脳卒中で肩の痛みと同じくらい背中の痛みを訴えるヒトが多いことについて
脳卒中の片麻痺では、麻痺側の肩の痛みを訴える患者さんが多くみられます。
これは麻痺側の肩の筋肉がゆるむことで、肩関節の関節内運動が適切に行われなくなることが原因ですね。
肩関節のコアマッスルである「回旋筋腱板」の筋群(棘下筋、大円筋、小円筋など)が麻痺することで、肩関節が緩んで、上手く動かせなくなるだけでなく、痛みも出てしまいます。
ひどいケースでは「肩関節の亜脱臼」になり、肩がブラブラになってしまう場合もありますね。
この脳卒中の肩の痛みの症状に付随してよく見られるのが、背中の痛みです。
麻痺側の背中の痛みを訴える方は、結構たくさんおられますね。
また麻痺側の背中だけでなく、その反対側の麻痺のない健側の背中の痛みも、ときおり出会うことがあります。
この脳卒中の肩麻痺に伴う背中の痛みは、どうして起きるのでしょうか?
またどの様なリハビリが効果的なのでしょう?
今回は、脳卒中片麻痺にともなって起きる、背中の痛みについて解説していきます。
どうぞよろしくお願いします。
背中の筋肉の解剖を勉強しなおしましょう
あなたは背中にある筋肉というと何を知っていますか?
ほとんどの方は広背筋とか、僧帽筋なんてメジャーな筋肉の名前を挙げられると思います。
それらのメジャーな筋肉はアウター・マッスルといって、実際に体を動かすために強い力を出すための筋肉です。
それに対して背中の痛みを感じるのは、背中のコンディションを測定して、細かな運動の調節をするためのコア・マッスルと呼ばれる、アウター・マッスルの奥にある小さな筋肉です。
このコア・マッスルと呼ばれる筋肉は、その筋肉の線維の中に、たくさんの感覚センサーがあり、関節運動の状態を正確に測定することができるのです。
しかし筋肉自体が小さくて、感覚センサーが多いために、ストレスに弱く、すぐにこわばって痛みが出やすいという弱点があるのです。
ですから肩コリや腰痛などで痛みを感じているのは、主にこのコア・マッスルなのです。
背中にある筋肉で、このコア・マッスルの働きをしているのは「脊柱起立筋群」と呼ばれる筋肉の集まりです。
「脊柱起立筋群」は、背骨の左右に、背骨に沿う様にして上から下に伸びている、ほそ長い筋肉が何本か並んでいます。
そして、この脊柱起立筋群に含まれる筋肉が疲労してこわばることで、背中の痛みが起こるのです。
脊柱起立筋群に痛みが出る原因とは?
では背中にあるコア・マッスルである「脊柱起立筋群」には、主にどんな筋肉があるのでしょうか?
背骨の両脇に沿う様に、縦に細長く伸びている脊柱起立筋群には、主に以下の3つの筋肉があります。
⑴ 半棘筋
⑵ 最長筋
⑶ 腸肋筋
この他にも細かい筋肉はありますが、今回は省きます。
この3つの脊柱起立筋の中で、背中の痛みの原因となるのは、⑵ 最長筋と ⑶ 腸肋筋です。
半棘筋は、この2つの筋肉に隠れて、もっと背骨の脇の近くの奥にある筋肉で、背中の痛みにはあまり関係していません。
ですから解説では半棘筋も省きます。
ではこれから、この最長筋と腸肋筋に、どの様にして問題が起きて、背中の痛みになるのかを見ていきたいと思います。
最長筋に痛みが出る原因
最長筋は後頭部の真後ろから始まり、骨盤の仙骨まで縦に長く伸びている筋肉です。
体調を崩して寝てばかりいると、頭が常に枕の上に置かれた状態になりますね。
そうすると頭は枕の上にあり、背中は布団の上にある状態になります。
寝ている姿勢は、一見楽そうに見えますが、首の部分はどこにも支えがなく、頭と胴体の間でブリッジをかけた様な格好になっています。
ですから寝ていると首の筋肉に負担がかかるのです。
つまりは最長筋の後頭部から背中にかけての部分に、慢性的な負担がかかります。
朝起きると、妙に首だけ硬くなっているのは、このためです。
病気になって長期間ベッドで寝ていると、この最長筋の首の部分に、ずっと慢性的なストレスがかかり、緊張が続きます。
最長筋が緊張し続けると、筋線維に血液が流れにくくなり、筋肉の線維が硬く強張って「筋硬結」というシコリを作ります。
すると後頭骨の喉頭隆起の出っ張りのすぐ下あたりに、固いシコリができてきます。
これが最長筋の一番上の部分にできた「筋硬結」なのです。
この部分に筋硬結ができると、その緊張が前頭後頭筋などにも伝わりますから、筋緊張性頭痛の原因にもなり、頭痛を感じる人も出てきます。
また最長金の一番上にできた筋硬結による緊張は、徐々に最長筋の下の方に伝わっていって、背骨の脇の最長筋が、全体的にこわばっていきます。
そうすると、あなたは背中に痛みを感じる様になるのです。
この最長筋のこわばりは、最終的には仙骨部に到達して、腰の骨盤の後ろの真ん中あたりが痛いという、特徴的な腰痛になっていきます。
