脳卒中リハビリ

脳卒中片麻痺の大脳基底核と視床の働きを改善して歩行を良くすること!

 

はじめに

今回は脳卒中片麻痺の歩行能力を改善するためのリハビリテーション方法を考える上で、とても重要な運動コントロールの中枢である、大脳基底核と視床の機能について解説したいと思います。

 

視床の機能について!

視床は延髄などの脳幹部の少し上、大脳基底核を構成する被殻に隣り合わせた内側に、ちょうど運動神経ニューロンの通り道である内包を挟む形で、存在しています。

そして外界からの感覚情報(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、体性感覚など)の多くは、視床で中継されて大脳皮質に向かいます。

例えば目で見た物の視覚情報は、網膜から視床で中継されて大脳皮質に送られます。

そして視床ではそれらの情報を大脳皮質に送る前に、様々な処理がなされ、またその他の感覚情報や運動情報との統合処理もなされています。

大脳基底核 L4

視床: 赤色で示された部分が視床になります!

 

視床とバランス感覚

ここで分かりやすくバランス感覚と言いましたが、これは身体のバランスをとる平衡機能の事です。

そして私たちの身体はバランスを保って立って歩くために、様々な感覚情報を視床とその関連する部位で統合して運動を制御する事で身体のバランスを保っています。そ

れは以下の様な関係になっています。

視床の障害で起きるバランス機能の障害として、視床性失立やプッシャー症候群(身体が常に傾いてしまう)などが挙げられます。

 

身体のバランスを維持するための機能

視床と関連する大脳皮質などの統合・制御

→ 空間識: 視覚情報や体性感覚情報、前庭感覚情報などを統合して形成

→ 視覚

→ 眼球運動の感覚

→ 平衡覚(内耳の三半規管や耳石器からの加速度情報)

→ 体平衡(手足や体幹のバランス感覚)

→ 体性感覚(皮膚感覚や筋紡錘などからの深部感覚)

→ 自律神経系からの情報

 

視床と視覚

視床は網膜からの視覚情報を大脳皮質の一次視覚野に中継しています。 しかし見ている物をただ中継するのではなく、様々な情報から、何に注目して見るべきかなどのコントロールに関与しています。

たとえば初めて会った相手と話をするときは、一般的には相手の目を見ますが、相手の女性の胸が大きかった場合は、つい胸に目がいってしまいますね。

視床ではそういった視覚対象の物理的特徴や意識レベル、興味や注意といった状況に応じたコントロールに関与しています。

 

視床と痛み

視床はほとんどの感覚を大脳皮質に中継しますが、痛みの感覚についても視床が中継核となっています。

しかし視床は単に痛みを中継しているのではなく、状況に応じて大脳皮質に送られる痛みの感覚の情報を調節しています。

また痛みの感覚を抑制したり、痛みから湧き上がる感情を制御する働きを持っています。

視床の障害で痛みといえば、視床痛が挙げられます。

視床痛は一般の神経痛や関節痛や筋肉痛と違って、治療が難しい中枢性の激しい痛みです。

一般的には脳卒中患者さんのおよそ1割に激しい中枢性の痛みが出現すると言われています。

そしてその治療は非常に困難です。

視床痛に関してはまた別の章で解説をしたいと思います。

 

視床性認知症

認知症とは「一度正常に達した認知機能が後天的な脳の障害によって持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態をいい、それが意識障害のないときに見られる」と定義されます。

一般的な認知症にはアルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症、または脳血管性認知症などが挙げられますが、視床に問題がある場合にも認知症になる場合があります。

それが視床性認知症です。

視床性認知症は脳梗塞が原因となる物が最も多いようです。

認知症のタイプとしては、記憶の障害が中心となります。

これは視床がパペッツ回路やヤコブレフ回路などの記憶や感情を司る神経回路の一部となっているからです。

この場合の記憶障害は一般的な記憶の障害である、記憶の貯蔵が障害されて直ぐに忘れてしまう様なタイプではなく、視床性認知症では記憶の書込みや符号化が障害されて、記憶した内容の時間的・空間的な文脈が障害されます。

