筋萎縮性側索硬化症 ALSの終活リハビリテーションについて!
はじめに
筋萎縮性側索硬化症(ALS)はある日突然発症します。
はじめはやけに転びやすくなったり、手足に力が入らなくなるなどの軽い症状から始まります。
しかし不安に思って病院に受診すると、そこで大変なことをお医者さんに言われてしまいます。
そうなのです。
このALSという病気は、現在の医学では決して治ることがない、進行形の病気なのです。
そしてとても辛いことですが、いずれは死にいたる病気です。
現在の医学では治らない病です。
しかし私たちリハビリのセラピストが、ALS に罹った方のリハビリテーションをやらせていただくことは実は結構多いのです。
これまで様々な ALS の方の病院や在宅でのリハビリテーションをやらせていただいてきました。
ALSは「いずれ死に至る厳しい病気」ではあります。
でも適切なリハビリテーションを行うことで、残された時間を有意義に過ごすことができることが分かり、この病気での終活リハビリテーションの重要性を強く感じています。
特に ALS の筋力低下に伴う身体の様々な部位での痛みが起こることに対するケアや、呼吸筋力の低下によって起こる、呼吸困難感のケアなどがとても大切になります。
ただでさえ不安な進行性の神経難病にかかっているのに、その病気に付随する二次的な身体の痛みや、呼吸困難などがあれば、心身の苦痛は数倍に跳ね上がります。
ALS に対する終活リハビリテーションでは、今回は、これらの苦痛や不安を取り除くことで、少しでもゆったりとした気持ちで、残されたご自分の人生と向き合うことが可能になることを目的にする、ALS に対する終活リハビリテーションをご提案したいと思います。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)とはどんな病気?
ALS は興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸が神経を過剰に刺激することで、過剰に刺激された神経細胞が死んでしまうことで運動神経系が広く障害されて麻痺が起こります。
運動麻痺は特に錐体路系と呼ばれる「皮質脊髄路」の運動神経が障害されます。
感覚神経や自律神経の障害は一般的には起こりません。
麻痺の出現は、主に頭頸部や四肢の筋萎縮や筋力低下が認められます。
筋萎縮や筋力低下に伴って筋肉の表面がピクピクと波打つ様に収縮する「線維束性収縮」が認められる場合もあります。
脳神経の障害により、構音障害・嚥下障害・舌の萎縮(球麻痺)が起こることがあります。
脊髄前角細胞より上位の運動神経が主に障害された場合には、筋肉の腱反射が高まり、逆に下位の運動神経が障害された場合には、筋肉の腱反射は消失します。
ALSの特徴として、長期間寝たきりでも褥瘡にならないという不思議な現象があります。
またそれに関連するかは不明ですが、硬く光沢のある皮膚になる場合があります。
ALSの麻痺の進行には個人差があり、手の麻痺から始まる方や、足の麻痺から始まって歩行が障害される方や、麻痺の出方や進行の仕方は様々です。
また麻痺の進行の程度も早い方も遅い方もおられます。
一般的には急激に麻痺が進行して、最後は呼吸筋の麻痺により呼吸停止になります。
自発呼吸が困難になった場合には、そこで人工呼吸器をつけるか拒否するかの判断を本人が行います。
人工呼吸器をつけない場合は、そのまま自発呼吸ができなくなって死亡することになります。
ALS で人工呼吸器による延命を希望される方は、およそ全体の 20 ~ 25 %程度と言われています。
これは人工呼吸器を装着することで、自力での発声による会話や、口からの食事ができなくなり、生活の質が著しく低下することと、家族による在宅での人工呼吸管理が負担であることが原因と思われます。
ALSが進行してくるとどんな問題が起こりますか?
ALS 自体は「皮質脊髄路」の神経麻痺によって徐々に手足や体幹の運動麻痺が進行していきます。
少しずつ手足の力が弱くなり、歩くことができなくなったり、手で物を持ち上げることができなくなっていき、自力での生活が困難になって介護が必要になります。
生活自体も自力で歩いて生活していたものが、徐々に車椅子が必要になり、さらにはベッド上での寝たきりの状態になっていきます。
最後には呼吸筋が麻痺することで自力での呼吸ができなくなってしまいます。
教科書的にはALSの進行はこんな感じなのですが、実際には途中でいくつかの問題点に遭遇してしまいます。
それをこれからご説明したいと思います。
ALSが進行することで起きる問題点
⑴ 身体の色々な部位に痛みが起こります
これは全てのALSの方に必ず起こるわけではありません。
しかし ALSのほとんどの方に腰痛症や肩関節周囲炎などの痛みの訴えがあります。
また人によっては、その痛みが尋常でなく痛む場合があります。
本来の ALSの神経障害では感覚神経は問題が起こりませんから、そんな病的な痛みは出ないはずなのです。
でも臨床のイメージとしては、ほとんどの ALSの患者さんは痛みを訴えています。
どうして痛みが出るのでしょう?
