リハビリ裏話

その時院長は「松澤君この患者さんを絶対に死なせてはいかん」と叫んだ!

その時院長は「松澤君この患者さんを絶対に死なせてはいかん」と叫んだ!

 

 

前回のリハビリ裏話では、人工呼吸器と呼吸ケアの進歩により、人工呼吸器が装着されたまま、長期入院の患者さんが増えた話をしました。

 

人工呼吸器の高性能化がもたらしたもの

 

実はこれは私が米国に呼吸ケアの留学をする前の約20年前くらいのお話でした。

そして今回は私が米国留学から帰国してからのお話です。

 

前回は呼吸ケアによって、無気肺を改善することで、呼吸ケアの効果が上がったお話でしたが、今回の松澤君は、米国で学んだおかげで、より高度な呼吸ケアができる様になっています。

それは重症肺炎である急性呼吸促迫症候群(ARDS)の呼吸ケアのお話です。

 

ある朝の集中治療室

「松澤君、ちょっと来てくれ」

シャーカステンのレントゲン写真の前で腕組みしている、呼吸器内科医である院長先生が、出勤したばかりで、ちょうど朝一番でベンチレーターをチェックしていた私を呼んだ。

「これを見てどう思う」

院長が私にクイズを出すみたいに聞いて来た。

院長先生が指し示した、一枚の単純胸部レントゲン写真は、肺の部分がすりガラスの様に、白くぼやけていました。

一部には蜂の巣の様な模様も浮かんでいます。

「急性呼吸促迫症候群ですね、レジオネラですか?」

私は少しドキドキしながら答えと同時に、質問を返した。

「クラミジアだ、昨日の夕方病院に来た時には、左肺のスミに少し影があるだけだったから、普通の肺炎かと思っていた」

「でも一晩で肺全体に拡がってしまった」

院長先生が少し悔しそうな表情でそう答えた。

「松澤君、この患者さんは、これからもっと呼吸状態が悪化するだろうから、ちょっとしっかり呼吸ケアをやっておいてくれ」

そう言うと院長先生は、「頼んだよ」と言いながら集中治療室を出て行った。

 

 

急性呼吸促迫症候群(ARDS)の人工呼吸管理開始

私は早速、患者さんのベッドに行くと、人工呼吸器をチェックした。

すでに酸素ブレンダーは100%に設定されており、最高気道内圧も20 cmH2Oを上回っている。

それにひきかえ PEEP の圧は 5 cmH2Oと標準設定のままになっている。

「どうしようかなぁ」

私はぼつりと独り言をつぶやくと、戦略を決定して、院長先生に連絡を入れた。

松澤:「とりあえずPEEPを15cmH2Oまで上げようと思いますが良いですか?」

院長:「大丈夫そうなのか」

松澤:「イケると思います」

院長:「許可する」

松澤:「了解しました」

私は早速ベッドサイドに戻ると、人工呼吸器のダイヤルを調節した。

サーボ 900Cの PEEP調節つまみを回して、PEEP圧を一気に5 cmH2Oから 15 cmH2Oに引き上げた。

人工呼吸器の気道内圧計を確認すると、最高気道内圧は 30 cmH2Oを超えていた。

気道内圧が 20 cmH2Oを超えると、一般的には肺が破れる圧損傷(バロトラウマ)になりやすいと言われている。

圧損傷とは、つまり気胸や皮下気腫のことだ。

しかし私は慌てずに、人工呼吸器に 0.5秒の、吸気ポーズ時間を設定した。

こうすると最高気道内圧だけでなく、プラトー気道内圧が計測できる。

プラトー気道内圧は、ギリギリ 19 cmH2Oだった。

実は最高気道内圧は、気管支にかかる圧を示している。

そしてプラトー気道内圧が、肺胞にかかる圧を示している。

だから最高気道内圧が高くても、プラトー気道内圧が低ければ、肺は破れないんザマすのよ。

「これならいけるかなぁ」と呟くと、私は患者さんを、かなりうつ伏せに近い横向きにした。

そのままゆっくりと、首回りや背中の筋肉のマッサージをはじめた。

 

ところで「なんで理学療法士が、人工呼吸器を操作してるの?」と思った方、松澤は「臨床工学技士」の資格も持っているので、医師の指示があれば、人工呼吸器を操作できるんざますのよ ヲホホホ!

