脳卒中の姿勢制御機能と体幹の支持力低下を科学的に改善する方法!
はじめに
脳卒中片麻痺になると大体の方が姿勢が悪くなります。
多くは麻痺側に体重を乗せることを嫌い、健側に身体を傾けた坐位姿勢をとるようになります。
また比較的高齢で脳卒中になられた方の場合は、背中が丸まって円背が強くなってしまう方もおられます。
また姿勢が悪いと動作時の姿勢制御にも悪い影響が出ますので、歩行の安定性や歩行スピードにも大きな影響が出ますね。
また上半身が傾いていて、肩の位置がおかしくなっていたりすると、腕を挙げたりするように動作にも影響が出て、手が動かしづらくなったりもします。
このように正しい姿勢と、正確な姿勢制御はとても大切なのです。
今回は脳卒中片麻痺において姿勢制御が上手くいかなくなる原因を科学的に検証して、効果的に姿勢制御の能力を改善する方法について解説したいと思います。
脳卒中片麻痺で姿勢が悪くなるのはなぜか?
脳卒中片麻痺になると大体の方が姿勢が悪くなります。
多くは麻痺側に体重を乗せることを嫌い、健側に身体を傾けた坐位姿勢をとるようになります。
また比較的高齢で脳卒中になられた方の場合は、背中が丸まって円背が強くなってしまう方もおられます。
これはどうしてなのでしょうか?
「身体が麻痺してるんだから当たり前でしょう」なんて言われそうですね。
でもそうではなく今回はもう少し科学的に「脳卒中によって姿勢制御の機能がどう障害されるか」について考えながら、効率的なリハビリテーション方法について考えて見たいと思います。
網様体脊髄路の障害による姿勢制御機能の低下
私たちの身体の姿勢を制御している運動神経系の中心となるのが「網様体脊髄路系」になります。
網様体脊髄路は大脳皮質の「高次運動野」と呼ばれる部分から始まります。
この「高次運動野」とは「運動前野」と「補足運動野」とを合わせた部分になり、前頭葉の一番後ろにある「一次運動野」のすぐ手前に位置しています。
ここではその手間にある前頭前野などからの情報を元に、様々な動作を企画して運動プログラムを作ります。
そして具体的な手足の運動の制御は、すぐ後ろにある「一次運動野」にプログラムを送って、具体的な手足の制御を行ってもらいます。
その手足の動作に先立って姿勢を制御するためのプログラムが「高次運動野」から脳幹網様体に送られ、そこから「網様体脊髄路」を通って体幹や手足の筋肉を動かして、姿勢制御を行います。
ですから私たちの姿勢制御を中心的に行なっているのは、高次運動野から網様体脊髄路を経由した経路なのです。
脳卒中になると網様体脊髄路にどんな問題が起こるのでしょう?
網様体脊髄路は左右のそれぞれの大脳半球の高次運動野から始まっています。
そして運動制御は両側性神経支配になっています。
つまり右の大脳半球の高次運動野から始まった、右側の網様体脊髄路が左右両方の脊髄を下行して、左右両側の体幹の筋群をコントロールしています。
同じように左の大脳半球の高次運動野から始まった、左側の網様体脊髄路も左右両方の脊髄を下行して、左右両側の体幹の筋群をコントロールしています。
ですから脳卒中によって片側の網様体脊髄路が障害されても、明らかな姿勢制御の障害は起こらないはずなのです。
それなのに脳卒中になると姿勢制御に問題が起きて姿勢が悪くなりますね。
これはどうしてなのでしょうか?
脳幹網様体が両側性神経支配でも姿勢制御が障害される理由
片側の脳幹網様体が障害されることで両側の姿勢制御機能が半分になる!
