進行性核上性麻痺(PSP)の怪と呼ばれる現象について!
はじめに
あなたは進行性核上性麻痺(PSP)の怪と呼ばれる現象をご存知ですか?
それはもう自分では動けなくなって車椅子に座りっきりになっている様なPSPの患者さんが、気がつくと自分で歩き出して別の部屋に移動していたりする現象のことです。
私も自分の目で見るまでは「そんな馬鹿な話があるものか」と思っていたのですが、何例ものPSP患者さんのリハビリテーションをするうちに、かなりの頻度でこの現象を直に見ることになっています。
ここで皆さんにはっきりお伝えしておきます。
進行性核上性麻痺(PSP)の怪は本当にあるのです!
今回はこのPSPの怪と呼ばれる現象がどうして起こるのかについて、私なりの推考を行いながら、大脳基底核と視床による運動コントロール回路の仕組みと進行性核上性麻痺について考えてみたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
進行性核上性麻痺(PSP)の怪はどうして起きるのか?
進行性核上性麻痺(PSP)の怪と呼ばれる現象をもう一度キチンとご紹介しておきましょう。
進行性核上性麻痺(PSP)の怪とは、すでに麻痺が進行して車椅子から、介助なしで自力では立ち上がれないレベルのPSPの患者さんが、ふと目を離したスキに突然自力で歩いて離れた場所に現れたりする現象です。
そんな馬鹿なと思われるでしょうが、私も何度か目の当たりにしていますし、ご家族の方からも同様の相談を受けることが良くあります。
それまで動けなかったPSP患者さんが、急に動ける様になって歩いて別の部屋にいたりするのです。
しかしここで注意しなければならないのは、そのPSP患者さんが「その行動を望んで行なっているのではない」ということです。
それどころか、そんなこと考えもしないのに勝手に身体が動いてしまい、自分でも気がついたら歩いて別の部屋に居たなんてことになっています。
本人にも別に家族に隠れて勝手に動こうとか言う気持ちは毛頭ないのです。
そしてPSPにはこの「進行性核上性麻痺(PSP)の怪」によく似た現象が他にもあるのです。
それは身体が勝手に余計に動いてしまう現象です。
この身体が勝手に余計に動いてしまう現象とは、例えばPSP患者さんが畳の上で寝返りの練習をしている時に、横を向くまで寝返れば良いところを、うつ伏せまで寝返った挙句に、四つ這いまでしてしまう様な現象です。
この時に本人は「勝手に身体が動いてしまう」と訴えています。
これは一体どう言うことなのでしょうか?
実はこれらの奇怪な現象の犯人はすでに判っているのです。
その犯人の名前は「大脳基底核」です!
大脳基底核と視床による運動コントロール回路の働き
大脳基底核とは大脳皮質の下に位置する被殻や淡蒼球、線条体などのいくつかの神経核からなる神経の回路です。
この大脳基底核は隣にある視床と運動コントロール回路を形成しています。
この『大脳基底核ー視床』の運動コントロール回路がどの様に働くのかと言うと、以下の様になります。
あなたがテーブルの上のグラスの中の水を飲もうと思った時に、自然と手が伸びてグラスを口元に運んで上手に水を飲むことができます。
この時に、右手を出すか? 左手を出すか? 肩の角度や肘や手首の角度をどうするか? 指はどのくらい拡げるか? なんていちいち考えませんよね。
なんとなく自動的に出来ています!
実はこのなんとなく自動的にできる様にするのを『大脳基底核ー視床』の運動コントロール回路が行なっているのです。
まだなんとなく分かりにくいですよね。
少し具体的な例で解説しますね。
例えばあなたが初めてギターを弾いたとします。
Fのコードを押さえるには、薬指をまっすぐ伸ばして、中指と人差し指はこう!
なんて感じで頭で一生懸命に考えて弾きますよね。
この時には指に対する運動指令は大脳皮質の一次運動野から出ています。
そして一次運動野からの運動指令は、まずは大脳基底核と視床に送られ動作の調整が行われます。
そして一旦大脳皮質の一次運動野に戻されてから「皮質脊髄路」を下行して、指を動かす運動指令になります。
この大脳皮質を介して、くるっと運動指令が大脳基底核と視床を通ることで、動作をスムースに行うための調整をしているのです。
さらに大脳皮質からの指令がなんども『大脳基底核ー視床』の運動コントロール回路を通ることで、視床に動作制御のためのデータが蓄積されて行きます。
こうして『大脳基底核ー視床』の運動コントロール回路に動作制御のデータが蓄積されることで、その動作が『熟練』されていきます。
そうしてギターを弾く動作が熟練したあなたは、頭の中で音をイメージしただけで、指先が勝手に動いてギターを奏でることができる様になるのです。
素晴らしいですね、まるでジェフ・ベックかエリック・クラプトンの様です!
