脳卒中片麻痺の原因とその回復のためのリハビリテーション
はじめに
脳卒中(脳出血・脳梗塞)で脳の神経細胞が死滅すると、片麻痺になるのはみなさんよくご存じのことです。
しかし脳卒中片麻痺がどのような神経の障害によって起きているのかを、しっかりと理解している方はほとんどおられないと思います。
脳の構造は複雑だし、なんか分からないけど、脳の神経細胞が死んでしまえば、麻痺が出るのは当たり前だよね!
くらいの感覚ではないでしょうか?
実は脳卒中片麻痺には、複数の脳内での運動コントロール機能の問題が複合して起こって、複雑な痙性麻痺になっているのです。
しかし脳卒中のリハビリをすすめていく上で、しっかりと運動コントロールの仕組みを理解した上で、自分には運動コントロールのどこに問題があるのかを理解しておかないと、適切なリハビリテーションを受けることができません。
今回は、正常な脳の運動神経のコントロール機能と、そこに脳卒中で問題が起きた時の症状を勉強します。
またそれらの問題点に対するリハビリテーションの方法についても解説していきます。
正常な脳の運動コントロールについて
正常な場合の脳の運動コントロールを考える場合、特に以下の3つのコントロール機能が重要となります。
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高次運動野での ⑴ 意識して手足を動かして目的を達成するプログラムと ⑵ その目的動作を行うために無意識に姿勢制御をするプログラムを作成する機能
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一次運動野で一次体性感覚野と連合して目的動作のプログラムを実際の手足の動作として実行する機能
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高次運動野から脳幹網様体などを介して、目的動作を行う準備のための「姿勢制御」と「体幹の筋緊張のコントロール」をする機能
第一段階の動作プログラムの生成
まずは高次運動野で2種類の運動プログラムを作る過程ですが、1つ目の意識して目的動作を行うプログラムを始めるには、まずは「動作の動機付け」が必要になります。
例えば「喉が渇いたからお茶が飲みたい」とか「お腹が空いたから何か食べたい」と考えます。
そして冷たいウーロン茶を飲むイメージが前頭葉の前頭前野で作られます。
前頭前野で動機付けされた行動のイメージは、高次運動野(補足運動野+運動前野)に送られます
そして高次運動野で「具体的な動作のプログラム」が作られます。
例えば目の前に冷たいウーロン茶の入ったグラスがあれば、そのグラスに手を伸ばして口元に持ってくる動作がプログラムされます。
しかしそれだけでは実際に目の前のウーロン茶を飲むことはできません。
あなたの腕にはそれなりの重さがあり、ウーロン茶が入ったグラスもそれなりの重さがあります。
ですから自分の腕を身体の重心位置から離れたテーブルの上のウーロン茶のグラスに伸ばすには、少し体幹に力を入れて、姿勢を調節してバランスをとらなければなりません。
ですので具体的な目的動作に先立って、体幹の筋緊張や姿勢を調節してバランスを整える「予期的姿勢制御プログラム」を作成します。
この時に重要なのが「身体図式」と呼ばれるイメージです。
これは空間の中で自分がどんな状態にあるのかを無意識に認識して、運動プログラムの作成を助けるための機能です。
あなたは目の前のテーブルの上のウーロン茶のグラスに手を伸ばそうとしています。
その時に頭頂連合野で、「あなたの姿勢は椅子の上で安定しているか」、「テーブルと椅子の距離はどうか」、「グラスと自分の距離や高さはどうか」などを測って「身体図式」と呼ばれるイメージを作り、高次運動野での運動プログラムの生成を助けます。
動作の第一段階の流れ
⑴ 前頭前野でテーブルの上のウーロン茶を飲もうと考える。
⑵ 頭頂連合野で目の前のウーロン茶と自分との位置関係を測って「身体図式」を作る
