はじめに
脳卒中は突然発症して倒れてしまう病気です。
また脳卒中によって、脳の神経細胞が障害されますから、左右いずれかの手足が麻痺する「片麻痺」を中心に、様々な障害が発生します。
そのために脳卒中になると、それまで送っていた生活を、その後も同じように続けることが困難になります。
急に手足が麻痺して、障害を抱えることで、様々な問題が起こり、本人も家族も大きな困惑を抱えることになります。
脳卒中になるということは、まさに人生を左右する大問題です。
これからどうすれば良いのか?
病院での治療はどうなるのか?
リハビリでどれくらい良くなるのか?
必要なサポートはどこで受けられるのか?
不安に思うことは沢山あると思います。
当サイトでは、これから「家族が脳卒中で倒れたら」どうしたらいいのかについて、シリーズ化して解説を行っていきたいと思います。
第一回目の今回は、一番最初の基本として「脳卒中ってどんな病気?」について解説していきます。
どうぞよろしくお願いします。
脳卒中ってどんな病気?
脳卒中とは、脳の中の、脳神経細胞に血液を送っている血管(主に動脈)が破れたり、詰まったりして、脳神経細胞に血液が流れなくなることで、脳神経細胞が死んでしまい、さまざまな脳の機能が障害される「後遺障害」が残る病気です。
この「後遺障害」とは、病気(脳卒中)が治療されて治った(命の危険がなくなった)後にも、脳神経細胞が死んでしまったことで、片麻痺(片側の手足の麻痺)や認知機能の障害、性格変化や自律神経機能の障害(オシッコや発汗機能の障害など)など様々な障害が残ってしまうことを言います。
脳卒中の死亡率は、医療技術の進歩により、かなり下がっているのですが、脳卒中になる方自体は、そんなに減っていないのです。
ですから片麻痺などの後遺障害を持ってしまう方が、増えているということになります。
脳卒中の後遺症にはどんなものがありますか?
脳卒中の最大の問題は、後遺障害が大きいことです。
脳卒中の後遺障害には、運動神経系の問題である「手足の麻痺」の他に、運動制御の障害である「姿勢制御の障害」や、すくみ足や運動リズムが障害される「パーキンソン症候群」などがあります。
また運動神経系以外の神経の問題である「認知機能障害」や「性格変化」あるいは「高次脳機能障害」などがあります。
これらについてもう少し詳しく説明していきたいと思います。
手足の片麻痺
脳卒中では片麻痺と呼ばれる、左右いずれかの片側の手足が、こわばって動かせなくなる「痙性片麻痺」と呼ばれる麻痺になります。
どうして片側の手足が麻痺するのでしょう?
どうして両側ではないのでしょう?
私たちの手足の運動は、大脳皮質の「1次運動野」でコントロールされています。
脳の1次運動野は、左右の大脳半球に、それぞれ別れて、右の1次運動野と左の1次運動野があります。
この左右の1次運動野から、手足の末梢神経に向かって、それぞれ「皮質脊髄路」と呼ばれる、神経の通り道があり、右の1次運動野からは、左の皮質脊髄路に、左の1次運動野からは右の皮質脊髄路に神経が通っています。
これはそれぞれの皮質脊髄路が、延髄と呼ばれるところで、左右に交差しているからです。
どうしてそうなっているのかは良くわかりません。
そしてこれらの運動神経の通り道や1次運動野の神経細胞が、脳卒中によって破壊されることで、片麻痺になるのです。
ですから右脳の脳卒中では「左片麻痺」になり、左脳の脳卒中では「右片麻痺」になります。
運動制御の障害
脳卒中では、手足の麻痺の他に、運動制御の障害が起こります。
これはたとえば、歩き始めに、うまく足が出なくて、オタオタしてしまう「すくみ足」であるとか、歩くリズムが悪くて、スムースに歩けなかったりします。
また手を使ったさまざまな動作も、スムースに動かせずに、ぎこちない動作になる場合があります。
これは麻痺側の手だけでなく、健側の手の動作でも起きる場合があります。
じつは私たちの脳には、「自動制御システム」が組み込まれています。
たとえばスマホをいじりながら歩く場合を考えてみてください。
あなたは頭は(思考は)スマホに集中していても、まっすぐに歩き続けることが出来ますね。
またテーブルの上のコップの水を飲む場合にも、「コップの水を飲む」と考えただけで、細かい手や腕の動きを意識することなく、自然にコップに手を伸ばすことが出来ます。
これは脳には単純な動作であれば、自動的に動かせるような仕組みがあるからなのです。
この仕組みに関わっているのが、「大脳基底核」と呼ばれる部分です。
脳卒中によって、この大脳基底核が障害されると、運動制御の障害が起こります。