例えば右側の大脳半球に脳梗塞や脳出血が起こり、右側の網様体脊髄路が障害されたとします。
しかし網様体脊髄路は両側性神経支配なので、生き残っている左側の網様体脊髄路が左右両側の体幹筋群をコントロールして姿勢制御を行なってくれるので、表面的には姿勢はコントロールできており、体幹の運動に強い麻痺は起こらないことになります。
しかし実際には右側の網様体脊髄路の左右の体幹筋へのコントロールは丸ごと障害されていて、いわば体幹筋への姿勢制御をコントロールする神経の経路は半分に減ってしまっています。
これでは表面的には姿勢制御はできていても、制御する筋肉の出力は半分に落ちてしまっています。
また制御するスピードや制御の巧みさ(巧緻性)も半分に落ちています。
こうなると姿勢制御の質が低下していますから、「何かあればすぐに転んでしまうのではないか?」ととても不安に感じてしまいます。
『皮質脊髄路系』の手足の麻痺が姿勢制御の足を引っ張る!
脳卒中の麻痺が、片側の手足が麻痺するために「片麻痺」と呼ばれる原因は『皮質脊髄路系』の障害による片側の手足の麻痺によるものです。
実はこの「一次運動野」から始まって手足を目的を持って意識的に動かす制御をしている「皮質脊髄路」は体側性神経支配であり、右側の皮質脊髄路は左側の手足を動かし、左側の皮質脊髄路は右側の手足を動かしています。
ですから例えば右側の大脳半球に脳卒中が起こり、右側の皮質脊髄路が障害されると、左側の手足に麻痺が起こります。
実はこの手足の動きも姿勢制御にはとても重要な働きを持っています。
例えば座っていて骨盤を安定させるためには、背骨の周囲の腹筋や背筋だけでなく、脚の筋肉の活動も重要なのです。
これは具体的にはどういうことかというと、例えば坐っている姿勢で、背骨の土台である骨盤をきちんと安定させないと、円背や健側への状態の傾きなどの問題が起こってしまいます。
そして骨盤を安定させるためには、骨盤から生えている左右の脚にある程度の力を入れて踏ん張らなければなりません。
そして脚に力を入れて踏ん張ることで、椅子の上で不安定な骨盤に対して、支柱で支える様な働きをします。
こうすることで骨盤が安定して背骨をしっかり安定させることができる様になります。
しかし麻痺側の足に例えば足首や指先に強い麻痺があって足を上手に踏ん張れなかったらどうなるでしょう?
特に麻痺側の骨盤を安定させることが出来なくなってしまいます。
そうするとただでさえ網様体脊髄路の問題でフラフラしている背骨の安定性が低下してしまい、重心が後方や健側側に傾いてしまうことになります。
手足や肩甲体や骨盤の皮膚感覚や体性感覚が障害されて『身体図式』が生成されない!
あなたは『身体図式』をご存知でしょうか?
まだあまり聞きなれない言葉だと思いますが、運動制御を行うために必須の感覚情報なのです。
例えば「身体イメージ」であれば、「痩せている」とか「手足が長い」とか「髪の毛が短い」「色が黒い」などといった客観的なイメージです。
しかし『身体図式』はもっと主観的で無意識的な感覚情報なのです。
例えば「遠くにあるハサミに手を伸ばす」ときに、そのハサミの位置が遠すぎて無理手を伸ばすろ転んでしまうとか、棚の上の箱を取るときに、普通に手がとどくか、それとも踏み台が必要かなどは、状況を見ただけで大体予測ができますよね。
これらはあなたが『身体図式』を基にして判断しているのです。
『身体図式』の生成には、視覚情報と体性感覚情報が必要になります。
脳卒中片麻痺になると、感覚神経が障害されて「皮膚感覚」や「固有受容覚」などが障害されているため、『身体図式』が生成されにくくなっています。
ですから坐っていたり立っているときに、体が傾いてきたり、片側の肩だけが下がっていたりしても気がつかない場合があるのです。
初めから姿勢の異常に気づかなければ、姿勢を正しく制御しようがありませんよね。
これらの姿勢制御に関する問題点を解決していかなければ、あなたの身体の姿勢制御の精度は高まっていかないのです。
姿勢制御機能を高めるための戦略的なリハビリテーション!