⑶ 「身体図式」をもとに高次運動野で「予期的姿勢制御プログラム」と「目的動作のウーロン茶のグラスを持ち上げるプログラム」が生成される。
第二段階の「予期的姿勢制御プログラム」を実行する
動作の第二段階は、実際にウーロン茶のグラスに手を伸ばす前に、その動作を行うための準備段階の姿勢制御と体幹の筋緊張のコントロールを行います。
高次運動野で作られた「予期的姿勢制御プログラム」は、そこから脳幹網様体に信号が送られ、「網様体脊髄路」を通って、脊髄の各節に送られ、主に姿勢を制御するための体幹の筋緊張の調節と姿勢制御を行います。
この姿勢制御プログラムは、およそ実際の動作が行われる0.1秒前に、動作に先行して無意識的に行われます。
「網様体脊髄路」の特徴
網様体脊髄路は主に体幹の筋肉の緊張調節や姿勢制御を行います。
網様体脊髄路は両側性の神経支配なので、脳の片側に出血や梗塞ができて神経細胞が障害されても、麻痺が起こりにくいため、手足の麻痺が強い場合でも、体幹の運動機能や姿勢制御機能は保たれていることが多いのはそのためです。
しかし片側の神経障害で両側性に不全麻痺となるため、体幹の筋緊張低下や筋力低下を起こしやすく、急性期の座る姿勢が骨盤が後ろに傾いて猫背になってしまうのはこのためです。
第三段階の「意識した目的動作のプログラム」を実行する
姿勢制御によって動作の準備が整ったら、最後にテーブルの上のウーロン茶のグラスに手を伸ばします。
この動作の制御は高次運動野で生成されたプログラムが、一次運動野に送られ、そこで実際の手足の動作指令に変換されます。
一次運動野は手足の意識的かつ巧緻的(細かい)な運動を具体的にコントロールする場所です。
具体的な手足の運動指令は、一次運動野から大脳基底核に送られ、そこで視床や小脳との運動コントロール回路で運動の調節が行われます。
大脳基底核-視床の運動コントロール回路で調節させた運動プログラムは、いったん一次運動野に戻されます。
そこから「皮質脊髄路」を通って、脊髄のそれぞれの運動神経に直接シナプス結合され、「意識的に手足の目的動作を行うプログラム」が実行されます。
最初にウーロン茶を持ち上げる動作は「ウーロン茶の見た目で重さや感触を予測」して動作が行われ、
ウーロン茶のグラスを持ち上げた時には、その実際の重さと手触りを確かめて、動作の再調節(最適化)を行います。
これは一次運動野のすぐ後ろに隣接する一次体性感覚野からの感覚フィードバックと連携して行われます。
動作の第三段階の流れ
⑴ 具体的に手をテーブルの上のウーロン茶のグラスに伸ばす運動指示が一次運動野で作られる
⑵ その運動指示が一次運動野から大脳基底核に送られる
⑶ 大脳基底核ー視床での運動コントロールが行われ運動が調節される
⑷ 調節された運動指示はいったん一次運動野に戻される
⑸ 一次運動野から「皮質脊髄路」を通って脊髄を下行し、脊髄の運動神経ニューロンにシナプスされる
⑹ 実際の運動を行った結果が感覚情報として一次体性感覚野に戻され、運動の最適化が行われる
「皮質脊髄路」の特徴
皮質脊髄路は意識して目的を持って行う手足の巧緻動作をコントロールします。
皮質脊髄路は延髄でその90%の神経線維が反対側に「錐体交叉」して脊髄の外側脊髄路を下行して、それぞれの運動神経に直接シナプスします。
ですから脳卒中によって片側の神経細胞が障害されると、脳の障害されたのとは反対側の手足に麻痺が出ます。
これが脳卒中片麻痺の原因となります。
ここで大脳基底核と視床の機能に注目
あなたが健康なときには、目の前のウーロン茶のグラスに手を伸ばすとき「ウーロン茶のグラスを持とう」と思うだけで、あとは自然にウーロン茶のグラスを持ち上げられていたのではないですか?
しかし脳卒中になってからは
「まずは腕をテーブルより少し上に上げて」
「次にグラスにまっすぐに手を伸ばしながら指を開いて」
「しっかりウーロン茶のグラスの感触を確かめて」
「指に力を入れすぎないように、でもしっかり握るように気をつけながら」
「グラスをまっすぐに持ち上げてから、手元に引きつける」
と慎重に考えながら動作を行っていませんか?