腸肋筋に痛みがでる原因
腸肋筋は両脇から腰椎を挟む様に支えている筋肉です。
腰の運動や安定には、この腸肋筋の働きが欠かせないのです。
私たちはどうしても体の構造上から腰に負担がかかります。
これは4つ足の動物から、直立2足歩行に進化した、私たち人類の宿命ですね。
そして年をとるとともに腰に負担がかかり、腰のところの背骨である腰椎の両脇で、腸肋筋の慢性的なストレスが溜まっていきます。
ここに慢性的なストレスが溜まると、この部分の腸肋筋に「筋硬結」ができて、腰の両脇の奥に固いシコリが生まれてきます。
こうなると慢性的な腰痛に悩まされることになりますね。
さらに、この腸肋筋も、腰だけでなく肩甲骨の辺りから骨盤に向けて、上下に長く伸びている筋肉です。
ですから腸肋筋の腰の部分に「筋硬結」ができると、その緊張は肩甲骨の方に向かって、上に伸びていきます。
そうなると途中の背中の両脇、最長筋より少し外側の部分で、背中が痛く感じる様になるのです。
脳卒中片麻痺の脊柱起立筋群への負担のかかり方
脳卒中になると、左右いずれかの手足が麻痺しますね。
脳の運動神経で手足を動かしているのが「皮質脊髄路」と呼ばれる神経経路です。
右脳の皮質脊髄路は左の手足をコントロールし、左脳の皮質脊髄路は右の手足をコントロールしているから、左右いずれかの脳に脳卒中が起きると、反対側の手足にだけ麻痺が起きるからです。
それに対して、背骨の周りの筋肉(脊柱起立筋群)の運動は、「網様体脊髄路」がコントロールしています。
この「網様体脊髄路」は、左右いずれの脳からの神経経路も、それぞれ左右の両側の脊柱起立筋群をコントロールしています。
ですから脳卒中になって、左右いずれかの脳神経細胞が障害されても、脊柱起立筋群には麻痺が起きないのです。
しかし左右いずれか片側からの両側の脊柱起立筋群へのコントロールがなくなりますから、脊柱起立筋群の運動機能自体は、全体的に低下してしまいます。
ですから脳卒中になった後には、腰が曲がったり、円背になりやすくなったりするのです。
つまり脳卒中になると、背骨を支える背中の筋肉(脊柱起立筋群)が弱くなり、ストレスに対して痛みが出やすくなっているのですね。
さらに脳卒中になると、左右いずれかの片側の手足が麻痺します。
ですから、どちらか片側の肩甲骨が下がって、左右の肩の高さが違ってしまったりします。
この状態で背骨を支えることは、脳卒中で弱った脊柱起立筋群には、大きな負担になります。
ですから脳卒中になって、退院して日常生活を自立させる様になる頃に、狙いすまして背中が痛くなり、自立の足を引っ張る様になるのです。
頭では分かっていても、背中や首が痛くなると、どうしても弱気になりますし、やる気も出なくなりますよね。
脊柱起立筋群へのケア方法
脳卒中のリハビリテーションでは、麻痺を治したり、頑張って日常生活動作を練習したりすることが大切です。
ですがそれらの頑張りも、痛みが強くなってしまうと、途端にヤル気が出なくなってしまいます。
この退院後にダンダンとヤル気をうしなって、ゴロゴロ生活してしまう原因の多くは、痛みや痺れだったりするのです。
ですから脳卒中にともなう「背中の痛み」も、しっかりとケアする必要があるのです。
具体的なアプローチとしては、マッサージバイブレーターを使用して、この最長筋と腸肋筋の筋肉の流れに沿って、バイブレーターを当てて、振動でほぐしていきます。
最長筋のマッサージ
最長筋の場合は、首の後ろ、後頭骨のすぐ下から、背骨の両脇の筋肉の盛り上がりに沿って、ゆっくりとバイブレーターを下に移動しながらマッサージを行います。
最後には仙骨の部分までバイブレーターを当てていきます。
これをゆっくりと2~3回繰り返します。
腸肋筋のマッサージ
腸肋筋の場合は、肩甲骨のすぐ下から、腰の脇に沿ってマッサージバイブレーターを当てていきます。
この時に、腸肋筋は、 最長筋に比べて盛り上がりが小さいため、表面からはわかりにくいのが問題になります。
ですから、このあたりに筋肉があるのではないかと、見当をつけた辺りから、円を描く様にバイブレーターを動かしながら、ゆっくりと腰の脇に向かってバイブレーターを移動していきましょう。
これをゆっくりと2~3回繰り返します。
まとめ
脳卒中になると、かなりの高頻度で背中の痛みを感じる様になります。
そしてこの背中の痛みは、首の痛みや、腰の痛みと密接に連携しており、その痛みによって、あなたのヤル気を削いで、自立の足を引っ張ります。
また脊柱起立筋群の運動障害は、姿勢制御や手足の運動機能に、大きな影響を与えます。
たかが痛みとバカにしないで、日頃からきちんとしたケアを行う様にしましょう。
最後までお読みいただきありがとうございます。