脳卒中片麻痺の手の機能を回復するミラーセラピーについて!
はじめに
皆さんは「ミラーセラピー」という言葉をご存知でしょうか?
「ミラーセラピー」とは、鏡を使って麻痺側の手がまるで正常に動いているような、視覚的な「運動錯覚」を大脳に与えることで、一次運動野と含む大脳皮質の運動関連領野の神経の活動を促進して、麻痺側の手の運動機能を回復するための方法です。
この「ミラーセラピー」は自宅でも鏡一枚あれば簡単に行うことができます。
そして様々な研究でその効果が報告されている、比較的新しい脳卒中リハビリテーション方法です。
手のリハビリテーションを行う上で、比較的手軽で効果が期待出来るアプローチですので、ぜひご自宅でも実践してみていただきたいと思います。
運動と感覚はどのように連携して動作をコントロールするのか?
ミラーセラピーのお話をする前に、少し実際の運動と感覚のコントロールの話をしておきたいと思います。
このお話は、その後のミラーセラピーがなぜ効果があるのかを理解する上で、とても大切なお話なので少しだけお付き合いください。
手の運動と感覚のコントロールは主に一次運動野と一次体性感覚野で行います。
まずは次の3つの条件での運動と感覚のコントロールを見てみましょう!
⑴ 自動運動(自分から手を動かした場合)の運動と感覚のコントロール
⑵ 他動運動(他の人に手を動かされた場合)の運動と感覚のコントロール
⑶ 麻痺した手を動かした場合の運動と感覚のコントロール
自動運動(自分から手を動かした場合)の運動と感覚のコントロール
⑴ 自分から手を動かそうと考えて、自分で手を動かすと、運動時に「遠心性コピー」と呼ばれる運動指令が脳内に残されます。
※ これは自分が手を動かそうとした時に、「このくらい力を入れれば、手はこのくらい動くだろう」という予測値です。
⑵ そして実際に手を動かすと、どのくらい手が動いたかの結果が、感覚情報として脳に戻されます。
※ これを「再帰性求心性入力」と言います。
⑶ そして脳内で「最初に作られた予測値である遠心性コピー」と「実際にどれくらい手が動いたかの結果(再帰性求心性入力)」のズレが照合されます。
⑷ この照合されたズレに基づいて運動の再調節(最適化)が行なわれます。
⑸ そして脳内でのこれらの「遠心性コピー」と「再帰性求心性入力」の照合が行われることで、脳は「自分で手を動かそうと考えて、実際に手を動かした」ことを認識するのです。
この「運動を開始する時の予測値(遠心性コピー)」と「実際の動作結果の感覚情報(再帰性求心性入力)」の照合は隣接する一次運動野と一次体性感覚野の間で行われ、運動を最適化したり、運動学習を行う上でとても重要な機能です。
他動運動(他の人に手を動かされた場合)の運動と感覚のコントロール
今度は、他の人から自分の手を動かされた場合を考えてみましょう。
⑴ まず自分から手を動かしていないので、「最初に作られる予測値である遠心性コピー」は作られません。
⑵ そして実際に他の人に手を動かされた運動の結果が、感覚情報として脳に戻されます。
※ この場合の感覚情報は「外因性求心性入力」と呼ばれます。
⑶ 他人に手を動かされた場合には、最初の遠心性コピーがありませんので、戻ってきた感覚情報「外因性求心性入力」との照合ができないため、この手の運動が自分で行ったのではなく、他の人によって他動的に動かされたものだと、脳が認識するのです。
麻痺した手を動かした場合の運動と感覚のコントロール
では脳卒中片麻痺で麻痺した手を動かした場合はどうでしょう?
⑴ まずは自分で麻痺側の手を動かそうと努力します。
⑵ その時に、麻痺のない状態ではこれくらい動くだろうという予測値が「遠心性コピー」として脳内に残されます。
⑶ しかし手には麻痺があるので、実際の手の運動は起こらず、運動の感覚情報である「再帰性求心性入力」は作られず、脳に戻ることはありません。
⑷ つまり「運動を開始する時の予測値(遠心性コピー)」と「実際の動作結果の感覚情報(再帰性求心性入力)」の照合が行われないことになります。
※ この時に期待される感覚情報のフィードバックが無いことで、脳内に異常な反応が起こる可能性があります。
麻痺手を動かして感覚のフィードバックが無いとどうなるか?
麻痺した手を動かそうとしても、麻痺のために実際の手の運動が行われないと、脳内でどんなことが起こるのでしょう?
