脳卒中の麻痺側の手指の強張りを放置するとドンドンひどくなって腕全体が強張るって本当?
はじめに
脳卒中の指先の麻痺はなかなか回復が難しい部分であると言われています。
例えば足の指であれば、強張っていて動かせなくともなんとか歩くことは可能です。
しかし手の指の場合は、指先を器用に動かしてナンボですから、たとえ肩や肘がそれなりに動かせたとしても、指先が動かなければあまり役に立ちません。
ですから脳卒中片麻痺での日常生活で手を使った動作は、どうしても健側の手一本で行ってしまうことがほとんどになってしまいます。
また指先の麻痺を改善して上手に使えるようになるまで麻痺を回復させることは大変困難なことです。
それなので脳卒中片麻痺の麻痺側の手指はあまり使われずに放置されることが多いのです。
しかし最近の脳科学の研究により、麻痺側の手指を動かさないまま放置することで、さらに手指を強張らせ、はてには麻痺側の腕全体が強張ってきてしまう可能性があることが示唆されています。
さらに麻痺側の手指や腕が強張って動かせないまま放置することは、立位バランスや歩行能力の向上にも悪影響を与える可能性も分かってきています。
脳卒中片麻痺の麻痺側手指を十分にリハビリアプローチをせずに放置することは、脳卒中の麻痺と運動機能の改善において大変なマイナスであることがはっきりと分かってきているのです。
今回は「なぜ麻痺側の手指の強張りを放置すると手指や腕の強張りが悪くなるのか?」また「麻痺側手指のリハビリを放置すると脳卒中片麻痺の回復にどのような悪影響が出るのか」について分かり易く解説したいと思います。
またより良い脳卒中片麻痺の手指のリハビリテーションの方法についても提案してみたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
麻痺側の手指の強張りと運動制御システムの関係について!
カップに手を伸ばす動作の運動制御
手を動かして、例えば目の前のテーブルにあるコーヒーカップを取ろうとした場合を考えてください。
脳の運動神経系は、右手なり左手なりを伸ばして、正確に手の指でコーヒーカップをつかむように制御しなくてはなりません。
またコーヒーカップの中には当然コーヒーが入っていますから、それをこぼさないようにコーヒーカップを不用意に傾けないようにしなければなりません。
コーヒーカップの中のコーヒーの量によってもカップの重さが違ってくるでしょう。
またコーヒーカップには把手が付いているでしょうから、その形によって持ち方を考えなくてはなりません。
さらにコーヒーカップの材質も問題です、白くてツルツルの陶磁器製のカップなのか、耐熱ガラスのカップなのか、あるいはステンレス製の保温機能のあるカップの可能性もあります。
カップの素材によっても指の滑りやすさなどにかなり差があります。
これらの様々な条件を総合的に考慮したのちに、高次運動野でカップの持ち方を決定します。
カップに手を伸ばす動作時の姿勢制御
実は高次運動野でカップの持ち方の運動プログラムを作成する時に、同時に安定してカップに手を伸ばすための姿勢制御プログラムも作成されます。
これを『予期的姿勢制御プログラム』と呼んで、実際に意識的にコーヒーカップに手を伸ばす前に、無意識的に身体のバランスをとるために、体幹の筋肉に適切な緊張を高め、姿勢を調節して安定させる動作を先行して行います。
この『予期的姿勢制御プログラム』は高次運動野から脳幹部網様体に投射され、「網様体脊髄路」を経由して体幹の筋肉を制御して姿勢を整えます。
実際にカップに手を伸ばしてコーヒーを飲む動作
さて姿勢を調節して準備が整ったら、実際にコーヒーカップに手を伸ばす動作が始まります。
まずは高次運動野で作られたカップに手を伸ばす動作プログラムが、すぐ後ろの一次運動野に送られ、そこで具体的な手足の運動プログラムに変換されます。
手足の具体的な運動プログラムは、いったんは大脳基底核と視床に送られ、そこで微調整を受けたのち「皮質脊髄路」を経由して腕や手の動きを制御します。
ところがコーヒーカップをつかむための手の運動制御はこれで終わりではありません。
動作の最適化のための運動指示と感覚フィードバックの照合
実はこのコーヒーカップの見た目や形や中のコーヒーの量などから、カップの重さなどを予測して動作を行っているのですが、実際のカップの重さが予測通りとは限りませんよね。
ですから実際にカップを持った時に、カップの重さが予測通りだったかとか、手の動かし方は計画通りできたかなどを確認します。
そして再度微調整を行うのです。
これを動作の最適化と呼びます。
動作の開始に遠心性コピーを残す
具体的な制御のやり方としては、手を動かすための一次運動野からの運動指令を作った時に、そのコピー(遠心性コピー)を残しておきます。
さらにその遠心性コピーを一次運動野のすぐ後ろの一次体性感覚野に送り、そのコピーを元に、実際の手の動作の後に戻ってくるであろう感覚情報のフィードバックの予測値を作っておきます。
そして実際の手の動作の結果、腕の各部分の筋肉からの固有受容感覚や皮膚感覚などの感覚情報が一次体性感覚野にフィードバックされます。
そして実際の値と予測値の照合を行い、その結果から運動の調節をして、動作の最適化を行います。
これが具体的な運動制御方法です。
脳ではこれを毎回細かく行って運動を制御しているのです。
脳卒中片麻痺の手指で起こっている問題
しかしもし脳卒中片麻痺のせいで麻痺側の手指が強張っていて、脳からの運動指令に対して、指が動かせない場合はどうなるでしょう?