つまり覚えているけど、時間や場所が正確ではなくトンチンカンになっている状態です。

視床性認知症では、梗塞される視床の部位により、記憶障害の他に、行動異常や脱抑制(怒りっぽくなり我慢がきかない状態)、失語や失認、失行、意識障害なども起こる場合があります。

これは視床が前頭葉などをはじめとして広く大脳皮質と連携していることが原因です。

 

様々な視床の機能

視床にはその他に、聴覚や嗅覚・味覚などの感覚情報の中継と調節に関与していますが、今回の歩行を良くすることとは、あまり深く関係していないので今回は解説を省略します。

 

 

大脳基底核とは!

大脳基底核とは大脳皮質と視床および脳幹を結びつけている神経核の集まりで、大脳基底核を構成する神経核は ① 線条体(被殻+尾状核)② 視床下核 ③ 淡蒼球 ④ 黒質 ⑤ マイネルト基底核です。

大脳基底核の働きは運動調節、認知機能、感情や動機付け(やる気を出させる)、学習能力などに関係しています。

大脳基底核 L4

大脳基底核: 青色で示された部分が線条体 水色で示された部分が淡蒼球になります!

 

大脳基底核と視床の関係

大脳基底核には視床をコントロールして運動調節をする働きがあります。

大脳基底核と視床を含む神経回路には、

  1. 手足の運動をコントロールしている運動系ループ「大脳皮質の運動野 → 大脳基底核 → 視床 → 大脳皮質の運動野」

  2. 作業記憶や認知機能に関係する前頭前野系ループ「大脳皮質の前頭前野 → 大脳基底核 → 視床 → 大脳皮質の前頭前野」

  3. 眼の動きをコントロールする眼球運動系ループ「大脳皮質の前頭眼野 → 大脳基底核 → 視床 → 大脳皮質の前頭眼野」

  4. 辺縁系ループ「大脳皮質辺縁系 → 大脳基底核 → 視床 → 大脳皮質辺縁系」

などがあります。

 

大脳基底核と視床による運動系ループでの運動調節の仕組み

大脳基底核には、大脳皮質の運動関連領域 → 大脳基底核 → 視床(外側腹側核) → 元の大脳皮質の運動関連領域の間を繋ぐ、神経線維のループ回路が含まれています。

そして大脳基底核の内部には、黒質由来のドーパミンによって調節される、淡蒼球内節からの直接路と、淡蒼球外節からの間接路と呼ばれる、視床の機能を動かすアクセルとブレーキの様な働きをする神経の経路が存在します。

基本的には淡蒼球の内節は視床に対して抑制性に作用していますが、大脳皮質の運動関連領域から、大脳基底核の線条体に興奮性の入力があると、淡蒼球の内節に抑制性の入力が行われ、視床に対する淡蒼球の抑制が低下して、視床から大脳皮質の運動関連領域に運動の指示が出されます。

それに対して線条体から淡蒼球外節にも抑制性の入力が行われますが、それにより淡蒼球外節からは視床下核に対して抑制性の入力が減少することで、視床下核から淡蒼球内節に対して興奮性の入力が行われて、淡蒼球内節から視床に対する抑制が強化され、視床から大脳皮質の運動関連領域に対する運動の指示が抑制されることになります。

これらの仕組みは、獲得されたいくつもの運動パターンの中から、最適なものが選択され、それ以外の不適当な運動パターンをさせない様に調整する機能が大脳基底核にあるのではないかと考えられています。

脳卒中片麻痺では基底核での運動パターンの選択が上手くいかなくなり、病的で状況にそぐわない運動パターンが選択されてしまい、運動の円滑な遂行がじゃまされてしまうために、色々な運動障害が出現するのではと考えられています。

 

運動調節のループ回路

大脳皮質の運動関連領域 → 大脳基底核 → 視床 → 大脳皮質の運動関連領域

 

大脳基底核のアクセル回路

大脳皮質 → 線条体 → 淡蒼球内節 → 視床 → 大脳皮質 = 必要な選択された運動を開始!

