脳卒中の痙性麻痺の原因は本当に脳の神経症状なのか?
脳卒中になると、左右いずれか片側の手足が痙性麻痺と呼ばれる麻痺になります。
この痙性麻痺というのは、筋肉が緊張してこわばったまま動かなくなるタイプの麻痺を言います。
一般的な麻痺というと、筋肉が力を失ってダランとした麻痺になるのですが、これは末梢神経の障害による麻痺の場合には、このような筋肉が弛緩した麻痺になります。
しかし脳卒中の場合は、脳の神経が障害される中枢性の麻痺ですので、筋肉がダランと弛緩した麻痺ではなく、硬く緊張した麻痺になるのです。
脳卒中の麻痺が、この硬くこわばったタイプの痙性麻痺になる原因は、中枢神経である脳の運動神経が障害されることで、その中枢の運動神経によって抑制されていた下位の反射神経経路の活動が亢進することで起きると考えられています。
これまではいったん障害された脳の中枢神経は再生しないと考えられてきました。
ですから、これまではこの痙性麻痺を回復させることは困難だと考えられてきたのです。
本当にそうなのでしょうか?
今回は脳卒中の麻痺側の肩から手の麻痺について、その痙性麻痺の治し方と神経回復について解説します。
どうぞよろしくお願いします。
麻痺側の手の痙性麻痺の正体について!
脳卒中になると、麻痺側の手足は痙性麻痺と呼ばれる筋肉が硬くこわばった麻痺になります。
この痙性麻痺の原因は、中枢性の神経の抑制がとれたことで、下位の反射神経が暴走して筋肉がこわばることが原因と考えられています。
でもそれって本当にそうなのでしょうか?
確かに机上の理論としてはそうなのでしょうね。
でもそれをひとつひとつの患者さんに当てはめて、臨床的の現場で考えてみるとどうでしょう?
必ずしも、その机上の理論がキレイに当てはまっている訳ではありません。
何故ならば、ひとりひとりの患者さんそれぞれに腕のこわばり方が違うからです。
机上の理論がキレイに当てはまるならば、患者さんの腕のこわばり方は、症状の重い軽いはあっても、脳神経の障害部位に応じて一定のいくつかのパターンに収れんされているはずです。
ところが実際の臨床では、患者さんの腕のこわばり方は千差万別で多彩なバリエーションに富んでいます。
どうしてこんなにバリエーションが豊富なのかを冷静に考えてみると、おそらくその原因は脳の神経障害に対して、それ以外の原因が混ざり込んでいるからなのです。
つまり脳卒中の患者さんの麻痺側の腕のこわばりは、脳の神経症状だけでなく、その他の原因も複合して起きている可能性が高いのです。
では脳卒中の腕のこわばりの、その他の原因とはどんなものでしょうか?
筋肉のコリと血流障害による萎縮
硬くこわばっている麻痺側の腕をよく観察してみると、筋肉は緊張しているだけでなく、ところどころでとても硬く骨のようにこわばっています。
またところどころで筋肉は萎縮して小さくなっています。
単に中枢神経の障害であれば、筋肉はパンパンに緊張しているだけのはずです。
でも実際には麻痺側の腕の筋肉は、ところどころ骨のように硬くこわばり、また萎縮してちじこまってしまっています。
じつはこの現象は、重症な五十肩や腱鞘炎などの時に認められる症状なのです。
つまりはとても重症な筋肉のコリが原因です。
筋肉の解剖学的な構造は、筋膜で作られた筒状の袋の中に、素麺のように筋肉の線維が詰まっています。
そして筋肉が力を出すためには、1本1本の筋線維が収縮して太くなりますから、この筋膜の袋の中でパンパンに膨れ上がることになります。
たとえば、あなたが肘の曲げ伸ばし運動をした場合、上腕二頭筋(力瘤の筋肉)が収縮を繰り返します。
この時に筋肉の線維は、筋膜の袋の中で力を入れてパンパンに膨れ上がった状態と、力が抜けて余裕ができた状態を繰り返します。
この時の筋膜の中の圧力の変化によって、筋肉全体がポンプのようになって、血液を引き込んだり押し出したりして、筋肉の中を血液が効率よく流れていきます。
しかし関節を動かさずに、じっとした状態で筋肉が緊張を続けた場合には、筋肉の線維は筋膜の中でずっとパンパンに膨れ上がったままになってしまいます。
そうなると筋肉の中の血管も、ずっと押しつぶされたままになり、筋肉に血液が流れなくなります。
ある程度の長時間に筋肉に血液が流れないと、その部分の筋肉の線維は健康な状態が保てなくなり、筋線維が骨のようにかたくこわばって萎縮します。
脳卒中の麻痺側の腕の筋肉には、このようにしてできた骨のような硬いこわばりと萎縮がところどころに見られるのです。
