酸素血症( PaO2が60torr以下)に加えて、高炭酸ガス血症(PaCO2が45torr以上)となる場合もあります。
まずはこれらの呼吸不全状態がなぜ急性に起こるのか?
その原因を整理しておきましょう。
急性呼吸不全での低酸素血症の原因は?
肺が酸素を取り入れる能力(肺酸素化能)が低下して、低酸素血症になる原因は以下になります。
⑴ 換気血流比不均等分布
⑵ 肺内シャント
⑶ 拡散障害
上記のそれぞれの問題が急性呼吸不全の低酸素血症とどう関わっているのか考えてみましょう!
急性呼吸不全での換気血流比不均等分布の原因
急性呼吸不全で換気血流比不均等分布が引き起こされる主な原因は「人工呼吸器」です。
それも気管内挿管や専用マスクを利用して行われる「陽圧人工呼吸管理」が原因となります。
どうして陽圧人工呼吸が換気血流比不均等分布を引き起こすのでしょう?
自発呼吸は陰圧換気
私たちが普段行なっている呼吸は、横隔膜が肺と胸郭を拡げて肺内圧を陰圧にして空気を吸い込む「陰圧呼吸」です。
この場合は、肺胞と一緒に肺胞の周りにある毛細血管も陰圧によって拡げられています。
ですから吸気時に肺胞内に吸気を吸い込んだ時には、肺胞の周囲の毛細血管も拡げられて、血流が増加しています。
人工呼吸は陽圧換気
しかし一般的な人工呼吸器による換気は「陽圧換気」になります。
これは吸気時に人工呼吸器が陽圧で肺内に吸気を送り込む方法です。
この方法だと吸気時には肺胞は陽圧で内側から拡げられます。
その時に肺胞の周囲の毛細血管は肺胞に押されて潰されてしまいます。
ですから陽圧人工呼吸では、吸気時に肺胞が膨らんだ時に周囲の毛細血管が圧迫されて血流は低下します。
このことから陽圧人工呼吸では換気血流比が低下してしまいます。
ですから人工呼吸中には、自発呼吸より30%程度多めの分時換気量の設定を行う必要があるのです。
しかしこの急性期の換気血流比不均等分布は、あくまでも人工呼吸器を装着した場合に発生します。
ですから自発呼吸の場合は、ほぼ起こらないと考えて良いと思います。
急性呼吸不全での肺内シャント増加の原因
急性呼吸不全の低酸素血症の原因として最もメジャーなのは肺内シャントの増加による低酸素血症でしょう。
この肺内シャントが発生すると、肺胞が虚脱して換気されないことで、肺胞とその周りの毛細血管の間でのガス交換が行われないため、肺の酸素化能が低下して、低酸素血症になります。
またこの肺内シャントが増加する原因としては、肺炎によるコンソリデーションと無気肺が主なものになると思われます。
無気肺とは!
気管支炎症などによって気道内に喀痰が貯留するなどして、気管支が閉塞されると、その閉塞された気管支の先の区域の肺胞が虚脱して「無気肺」になります。
無気肺になると、その部分の肺胞はシャントとなって肺酸素化能が低下して、低酸素血症の原因となります。
また無気肺の状態が継続すると、そこの気道クリアランスが低下して、感染症を起こしやすくなり、肺炎が発症しやすくなります。
肺炎による肺内シャント!
肺炎とは肺胞の主に感染症による炎症です。
肺胞が炎症を起こすと、そこは肺の硬化像(コンソリデーション)が認められ、その部位にシャントが発生します。
肺炎による肺胞の炎症により、その部位の肺内シャントの増加によって、肺酸素化能が低下して、低酸素血症となります。
急性呼吸不全での拡散障害の原因
急性呼吸不全による拡散障害の原因としては、肺水腫が一般的です。
慢性呼吸不全の場合の拡散障害は、肺気腫による肺胞の破壊によって肺胞の膜面積が減少する、拡散膜面積の減少による拡散障害が一般的です。
しかし急性呼吸不全による肺水腫の場合は、肺胞内に毛細血管から漏出した水分の幕ができることで、肺胞の膜を酸素が通過するのを阻害するようになることで起こります。
酸素は水に溶けにくい性質があるのです。
またこの肺水腫による拡散障害は、あくまでも初期の肺胞の表面に水の幕ができた状態での現象です。
肺水腫が進行して肺胞内が水で満たされてしまうと、それは肺内シャントになります。
ですからARDS(急性呼吸促迫症候群)などの、炎症により肺胞の膜透過性が変化して肺水腫が起こる疾患の場合には、初期は拡散障害、それ以降は肺内シャントが低酸素血症の原因となります。
急性呼吸不全で最も注意すべき呼吸筋疲労とは?
