はじめに
ヒトの脳には、「前頭葉の腹側運動前野」と「頭頂葉の頭頂連合野」及び「側頭葉の上側頭溝」を結ぶ『ミラーニューロンシステム』が存在します。
これは「真似っこニューロン」と呼ばれ、他人の動作を真似ることで、運動を学習するための、神経回路です。
しかしこの「ミラーニューロン」は、単に動作を真似して運動を学習するだけでなく、他者の動作から、その感情や目的を読み取ったり、自分と他人をしっかり区別したりするためにも、重要な役割を持っています。
今回は、この「ミラーニューロン」に注目して、ミラーニューロンの特性を生かした、脳卒中片麻痺の手指の麻痺を治すためのリハビリテーション方法について解説を行います。
どうぞよろしくお願いします。
ミラーニューロンとは!
ミラーニューロンは、「前頭葉の腹側運動前野」と「頭頂葉の頭頂連合野」と「側頭葉の上側頭溝」を相互方向に結ぶ解剖学的な結合(神経の連絡あり)で繋がれた神経システムです。
その機能は、「運動を制御する神経の中で、他者の動作を観察したときにも反応する神経細胞」があり、これをミラーニューロンといいます。
ミラーニューロンは「他者の動作を観察しているときに、その他者の脳内で起きている動作の信号を、自分の脳内に再現する」働きをしています。
つまりは他人の動作を見て、その脳内の神経活動をシミュレートしているのです。
その結果として、ミラーニューロンには、以下のような機能が備わっています。
⑴ その人がどんな目的でその行動をとっているのかを認識する
⑵ 他人の行動から危険を察知したり、注意すべきことを認識する
⑶ 他人の動作を見ることで、同じように真似することができる
⑷ 相手の動作から、その気持ちを察することができる
⑸ 相手の動作に共感して、同じ感情を持つことができる
ミラーニューロンは、視覚に対応する神経細胞と、運動に対応する神経細胞が、両方ともに含まれている神経回路です。
そして相手の動作を、目で見て視覚的に捉えることで、自分の運動神経にも、同じ動作をしたのとそっくりな、神経活動が起こります。
このことで相手の動作を、より深く理解することができるのです。
相手の動作を自分に照らして判断する
例えば、駅の切符売り場で、モタモタしている人がいたら、「目的の駅への切符の買い方が分からないのかな」と気がつきますね。
これは、もし自分が切符売り場の前で、立ち往生する場合は、切符の買い方が分からないときだと、自分の時の行動に照らして判断しているからなのです。
または近くを歩いている人が、急に叫んでしゃがみこんだら、「何か危険がある」と、自分も恐怖を感じますよね。
あるいは結婚式で涙を流している新婦を見たら、自分も幸せな気持ちになって、涙ぐみます。
これらの行動や反応は、すべてミラーニューロンの活動によっているのです。
相手の動作から、いろいろなことを察知するのが、ミラーニューロンです。
なんかミラーニューロンって、「空気を読むための神経回路」って感じですね。
それなら「空気を読めない人」は、ミラーニューロンの機能が弱いのかな。
それなら、もしかすると将来的には「空気読めないヒトのニューロリハビリテーション」もできるかもしれませんね。
自己身体意識とミラーニューロン
ヒトは自分の身体を、自分の物だと認識することができます。
この自分の身体を認識する「身体意識」には、次の2つがあります。
⑴ 身体保持感: 自分の身体やその部分が自分の物だという感覚
⑵ 運動主体感: その運動を自分の意思で、自分が実行しているという感覚
そして実際に運動を行なっているときには、⑴ 運動の指令が運動野で作られ、⑵ 実際に運動が行われると、その動作による感覚のフィードバックが行われます。
この運動指令と感覚フィードバックとを、照合することで、運動が制御されています。
そしてこの運動指令と感覚フィードバックの照合が行われることで、「この動作は自分が自主的に行った」との、運動主体感を持つことができるのです。
この「運動主体感」を作り出しているのが、「運動前野」と「頭頂連合野」のネットワークによる、ミラーニューロンなのです。
またこの「運動指令と感覚フィードバックの照合」は、運動学習にも、深く関連しています。
ですからミラーニューロンはニューロリハビリテーションの「運動学習」による神経再生にも、関与していることになります。
ミラーニューロンと物をつかむ動作
ミラーニューロンのシステムを構成する、「頭頂連合野」には、手で物をつかんだり、操作したりする、細かな手の動作に関係する神経細胞があります。
またこの神経細胞には、以下のような3種類の神経細胞があります。
⑴ 視覚優位型: 視覚情報の入力だけを受けている
⑵ 視覚運動型: 視覚情報と運動情報の両方に反応して活動
⑶ 運動優位型: 運動情報のみを符号化して活動
この3種類の神経細胞の中で、視覚に関する神経細胞は、つかむ対象となる物体の3次元的な特徴(形、構造、傾き)などを認識して、その情報を運動野の運動神経に送っています。
そしてその物体に対する視覚情報を受け取った運動野では、その物体をつかむために適切な指の運動パターンを選択します。
さらに実際の指の運動に関する情報を受け取った「頭頂連合野の運動優位型の神経細胞」は、視覚的に見た物体の3次元的特徴と、それをつかむために行なった動作の運動情報を照合して、指の運動が適切だったかをモニタリングしているのです。
つまりミラーニューロンシステムにより、ヒトは物をつかみ、それを操作する場合、目で見て物体の形や構造を判断し、その物体をつかんで操作するために、最適な運動パターンを、あらかじめ運動野で作ってから、実際の動作を行なっているのです。
ミラーニューロンの特性に基づいた手のリハビリテーション
ヒトが手で物をつかみ操作する場合、まずは目で見て、その物の形や構造の情報を、頭頂連合野で把握します。
そしてその形の物体を、つかんで操作するために、最適な指の運動パターンを、運動野で選択します。
そして実際に行われた指の運動が、その物をつかんで操作するのに、最適であったかを、再び頭頂連合野で照合します。
このことで指で物をつかむ動作に対する、運動学習が行われます。
ですから物をつかむための、手のリハビリテーションは、このミラーニューロンの性質を利用したものが、効果があると考えられます。
そこでニューロリハビリテーションのメニューとしては、コップ、ボール、棒などの、それぞれに特徴のある物体を、数種類用意します。
そして健常な手で、それをつかみ操作する映像をモニターで見ながら、同様の動作を、模倣しながら練習するという方法が、ミラーニューロンシステムへの、運動学習の効果を高める働きをするのです。
まとめ
ヒトのミラーニューロンは、相手の動作を見ることで、同様の運動神経の活動を、自分の脳内に引き起こします。
そしてそれによって、相手の動作を真似るという、運動学習が行われます。
また手で物を持つという動作を行う場合。
ミラーニューロンは、物体の形や構造を、頭頂連合野で、視覚情報として捉え、それを運動野に送ります。
運動野では、視覚情報に基づき、それをつかむために最適な指の運動プログラムを選択し、実行します。
頭頂連合野では、実際に行われた指の動作の運動情報と、視覚情報の照合を行い、指の運動パターンが適切であったかを検証します。
その結果、運動学習が行われます。
脳卒中ニューロリハビリテーションでは、このミラーニューロンの特性を生かしたアプローチを行うことで、効率の良い手のリハビリテーションが可能となります。
最後までお読みいただきありがとうございます。
注意事項!
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