脳卒中片麻痺の姿勢制御機能を改善するためには、これらの姿勢制御に関する脳卒中片麻痺の問題点を計画的かつ効率的に改善していかなくてはなりません。
網様体脊髄路系の姿勢制御機能を高めるアプローチ
脳卒中では片側の網様体脊髄路の障害で、姿勢制御のための筋出力や筋瞬発力、あるいは筋運動の巧緻性が低下して、バランスコントロールが不安定になっています。
ですから姿勢制御を行うための体幹筋や肩甲帯、骨盤の筋群の筋出力、筋瞬発力、筋巧緻性などを高めるアプローチを行なっていきます。
基本的には寝返り動作や坐位でのバランス運動などを通して筋肉のコントロールを高めるアプローチを行います。
⑴ 仰向けから左右に身体を回旋させる運動
⑵ 坐位で上体を前に突き出す運動
⑶ 坐位で組んで前に突き出した両手を左右に回す運動
⑷ 組んだ両手で左右の足元を交互に触る運動
麻痺した手足の動きと体幹のバランス運動を同期させる練習
姿勢制御を正確かつ安定的に行うためには、体幹の筋肉を動かす「網様体脊髄路」による制御と、骨盤の安定や肩甲帯の動きをサポートするための足や腕を動かす「皮質脊髄路」の制御がうまく連携していかなければなりません。
そのために ⑴ 足の踏ん張りと骨盤での体重移動 ⑵ 腕の振りと肩甲帯の動き を同期させる練習が必要になります。
⑴ 坐位で麻痺側の腕をバランスボールに乗せてダイナミックに腕と肩を動かす練習
⑵ 立位で麻痺側の下肢への体重支持と麻痺側の骨盤への体重移動を同期する練習
『身体図式』の生成を促し姿勢制御を改善する
脳卒中になると感覚障害や筋肉の強張りなどから皮膚感覚や固有受容感覚が障害されるため、体性感覚や複合感覚の障害から、『身体図式』の生成がうまくいかなくなってしまいます。
このために身体が傾いていたり、麻痺側の肩が極端に下がっていたり、またはつり上がっていたりしても気がつかない場合が結構あります。
このような状態で正確な姿勢制御を行うことは難しいため、『身体図式』の生成を高めるためのアプローチを行なって、姿勢制御の機能を高めたいところです。
しかし身体図式の生成を向上させることは非常に手間暇がかかるため、今回は少しズルをすることを考えたいと思います。
つまり「身体図式』を上手に生成する代わりに、視覚情報をうまく利用して、「身体イメージ」を活用しながら、姿勢制御を上手にコントロールする練習を行いたいと思います。
⑴ 姿見(大型の鏡)を利用した姿勢制御の練習
姿見に坐位での全身を写し、両肩の位置や骨盤の位置を確認します。
それから左右の肩甲帯を動かして、どの程度力を入れたら肩の位置がどう動くかを意識して覚えながら、肩の上げ下げの練習を行います。
また左右に上体を傾ける時に、どの程度力を入れたら、どのくらい傾くかをしっかりと覚えるようにしながら、重心移動の練習を行います。
まとめ
今回は脳卒中片麻痺で姿勢制御がうまくできなくなる原因を科学的に検証してみました。
そしてそれらの原因からより効率的に姿勢制御機能を高めるためのリハビリテーションメニューまでを考えてみました。
姿勢制御は歩行や上肢の操作など、すべての運動の基本となります。
姿勢制御がうまくできないと転倒などのリスクも高まりますし、歩行能力も低下します。
一般的に手足の運動や歩行練習には積極的ですが、姿勢制御の練習をおろそかにしている方は多いと思います。
これからは姿勢制御の練習も頑張ってもらえたら良いなと思っています。
最後までお読みいただきありがとうございます。
注意事項!
このサイトでご紹介している運動は、あなたの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 ご自身の主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。