呼吸不全の定義の中には、低酸素血症の他に、高炭酸ガス血症も含まれています。
つまり肺の換気が十分でなくなって、肺胞換気量が低下すると、体内で産生された二酸化炭素を呼吸によって体外に排出しきれなくなり、血液中に二酸化炭素が増加するようになります。
この換気量の低下の原因は、呼吸筋出力の低下です。
では急性呼吸不全で起こる、呼吸筋出力の低下は何かと言えば、その原因は「呼吸筋疲労」になります。
では急性呼吸不全での呼吸筋疲労はなぜ起こるのでしょうか?
呼吸筋疲労の原因「呼吸抵抗3兄弟」とは?
呼吸筋疲労は横隔膜などの呼吸筋が、生体の呼吸抵抗に対抗して自発呼吸を維持することが困難になった場合に、筋疲労が起こってしまいます。
ではこの生体の呼吸抵抗とはどんなものなのでしょう?
生体の呼吸抵抗因子には以下の3つが挙げられます
⑴ 胸郭コンプライアンスの低下(胸郭が硬くなる)
⑵ 肺コンプライアンスの低下(肺が硬くなる)
⑶ 気道抵抗の上昇(気道が狭く空気が通りにくくなる)
自発呼吸は、横隔膜などの呼吸筋の活動により胸郭と肺を拡げて、胸腔内圧と肺胞内圧を陰圧にすることで、肺内に空気を吸い込みます。
ですから呼吸筋が動かす、胸郭と肺が硬くなっていると、それだけ呼吸抵抗が増えて、呼吸筋に負担がかかります。
また空気を吸い込む時に、その空気が通る気管支が炎症などで狭くなっていると、気道抵抗が増えてしまい、空気が通りにくくなり、呼吸筋に負担がかかります。
急性期呼吸ケアでの理学療法士の仕事は?
急性期呼吸ケアでの理学療法士の仕事の要点は、呼吸換気力学に基づいて、呼吸仕事量と呼吸筋力の調整を行うことで、自発呼吸を安定的に維持、もしくは人工呼吸器からの早期の離脱を図ることと、肺胞換気を適正に維持して、肺酸素化能の適正化をはかることです。
それは以下のような作業を行うことによって達成が可能になります。
⑴ 呼吸筋コンディションの改善と胸郭コンプライアンス
呼吸筋には主呼吸筋である横隔膜と呼吸補助筋があります。
呼吸補助筋の中で外肋間筋と内肋間筋に注目してみましょう。
外肋間筋は吸気時に肋骨を引き上げて胸郭を拡げることで、吸気を助けます。
内肋間筋は呼気に肋骨を引き下げて胸郭をすぼめることで、呼気を助けます。
しかしこの2つの筋肉が、過度の努力性呼吸などにより筋疲労状態から、筋のコンディションが低下して、硬く強張ってしまったとしたらどうでしょう?