この ALSの痛みの特徴としては、手足や体幹の筋肉のコンディションが悪くなることで起こる痛みであると言うことです。
つまりは ALSによって起きる痛みは、神経の痛みではなく、筋肉が凝って起こる痛みであると言うことです。
単に筋肉の痛みと言いますが、この痛みは結構強烈に体と心に衝撃を与えます。
次々に起きる五十肩やぎっくり腰のような痛みに、慌てふためいているうちに、さらに運動麻痺が進んでしまうのです。
そこにあるのは恐怖です。
ひどいケースでは、肩や腰や背中の痛みにうろたえているうちに、どんどん麻痺が進んでしまい、全身が痛いまま寝たきりになってしまいます。
これでは残りの人生をゆっくり味わう余裕などありません。
自分の人生を思いっきり呪いたくもなります。
ALS の終活リハビリテーションでは、これらの首や背中や腰の痛みをしっかりとケアしていきます。
確かに運動麻痺により筋肉のコンディションが低下していますから、痛みが出やすい身体であることは間違い無いのです。
でも例え痛みが出たとしても、きちんとケアすれば良くなることがわかっていれば、そんなに慌てることはありません。
ALS の終活リハビリテーションでは、まずは運動麻痺に関連して起きてくる、余計な筋肉のコリによる痛みを返して治すことで、落ち着いて病気と向き合う余力を作り出すことが大切です。
⑵ 呼吸筋力の低下に伴って肺炎などが起きやすくなります
ALS では最終的には呼吸筋の麻痺が進行して呼吸が停止します。
でもその呼吸停止は工場の機械の電源を切って停止させるみたいに止まるわけではありません。
徐々に時間をかけて呼吸する力が衰えていきますから、呼吸する力が衰えていく途中で、様々な問題が起こります。
例えば腹筋が弱くなることで、十分に腹圧を高められなくなると、力強い効果的な咳が出来なくなります。
そうなると気管支や気道に溜まった痰を咳で切ることが出来なくなります。
常に喉の奥に痰が溜まっていて、咳がうまく出来なくて痰を出せない状況は、とても苦しくて辛いものです。
また別の例では、横隔膜の力が弱くなり、十分な深呼吸が出来なくなってきます。
そうなると肺の隅々まで十分に拡げることが出来なくなります。
そうして肺の隅っこに十分に広がらない肺胞が増えていき、徐々に肺が硬くなっていきます。
少しずつ肺が硬くなり呼吸がしづらくなるのは、まるで真綿で首を絞められているような不安感を感じます。
そうして麻痺の進行の途中で肺炎になってしまえば、とても苦しい思いをいながら、自分が人工呼吸器をつけるか、つけないかの選択を迫られてしまうことになります。
ALS の終活リハビリテーションでは、これらの呼吸筋力低下に伴う問題点を事前に予防して、安心して呼吸ができるようにサポートします。
基本的には呼吸筋力が弱ってくると、夜間に寝ている時の換気量が低下してきます。
すると寝ているうちに換気量の低下に伴い、血中の二酸化炭素が増えていき、自然と昏睡状態に陥ってしまいます。
これを CO2ナルコーシスと呼びます。
この場合には寝ているうちに意識を失って、そのままお亡くなりになります。
本人は自分が亡くなったことにすら気づかないでしょう。
これが一番楽な逝き方になると思います。
人工呼吸器をつけない場合の終活呼吸リハビリのポイントは、低下してくる呼吸筋力や嚥下機能に対抗して、誤嚥性肺炎などの発生を予防し、最後に寝ている間に自然に CO2ナルコーシスが起きるまで適切なケアを行うことになります。
また人工呼吸器の装着を希望された場合には、人工呼吸器に合わせた適切な呼吸ケアを行う必要があります。
⑶ ときに急激な麻痺の進行に心が追いつけなくなります
私の経験から、ある一定の比率で「歳をとることを心底嫌う人たち」がいることが分かっています。
これらの人達は、理屈では人は必ず老化して衰えていくことを理解しています。
でも心がそれを受け入れていないのです。
ですから身体機能の衰えや体の痛みをなんとかしようとして、外科手術を繰り返したりします。
彼らは、それまで簡単に若々しく出来ていたことが、歳をとっておぼつかなくなることにショックを受けているのです。
そしてとにかく手っ取り早く若返って元気になりたいのです。
ALS の患者さんの場合は、急激な運動機能の衰えによって、昨日まで出来ていたことが、急に出来なくなることがあります。
最近まで会社でバリバリ働いていたのが、家で車椅子の上にいる自分をどう受け止めていいのか分からなくなります。
これからどうやって生きていけばいいのか、無力で不甲斐ない自分とどう向き合えばいいのか、混乱してショックを受けています。
誰かがその不安と寂しさに寄り添って支えなければなりません。
ALSの終活リハビリテーションとはどんなことをしますか?
