呼吸ケア 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の呼吸理学療法
はじめに
戦後の経済状態の改善から、誰でも気軽に好きなだけタバコが吸えるようになって数十年が経ちました。
その結果として喫煙が原因による COPD が急激に増加しています。
COPD は一般的に在宅酸素療法(HOT)の適応と思われていますが、酸素が必要になる以前の、潜在的な呼吸予備力の低下があるようなケースも、対象の高齢化に従って QOL などに影響を与えたり、他の疾病の回復の足を引っ張るなどのケースも認められうようになってきています。
今回はこの COPD に対して理学療法士によるどんなアプローチが可能なのか?
また COPD の呼吸リハビリテーションを行う上で必要な視点と技術に対しての解説を行いたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
COPD とは!
慢性閉塞性肺疾患(COPD)とは、簡単に言ってしまえば主に喫煙が原因で起こる肺気腫と慢性気管支炎です。
中には稀に遺伝的に起きる COPD もありますが、ほとんどは喫煙が原因で COPD のおよそ 90% 以上が喫煙が原因と言われています。
そして喫煙者のおよそ 20%程度が COPD になると言われています。
ですからタバコを吸っていても COPD になるヒトとならないヒトがいるのですね。
COPD は慢性の閉塞性の肺の障害ですから、気道閉塞が問題となる病気です。
なぜ COPD で気道閉塞が起こるのでしょう?
COPD による気道閉塞は、⑴ 慢性気管支炎による閉塞 と ⑵ 肺気腫による閉塞の2つの要因で気道が閉塞されます。
⑴ 慢性気管支炎による気道閉塞
喫煙によって気管支に慢性的な炎症が起きて、気管支粘膜が肥厚することで気道閉塞が起こります。
また炎症の影響で気管支平滑筋が緊張することも考えられます。
さらに気道内の分泌物が増加することでも気道閉塞が起こります。
これらの原因によって慢性気管支炎による気道閉塞と気道抵抗の増大が起こります。
この問題に対する主な対応方法は、気管支拡張剤や去痰剤の吸入や内服になります。
⑵ 肺気腫による気道閉塞
COPD では肺気腫による気道閉塞も認められます。
というよりは肺気腫による気道閉塞は気管支炎によるもの以上に大きな問題となります。
なぜ肺気腫によって気道閉塞が引き起こされるのでしょう?
その理由は、肺気腫になると肺胞が破壊されて肺胞を包んでいる肺細葉が弾力を失います。
ヒトは安静吸気は横隔膜を収縮させて行いますが、安静呼気は肺胞の弾力を利用して、自然に肺が縮むことを利用して行います。
しかし肺胞が破壊されて肺細葉の弾力が失われると、安静呼気では十分に息が吐ききれなくなります。
そこで腹筋を収縮させて、努力性呼気を行うようになるのですが、この場合は呼気を行うために胸腔内圧が陽圧になります。
そしてその圧は肺細葉だけでなく肺内の気管支などにも均等にかかることになります。
そのために肺細葉から十分に呼気が行われる前に、気管支が押しつぶされて、肺細葉内にエアートラッピングが起こります。
そして空気が詰まったままの肺細葉は、さらにその周辺の気管支を押しつぶしてしまい、気道閉塞を悪化させてしまいます。
つまり肺気腫による気道閉塞は強い肺内へのエアートラッピングを伴います。
感覚としては「肺が硬く感じて十分に息が吐けないために、努力して吐こうとするけれども、肺の中に空気が残ってしまいどうしても吐ききれない」感覚になります。
この感覚はとても苦しくて不快な感覚となります。
COPD によって引き起こされる臨床症状
では実際の COPD によってどのような臨床症状が起こるのでしょうか?