どうして脳卒中の麻痺に、このような筋肉の異常なコリができるのかと言うと、それは脳卒中の急性期に、あなたが意識を失って寝ている時に起きているのです。
脳卒中の急性期のは全身のコンディションが悪化しますね。
ですから、あなたの麻痺側の筋肉は緊張しています。
そして、あなたは意識を失って動けない状態ですから、麻痺側の筋肉が慢性的に緊張したまま動かせない状態が長期間続きます。
ですから麻痺側の腕の筋肉には、ずっと血液が流れない状態が続きます。
その結果として、あなたの麻痺側の腕の筋肉は骨のように硬く萎縮してしまうのです。
じつは脳卒中の麻痺側の腕のこわばりの大部分は、この急性期につくられた筋肉のこわばりなのです。
ですから適切なマッサージを行うと、この麻痺側の腕の筋肉の強張りは治ってしまうのです。
自律神経の混乱による麻痺側筋肉の浮腫
脳卒中で倒れると、障害されて混乱するのは運動神経や感覚神経ばかりではありません。
あなたの脳の自律神経系も障害され、混乱するのです。
自律神経は心臓の動きを調節したり、呼吸を整えたり、胃腸の消化活動を促したり、血液の流れを調節したりしています。
ですから脳卒中の急性期に、自律神経が乱れると、手足の血液の流れが乱れて、手足の筋肉が浮腫んでしまいます。
手足の血液の流れが乱れて筋肉が浮腫んでしまうと、手足の先はパンパンに腫れ上がります。
集中治療室などにいると、昏睡状態で寝ている患者さんの手が、まるでグローブのように膨れあがっているのを良く目にします。
この様に麻痺側の腕の筋肉が浮腫んでしまった場合にも、筋肉の線維には血液が流れなくなり、筋肉の線維は萎縮してこわばってしまいます。
この場合にもマッサージが効果的ですね。
この場合のマッサージは、筋肉を揉みほぐすマッサージだけでなく、血液の流れを促す様なマッサージが効果があるのです。
脳卒中の麻痺側の腕に起きている事を正しく理解して麻痺を治す
脳卒中の麻痺側の腕の痙性麻痺は、単に中枢神経の障害によるこわばりだけでなく、急性期の筋肉のコンディションの問題で起きていることが分かってきています。
ですから単に脳の神経細胞の機能を再生するのではなく、末梢の手足の筋肉のコンディションを整えてやることが、痙性麻痺を治す近道となります。
では具体的なアプローチとして、どの様なことができるかをご説明していきますね。
⑴ 肩関節の筋肉のコンディションを整えましょう
脳卒中になると肩関節の痛みを感じることが良くありますね。
また肩関節の亜脱臼といって、上腕骨の骨頭が肩関節から抜けかけた様になって、肩関節がグラグラになる場合もあります。
この様な場合にも、肩関節には強い痛みがでて、腕を動かすことができなくなってしまいます。
じつは、これらの肩関節の症状の主な原因は、先ほどご説明した筋肉のコンディションの障害なのです。
肩関節はヒトの身体の関節の中でも、とくに関節の動きの自由度が高い関節です。
つまり関節の可動範囲が広く、動きも複雑なのです。
ですから肩関節を動かしている筋肉も複雑で細かい配置になっています。
とくに肩関節を動かす筋肉で重要なのが、肩甲骨の中にあって、肩関節の根元付近の動きを微調整している「回旋筋腱板(ローテーターカフ)」と呼ばれる、いくつかの筋肉の集まりです。
この「回旋筋腱板(ローテーターカフ)」を構成するのは以下の5つの筋肉です。
- 棘上筋
- 棘下筋
- 大円筋
- 小円筋
- 肩甲下筋
これらの筋群は、肩関節の根元付近の運動を微調整するコアマッスルと呼ばれる筋群です。
コアマッスルの筋群は、積極的に関節の運動を行いませんが、関節がスムースに動かせる様に、関節のくぼみの中での骨頭の動きを微調整する働きがあります。
ですから、このコアマッスルの筋群のコンディションが悪くなると関節が動かしにくくなるのです。
また小さくて感度の高い繊細な筋肉ですから、コンディションが悪化することで強い痛みが発生します。
じつは、この「回旋筋腱板(ローテーターカフ)」の筋群のコンディションが悪化すると起きる症状が『五十肩』なのです。
五十肩になると、肩関節の運動が制限されて腕が上がらなくなったり、頭の後ろに手が回らなくて髪の毛が洗えなくなったりしますね。
さらに強い痛みが出て、夜眠れなくなったりします。
これらの症状の原因は、この「回旋筋腱板(ローテーターカフ)」の筋群の炎症が原因なのです。
脳卒中になると長期間の運動制限や循環障害から、この「回旋筋腱板(ローテーターカフ)」の筋肉のコンディションが悪化します。
また神経麻痺の影響で「回旋筋腱板(ローテーターカフ)」の緊張が低下して肩関節がグラグラになってしまいます。