大脳の運動野からの運動指令(遠心性コピー)に対して、実際には指が動かないのですから、感覚情報のフィードバックが行われないことになります。
こうなるとどうなるか?
大脳の運動野が運動指令に対するフィードバックがないことで混乱します。
そしてさらに指を強張らせるような信号を出してしまうのです。
もしくは脳の中で麻痺側の指先の異常な感覚が作られて、指先がシビレたり痛く感じるような錯覚が脳内で起こります。(実際に指先が痛かったりシビレている訳ではありません)
この現象には実は以前から名前が付いています。
『幻肢痛』
それがこの現象の名前です。
『幻肢痛』とは手を事故などで切断してしまった方が、後になって実際はないはずの指先が強張ったりシビレたりする感覚を訴えるものです。
実は脳卒中の麻痺した手指にも同じ現象が起きていることが分かってきたのです。
ですからこの幻肢痛を放置すると、ドンドン手指が強張っていき、シビレや痛みも増悪していきます(そんな気がします)。
そしてその手指の筋緊張は、肘や腕や肩の強張りに拡がっていき、最後は麻痺側の肩甲帯から先の腕全体が強張ってしまいます。
この状態に苦しんでいる方は、程度の差はあるものの結構たくさんおられます。
麻痺側の手指を動かさないで放置すると他にどんな問題が起こるか?
麻痺側の手指を動かさないで放置すると、手指の強張りがドンドン増えていって、最後は麻痺側の腕全体が強張ってしまうというのは、非常に分かりやすい問題ですね。
でもこのとても分かりやすい問題の影で、もう一つの大変重要な問題が起こっている可能性があるのです。
この影で起きている大変重要な問題に対しても解説をしていきたいと思います。
大脳皮質の一次運動野には機能局在があり、一次運動野の運動神経細胞はそれぞれに指を動かすとか、足を動かすなどの役割が決まっています。
もしずっと麻痺側の手指を動かさないままでいたら、この一次運動野の指を動かす働きを持った神経細胞はどうなってしまうのでしょう?
実は麻痺側の指をずっと動かさないままでいると、その指を制御している運動神経細胞や感覚神経細胞は、それ以外の顔面などを動かす神経細胞に置き換わってしまうことが分かってきています。
そうなる指の麻痺が回復するための道のりはさらに遠のいてしまいますね。
でも問題はそれだけではないのです。
麻痺側の腕全体を動かさないまま放置すると姿勢バランスや歩行バランスも低下します
もし手指の強張りから始まって、麻痺側の腕全体が強張ったまま動かせずに、そのまま放置されたらどんな問題が起きてしまうのでしょう?
実は姿勢制御や意識的な手足の運動を正確に行うためには『身体図式』と呼ばれる無意識的に統合された感覚情報が必要になるのです。
まずはこの『身体図式』とはどんなものか簡単に説明しますね。
身体図式とは?
あなたは柿の木の下に立っています。
そして枝になっている柿の実を見て、それが自分の手が楽に届く高さなのか、ジャンプしないと取れないのか、ジャンプしても無理なのかが、大体見ただけで判断できます。
背が高い方が背が低い人よりも、より高いところの実を取れると判断するでしょうし、ジャンプ力がある方が高い実を取れると感じます。
また道を歩いていて目の前に段差があったときに、その段差が一歩で登れるのか、無理なのかが、その段差を見ただけで判断できます。
これらの動作に対する判断は、すべて『身体図式』をもとにして行われています。
身体図式とは主観的で無意識的な身体情報
つまり身体図式とは、身体の運動を制御するために、様々な感覚情報を統合して作られる、主観的でかつ無意識的な身体の情報です。
もしずっと麻痺側の腕を動かさずに、一次体性感覚野での腕の感覚神経が作動しなくなっていたらどうでしょう?