ALS のリハビリテーションでは、基本的には患者さんご本人が、穏やかな気持ちで、ゆったりと生活できることを目標にリハビリサポートを行います。
ですから体の痛みをケアしたり、呼吸ケアで呼吸を楽にするなどは、その一番コアになる必須アプローチと言えます。
ALS に対する痛みのケア
ALS では首や肩や背中や腰の痛みを訴える方が結構たくさんおられます。
しかしALS では感覚神経を障害されることはありません。
ですからこれらの痛みの原因は、神経の痛みではありません。
これらのALS に伴う身体の様々な部位の痛みの原因は、筋肉のコリによる痛みなのです。
なぜ ALSではこのような筋肉のコリが原因で非常に強い痛みが起きるのでしょうか?
原因として考えられるのは、ALSによって、皮質脊髄路系の運動神経の神経細胞が死滅します。
しかしこの運動神経細胞の死滅は、一度に起こるのではなく、徐々に少しづつ細胞が死んでいきます。
運動神経細胞が死ぬと、その神経細胞が支配していた、筋線維が麻痺して動かなくなります。
ですからひとつの筋肉の中に、麻痺して動かなくなった筋線維と、運動を続けている筋線維が隣り合わせに同居することになります。
そして神経細胞の死滅に従って、徐々に麻痺して動かなくなった筋線維が増えていきます。
こうして筋力低下が進んでいくのです。
この時の筋肉を見てみると、一生懸命動いている筋線維と麻痺して動かなくなった筋線維が、並んでいることになります。
この状態で筋肉が運動を続けると、動いている筋線維には、より一層負荷がかかり、麻痺して動かなくなった筋線維は循環が悪くなって浮腫んだりします。
こうして通常ではあまり考えられないような、筋肉のコンディションの障害が発生します。
ですから ALSになると、麻痺が進行するにつれて、筋肉のコンディションが障害されて、痛みが出やすくなるのです。
筋肉に対するコンディショニング
ヒトの体には、特に運動学的な構造的に負担がかかりやすい部分があります。
ですから歳をとって運動機能が衰えると、皆さん大体同じような身体の場所に痛みを訴えるようになります。
ヒトにはそれぞれ個性がありますが、人間の体の構造は基本的には一緒です。
ALS によって運動麻痺が起こった場合にも、大体皆さん同じような場所に、痛みを訴えることになります。
以下に痛みを訴えやすい筋肉をご紹介します
首の周りの筋肉
⑴ 頭板状筋
⑵ 頭半棘筋
⑶ 肩甲挙筋
肩の周りの筋肉
⑴ 大・小菱形筋
⑵ 棘下筋
⑶ 大円筋
⑷ 小円筋
背骨の周囲の筋肉
⑴ 最長筋
⑵ 腰腸肋筋
股関節周囲の筋肉
⑴ 中殿筋
⑵ 梨状筋
これらの筋肉に対して、専門家であればマイオセラピーなどの深部筋マッサージの手技を使って筋肉をほぐしてやります。
ご自宅でご自分でケアされる場合には、マッサージ器(バイブレーター)などを利用して、該当する筋肉に対するマッサージを行います。
ALS に対する呼吸ケア
ALS が進行してくると呼吸筋力が低下し、かつ嚥下機能も低下してきます。
これによって誤嚥性肺炎や無気肺からくる呼吸困難や肺炎などのリスクが高まります。
もしあなたが人工呼吸器の装着による延命を希望されなかった場合、呼吸筋力の低下に伴って、肺炎を引き起こしてしまうと、大変なことになってしまいます。
在宅でゆっくり人生を振り返る余裕など消し飛んでしまい、病院の集中治療室に閉じ込められる羽目に陥ってしまいます。
また呼吸筋力の低下に伴う咳嗽能力(咳の強さ)の低下が起こると、常に気道に痰が絡み、呼吸が苦しい状態が続いてしまいます。
またこの状態ですと、いつ肺炎を起こして入院するか分からないため、日常生活で非常にストレスが溜まります。
これらの問題を解決するために、呼吸器の知識の豊富な理学療法士や看護師の方に、きちんとした呼吸ケアを行ってもらいましょう。
特に若い頃にヘビースモーカーであった方や、肺炎などの既往歴がある方は、ハイリスクになりますので、キチンとした呼吸ケアを早めに受けられることをお勧めします。
呼吸器に不安を抱えながら、人生の残りを楽しむのは、なかなか上手くいかないものです。
まずは不安を解消しておきましょう。
まとめ
今回は筋萎縮性側索硬化症(ALS)のリハビリテーションについて、特に終活として、いかに残された人生を有意義に過ごすかのサポートをするための視点を持った、リハビリテーションについて解説しました。
特に落ち着いてALSの終活を行う上で「痛みのケア」と「呼吸ケア」の問題をキチンと解決しておくことが重要です。
リハビリテーションによって、ALSの痛みと呼吸の問題を解決することによって、不要な疾患に対する不安を取り除くことで、これまでの人生をゆっくりと振り返り、これから残された人生と向き合うための力を生み出すことができるようになると良いなと考えています。
最後までお読み頂きありがとうございます。
注意事項!
このサイトでご紹介している運動は、あなたの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 ご自身の主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。