すくみ足や歩行リズムの障害などの「パーキンソン症候群」と呼ばれる症状が出たり、姿勢が傾いたり、動作が上手く行えなくなったりします。
性格変化
脳卒中になると、多くの場合に「性格変化」が起こります。
短気で怒りっぽくなったり、うつ病みたいに落ち込んでやる気が出なかったりします。
これは脳には運動神経だけでなく、さまざまな心の制御を行う仕組みがあるからです。
特に大脳皮質の「前頭葉」には、高度な心の制御を行う働きがあります。
たとえば目の前のテーブルに美味しそうなお菓子があります。
でも今あなたは、さほど親しくない知り合いの家にお使いで来ています。
勝手にテーブルのお菓子を食べることは出来ません。
あなたの原始的な感情は「美味しそうなお菓子を食べたい」と強く感じています。
でも本当に食べてしまえば、色々と問題が起こりますね。
ですから社会的なマナーとか、色々考えた上で、お菓子を食べることを我慢します。
脳卒中になると、これらの社会性をもって我慢する機能が障害されて、すごく勝手な行動を取りやすくなる場合があります。
家族の方が、なんでこんなに自分勝手なことばかり言うんだろと、嘆いている姿を良く見かけます。
また脳卒中になると、怒りやすくなったり、ウツになって落ち込んだりする事も良くあります。
これは脳の感情をコントロールする機能が障害されているからです。
ですから「なんでこんな事で、そんなに怒るの?」と言うくらい怒りっぽくなる方もおられます。
またウツ病みたいになって、何もかもやる気が出ない事も、よくあります。
中年期のウツ病は、脳神経の中でも、グリア細胞が障害されて起こることが、分かってきていますが、脳卒中でのウツ病も、なんらかの脳神経の障害によると思われます。
脳卒中で麻痺した方が、落ち込んでいると、麻痺したことを嘆いて、心が折れているのだと考えがちですが、そもそも脳神経機能の障害で、脳の活動性が低下している可能性があるのです。
ですから、あなたの家族が脳卒中になって、怒りっぽくなったり、粗野な感じになったり、落ち込んだりしていても、それは病気のせいなのだと、理解してあげてください。
あなたに対しても、健康な時には、決して言わなかったような言葉を投げかける場合があるかもしれません。
でもそれも脳卒中という病気のせいなのです。
風邪をひいて、熱を出している人に対して、「熱が高いから暑苦しい」と嘆く人はいませんよね。
脳卒中で「性格が変わる」のは、風邪をひいて熱が出ているのと、同じようなものだと考えて、暖かく見守ってあげてください。
高次脳機能障害
脳卒中になると、「高次脳機能障害」と呼ばれる、さまざまな脳の制御機能の障害が起こる場合があります。
代表的なものは、① 失語症 ② 失認 ③ 失行 などです。
失語症
失語症は、言葉通り、脳の言語中枢が障害されて、言葉がうまく喋れなくなる障害です。
この失語症には、「相手の言っていることは理解できるが、自分では喋れない」という『運動性失語』と、「相手の言っている事も分からないし、自分でも喋れない」という『感覚性失語』があります。
失語症とよく間違えるのが『構音障害』です。
構音障害は呂律が回らなくなって、喋りにくくなる病気ですが、これは脳の言語中枢の問題でなく、舌や口の筋肉が麻痺して、いわゆる「滑舌が悪くなった状態」です。
構音障害の場合は、口の筋肉の運動を行えば、徐々に良くなる場合があります。
また構音障害には、嚥下障害が合併する場合がありますから、「誤嚥性肺炎」に注意する必要があります。
失認
失認でよく見かけるのは「左半側空間失認」です。
これは自分の左側にある空間を認識できなくなる障害です。
目で見えていないのではなく、目はしっかり見えていますが、その目で見ている情報を、脳で認識できなくなるのです。
これは脳の右側に、空間を認識する機能があり、それを障害されると、左側の空間を認識できなくなるのです。
この空間の認知障害は、右側の認知障害は、ほとんど起こらず、一般的には左側の空間の認知だけが障害されます。
自分の左側の空間が認識できず、右側にばかり注意が向いていますから、左側からきた人にぶつかったり、左側の溝に落ちたりなど、日常生活で大きな問題が起こります。
失行
失行には、構成失行や肢節運動失行など、さまざまなタイプがあります。
失行とは、いわゆる動作の制御がうまくできなくなった状態です。
たとえばお茶を入れる場合、ヤカンでお湯を沸かし、急須にお茶の葉を適量入れ、そこにヤカンのお湯を入れたのちに、急須から湯飲みにお茶を注ぎます。
この一連の動作を、順番に組み立てられなくなり、湯飲みに直接、お茶の葉を入れたりします。