歩く動作も同じですね、一歩一歩考えながら行っているはずです。
でも健康なときには「なんとなく向こうに歩いていこう」と考えただけで、自然と足がそちらに向かっていたはずです。
これらの機能を調節しているのが「大脳基底核ー視床の運動コントロール回路」です。
この「大脳基底核ー視床の運動コントロール回路」は意識して行う動作の半自動化を行います。
自動車に例えると、いちいちクラッチを踏んでギアを入れ替える「マニュアル車」とアクセルを踏むだけでスムースに走ってくれる「オートマチック車」の違いと言ったところでしょうか?
脳卒中片麻痺の運動機能を考えるときには、この「大脳基底核ー視床の運動コントロール回路」のケアもしっかり行わなくてはなりません。
脳卒中片麻痺が起こる原因
それでは脳卒中片麻痺が起きる仕組みについて解説していきたいと思います。
また「脳梗塞」と「脳出血」の麻痺についても解説していきたいと思います。
脳卒中片麻痺の原因
脳卒中片麻痺は主に以下の4点が障害されて起こります。
⑴ 大脳皮質の一次運動野やその周辺の運動関連領域が障害されて麻痺が起こる
⑵ 運動神経の伝導路である「皮質脊髄路」が障害されて麻痺が起こる
⑶ 大脳基底核と視床の運動コントロール回路が障害されて運動調節障害の麻痺が起こる
⑷ 小脳とその連絡経路が障害されて運動調節障害の麻痺が起こる
⑴ 大脳皮質の一次運動野やその周辺の運動関連領域が障害された麻痺
大脳皮質の神経細胞が脳梗塞などにより死滅すると、当然様々な障害が起こります。
そして運動コントロールを司る一次運動野や高次運動野の神経細胞が死滅すると運動麻痺が起こります。
⑵ 運動神経の伝導路である「皮質脊髄路」が障害された麻痺
脳梗塞や脳出血により、皮質脊髄路の通り道が障害されると、運動神経の伝導路が遮断されて運動麻痺が起こります。
特に脳出血の場合は、被殻出血や視床出血により「皮質脊髄路」の通り道である『内包』が血腫により障害されて、運動神経の伝導路が遮断が起こります。
⑶ 脳基底核と視床の運動コントロール回路が障害された運動調節障害の麻痺
脳梗塞により大脳基底核や視床への血流が障害されると大脳基底核ー視床の運動コントロール回路」が障害されます。
脳出血においても被殻出血や視床出血により、大脳基底核や視床の機能が障害される場合があります。
これらの大脳基底核や視床の機能障害によって以下のような症状が出現します。
① 動作の半自動化が障害され常に大脳皮質で考えながら動作を行うようになる
② 筋緊張のコントロールが障害され手足の強張りなどが出現する
③ 姿勢制御がうまくいかなくなり体重移動などが下手になる
④ リズム感が障害され動作や歩行のリズムが悪くなり動作の質が低下する
※これらの症状は一般にパーキンソン病に似た症状としてパーキンソニズムと呼ばれています。
⑷ 小脳とその連絡経路が障害された運動調節障害の麻痺
脳梗塞や脳出血により小脳や小脳と大脳の連絡経路が破壊されると、小脳の機能が障害されて小脳性失調症状が出現します。
ここで視床と大脳基底核と小脳の関係性について少し解説したいと思います。
視床は様々な感覚経路から体性感覚や前庭感覚や視覚、聴覚などの様々な感覚を受け取って、その感覚情報と運動情報を統合して運動コントロールを行っています。
それに対して大脳基底核は視床の活動を抑制する働きがあり、小脳は視床の活動を促進する働きがあります。
ですから大脳基底核が障害されると、視床に対する抑制が外れて(脱抑制)、体の強張りが強くなります。
また小脳が障害されると、視床の活動が促進されなくなり、筋緊張が下がって動作のコントロールが障害されるのです。
脳卒中片麻痺の運動神経障害に対するリハビリテーション
ではこれらの運動神経の問題について、どの様にリハビリテーションを行っていけばいいのでしょうか?