この状態で麻痺側の腕を保護しないまま寝返りなどを行うと、肩関節の「回旋筋腱板(ローテーターカフ)」に強いダメージが与えられて炎症を起こします。
これが脳卒中の肩の痛みと運動障害の大きな原因になるのです。
じつは脳卒中の麻痺のせいで肩が痛くて動かせないと思っていたら、本当は五十肩が悪化していた、なんていうケースはたくさんあります。
そして脳卒中になると神経障害によって筋肉の反射が亢進していますから、肩の痛みと筋肉の緊張は、腕や手の筋肉にドンドンと伝播して行きます。
その結果としてダンダンと麻痺側の腕が硬くこわばって動かせなくなるという訳です。
脳卒中の腕の機能を回復させようと望むならば、まずは肩関節のケアは必須事項となります。
⑵ 麻痺側の腕全体の筋肉を揉みほぐしましょう
脳卒中になると、多くの場合には麻痺側の腕の筋肉は固くこわばっています。
この麻痺側の腕のこわばりを痙性麻痺による神経症状であると考えるのは間違っています。
確かに痙性麻痺による神経症状のこわばりも一部にはあるのですが、そればかりでカチカチにこわばっている訳ではありません。
先にご説明しました様に、脳卒中の急性期には手足の筋肉が慢性的に緊張して、筋肉への血液の流れが阻害されます。
また自律神経系の混乱もあり、その血液の流れは、さらに混乱します。
その結果として腕の筋肉が硬く凝ってしまっているのです。
私の臨床上の経験から、痙性麻痺による筋肉の強張りよりも、むしろ血流障害による筋肉の凝りの方がメインになっています。
ですから麻痺側の腕の筋肉をシッカリと揉みほぐすことで、筋肉のコンディションを整えてやることが、とても重要なのです。
⑶ ユックリと力まずに指や肘を動かす練習をします
脳卒中になると麻痺側の腕や手は麻痺して自由に動かせなくなります。
そうなると皆さんだいたいは焦って必死に動かそうとします。
そして力んで無理やり麻痺した指や肘を動かすクセがついてしまうのです。
じつは、この力んで無理やり動かそうとするクセがつくと、あなたの腕の麻痺は悪化します。
これにはハッキリとした理由があります。
まず私たちの脳が腕や手の筋肉を制御する場合、その制御方法は、主に「最適化フィードバック制御」という方法を使います。
これは脳の運動神経が腕や手の筋肉に「命令(運動指令)」を出したときに、実際に行われた運動がどうであったかの「感覚フィードバック」を筋肉の感覚センサーから脳が受け取ります。
そして「運動指令」と「感覚フィードバック」を照合して、脳からの命令と実際の運動のズレを修正します。
これを細かく繰り返すことで、私たちの脳は手足の運動を制御しているのです。
ところが、脳卒中になったあなたの手足の筋肉は、急性期の血流障害などのせいで、硬くこわばってしまっています。
ですから筋肉は良く動きませんし、筋肉の中の感覚センサーも働きません。
その結果として、脳に「感覚フィードバック」が戻らないという問題が起きるのです。
脳に「感覚フィードバック」が戻らないと、脳の運動神経は混乱して暴走を始めます。
その結果、あなたの麻痺側の腕や手の筋肉は、さらにドンドンとこわばっていってしまうのです。
この様なコンディションで、さらにあなたが「力んで腕や手を動かす」クセがついてしまったらどうなるでしょう?
さらにさらに火に油を注いで、脳の運動神経の暴走を加速させてしまいますね。
ですから麻痺側の腕や手の運動は、決して力まずに静かに冷静に行わなければいけないのです。
くれぐれも麻痺側の腕や手を無理して力んで動かそうとしてはいけません。
まとめ
今回は脳卒中の腕や手が硬くこわばって動かせなくなる原因について、簡単に解説してみました。
脳卒中の麻痺側の腕のこわばりは、決して痙性麻痺による神経症状ばかりが原因ではありません。
むしろ急性期の長期間の意識障害と運動制限や、自律神経障害による血流障害と凝りによる筋肉のコンディションの悪化が大きな問題となります。
しかし脳卒中は神経麻痺との固定概念が、臨床での、この筋肉のコンディションの悪化を見つけることを阻んでいます。
その結果、筋肉のコンディション悪化を放置したまま、意味のない促通テクニックを繰り返している、阿呆らしいケースをとても良く目にします。
脳卒中の麻痺側の腕や手の麻痺を回復させるためには、まずは麻痺側の腕や手の筋肉のコンディションを整えることが先決となります。
それを行わずには、どの様な優れたアプローチも意味がないのです。
最後までお読みいただきありがとうございます。