また外部からの情報に、適切に対応できなくなり、赤信号で歩き出したり、青信号で止まったりします。
これもとても危険な状態ですね。
脳卒中ではこれらの他にも、さまざまな「高次脳機能障害」が起こる場合があります。
それだけ私たちの脳は、複雑な制御を行っているということになります。
自律神経機能の障害
脳卒中になると、運動麻痺や運動制御の障害の他に、自律神経も障害される場合があります。
自律神経とは、私たちの生命を維持するための活動を、影で支える神経です。
主なところでは、血圧を一定に保ったり、呼吸を維持したり、体温を調節したり、消化機能をコントロールしたりしています。
脳卒中によって、自律神経機能が障害されると、さまざまな問題が起こります。
まず脳卒中で倒れて、最初に起こる自律神経機能障害の問題は、手足の浮腫みです。
これは脳卒中の急性期に、自律神経機能が混乱して、手足の先の血液の流れが上手く行かなくなることで、手足がパンパンに浮腫んでしまいます。
そのせいで後から手の指の関節が癒着したり、肩の筋肉がこわばって、肩関節が動かなくなり、腕があげられなくなったりします。
麻痺側の手の運動制限は、麻痺ではなく、この時におきた関節の拘縮である場合も多いのです。
また脳卒中で、自律神経機能が障害されると、便秘になりやすくなったり、血圧が不安定になったりと、さまざまな問題が起こってきます。
このように脳卒中では、手足の片麻痺だけでなく、さまざまな脳の機能が障害されます。
脳卒中にはどんな種類がありますか?
脳卒中は、脳の血管に問題が起きて、脳の神経細胞に血液が届かなくなり、その神経細胞が死んでしまう病気です。
血管の障害の元になるのは、いわゆる「動脈硬化」と呼ばれる問題で、長年の食生活の問題による、血管への脂肪の蓄積や、高血圧による、血管への負荷が原因で、「動脈硬化」が起こります。
そして「動脈硬化」の結果として、血管が詰まったり、破れたりします。
脳の血管が詰まることを「脳梗塞」と呼び、脳の血管が破れて出血することを「脳内出血」と呼びます。
この脳梗塞と脳内出血には、それぞれいくつかの特徴を持った種類があります。
脳梗塞
一般的な脳梗塞
脳梗塞は、脳の血管が詰まる病気ですが、詰まる血管によって、障害される脳の機能が違ってきます。
これは脳には、その部位によって、さまざまに機能が違っているからです。
そして太い血管が詰まるほど、脳の広い範囲が障害され、症状も重くなります。
脳の前頭葉の、判断力を司る部位が障害されれば、認知症に似た症状が出ますし、運動神経が障害されれば、片麻痺になります。
側頭葉を障害されれば、言語障害や、記憶障害が起こります。
また大脳基底核を障害されれば、パーキンソン症候群と呼ばれる、パーキンソン病に似た、すくみ足などの障害が起こりますし、小脳を障害されれば、小脳性失調と呼ばれる、運動失調症状が起こります。
ラクナ梗塞
ラクナ梗塞とは、脳の血管のうち、大脳基底核などに血液を送っている細い血管が詰まる病気です。
このラクナ梗塞は、80歳以上の高齢者に多く見られます。
症状としては、麻痺はほとんどありませんが、パーキンソン症候群と呼ばれる、運動制御の障害が起こります。
そのために、すくみ足などの障害が起こり、歩き方がぎこちなくなったり、動作がギクシャクしたりする、問題が起こります。
小脳梗塞
脳梗塞が、大脳ではなく、小脳で起こります。
小脳梗塞の場合には、小脳性失調と呼ばれる、運動失調が起こります。
これは小脳には、筋緊張を高め、運動の大きさを調節する働きがあるためです。
ですから小脳性失調は、身体中の筋緊張が低下して、フラフラしてしまい、身体をしっかりと支えて立っていることが難しくなります。
また物に手を伸ばす時に、正確に手を伸ばせずに、物をつかみ損なったり、つかんだ後でも、手がフラフラして、上手に扱えなかったりします。
脳幹部梗塞
脳の一番下の部分、延髄や脊髄のすぐ上で、脳梗塞が起こる場合があります。
これを「脳幹部梗塞」と呼びます。
脳幹部梗塞では、脳の運動神経が、脳幹部のとても細い部分に、絞り込まれるようにまとめられたところで、脳梗塞が起こります。
ですから小さな脳梗塞でも、大きな麻痺になりやすいのです。
また小脳と大脳基底核との連絡経路も、この脳幹部にありますから、小脳性失調も起こります。
また姿勢制御のための重要な神経核も、この脳幹部にあるために、姿勢を制御する機能も障害されやすくなります。
このために重症な脳幹部梗塞の場合、「閉じ込め症候群」と呼ばれる、目の動き以外、全ての体の動きが麻痺するという、大変に困難な症状になる場合があります。