先に挙げた4つの脳卒中片麻痺の原因のそれぞれについて個別にアプローチを行っていかなくてはなりません。
脳卒中片麻痺の原因
⑴ 大脳皮質の一次運動野やその周辺の運動関連領域が障害されて麻痺が起こる
⑵ 運動神経の伝導路である「皮質脊髄路」が障害されて麻痺が起こる
⑶ 大脳基底核と視床の運動コントロール回路が障害されて運動調節障害の麻痺が起こる
⑷ 小脳とその連絡経路が障害されて運動調節障害の麻痺が起こる
⑴ 大脳皮質の一次運動野やその周辺の運動関連領域の障害に対するリハビリ
大脳皮質の障害を回復させる方法に関しては、死滅した大脳皮質の周辺の神経細胞の代償を目指したリハビリテーションを行います。
例えば指の運動機能が障害された場合は、その周辺の一次運動野や運動前野で指の運動を行う新たな神経単位が作られて指の運動を代償する機能があることが認められています。
この新たな神経細胞による代償機能は、非常に限定的であり、完全に麻痺を改善するまでには至らないと思われますが、長期間アプローチをキチンと行った事例がないため、今後のアプローチを長期間継続した結果を見なくては、どれくらい麻痺が改善する効果があるのか分からないのが現状です。
リハビリ内容としては、『徒手療法』に合わせて、『ミラーニューロンを利用した運動療法』、『振動療法』、『電気刺激を利用したEMS療法』などを行います。
⑵ 運動神経の伝導路である「皮質脊髄路」が障害された麻痺に対するリハビリ
運動神経の伝導路である「皮質脊髄路」の障害に対しては、大脳皮質での障害された運動を代償する脳神経細胞の生成と合わせて、「網様体脊髄路」などを介しての、別ルートでの運動神経の伝導路を作るアプローチを行います。
リハビリ内容は⑴ 大脳皮質の一次運動野やその周辺の運動関連領域の障害に対するリハビリと、ほぼ同じ内容を行います。
⑶ 大脳基底核と視床の運動コントロール回路が障害された運動調節障害の麻痺のリハビリ
大脳基底核と視床の運動コントロール回路の障害に関しては、まずは手足を叩いてのリズム感を取り戻す練習から行います。
リズム感の良い音楽をかけながら行うと効果的です。
さらにリズム感が改善してきたら、そのリズムに乗って左右へ上体を傾けて体重移動を行うなどの重心移動をリズミカルに行う練習を行います。
これらのリズムが良くなってきたら、実際の日常動作をリズムに乗ってスムースに行えるように、テーブルのコーヒーカップを持ち上げるなどの決められた動作を、繰り返し行って、動作を熟練させていきます。
⑷ 小脳とその連絡経路が障害された運動調節障害の麻痺のリハビリ
小脳失調に対しては、まずは体幹の姿勢保持を安定させるところからアプローチを行います。
姿見(全身が映る鏡)を見ながら、身体の姿勢を一定に保つ練習や、左右に上体を傾けて、重心を移動する練習をバランスを崩さないで出来るように練習していきます。
この時に体幹のバランスのコントロールを行いやすくするために、骨盤や股関節の周囲および胸郭や肩甲帯の周囲にラバーバンドなどを巻きつけ、運動への抵抗を増やすことで、感覚フィードバックを促進して運動調節を助けたり、小脳失調による筋緊張が低下を補うためのアプローチを行います。
さらに座位姿勢が安定してきたら、両側の手首に重錘バンドを巻きつけて、手のリーチを練習していきます。
その後、立位におけるバランス練習や左右下肢への体重移動の練習などを行っていきます。
まとめ
正常な状態で脳がどのように運動コントロールを行っているのかを解説したのち、脳卒中片麻痺の原因と、そのリハビリテーション方法について解説しました。
現状では、障害された脳神経細胞の機能を再生させる試みは始まったばかりで、まだしっかりとした方法論が確立されたわけではありません。
しかし「脳卒中片麻痺の神経細胞が決して再生しない」と言われていた20年前より、「もしかしたら神経細胞が再生しているかも?」と思われる事例は多く経験されており、それらに対するアプローチも経験的にではありますが発展してきています。
今後さらに研究と経験を積み上げて、さらに脳卒中リハビリテーションの効果を確かなものにするように進んでいければと考えています。
最後までお読みいただきありがとうございます。
次回は
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注意事項!
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