はじめに
脳卒中で倒れた場合、その麻痺が今後どのくらい良くなるのか?
また麻痺の回復にどのくらいの期間が必要なのか?
とても気になるのではないでしょうか。
確かに脳卒中の麻痺の回復は、ヒトそれぞれです。
ほとんど麻痺があることが分からないくらいまで回復される場合もありますし、そう出ない場合もあります。
また回復期間についても、ヒトそれぞれで、ハッキリとどのくらいと言えるものではありません。
しかし脳卒中の片麻痺の回復に関しては、ある一定の法則にしたがって回復が進んでいきます。
ですからその回復の流れの中で、ご自分の麻痺の回復が、どの辺りに来ているのかを知る事は、リハビリテーションを効果的に進めるためにも、大切なことになるでしょう。
今回は、脳卒中の麻痺の回復の流れについて解説していきます。
どうぞよろしくお願いします。
脳卒中で倒れたときに脳神経細胞はどうなるか?
脳卒中とは、脳梗塞などの脳の血管が詰まるか、脳内出血などの脳の血管が破れるなどによって、脳の神経細胞に血液が流れなくなることで、神経細胞が死んでしまうことで、麻痺が起こります。
たとえば手の指を動かしていた運動神経細胞が死んでしまえば、手の指が動かなくなってしまうというわけですね。
そしていったん死んでしまった運動神経細胞の機能は、なかなか回復させる事は難しいのです。
なぜならば死んでしまった運動神経細胞の働きを、代わりにやってくれる運動神経細胞を新しく作らなければならないからです。
さらにこれまで20世紀の間は、一度死んでしまった神経細胞は、二度と再生しないと考えられていました。
ですからこれまでは、脳卒中で麻痺になると、治ることは難しいと考えられていたのです。
しかし21世紀になって、神経細胞が再生する可能性があることが分かると、運動神経細胞の再生を目指してリハビリテーションを行う、ニューロリハビリテーションが行われるようになってきたのです。
しかし脳卒中の急性期に起きていることは、それだけではありません。
脳卒中急性期の神経細胞の休眠
脳卒中によって神経細胞が死んでしまうと、その影響で自律神経の機能などが混乱し、脳の中の血液の流れが、さらにおかしくなります。
そうなると血管が詰まったり破れたりして、血液が届かなくなって死んでしまった神経細胞の他に、その周りの神経細胞にも、十分な血液が届かなくなります。
その結果として、脳卒中の急性期には、より多くの神経細胞が、血液の供給が不足することで、「休眠状態」となってしまいます。
なので脳卒中の急性期には、意識を失ったり、麻痺がより強く出たりするのですね。
しかしこの神経細胞の休眠状態は、脳の血液の流れが正常化するにしたがって、解消されていきます。
ですから時間が経つと、意識が回復したり、麻痺が軽くなって来たりするのです。
だいたいこの休眠細胞の回復は、発症から3~6ヶ月くらいの間に起こります。
そうですね、その期間はだいたい「回復期リハビリテーション病院」の入院期間と重なります。
つまりは「回復期リハビリテーション病院」の入院期間は、この休眠細胞が目覚めて、麻痺が軽くなるのが終わるときに合わせて、退院になるように設定されています。
これまでの「いったん死んでしまった神経細胞は再生しない」と言われていた、20世紀の脳科学の理解にもとづけば、ここまでで麻痺の回復は、お終いと言うことになります。
しかしニューロリハビリテーションの考え方では、ここからが麻痺を本格的に治すためのアプローチになります。
つまりこれまでの休眠細胞の活動再開による麻痺の回復は、言ってみれば「自然回復」みたいなもので(まあお医者さんの腕によりますが)、ここから先がセラピストの腕の見せどころになるのです。
脳卒中の神経細胞の回復が始まるとき
脳の神経細胞には、ザックリ分けて、「興奮性細胞」と「抑制性細胞」に分けられます。
「興奮性細胞」とは、実際になんらかの運動や活動を引き起こす、そのための刺激をする神経細胞です。
それに対して「抑制性細胞」とは、それらの「興奮性さいぼう」の活動が過剰にならないように、適度にブレーキをかけて抑える働きをしています。
この2種類の神経細胞が、上手く連携して働くことで、力みすぎず、張り切りすぎずに、適度に力を入れて、手足を動かすことができるのです。
では脳卒中の急性期からの、神経細胞の活動の再開は、この「興奮性細胞」と「抑制性細胞」の関係においては、どのように進んでいくのでしょう。
脳卒中の急性期からの神経細胞の活動の再開は、「興奮性細胞」の回復から始まります。
それに対して「抑制性細胞」の活動再開は、なかなか起こりません。
そのために脳卒中の回復期に入ると、はじめはダランとして力が入らなかった手足の筋緊張が、ドンドン高まってくる時期があるのです。
脳卒中で倒れたばかりの頃は、麻痺側の手足の筋肉もダランとして、力が入らない状態になっていますが、時間が経つに連れて、ダンダンと筋緊張が高まってきます。
この時期には、休眠していた「興奮性細胞」の活動が、再開されている時期になるのです。
「興奮性細胞」の活動が高まってくる時期には、その活動が再開された、新たな神経細胞に対して、正しい神経活動を学習してもらう必要があります。
つまりはただ単に力を入れるのではなく、必要な筋肉に正しく力を入れる方法を、運動学習する必要があります。
また「抑制性細胞」の活動を高めるためのアプローチも重要になります。
脳神経細胞のミクログリアの回復
脳の神経細胞には、運動制御や情報の伝達を行うシナプス細胞の他に、「グリア細胞」と呼ばれる細胞があります。
この「グリア細胞」は、『ミクログリア』「アストロサイト」「オリゴデンドロサイト」などの種類があります。
この中で特に今回は『ミクログリア』に注目してみましょう。
『ミクログリア』は、どのような働きをしているのでしょう?