この「閉じ込め症候群」では、口も聞けなくなりますが、相手の言っていることは、よくわかりますし、思考能力は正常で、まったくボケていないのです。
ですから頭はしっかりしているのに、まったく動けないという、本人にとって、とてもストレスが高い状態になります。
いずれにせよ「脳幹部梗塞」では、片麻痺ではなく、両側の手足が麻痺して、とても重い麻痺が起きることが多いです。
脳内出血
脳内出血は、脳の血管が、動脈硬化などで脆くなった結果、高血圧などにより破れて出血することで、起こります。
被殻出血
被殻出血は、脳内出血の中で、最も多い出血です。
「被殻」とは、大脳基底核と呼ばれる、大脳皮質のすぐ下にある、神経機能系の中にある、神経核の名前です。
この被殻に血液を送っている「レンズ殻線条体動脈」などが、細くくねっていて、高血圧などで破れやすいため、被殻出血が多いのです。
そしてこの「被殻」のすぐ隣には、「視床」と呼ばれる神経核があり、被殻と視床の間の、細い隙間には「内包」と呼ばれる、運動神経の通り道があります。
被殻で出血が起こると、その出血によって、「内包」の運動神経の通り道(皮質脊髄路)が切断されてしまい、片麻痺と呼ばれる片側の手足の麻痺が起こります。
また大脳基底核の機能も障害されるため、パーキンソン症候群と呼ばれる、運動制御の障害が起こり、ギクシャクしたぎこちない動作や、すくみ足などの歩行障害が起こります。
被殻出血の場合は、一般的には、脳神経外科での手術で、脳内の血腫を取り除く手術を行います。
視床出血
視床出血は、「視床」と呼ばれる神経核で出血して起こります。
やはり「視床」も、「内包」のすぐ隣にありますから、運動神経の通り道(皮質脊髄路)が障害されて、片麻痺が起こります。
また視床と大脳基底核は、連携して機能しているため、視床出血でもパーキンソン症候群が起きる場合があります。
また視床出血の大きな問題としては、視床が感覚神経の通り道であり、視床が障害されることで、重度の感覚障害が起こる場合があります。
これは「視床痛」と呼ばれる、強い痛みやしびれ感を伴った障害や、「感覚脱失」と呼ばれる、麻痺側の手足の感覚が全く無くなってしまう障害があります。
常に強い痛みやシビレがあり、それが治療困難であるために、患者さんはノイローゼになってしまう場合があります。
また手足の感覚が全くないと、見ていないと手足がどこにあるか分からずに、安定して歩くことも出来なくなってしまいます。
また熱い物に触っても、分からずに、料理の時に、酷い火傷をおったりする場合もありますので、注意が必要になります。
視床は、生命維持にも重要な働きをしている部位であるために、一般的に視床出血の場合には、外科手術を行わない場合が多いです。
クモ膜下出血
脳の表面には、外側から「硬膜」「クモ膜」「軟膜」と呼ばれる、3層の膜があります。
そしてこの「クモ膜」の下にある、「クモ膜下腔」と呼ばれる隙間に出血するのが、「クモ膜下出血」です。
「クモ膜下出血」は死亡率が高く、50%近くが死亡すると言われています。
しかし軽度の場合は、全く麻痺などの後遺症がなく、ほぼ完全に近い回復ができる場合もあります。
ですから「クモ膜下出血」の場合は、重症な時と、軽症な時で、天国と地獄の差があります。
どうしてこんなに差があるのでしょうか?
「クモ膜下出血」が起きると、後頭部をトンカチで殴られたような強い痛みを感じ、首筋の筋肉がガチガチにこわばります。(痛くない場合もあります)
この時に「クモ膜下腔」に出血しているのですが、この出血の量で運命が決まります。
出血量が少ないと、その後の問題もほとんど起こらずに、後遺症の麻痺にもなりません。
しかし出血が多いと、生命を維持することが出来なくなり、患者さんは亡くなってしまいます。
このようにくも膜下出血は、発症時の出血量で運命が決まります。
その他の脳内出血
その他の脳内出血として、大脳皮質の周辺での出血や、脳幹部での出血、小脳での出血があります。
これらの出血については、同じ部位の脳梗塞と症状は似ています。
このように脳卒中には、脳梗塞と脳内出血があり、またそれぞれに多様な種類があります。
そしてそれぞれに起こる症状や後遺障害が違います。
ご自分やご家族が、どのような脳卒中であるのかを、しっかりと理解することは、その後のケアを進める上でも、大切な理解になると思います。
主治医の先生から、説明を受ける時に、ただ言われたことのみを聞くのではなく、もう少し詳しく聞けるように、ご自分から質問できると良いですね。
最後までお読みいただきありがとうございます。