これから解説していきたいと思います。
⑴ 拡散障害による肺酸素化能の低下と低酸素血症
喫煙によって肺気腫になると肺胞が破壊されます。
肺胞が破壊されるということは、肺胞の肺胞上皮細胞とその周囲の毛細血管の血管内皮細胞によるガス交換のための膜である拡散膜が失われます。
つまり拡散障害の原因の一つである「拡散膜面積の減少」が起こります。
これによって肺酸素化能の低下が起こり、症状が進行すると酸素吸入が必要となります。
在宅酸素療法(HOT)が開始されることになります。
ここで注意すべきは肺気腫によって破壊された肺胞は再生することは無いということです。
ですから喫煙による肺気腫によって HOT が開始された場合、その酸素吸入が必要なくなる可能性はまず無いということです。
それどころか喫煙をやめても、これまでの喫煙の影響から、肺の気腫化は進行することがほとんどです。
患者さんの中には、酸素を外すトレーニングとして、1日に何回か勝手に酸素吸入を中止する方がおられます。
これには何の意味もないばかりか、いたずらに低酸素血症を惹起して健康を害します。
あなたの患者さんが勝手に酸素を外さないように、しっかり教育して注意してください。
⑵ 気道閉塞とエアートラッピングによる呼吸困難
COPD では慢性気管支炎と肺気腫の両方で気道閉塞が起こります。
この気道閉塞は単に気道抵抗が上がるだけでなく、肺気腫の特性によって肺内のエアートラッピングが増加します。
その感覚は健康な方が半分ぐらい息を吸った状態からそれ以上吐けなくなった状態と考えるとイメージしやすいと思います。
まず息を半分ぐらい吸い込んでみてください。
そこから上を使って呼吸を行なってみてください。
すると自然に肩で息をするようになりますね。
この状態が長く続くと、呼吸補助筋である頸部周囲筋や肩甲挙筋などが疲労して硬くこわばります。
するとさらに胸郭が引き上げられ、それにつれて横隔膜が平底化して、呼吸の効率が悪くなり、呼吸が困難になります。
そうなると肋間筋群なども強張り出して、胸郭コンプライアンスも低下してしまい、さらに呼吸がしにくくなります。
呼吸仕事量はどんどん増加し、呼吸予備力はどんどん低下していきます。
こうして COPD は呼吸困難の悪循環スパイラルにはまり込んでいくのです。
⑶ 息切れによる運動回避と有酸素運動の低下
COPD による息切れは、「拡散障害による低酸素血症」と「気道閉塞とエアートラッピングによる呼吸仕事量増大」の両方から起こります。
ですから歩行や労作などの運動を行うと、すぐに息切れが起こります。
この息切れが強いことと、運動時にすぐに血中の酸素が不足して、筋肉などに酸素が不足することで、運動回避傾向とそれに伴う有酸素運動能力の低下が起こります。
これは簡単にいうと、瞬発的な動作ばかりで持続的な運動を行わなくなることと、運動時に筋組織で利用できる酸素が不足することで、四肢体幹の筋肉の素性が変化します。
つまり赤身の筋線維(赤筋線維)が減少して、白身の筋線維(白筋線維)が増加します。
赤身はマグロ、白身はヒラメと考えるとイメージしやすいですね。
赤身のマグロは有酸素運動の塊なので疲れません。
24時間泳ぎ続けることが可能です。
白身のヒラメは無酸素運動ですからすぐに疲れてしまいます。
ちょっと泳いだと思ったら、すぐに砂底に沈んで動かなくなります。
COPD の患者さんはヒラメになっていると考えれば納得ですね。
COPD の患者さんはやる気がないのではなく、そういう種類のヒトになってしまっているのです。
「鳴かぬなら多分そういう種類のホトトギス」ですね!
⑷ 呼吸困難感の増悪による心理的抑うつ傾向
COPD では息切れによる呼吸困難感がつきものです。
しかしこの呼吸困難感がクセモノなのです。
一般的な運動による息切れはストレス解消になります。
しかし COPD による息切れは、何も動いていないのに起こる安静時の息切れです。
これは心理的には命の危険を感じる息切れになります。
ですから COPD の患者さんは、病態が進むにつれて、ほとんどが抑うつ傾向に陥ります。
そうなるとますます運動回避や体調不良が進んでしまいます。
「病は気から」ですね。
この COPD の抑うつ傾向に対するアプローチも呼吸リハビリテーションでは重要なアプローチになります。
⑸ 全身の運動機能の低下
私は元々は急性呼吸不全のケア、つまりは集中治療室での人工呼吸管理からのウィーニングが専門の理学療法士(米国呼吸療法士)でした。
しかし大学病院に勤務中に呼吸器内科の教授から命令されて、 COPD の呼吸リハビリテーションの責任者をしたことがあります。
2週間の入院で集中的な呼吸ケアを行う、主任教授肝いりの企画でした。
開始当日に呼吸リハビリの患者さんが来た時に、みんなが揃いも揃って車椅子で運ばれて来た時には、びっくりしてひっくり返りそうになりました。
COPD が悪化すると、立ち上がることもできないくらい運動機能が障害されるということを、その時初めて知ったのです。
この原因は、呼吸困難感による交感神経系の亢進と、筋線維の無酸素運動による易疲労性と、努力性呼吸による呼吸補助筋の強張りに関連する腰部と下肢の筋の強張りと疼痛などが複合して怒っていました。
要するに呼吸困難の悪循環スパイラルが行くところまで行って、一番ボトムにくると、ヒトは立ち上がることもできないくらい運動機能が障害されるということです。