つまり『大脳基底核ー視床』の運動コントロール回路は「動作の自動化」と「動作の熟練」に関わっているのです。
進行性核上性麻痺(PSP)の運動障害をどう捉えるか!
ではこの『大脳基底核ー視床』の運動コントロール回路が進行性核上性麻痺(PSP)の運動障害とどう関わっているのでしょうか?
そして突然身体が勝手に意図しないままに動いてしまう「PSPの怪」はどうして起こるのでしょうか?
進行性核上性麻痺(PSP)はタオ蛋白が大脳基底核の機能を破壊して、運動障害が起きると考えられています。
ですので大脳基底核の機能障害が進行性核上性麻痺(PSP)のパーキンソン症状の原因となります。
「PSPの怪」はどうして起こるのか?
では「PSPの怪」はどうして起こるのでしょうか?
おそらく私の推測では、それまで障害されていた大脳基底核が一瞬活動を再開する場合があるのではないかと思うのです。
そしてそれは大脳皮質での意識したコントロール下で起きるのではなく、勝手に大脳基底核が動き出すのではないでしょうか?
そう考えると、本人も気がつかないうちに歩いて別の部屋に現れたり、寝返りをしようとして、勝手に四つ這いまでやってしまう様な現象が説明できるのです。
また急に身体がすくんで全く動けなくなってしまう様な現象にも説明がつきます。
全ては大脳基底核が暴走したり、動かなくなったりすることで起きているのです。
言語指令(バーバルコマンド)による基本動作能力の回復アプローチ
ではこの「PSPの怪」や様々なPSPの運動障害をコントロールすれば良いのでしょうか?
ここで思い出して欲しいのは、大脳基底核は大脳皮質の一次運動野の下にあって、大脳皮質からの上位支配を受けていると言うことです。
つまり大脳皮質からの運動コントロールを除外して、大脳基底核以下での自動化された動作を行おうとするから、動作が不安定になるのです。
最初から熟練した動作を楽に行おうとする考えを捨てて、大脳皮質をフルに介入させた、初心者の様な動作制御を行えば、常に大脳基底核に対し、大脳皮質からの上位支配による運動制御の信号が入力されるのです。
そうすることで大脳基底核の暴走や停滞を極力少なくすることが可能になります。
言語指令(バーバルコマンド)による運動制御とは!
では具体的に大脳皮質の一次運動野からの上位支配による運動制御とはどうすれば良いのでしょうか?
方法は簡単です。
一連の基本動作をひとつひとつの細かい動作に分解して、それを言葉で説明しながら(頭に思い描きながら)忠実に動作を行っていくのです。
例えば右方向への寝返りの場合はこうなります。
⑴ 仰向けにまっすぐに寝ている。
⑵ 「右手をハイと挙げる」の掛け声で右手を顔の脇に挙げます。
⑶ 「右向いて」で顔を右に向けます。
⑷ 「右膝曲げて」で右膝を曲げます。
⑸ 「左手を右肘につける様に体を捻って」で右側に左手を回しながら上体を回転させます。
⑹ 「左膝曲げて」で左膝を曲げると腰も右側に回転します。
⑺ 右側への寝返りができました。
この様に常に細かく言葉での指示を入れながら規則正しく基本動作を行うことで、常に大脳皮質で意識しながら意識的な動作を行うことで、大脳基底核の暴走や停滞を予防します。
この方法は一見面倒臭いですが、かなり効果が期待できますよ。
実際に私も臨床で行なって効果を感じています。
まとめ
今回は非常に珍しい神経難病である「進行性核上性麻痺(PSP)」の非常に珍しい症状である『PSPの怪』について解説をしてみました。
大脳基底核の機能はすべての運動コントロールに深く関わる大切な機能です。
この機会にぜひ大脳基底核に興味を持って、意識することでリハビリテーションを効果的に行なっていただきたいと思います。
最後までお読み頂きありがとうございます。
注意事項!
このサイトでご紹介している運動は、あなたの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 ご自身の主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。