 

急性呼吸促迫症候群(ARDS)の呼吸ケア

急性呼吸促迫症候群(ARDS)の呼吸ケアは、一般の肺炎の呼吸ケアとは、かなり違っている。

一般の肺炎の呼吸ケアは、気道に溜まった喀痰をクリアランスするため、積極的に、スクィージングとスプリンギングと呼ばれる手技を使い、半ば強制的に肺の換気を改善する。

しかしARDSは、いわば肺臓器不全というべき症状で、炎症により、肺胞の膜がボロボロになってしまい、肺胞の周囲の毛細血管から、肺胞内に水が滲み出てきて、肺内が水浸しになった様な状態だ。

だから下手に換気を改善しようとして、呼吸理学療法を行うと、ARDSを悪化させてしまう。

ARDSの場合には、呼吸仕事量を、少しでも減らすために、呼吸苦でこわばった、呼吸補助筋をほぐすマッサージを行いながら、肺の背中側に、水が溜まらない様に、丹念に体位変換を行うのだ。

それとARDSには、吸引も禁物だ。

ARDSになると、いつも肺がゴロゴロいっているが、これは水分が多くて、軌道内で泡立っている様な音だから、吸引しても、ほとんど何も引けない。

それどころか、気道内を陰圧で引っ張るために、肺内に水を引き込んで、ARDSを悪化させてしまうからだ。

とにかく高めのPEEP圧をかけて、ジリジリと肺胞内に滲み出た水分を、血管内に押し戻してやるのだ。

 

翌朝に事件は起こった

さて翌日になると、気道内圧も下がってきて、肺の酸素化能も良くなったので、院長に報告して、酸素濃度を100%から70%に下げることができた。

酸素濃度を100%のままにしておくと、酸素の毒性によって、肺炎が悪化するから、酸素濃度はできる限り早めに、70%以下にすることが望ましい。

思った以上に上手くいってる。

私は、今日は朝から気分がいいなあ、なんて思いながら、昨日と同じに、体位変換と呼吸補助筋マッサージを行なった。

しかし事件は、その日の昼下がりに起こった。

集中治療室の看護師さんから、「例の患者さんの、人工呼吸器のアラームがなってる」と連絡が来て、私は大急ぎで集中治療室に戻った。

するとあろうことか、人工呼吸器のPEEP圧が、ガッツリ下げられ、患者さんのサチュレーションが低下していたのだ。

呼吸状態も、荒く早い、呼吸促迫になっている。

「のわ~、なんでこんなことになってるの?」私が看護師さんに聞くと、

彼女は「昼前に、研修医の○○先生が診て、随分良くなったからとPEEPを下げていきました」と答えた。

 

ARDS豆知識

ここで豆知識、ARDSのPEEPは決して一気に下げてはいけません。

「一日一膳」ならぬ、「一日 1cmH2O」ぐらいの感じで、ゆっくりと下げていかないと、あっという間に悪化します。

 

そうこうするうちに、連絡を受けた院長先生も、集中治療室に飛び込んで来た。

院長先生は、開口一番こう叫んだ。

院長「松澤君、この患者を死なしてはいかん。 」

院長先生は真剣な表情で、こう続けて話した。

院長「患者の家族には、単なる肺炎と説明してしまった。 これで死なしてはヤブ医者だと思われる。 病院の評判が落ちてしまう。」

松澤「先生、そこですか~!」(みなさん、ここが落ちですよwww)

 

300床の地域の基幹病院の院長先生が、こんな近所の評判を気にするなんて、経営者は大変だと思った、若い頃の松澤君でしたとさ。

 

ちなみにこの患者さんは、その後の的確なケアで、一命を取り留めて、元気になりましたとさ。

めでたし、めでたし。

とっぴんぱらりの ぷう

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

 

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