吸気にしろ呼気にしろ、筋肉は硬く強張って動かなくなってしまっています。
この状態をなんというかと言えば、「胸郭コンプライアンスが低下した状態」と言いますね。
つまり安静呼吸状態では、呼吸を助けていた肋間筋群が、肺炎などに伴う努力性呼吸による負荷によって、筋コンディションが低下してしまうと、胸郭コンプライアンスを低下させる負の因子に変化してしまうのです。
これを予防するために、呼吸ケアを行う理学療法士は、この肋間筋群に対する呼吸筋ストレッチを行い、筋肉の強張りを解消させることで、胸郭コンプライアンスの低下を改善する必要があります。
⑵ 無気肺の改善と肺コンプライアンス
気道内分泌物などによって、気道が閉塞すると、その気道の先の区域の肺胞が虚脱して、無気肺になります。
肺の区域が無気肺になると、その分の肺気量が低下するために、肺コンプライアンスが相対的に低下します。
また無気肺によって肺内シャントが増加することによって、肺酸素化能が低下し、低酸素血症になります。
さらには無気肺から肺炎に移行する場合がありますから、速やかに無気肺を改善する必要があります。
アプローチとしては ⑴ 体位排痰法 と ⑵ スクィージング や スプリンギング などの呼吸理学療法を併用して、無気肺部分の換気の改善を行います。
無気肺に関しては、出来たての早期であれば、一回のアプローチで改善することも可能です。
評価は聴診と打診によって行います
聴診で呼吸音減弱があり、打診で反響音低下があれば無気肺の可能性あり。
呼吸理学療法施行後に、呼吸音が改善し、反響音が亢進していれば改善です。
また無気肺から肺炎になってしまった場合は、簡単には呼吸状態は改善しません。
この場合は様々な呼吸ケアを併用しながら、抗生剤の効果が認められるまで頑張る必要があります。
⑶ 気道クリアランスと気道抵抗
気道内の分泌物を排出させることで、気道抵抗を改善します。
これにはやはり ⑴ 体位排痰法 と ⑵ スクィージング や スプリンギング などの呼吸理学療法を併用して行います。
また気管支の平滑筋が緊張して、気道抵抗が増加している場合には、気管支拡張薬のネブライザーなどを呼吸理学療法と併用して行うと効果があります。
また軽度の気管支平滑筋の緊張であれば、頚部周囲や体幹の呼吸補助筋群に対するマイオセラピー(深部筋マッサージ)などで筋のリラクセーションを図ることで、気管支平滑筋の緊張を和らげる効果があります。
特に両側の肩甲帯の内側あたりの脊柱起立筋群のリラクセーションによる、気管支平滑筋のリラクセーション効果が高いです。
⑷ 人工呼吸器からのウィーニングと呼吸筋トレーニング
胸郭コンプライアンスと肺コンプライアンスと気道抵抗を改善したら、残りは呼吸筋出力を高めるアプローチになります。
まずは主呼吸筋である横隔膜の出力の効率を高めるアプローチを行います。
急性期に努力性呼吸が続くと、頚部周囲の呼吸補助筋群である、斜角筋群や肩甲挙筋の筋コンディションが低下して強張ってしまいます。
すると自然とこれらの筋肉が肩甲帯を引き上げて、肩をすくめた姿勢にしてしまいます。
この肩をすくめた姿勢が曲者なのです。
ベッドに寝ていると気付きにくいのですが、肩をすくめていると、胸郭が上に引き上げられ、機能的残機量位が増加します。
すると横隔膜のドーム構造が平たくなってしまい、十分な吸気筋力が出力できなくなってしまいます。
これはとても重要なことで、たとえ横隔膜の筋力が十分にあったとしても、他の条件次第では十分な出力が得られなくなり、十分な換気量を作るために、横隔膜に余計な負担がかかるリスクを表しています。
呼吸ケアを行うセラピストは、この問題について十分に注意を払う必要があります。
対応するアプローチとしては、頚部周囲筋のコンディショニングを十分に行って、肩甲帯の挙上を解消します。
呼吸筋トレーニングが必要なケースについて
一般的な人工呼吸器からのウィーニングは、人工呼吸管理によって安静呼吸を行い、十分に呼吸筋疲労を改善し、胸郭コンプライアンス・肺コンプライアンス・気道抵抗の改善を行えば、大抵は成功します。
しかし運悪く人工呼吸管理が長期に及び、全身状態や栄養状態の影響もあって、呼吸筋力が極端に低下してしまった場合。
呼吸筋疲労を改善し、胸郭コンプライアンス・肺コンプライアンス・気道抵抗の改善を行っても、十分な呼吸筋力が回復しない場合があります。
この場合は、通常のウィーニングトライアルではなく、呼吸筋トレーニングを行う必要があります。
方法としては以下のようなものがあります
⑴ PSA(プレッシャーサポート)やCPAP(自発呼吸)を一日に数回、呼吸筋疲労を起こすまで施行し、その後に強制換気モードでの呼吸筋の休息を行うアプローチを繰り返し行う。
⑵ 人工呼吸器をポータブルタイプのものに変更し、ベッドサイドでの立位練習や歩行器歩行を行う。
⑶ 人工呼吸器を装着した状態で、ベッド上でダンベルなどを使用した、上肢の筋力トレーニングを行う。
※ 基本的にはこれらのアプローチは、患者さんの状態がウィーニングが可能となった状態、つまり肺炎などの原疾患が十分に改善し、意識状態と栄養状態が安定している状態であることが前提となります。
まとめ
今回は急性呼吸不全とそれに対する急性期呼吸ケアについて、理学療法士が行うべきアプローチと、そのケアに対する視点について基礎的な事項について解説しました。