たいていの方は「感覚のズレくらい大したことではないよ、そんなに気にしなくても大丈夫!」と考えられると思います。
実は「手を動かそうとして、実際の運動が起こらないとどうなるか?」がよく分かる良いモデルが有るのです。
それは手が事故などで切断されてしまった場合です。
手が切断されてしまった方に起こる感覚障害に「幻肢痛」と言われるものがあります。
この「幻肢痛」とは手が切断されてから、しばらくの期間をおいて現れる、有るはずのない切断された手が強張って痛みが出る感覚を訴えるものです。
患者さんは、有るはずのない「手が強張って痛みを感じ」ます。
この「幻肢痛」の原因として、運動と感覚フィードバックの異常があるのではないかと考えられています。
つまり脳では切断されて無くなった手を動かそうとしますが、実際には手は無いために運動が起こらず、感覚フィードバックが行われないため、「運動を開始する時の予測値(遠心性コピー)」と「実際の動作結果の感覚情報(再帰性求心性入力)」の照合が行われないために「幻肢痛」が起こると考えられています。
実はこのミラーセラピーとは、元々はこの切断患者さんの「幻肢痛」を治療するために考えられたものを脳卒中片麻痺に応用したものなのです。
幻肢痛は、有るはずのない「手が強張って痛みを感じ」ます。
あれ! なんか脳卒中片麻痺の手の感覚と似てないですか?
実際には脳卒中片麻痺の手の感覚や強張りが「幻肢痛」の発生原理と共通なものとは証明されていません。
しかし運動と感覚フィードバックのズレを放置することは、何らかの問題を起こすことは間違いなさそうです。
「ミラーセラピー」のキーワードは「運動錯覚」
ここで「ミラーセラピー」とはなにか? ということに話を戻したいと思います。
「ミラーセラピー」とは簡単に言えば「運動錯覚」を利用して、脳の運動関連領域に働きかけて、手の運動機能を改善する方法です。
具体的には鏡を麻痺側の手が隠れるように斜めに設置し、麻痺のない健側の手が鏡に映って、麻痺側のある場所に健側の手が見えるように調節します。
そうして健側の手を動かすと、鏡を見ている本人には、まるで麻痺側の手が正常に動いているように見えます。
そうしておいてから、左右の手を一緒に動かすことで、麻痺側の手を動かすための運動指示を脳が出した時に、視覚から麻痺側の手の運動が行われたとの感覚フィードバックが行われることで、「運動を開始する時の予測値(遠心性コピー)」と「実際の動作結果の感覚情報(再帰性求心性入力)」の照合が行われることになります。
ですから本来は体性感覚からの感覚フィードバックで照合するところを、視覚からの感覚フィードバックでゴマかして「運動錯覚」を起こさせているのです。
「ミラーセラピー」の効果について!
実際の「ミラーセラピー」による実験で、「ミラーセラピー」を行ったことで、麻痺側の手の運動機能が改善する効果があることが報告されています。
ではどうして「ミラーセラピー」によって、手の麻痺が改善するのでしょうか?
ミラーセラピーがなぜ効果があるのかについては以下の4点が挙げられます
⑴ 運動に関わる大脳皮質への刺激
⑵ ミラーニューロンへの影響
⑶ 運動神経の伝導路である皮質脊髄路への影響
⑷ 麻痺側の手に対する注意の拡大
⑸ 大脳半球の活動バランスの改善
これだけでは皆さんには何のことか分からないでしょうから、順番にご説明していきますね。
1. ミラーセラピーを行うことで大脳皮質の運動関連領域が活性化して運動機能が高まる
ミラーセラピーを行うことで、麻痺側の手の運動を支配する、一次運動野の運動神経の興奮性が高まることが分かっています。
そしてミラーセラピーを行うことで、特に指先の巧緻性が求められる動作について、一次運動野での運動学習が行われ、運動機能の改善が行われると思われます。
一次運動野の手指領域は、指先の細かな動作(巧緻動作)を行うために、とても重要な働きを持っています。
2. ミラーニューロンへの影響
ヒトの脳にはミラーニューロンというものが存在します。
ミラーニューロンとは、「自分で手を動かした時」と「他の人が目の前で手を動かした時」に同じように反応する神経があり、それをミラーニューロンと呼びます。
ミラーニューロンは、私たちが他のヒトの運動を観察することで、運動学習を行うことを可能にしている神経細胞です。
よくモノマネ芸人の方が、野球選手のバッティングフォームなどを真似て見せたりしますが、このような運動学習にミラーニューロンが関係しているようです。
そしてミラーセラピーを行うことで、脳の様々な部位に分布しているミラーニューロンのネットワークの活動性が向上する可能性があると考えられています。
そしてそのことで運動学習の効果が高められる可能性が認められています。
3. 運動神経の伝導路である「皮質脊髄路」への影響
