はじめに
脳性麻痺のお子さんが、バランスよく座ったり、立ったりするのは、けっこう難しい動作の部類にはいります。
どうしてもクビが安定しないで、下を向いてしまったり、身体が左右にグラグラ揺れてしまったりします。
今回は、脳性麻痺のお子さんの、クビや身体がグラグラして、安定して座ったり、立ったりできない原因と、そのリハビリテーション方法について解説したいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
ヒトの姿勢を制御する仕組みについて!
あなたはこんな経験はありませんか?
遠くに立っている人を見ていて、アレ変だなと感じて、近くに行ってみたら、マネキンだったなんて事が、人生のうちで1度くらいはあるのではないでしょうか。
どうして遠くから見て、生きているヒトと、マネキン人形の区別がつくのかというと、それはヒトは動くからですね。
生きているヒトは、普通に立っていても、なんとなく揺れていたり、左右の足の間で、細かく重心が動いていたりします。
それに対して、マネキン人形は、微動だにせずに、その場で立っているので、見ていて違和感があります。
反対に私たちが、全く動かないで、じっと立っているのは、けっこう難しいのです。
マネキンのふりをして、動かないでいる大道芸人がいますが、それで見物料が取れるくらい、動かないでいるのは難しい事なのです。
実は、私たちは、常にあるリズムに従って揺れています。
そして座っている時、立っている時、歩いている時、何か作業をしている時、それぞれの場合において、それぞれ違うリズムで揺れながら、姿勢を安定させているのです。
そして私たちが、常にちょっと見には分からないぐらい、わずかに揺れている事で、そしてそのリズムをすばやく切り変える事で、外からの衝撃や、手足を動かした時の重心移動に対応して、倒れないように姿勢を制御しているのです。
またこの運動リズムは、呼吸などの生命維持のための運動にもあるのです。
たとえば普段の呼吸を、私たちは無意識のうちに行っています。
この時に、呼吸のリズムは、肺に酸素を送り込むのに最適なリズムで呼吸しています。
しかし私たちが何かを話そうとする時、この呼吸リズムは、声帯に気流を送り込んで、声を出すためのリズムに切り替わります。
リラックスして楽しくオシャベリしている時には、この呼吸リズムの切り替えは、スムースに行えます。
しかし大勢の前でスピーチをするなどの、緊張する場面では、この呼吸リズムの切り替えが上手くいかず、話している途中で、息が切れたりしますね。
このように、私たちは、姿勢の制御や、歩行の安定や、会話や、食事などの、あらゆる生活の場面で、様々な身体の運動リズムを切り替えながら生活しているのです。
そしてこのリズムを正しく制御できなかったり、切り替えがうまくできない事で、座ったり立ったりの動作ができなくなります。
では脳のどのような仕組みで、この座ったり立ったりの姿勢を制御しているのでしょうか?
補足運動野+大脳基底核+脳幹網様体の連携による姿勢制御
少し話が専門的になってきて、難しい用語が出てきますが、ごめんなさい。
ちょっとだけ頑張って読んでみてくださいね。
実際に手足を直接動かしているのは、大脳皮質の「1次運動野」と呼ばれる部分です。
この「1次運動野」が、手足の曲げ伸ばしなどの命令を出しています。
しかし脳の運動野と呼ばれる、運動神経の集まった部分には、1次運動野の他に「高次運動野」と呼ばれる部分があるのです。
そしてこの「高次運動野」は、もっと複雑な運動の制御を行っています。
簡単にいうと、1次運動野が障害されると、手足の運動が麻痺して、手足がうごかせなくなりますが、高次運動野の障害では、手足は動かせるけれども、目的を持って上手にうごかせなくなります。
そんな違いです。
そして姿勢制御には、この高次運動野による、高度な運動制御が必要になってくるのです。
補足運動野での交互運動パターン
高次運動野は、ざっくり分けて「補足運動野」と「運動前野」に分かれます。
そして「補足運動野」では、手足や背骨の交互運動をコントロールしています。
それはたとえば、左右の足の曲げ伸ばしを交互にバタバタするとか、頭を左右に交互に傾けるとかの運動です。
補足運動野には、手足やクビや腰の、様々な交互運動パターンが、その経験によってしまい込まれています。
大脳基底核での適切な運動パターンの選択
「大脳基底核」とは、大脳皮質のすぐ下にある、線条体や被殻などの、いくつかの神経核の集まりを言います。
この大脳基底核はどんな働きをしているかというと、補足運動野にしまい込まれている、たくさんの運動パターンから、最適なものを選び出す働きをしています。