当然のこと身体図式でも麻痺側の腕の情報が欠けた状態で身体図式が作られることになります。
そうなると普段から自分の肩の位置や腕の動きの情報が、運動制御系の神経経路に昇らなくなってしまいます。
そんな状態で腕の動きをよくすることはできませんよね。
よく脳卒中片麻痺で麻痺側の肩が下がったままで平気な顔をしている方がおられます
鏡の前に連れて行って「ほら麻痺側の肩が極端に下がってしまっていますよ」と指摘しても、その時は「あっ」と驚いて治すのですが、すぐに肩のことを忘れて、肩が下がったまま平気になってしまいます。
これは身体図式から麻痺側の肩や腕が抜け落ちてしまっているのですね。
こうなると立っていても歩いていても、麻痺側の肩や腕をバランス制御に利用することもできなくなってしまいます。
ですから麻痺側の手指を動かさずに指のリハビリをサボっていると、歩き方まで悪くなってしまうということなのです。
こうならないように指のリハビリテーションはいつから始めても、もう既に手遅れということはありませんから、なるべく早く始めることをお勧めします。
手指のリハビリテーションをいつ始めるの?
今でしょう!
ということでよろしくお願いします。
手指の機能を改善するために脳科学の知識を活かしたどんなリハビリテーション方法がありますか?
これまで脳卒中片麻痺の手指の運動機能を回復することは、ほぼ不可能と言われてきました。
しかし脳科学の進歩により、手指の機能回復はかなり困難ではありますが、まるっきり不可能という訳でもないことが分かってきています。
確かに完全に元どおりに指が動かせるようになることは難しいと思いますが、初めから諦めて手のリハビリテーションを放棄することは良くありません。
これから手指の機能を回復させるためのリハビリテーション方法についていくつかご紹介します。
⑴ 高反発素材を使用したグリップの装着
最近、高反発素材を使用した麻痺側の手に装着するグリップが開発されました。
これまではかえって手指の筋緊張を高めるという理由で、麻痺側の手指へのグリップの装着は控えるべきと考えられていました。
現在でも通常のスポンジなどの素材によるグリップの装着は控えるべきですが、高反発素材を使用したグリップの装着は、手指の筋緊張を軽減する効果が認められています。
私も実際に臨床で使用してみて、想像以上に高い効果を実感しています。
グリップを装着した患者さんの中には、手指の筋緊張だけでなく、麻痺側の腕全体の筋緊張が和らいだケースもありました。
手指の筋緊張が高く、常に指を握りこんでしまっている場合には、この高反発素材を使用したグリップの装着をお勧めします。
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⑵ ミラーセラピーによる視覚刺激からの手指運動神経への刺激
小型の化粧などに机に立てて使う鏡を利用して手指の運動機能のリハビリテーションを行います。
方法としては以下のようになります。
⑴ テーブルに向かって腰掛け、両手をテーブルの上に置きます。
⑵ 麻痺側の手の上に斜めにかかるように鏡をセットします。
⑶ 自分から見て鏡に健側の手が麻痺側の手の上にかかって見えるように、鏡の位置と健側の手の位置を調節します。
⑷ 両手を同じようにグーパー、グーパーを開いたり閉じたりします。 この時に麻痺側の指を無理やり動かそうとして力まないようにしてください。( 麻痺側の指は動いていなくて大丈夫です )
⑸ この運動を1日1回から2回、1回につき15分程度を毎日続けて行います。
これだけです。
この運動は麻痺して動かない指に対して、健側の指が麻痺側の位置で動いているのを鏡を通して見ることで、脳に麻痺側の指が動いていると視覚的に錯覚させて、麻痺側の運動神経を刺激するアプローチです。
⑶ EMS(中周波電気刺激)による麻痺側の手指の屈伸運動
中周波治療器を利用して麻痺側の手指を伸ばしたり曲げたりする運動を行います。
電気刺激に併せて、自分でも麻痺側の指を屈伸することで、運動指示と感覚フィードバックが同時に起こり、脳の運動神経の運動制御の学習効果が高まります。
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まとめ
脳卒中片麻痺の手指の強張りを放置することで、さらに手指が強張り、ひいては上肢全体が強張る可能性があることが分かってきました。
これに対してこれまでの日常生活動作練習を中心とした脳卒中片麻痺のリハビリテーションは、麻痺側の手指へのアプローチを軽視する傾向がありました。
これまでの麻痺側の手指と腕の強張りは間違ったリハビリテーション方法が原因であった可能性も示唆されています。
この後の脳卒中片麻痺の回復を目指すリハビリテーションに於いては、麻痺側の手指へのアプローチを軽視することはできません。
今後の麻痺側への手のアプローチは、脳神経細胞の移植や神経再生技術が発達するにつれ、新たな脳神経細胞への運動学習の入力手段としても重要性を増すものと思われます。
最後までお読みいただきありがとうございます。
注意事項!
このサイトでご紹介している運動は、あなたの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 ご自身の主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。