脳卒中の痙性麻痺と運動制御の障害は別々にリハビリが必要です!
はじめに
脳卒中の片麻痺は、主に片側の手足が麻痺してこわばります。
そのために麻痺側の手がこわばってしまい、うまく動かせなかったり、歩くのもギクシャクしてこわばった歩き方になります。
動作自体も、なんかリズム感が悪かったり、歩き出しがスムースにいかなかったりもします。
実はこの脳卒中の片麻痺に特有の、こわばってギクシャクした動作は、痙性麻痺と呼ばれる、手足や体幹の麻痺だけが原因で起こっているのではありません。
脳卒中によって、脳の神経細胞が障害されると、手足や体幹の痙性麻痺だけでなく、手足や体幹の運動制御も障害されてしまうのです。
その結果として、脳卒中片麻痺に特徴的な、ギクシャクした動作になってしまいます。
つまりは脳卒中片麻痺の運動障害は、手足や体幹の「痙性麻痺」と同時に、手足や体幹の「運動制御の障害」の、2つが組み合わさって起きていることになります。
ですから脳卒中リハビリテーションも、この「痙性麻痺」に対するアプローチと、「運動制御の障害」に対するアプローチとを、併用して行わなければならないことになりますね。
今回は、脳卒中片麻痺の「痙性麻痺」へのアプローチと、「運動制御の障害」に対するアプローチとの併用について、解説してみたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
脳卒中の痙性麻痺は「皮質脊髄路」の障害で起こります
脳卒中になると、身体の右か左か、どちらか片側の手足に麻痺が出る、片麻痺になります。
そしてその身体の片側の麻痺は、痙性麻痺と呼ばれる、筋肉の強張りを伴います。(時には弛緩性麻痺という、力が抜けてダラダラの麻痺になることもあります)
この脳卒中の片麻痺は、大脳皮質の1次運動野から始まって、手足の筋肉を意識的に動かす「皮質脊髄路」と呼ばれる運動神経系の経路が、脳卒中による脳神経の障害によって起こります。
この皮質脊髄路と呼ばれる運動神経の経路は、それぞれが左右の大脳半球の1次運動野から始まり、延髄で交差して、反対側の脊髄を下行します。
ですから右の一次運動野から始まる皮質脊髄路は、左の手足をコントロールしており、また左の一次運動野からの皮質脊髄路は、右の手足をコントロールしています。
ですから、右の大脳半球に起こった脳卒中では、反対側の左の手足が麻痺する左片麻痺になり、右の大脳半球に起こった脳卒中では、右片麻痺になります。
皮質脊髄路による麻痺は手足がこわばる痙性麻痺です
皮質脊髄路による麻痺は、手足がこわばる痙性麻痺です。
でも実際の脳卒中では、もっと様々な運動の障害が起こります。
例えば脳卒中の方の歩き方を見てみると、かなり力んでギクシャクと歩いている方が、多く見られます。
また歩き出しや、方向転換の時など、足の動きがすくんだり、ぎこちなかったり、タイミングがおかしかったりします。
さらには歩くときの、歩行リズムが、すごく乱れてしまっている場合もあります。
これらの運動時の問題は、手足の痙性麻痺だけでは、説明ができません。
何故ならば、これらの動作の障害の問題は、「運動麻痺」ではなく、「運動制御の障害」によるものだからです。
では脳卒中片麻痺で、なぜこのような運動制御の障害による、動作の乱れが起こってくるのでしょうか?