たとえば剣道の達人が、相手の動きから、一瞬のスキを見つけたとたん、ほとんど無意識のうちに身体が動いて、面や胴を決めています。
これを「無想剣」なんて言って、なんか神秘的な印象づけをしていたりしますが、何のことはない、単に厳しい練習の結果、大脳基底核の性能が良くなったにすぎません。
練習に練習を重ねて、高次運動野にたくさんのパターンをため込んでおいて、それを取り出す大脳基底核のシナプスを強化しているだけなのです。
まあそれだけの練習をする事が尊いのですけどね。
大脳基底核は、たくさんの姿勢制御のパターンから、最適なパターンを選び出し、あなたが転ばないようにしてくれているのです。
脳幹網様体での運動リズムの切り替え
私たちが座ったり、立ったり、歩いたりしていて、転ばないためには、運動パターンの選択だけでなく、もうひとつ大切なものがあります。
それはその運動パターンのリズムですね。
同じ運動パターンでも、リズムの違いで、その働きがだいぶん違ってきます。
そして私たちが上手に姿勢を制御して、動きながら転ばないためには、その不安定さを打ち消すための、適切な運動リズムを選ぶ必要があるのです。
この運動リズムの切り替えを行なっているのが、脳幹網様体だと考えられています。
三位一体の姿勢制御
私たちの体は、この「補足運動野」+「大脳基底核」+「脳幹網様体」の連携によって、動きながら、倒れないように、バランスを取っているのです。
動くということは、本来は止まっていた状態からの、バランスを崩すということですから、よほど上手くやらないと転んでしまいますね。
バランスを取るのはとても大変です。
脳性麻痺のお子さんがバランスをとれない原因は?
脳性麻痺のお子さんが、座ったり立ったりの姿勢を保てないのは、この3つの脳の機能が、上手に連携できていないからです。
たとえば「補足運動野」を例に取れば、そもそも生まれた時に、脳神経が未成熟のままで生まれてきていますから、ほったらかしにして、自然な成長に任せていても、適切な姿勢制御のパターンは、補足運動野にため込まれることは難しいのです。
また周産期の問題で、「大脳基底核」の神経が未成熟であったり、障害を受けていたりすると、適切な運動パターンの選択ができません。
「脳幹網様体」でのリズムの切り替えも同様ですね。
脳性麻痺のリハビリテーションでは、これらの神経回路の、それぞれに対して、問題を明確にしながら、それぞれに対する適切なアプローチが必要になります。
その神経学的なリハビリテーションのアプローチ方法を、ニューロリハビリテーションと呼びます。
バランスをとれないでいると他にも問題が起こります!
最近の脳科学の研究によって、手足や背骨の周りの筋肉の、異常なこわばりは、運動神経系の制御の混乱によって、引き起こされている事が分かってきています。
ですから姿勢制御のための、背骨の周囲の筋肉のコントロールや、股関節や肩の筋肉のコントロールが混乱する事で、それらの筋肉の異常な緊張が起こってきます。
カンの鋭い方は、もうお気付きですね。
脳性麻痺のお子さんの、成長に伴う「脊柱側弯」は、この姿勢制御のコントロールの混乱から起こっています。
ですからたとえ、初めから座る事が難しいと思われるお子さんでも、これらの姿勢制御コントロールを練習する必要があるのです。
また反対に、脊柱側弯の可能性が高いお子さんでも、これらの問題に対するニューロリハビリを行う事で、脊柱側弯を予防できる可能性が高まるのです。
まとめ
私たちは、常に変化するリズムに従って揺れています。
そうする事で、不安定な運動によって、転倒することを防いで、姿勢制御を行っているのです。
この姿勢制御と運動リズムのコントロールは、「補足運動野」+「大脳基底核」+「脳幹網様体」の連携で行われます。
「補足運動野」には、さまざまな姿勢制御のための運動パターンがため込まれています。
そして「大脳基底核」が、それらの運動パターンから、最適なものを選択して、姿勢を制御します。
さらに「脳幹網様体」で、最適な運動リズムを切り替えることで、姿勢制御を安定させています。
脳性麻痺のお子さんの、姿勢制御の核とっくには、それらの神経機能に対する、神経学的なリハビリアプローチである、ニューロリハビリテーションによるアプローチが必要になります。
最後までお読みいただきありがとうございます。
注意事項!
このサイトでご紹介している運動は、あなたのお子さんの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。