ミクログリアの働き
ミクログリアには実はさまざまな働きがあります。
その中でも、とくに重要なのが、シナプス細胞のシナプス結合の調節をするということです。
つまり『ミクログリア』には、いくつかの運動神経細胞をつなぎ合わせて、指を動かしたり、膝を曲げたりする運動指令を行うための、「運動神経単位」をつくる役割があるのです。
脳卒中になると、シナプス細胞(運動神経)が死んでしまい、そのために手足の麻痺が起こります。
しかし脳卒中になると、シナプス細胞が死んでしまうだけでなく、『ミクログリア』の活動も低下してしまうのです。
そのためにシナプス細胞どうしをつなぎ合わせて、目的の動作を行うための「運動神経単位」を作ることが難しくなってしまいます。
脳卒中ニューロリハビリテーション では、このシナプス結合をコントロールしている、『ミクログリア』の活動を高めるためのアプローチも重要になります。
一般的にファシリテーションと呼ばれる、脳の運動神経細胞に対する「運動学習」のためのアプローチは、同時に『ミクログリア』に対するアプローチでもあるということになります。
急性期から回復期にかけての、休眠神経細胞の活動再開が起こってきたタイミングに合わせて、「運動学習」によるファシリテーションアプローチを導入していきます。
また「興奮性細胞」の活動のみが優位にならないように、筋緊張のコントロールも重要になります。
1次運動野の神経細胞の回復
脳卒中の神経の回復期に入ると、例えば麻痺側の指がほんのわずかでも、自分の意思で曲げることが出来るようになったりします。
これは脳の大脳皮質の「1次運動野」の神経細胞が、ほんのわずかながらでも活動を再開していることを示しています。
このタイミングに合わせて、単純な手足の屈伸運動や、指の曲げ伸ばしの練習などを、積極的に行っていきます。
それによって「1次運動野」での、自分で意識した手足の運動指令が出せるように、「運動神経単位」を増やすためのアプローチを行っていきます。
高次運動野の神経細胞の回復
「1次運動野」の「運動神経単位」が増えてきて、手足の単純な屈伸運動などが、ある程度できるようになってきたら、次はより複雑な運動制御を練習していきます。
例えばテーブルの上に、リンゴ、コーヒーカップ、ペットボトルなど、異なった形のものを並べて置いておき、それを順番に持ち上げる練習などを行います。
この練習によって、持ち上げる対象の形に合わせて、指の形や力の入れ具合を調節する練習を行います。
また左右の手を、リズムに乗って、交互に曲げ伸ばしする練習なども行っていきます。
このような練習を行うことで、「1次運動野」による、単純な手足の屈伸運動ではなく、「高次運動野」による、より複雑な動作の制御ができるように練習を進めていくのです。
大脳基底核機能の回復
麻痺側の手足で、ある程度の目的動作が行えるようになってきたら、それを熟練して、確実にスムースに行えるように練習していきます。
この熟練したスムースな運動の制御は、主に大脳皮質のすぐ下にある、「大脳基底核」で調節されています。
最終的なニューロリハビリテーション の「運動学習」の目的は、この「大脳基底核」によって、動作の熟練が進むところまでを目標とします。
まとめ
このように脳卒中後のニューロリハビリテーション は、様々な段階に応じて、適切に行う必要があります。
また脳卒中の神経活動の回復の特性を知っておけば、いま自分がどのステージにいて、何を行うべきかが理解できます。
確かに回復には個人差が大きいため、全ての方がこの通りに回復するわけではありません。
しかしある程度のガイドラインを知っておくことは、効果的なリハビリテーション のためには、とても大切であると考えます。
あなたの回復レベルはどのあたりでしょうか?
最後までお読みいただきありがとうございます。
注意事項!
このサイトでご紹介している運動は、あなたの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 ご自身の主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上、自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。