はじめに
脳卒中の麻痺を治すためのニューロリハビリテーションにおいては、「運動学習」を進めることが、その治療の本質となります。
しかし「運動学習」においては、⑴ 大脳皮質運動野における運動学習、⑵ 小脳における運動学習 および ⑶ 大脳基底核における運動学習 のそれぞれについて、方法論と目的となる獲得されるべき動作の性質が違ってきます。
今回は脳卒中ニューロリハビリテーションのための「運動学習」について、少し掘り下げた解説をして見たいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
運動学習の3つの学習則
現在の運動学習理論には、以下のような3種類の学習則があります。
そしてそれぞれに、大脳皮質運動野や小脳などの、神経の機能再生(神経可塑性)に影響しています。
3つの運動学習則
⑴ 内部モデルを利用した教師あり学習
⑵ 強化学習
⑶ 教師なし学習
内部モデルを利用した教師あり学習
このタイプの運動学習則は、動作時間が1秒を切るような、素早い運動に対する運動学習になります。
このような動作の例としては、ゴルフのスイングや、テニスのストロークが挙げられます。
また日常生活の中での動作としては、「素早くコップをつかむ」などの動作が挙げられます。
そしてヒトの脳における、このような動作の運動学習の場所としては、『小脳』がその部位に当たります。
実はこのタイプの運動学習の「内部モデル」とは、小脳の神経ネットワークに保存されている筋肉や関節を制御するための情報のことを言います。
例えば、ゴルフのボールを、ゴルフクラブを振って打とうとするときに、ボールを狙ってクラブを振り下ろす運動指令が、脳内で作られます。
つまりは小脳の中の「内部モデル」に、うまくボールを打てるように運動指令を計算させます。
そして実際にクラブでボールを打つのですが、打った瞬間に、「しまった」と思っても、もう動作を修正することはできません。
動作が早すぎるために、動作の途中での、感覚のフィードバックによる修正ができないのです。
普通は初心者は、そんなに簡単にゴルフクラブでボールを打つことはできませんよね。
これはゴルフクラブでボールを打つための、小脳ないの「内部モデル」の、筋肉や関節を制御するための情報が不完全だからです。
しかしボールを打った後には、どのようにクラブを振って、どう失敗したかの、感覚フィードバックが脳に届いています。
そしてこの感覚フィードバックによって、小脳の「内部モデル」を、より正確なものに修正していきます。
そうすることで次のスイングは、もっと上手に打てるようになります。
これを繰り返して、その運動に最適な「内部モデル」が小脳に作り上げられていきます。
これが、小脳の「内部モデル」を使って、感覚フィードバックを「教師」にした運動学習則です。
強化学習
先ほどの小脳の運動学習は、コップをつかむなどの、素早い動作が対象で、動作の正確性が重要でした。
しかし、椅子から立ち上がる動作(起立動作)や、ベッドから車椅子に乗り移る動作(移乗動作)などのゆっくりした動作は、動作の正確性よりも、結果の確実性が大切になります。
このような場合の運動学習には「強化学習」を行います。
そしてこの「強化学習」を行う脳内の部位は、『大脳基底核』になります。
「強化学習」では、最終的に行った動作の結果が良かったかどうかが重要になります。
ですから選択する運動の課題を、できなくはないけれど、簡単にはできないレベルに調節して、繰り返し練習を行うことが重要になります。
そのできそうでできない課題を達成できたときに、「報酬」(成功体験)が最大に得られ、運動学習効果が高まります。
教師なし学習
この「教師なし学習」は、感覚フィードバックなどの、運動の結果の情報がない状態で行われる運動学習則になります。
この場合は、『大脳皮質運動野』が重要な役割を果たします。
「教師なし学習」では、フィードバック情報などがない状況でも、目的となる動作の特徴などから、似たケースを探し出し、適切な運動指令を導きだします。
このときに、大脳皮質は、目的となる動作の本質的な動作を、その動作の主成分として分析し、過去の運動経験から、似たような運動指令を導き出して、動作を制御します。
効果的な運動学習
これらの3種類の運動学習を、満遍なく効果的に進めていくことが、ニューロリハビリテーションのアプローチにおいては重要になります。
またそれぞれの目的となる練習が、十分に効果的な課題であることも重要になります。
そのためには以下のようなポイントに注意してリハビリテーションを進めていきます。
⑴ 麻痺側の手による集中練習
どのような状況であれ、まずは大脳皮質の運動野に、麻痺側の運動制御を行う「神経単位」を再構築することが必要になります。
そのためには「教師なし学習」としてのリハビリテーションメニューを、麻痺側の手において、集中的に行うことが必要になります。
⑵ 課題指向型練習
課題指向型練習は、関節ひとつひとつを個別に動かすような練習ではなく、腕全体を使って、何かの課題を達成するような練習方法です。
これは『大脳基底核』による、「強化練習」の効果を高めるために、重要な練習方法となります。
⑶ 多様性のある練習
例えばコップをつかむ練習を集中的に行ってから、ボールをつかむ練習を行うよりも、コップの練習とボールの練習をランダムに進めたほうが、小脳での「内部モデル」の再構築が効果的に行えることが、分かっています。
そのため、単一の課題を集中的に繰り返すよりも、多様な課題をランダムに繰り返したほうが、課題の習得には時間がかかっても、学習効果はそのほうが高いと言われています。
⑷ 難易度調整
「強化学習」の運動学習の効果を高めるためには、課題の難易度を適正に調節する必要があります。
これは簡単すぎる課題では、結果はやる前から分かっていて、課題が成功した時の報酬が少ないのです。
しかし課題が難しすぎると、結果として、課題を遂行できないため、報酬が得られません。
ですからかなり難しいけれども、なんとかできるレベルの課題を用意して、行うことが重要になります。
まとめ
今回は脳卒中ニューロリハビリテーションのための「運動学習」について、主な3種類の運動学習則について解説しました。
それぞれの運動学習則には、対応する脳の神経部位があり、それらの神経可塑性を促す効果があります。
効果的な運動学習によるニューロリハビリテーションの進展のためには、より適切な運動学習課題を、戦略的に組み立てる必要があります。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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