例えば努力性呼吸によって、頸部周囲の呼吸補助筋が強張ってしまうと、今度は椅子に座ってテレビを見ていても肩や首が凝るようになります。
そうなると今度は筋緊張性頭痛なども起こって来て、テレビを集中して見ていることもできなくなり、すぐに横になりたくなります。
そうやって寝たり起きたりしているうちに廃用症候群が進行してしまうのです。
COPD にはそれ以外にも色々と悪循環スパイラルに陥る罠が仕掛けられています。
COPD に対する呼吸リハビリテーション
⑴ 酸素吸入に対する教育
先ほどお話ししたように、 COPD の患者さんが酸素療法に対する知識がない場合、酸素を外すトレーニングのために意味なく酸素吸入を中断したり、呼吸困難感を解消する目的で酸素流量を勝手に増やしたりしがちです。
しかしこれらはいずれも非常に危険な行為です。
例えば酸素吸入を自己判断で中断すると、生体は常に低酸素状態に曝されます。
私の経験では、酸素吸入を怠って来た方は、記憶力の低下を認めることが良くあります。
脳血管疾患やアルツハイマーの診断がないにも拘らず、廃用性の生活習慣がなくて、活発に生活して来ているのに、記憶力が低下しているのです。
やはり脳は酸素不足の影響を受けやすいのでしょうか。
はっきりした因果関係は立証できていませんが、少し気になる問題です。
また COPD の患者さんが不安感が強い場合などは、息切れの感覚によって頻繁に酸素流量を調節するようになったりします。
これによって息切れが改善することはあまりないのですが、不安からくる衝動的行動なので仕方がありません。
しかし COPD の患者さんが慢性的な高炭酸ガス血症出会った場合、高濃度酸素の吸入による CO2ナルコーシスのリスクが高まります。
これらの問題に患者さんがきちんと対応できるように、まずは酸素がなぜ必要なのか、またどのように酸素を吸入することが正しいのかをきちんと教えてあげて、習慣化してあげる必要があります。
⑵ 呼吸困難感への対応
低酸素血症が原因である場合もありますが、COPD の呼吸困難感のほとんどは、気道閉塞による呼吸仕事量の増大と、肺内のエアートラッピングによる機能的残機量の増加による呼吸筋(横隔膜)の換気効率の低下が原因です。
エアートラッピングにより、機能的残機量が増え、胸郭が上に押し上げられて、頸部周囲の呼吸補助筋がうまく働かなくなり、呼吸筋疲労が進行して強張ってしまいます。
するとさらに胸郭が引き上げられ、横隔膜が平底化して相対的出力が低下します。
すると胸郭の呼吸補助筋である肋間筋群に負荷がかかり、肋間筋群も疲労から強張ってしまいます。
すると換気効率や胸郭コンプライアンスが低下し、呼吸困難感が増大します。
これらの問題を解決するために、呼吸補助筋群に対する筋のコンディショニングを行います。
これにより呼吸効率と呼吸仕事量の軽減を図ります。
呼吸困難感の改善アプローチ
⑴ 頸部周囲の呼吸補助筋のコンディショニングで機能的残機量を低減する
⑵ 胸郭スクィージングによる肋間筋群のストレッチで胸郭コンプライアンス改善
⑶ 脊柱起立筋群をコンディショニングして交感神経機能を改善し気管支平滑筋の緊張低下
⑷ 腹式呼吸練習と横隔膜筋力トレーニング
これらのアプローチのよって換気効率と呼吸仕事量を軽減させて呼吸困難感を改善します。
⑶ 有酸素運動能力の改善
呼吸換気力学的な呼吸困難感の改善ができて来たら、次には全身の有酸素運動能力の改善を行います。
これにはトレッドミルや自転車エルゴメーターを使用した、有酸素運動を行い、四肢の骨格筋の赤筋線維の増加を図ります。
筋持久力と有酸素運動能力の改善には、地道な運動習慣の継続が一番大切になります。
ですから生活習慣の中に適度な散歩などの習慣をつけさせることも大切になります。
⑷ 心理的アプローチ
COPD の抑うつ傾向や不安神経的な傾向を改善するには、単にカウンセリング的なアプローチで不安を解消しようとしても、あまり効果はありません。
なぜ息が苦しいのか?
なぜ体が強張るのか?
なぜ首や肩や腰が痛くなるのか?
などの COPD に合併する様々な問題点をキチンと説明した上で、その解決方法を示すことが大切です。
一般的な心理カウンセリングでは不安の原因を探ることから始まりますが、COPD の場合は、病気が不全の原因であることは初めからはっきりしています。
ですから病気に対する不安を解消するために、キチンとした科学的な説明と対処方法を示すことが大切になります。
⑸ 全身の運動機能の低下に対するアプローチ
COPD が進行してくると運動機能が低下して車椅子上生活に陥る場合もあります。
この主な原因は、呼吸困難による運動回避と、交感神経機能の緊張や無酸素運動などによる筋コンディションの低下による首や肩や腰の疼痛が原因で起こる廃用症候群です。
これらの問題を予防・改善するために、適切な運動と疼痛ケアを行う必要があります。
※ メニューの中に排痰がないぞと思われた方もいると思います。 ですが COPD で痰が問題になることはほとんどありません。 痰が増える慢性呼吸器疾患は「慢性持続性気道感染症」など他の疾患です。
まとめ
COPD の呼吸リハビリテーションで理学療法士が行うべきアプローチの基本的な解説を行いました。