脳卒中片麻痺の運動制御の障害は「大脳基底核ループ」で起こります
実は脳卒中片麻痺における、動作がギクシャクとしてぎこちなかったり、歩行のリズムが乱れたり、足がすくんだりといった、運動制御の問題は、「大脳基底核の問題」によって引き起こされているのです。
大脳基底核は、大脳皮質の下、中脳・脳幹の上にあって、視床と連携して、様々な感覚情報などを元に、動作の調節を行なっています。
また小脳とも直接的または間接的に連携して、運動制御をおこなっています。
この大脳基底核は、大脳皮質の1次運動野から、運動に関する情報を得て、それを小脳や視床などの、感覚や運動制御に関与する神経系と連携して、運動の調整(運動制御)を行い、それを1次運動野に戻す「運動調節ループ」を形成しています。
それは大体、以下のような流れになります。
⑴ 前頭前野で何らかの行動をしようと意思決定する
⑵ 運動野でその行動を実行するための「動作プログラム」を行う
⑶ いったん「動作プログラム」を大脳基底核に送る
⑷ 大脳基底核と視床が連携して「動作プログラム」を正しく制御するため、視覚などの感覚情報などを参考に『動作の調整』を行う
⑸ この『動作の調整』には小脳も関与している
⑹ 『動作の調整』が行われた「動作プログラム」を、再び大脳皮質の1次運動野に戻す
⑺ 1次運動野から皮質脊髄路を経由して、実際に手足を動かす指示が手足に送られて、目的の動作が行われる
このように大脳基底核は、視床や小脳と連携して、大脳皮質の運動野で作られた「運動プログラム」が、スムースに行えるように、運動の調整(運動制御)を行なっているのです。
大脳基底核は熟練動作の中枢です
運動の調整(運動制御)が上手くできる、ということはどう言うことなのでしょう?
運動制御が上手くいくと言うことは、その動作が上手にスムースに行えると言うことです。
例えば、見習いの板前さんが魚をさばく場合と、親方が魚をさばく場合を比べて見ましょう。
見習いの場合は、魚をさばくのにも、手際が良くありません。
また上手にさばくためには、しっかりと手元に集中して、包丁を動かす必要があります。
しかし熟練した親方が、魚をさばく場合は、それほど真剣に集中していなくても、包丁は流れるように動いて、魚をキレイにさばいていきます。
この見習いと親方の包丁さばきの差は、一体どこからくるのでしょうか?
この包丁さばきの差は、いわゆる熟練動作の習熟度の差ということになりますね。
親方の方が、見習い板前よりも、長い期間、包丁を使って魚をさばいているために、経験量が格段に多かったのです。
そしてこの熟練動作の中枢と言えるのが、今回のテーマである大脳基底核ということになります。
つまりは大脳基底核は視床や小脳などと連携して、動作の習熟に関与しています。
あなたも子供の頃は、ヨチヨチ歩いていて、時々は転んだりしていましたが、長い間に歩くことの経験を積むことで、この大脳基底核の運動ループ回路による運動制御が熟練されていき、上手に歩けるようになったのです。
しかし脳卒中によって、この大脳基底核の運動調節ループ回路が障害されることで、またヨチヨチ歩きに戻ってしまったのです。
なぜ脳卒中で大脳基底核による運動制御が障害されるのか?
では脳卒中になると、なぜ大脳基底核の機能が障害されて、運動制御が下手になってしまうのでしょうか?
脳出血の場合
例えば脳内出血の場合、もっとも出血しやすいのは、「被殻」と「視床」と呼ばれる神経核ですが、この「被殻」こそが、大脳基底核の一部を形成する重要なパーツであり、「視床」こそが、大脳基底核と連携して、運動制御を行うための、小脳機能や感覚情報のターミナルなのです。
ですから一般的な脳内出血では、運動神経の通り道が障害されて、手足の痙性麻痺が起きるだけでなく、大脳基底核の運動ループの障害による、運動制御の問題が起きてしまうのです。
脳内出血で運動制御の障害が起きて、動作がギクシャクする場合があることは、これで分かりましたね。
脳梗塞の場合
では脳梗塞の場合はどうなのでしょうか?
脳梗塞の場合は、脳の血管が詰まって、血流が神経細胞に届かなくなって、神経細胞が死んでしまうことで、片麻痺が起こります。
では大脳基底核による運動制御はどうなのでしょうか?