このミラーセラピーによる皮質脊髄路への影響は、現状ではあくまでも仮説の段階なのですが、ミラーセラピーにより運動神経の伝導路である「皮質脊髄路」の機能が改善する可能性があると言われています。
「皮質脊髄路」とは、一次運動野から脊髄の各レベルの運動神経細胞に、直接シナプスしている運動神経の伝導路です。
そして一次運動野は指先の巧緻動作を行う上で、とても大切な部位なのです。
ミラーセラピーを行うことで、皮質脊髄路の中で、錐体交叉しないで同側を下行する「前皮質脊髄路」の活動性が高まって、麻痺側の手の巧緻性の改善につながる可能性が示唆されています。
4. 麻痺側の手に対する注意の拡大
脳卒中片麻痺の手の麻痺の問題点の一つに「学習された不使用の形成」というものがあります。
例えば歩く場合であれば、どんなことがあっても麻痺側の足を使わないと歩けません。
しかし手を使っての作業は、麻痺側の手を使わなくても、健側だけで食事などが出来てしまいます。
それによって、① 麻痺側の手を使わなくなる傾向が強くなり、② 運動と感覚のネットワークがうまく働かなくなります。
ミラーセラピーを行うことで、麻痺側の運動錯覚によって、麻痺側の手の運動に注意が拡大されることで、麻痺側の手の不使用による問題を回避することができるようになります。
5. 大脳半球の活動バランスの改善
実は大脳は左半球と右半球に分けられて、それぞれ活動しています。
そして右半球の活動が増加すると左半球の活動が抑制され、左半球の活動が増加すると右半球の活動が抑制されるという、相互に抑制し合う仕組みになっています。
つまり脳卒中片麻痺で、麻痺側の手を使わないままで、健側の手で日常生活を行っていると、健側を動かす大脳半球の活動が常に増加して、麻痺側の大脳半球の活動を抑制し続けることになります。
ですから麻痺側の手を動かさないままでいることは、それだけで麻痺側の手の動きの回復を邪魔することになります。
しかし麻痺側の手には麻痺があるので動かせません。
ですからミラーセラピーにより、麻痺側の手が動いていなくても、動かしたことになるように、脳に「運動錯覚」を起こさせるのです。
そうして脳に「運動錯覚」を起こさせて、麻痺側の手を動かしたことにして、麻痺側の大脳半球の活動性を高めることで、左右の大脳半球の活動バランスの改善を行うのです。
健側ばかり使用することで健側の大脳半球の活動が高まり、麻痺側の大脳半球の活動を抑制して麻痺側の回復を阻害する。
麻痺側の手のミラーセラピーによる麻痺側大脳半球の活動性が高まり、健側大脳半球との活動調節を行う。
ミラーセラピーを行ってみましょう!
ミラーセラピーを行うのは簡単です。
⑴ まずは角度をつけることができる前腕部が隠れるくらいの適当な大きさの鏡を用意します。
⑵ テーブルにまっすぐに座ります。
⑶ 両手を体の正面でテーブルの上に揃えて置きます。
⑷ 麻痺側の手が自分から見て隠れるように鏡の位置を調節します。
⑸ さらに鏡に健側の手が、ちょうど麻痺側の手に重なって映るように、鏡を調節します。
⑹ その状態で両手の指を握ったり伸ばしたりします。この時に視線はしっかりと鏡に映る健側の手を見るようにしてください。
どうですか? 麻痺側の手が正常に動いているように見えませんか?
⑺ さらに慣れてきたら、健側の手でボールをくるくる回したり、お箸を使うような難しい動きにも挑戦してみましょう。
このミラーセラピーを毎日、数十分続けるだけで麻痺側の手の機能が改善してくることになります。
ただし回復には個人差がありますので、良くならなくても文句を言わないようにお願いいたします。
手軽で効果的な方法ですので、ぜひ皆さん試してみてくださいね。
まとめ
運動と感覚のコントロールは、「運動を開始する時の予測値(遠心性コピー)」と「実際の動作結果の感覚情報(再帰性求心性入力)」の照合により最適化されます。
麻痺により、この「運動を開始する時の予測値(遠心性コピー)」と「実際の動作結果の感覚情報(再帰性求心性入力)」の照合が行われないと、麻痺側の手の運動機能の低下の原因となる可能性があります。
ミラーセラピーにより、麻痺側の手の「運動機能の改善」や「痛みの軽減」の効果が期待できます。
ミラーセラピーは、① 大脳皮質の一次運動野の活動性を高め、② ミラーニューロンのネットワークを強化し、③ 皮質脊髄路の活動性を高め、④ 麻痺側の手の不使用を改善し、⑤ 左右の大脳半球の活動性バランスをとることで、麻痺側の手の運動機能を改善する効果があります。
ミラーセラピー自体は非常に手軽で、自宅でも簡単に行える効果的な手のリハビリ方法になります。
最後までお読みいただきありがとうございます。
注意事項!
このサイトでご紹介している運動は、あなたのお子さんの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。