これはどの血管が詰まるのかによって、違ってきます。
つまり「レンズ核線条体動脈」などの、大脳基底核に血流を送っている血管が詰まれば、当然のように運動制御の障害によって、動作がぎこちなくなってしまいます。
一般的には手足は麻痺しないけれど、運動制御機能が障害されて起こるパーキンソニズムが、ラクナ梗塞などの多発性脳梗塞で起こる場合があります。
実はこのラクナ梗塞は、「レンズ核線条体動脈」で起こっているのです。
しかしラクナ梗塞は、とても小さな梗塞ですから、実際に手足を動かしている、「皮質脊髄路」が障害されることは、ほとんどありません。
ですからラクナ梗塞では、大脳基底核による運動制御が障害されて、パーキンソニズムと呼ばれる、すくみ足やギクシャクとした動作になってしまうのです。
またラクナ梗塞以外の、大きな血管の梗塞でも、大脳基底核に血流を送っている、小さな血管が巻き添えを食って、詰まってしまう場合があります。
この場合は、手足の片麻痺(痙性麻痺)に加えて、運動制御の障害による、パーキンソニズムと呼ばれる、ギクシャクとした動作になってしまうのです。
脳卒中片麻痺の運動制御の障害のリハビリは「型の練習」で!
ここでもう一度簡単に整理しておきたいと思います。
脳卒中では、ほとんどのケースで、手足を意識的に動かすための運動神経系が障害されます。
この時に障害される運動神経系は、以下の2つになります。
⑴ 手足を意識的に動かしている「皮質脊髄路」などの運動系
⑵ その運動をスムースに行うための運動制御を行う運動系
そして運動制御を行うための、大脳基底核などの神経核の障害によって、運動制御が障害されギクシャクした動作になります。
ではこのパーキンソニズムなどと呼ばれる、ギクシャクした動作は、どうすれば良くなるのでしょう?
この場合に必要なリハビリテーションのアプローチとしては、動作の運動制御を高めるための、熟練動作の練習が効果的になります。
一般的な脳卒中の片麻痺に対しては、運動神経の再生や、シナプスを強化するための、リハビリテーションメニューを行います。
ですが大脳基底核の障害による、運動制御の問題については、基本的には麻痺ではありませんので、一般的な神経再生やシナプス強化のアプローチは行いません。
大脳基底核の障害による、運動制御の問題については、「型の練習」が効果的だと思われます。
例えば、野球が上手くなるためには、バットの素振りを何度も練習したりします。
また投球練習を、何度も繰り返して、正確にボールを投げられるように、練習しますよね。
これは基本的な運動のフォームを、繰り返し練習することで、大脳基底核と視床に、適切な運動制御のデータを入力して、運動制御をやりやすくしているのです。
そしてこれによって、その動作が熟練することで、ギクシャクしたうごしから、洗練されたスムースな動作に変わっていきます。
脳卒中の運動制御の障害のリハビリテーション
ですから脳卒中片麻痺に伴って起こってくる、運動制御の障害による、動作のギクシャクした感じを、リハビリテーションするためには、「型」の練習を行います。
つまりは「正しい歩行動作」、「正しい起立動作」、「正しい方向転換動作」などを、基本的なフォームを練習するように、繰り返し練習します。
つまりは素振りの練習を行うのです。
この「型の練習」を継続することで、大脳基底核と視床に、正確な運動制御のためのデータが蓄積されていきます。
実際には、生まれてからこのかた、ずっと蓄積してきた運動制御データが、脳卒中によってキャンセルされてしまったものを、もう一度練習し直すことになります。
この「型の練習」を行う上での注意点ですが、決して力んで無理をしてはいけません。
常に肩から力を抜いた状態で、力まずに、なるべく正確に動作を行うように気をつけて行なってください。
まとめ
今回は脳卒中の片麻痺について、運動制御の障害による、動作のギクシャク感に対するリハビリテーション方法について解説しました。
脳卒中片麻痺は、脳神経細胞の障害で、運動経路である、「皮質脊髄路」が障害されて、片側の手足に痙性麻痺が起こり、手足がこわばって動かせなくなります。
この痙性麻痺に対しては、運動神経細胞の再生や、シナプスの強化を目的に、運動学習による、神経リハビリテーションの促通を行います。
しかし脳卒中では、痙性麻痺の他に、大脳基底核や視床の連携による、運動調節ループが障害され、運動制御が障害されます。
そのために手足がこわばった以上に、動作がギクシャクしてしまいます。
この運動制御の障害に足しては、神経ファシリテーションではなく、「型の練習」による、大脳基底核と視床の運動調節ループへの、運動制御データの再入力を行います。
最後までお読み頂きありがとうございます
注意事項!
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