大脳基底核のブレーキ回路

大脳皮質 → 線条体 → 淡蒼球外節 → 視床下核 → 視床 → 大脳皮質 = 選択された運動以外の不必要な運動を抑制!

 

大脳基底核と視床の関係

脳の神経核 L1

線条体: 青色 (尾状核=くすんだ青色 / 被殻=鮮やかな青色 / 淡蒼球=水色)
視床: 線条体の奥の大きな赤色の神経核
視床下核: 視床の下の紫色の円盤型の神経核
黒質: 黒色の神経核
赤核: 黒質の後ろの小豆色の丸い神経核
海馬: オレンジ色の神経核
視床下部と脳下垂体: 正面のピンク色の神経核

 

 

基底核は脳幹部以下での原始的な運動もコントロールしている

視床や淡蒼球内節は運動コントロールに重要な働きをしていると考えられています。

しかし定位脳手術によって視床の外側腹側核や淡蒼球内節を破壊すると、動けなくなるのではなく、パーキンソニズムが改善してしまうことから、「訳のわからない口出しをして邪魔するくらいなら黙っていてくれた方がまし」な状況で症状が改善しているのだと思われます。

そして定位脳手術によっても「すくみ足」の改善は難しいことから、大脳基底核には脳幹部以下で運動を反射的にコントロールする原始的な運動系と周辺環境の変化に対応して、様々な感覚情報に基づいて視床による運動パターンの切り替えを行う運動系を適切に切り替える働きもあるのではないかと考えられています。

 

これを歩行に例えてご説明しますと、考え事をしていたり「ぼーっと」しながら歩いている時には、脳幹部以下での原始的な運動系により、単純に反射的にリズミカルに足を交互に振り出す運動がされています。

そして足元が急に窪んでいたりして、カクっと来た時には、筋紡錘やゴルジ腱器官などの反射により足の筋肉を緊張させて踏ん張ります。

ここまでは原始的な運動制御で可能ですね。

しかし急に目の前に子供が飛び出してきてぶつかりそうになった時には、視覚情報からの連絡を視床で受けて適切な運動パターンを大脳基底核から視床に入力されて危険を回避します。

これは感覚情報と運動パターンを連携させた、非常に高度なコントロールになります。

つまり飛び出してきた子供を避けるのか、突き飛ばすのか、抱きかかえるのかなどの選択肢の中から、最適と判断されたものが実行されるのです。 また目の前にボールが飛んできた場合、一般人なら頭を抱えてしゃがみこんでボールを避けますが、これがプロのサッカー選手ならば、すかさずヘッディングでボールをゴールに叩き込みますね。

この場合は動作を行なう方の、動作の熟練度もコントロールに影響を与えます。 これらの運動制御を運動皮質と大脳基底核と視床により行っていると考えられています。

 

「ぼーっと」しながら歩いている時

① 脳幹部以下の原始的な反射パターンを使ってリズミカルに単純に交互に足を振り出して歩いている。

そこで窪みに足をとられて膝がカクっときた時

② 筋紡錘やゴルジ腱器官などの脊髄レベルでの伸長反射により足の筋肉を緊張させて踏ん張る。

急に脇道から子供が飛び出してきた!

③ 子供が飛び出してきた事を視覚情報から受けて、視床で視覚情報と運動パターンの統合が行われる。

④ 視床で統合された運動パターンのうち最適なものを大脳基底核で選択してアクセルをオンして子供を避ける運動開始。

 

 

 

大脳基底核と視床の機能をどうリハビリテーションするのか?

脳卒中片麻痺では非常に高い確率で、大脳基底核や視床が障害されてしまいます。 しかし、これらの複雑な機能が正常に働かないと、運動が障害されて緊張したぎこちない運動になってしまいます。

余計な筋肉への緊張は動作を困難にするばかりか、痛みや転倒の原因ともなりますね。

この問題を解決するために、今回は脳卒中リハビリテーションに型の練習を取り入れることをご提案します。

つまり剣道の型や空手の型、あるいは野球のバットの素振りなどの練習方法をリハビリテーションに取り入れます。

健康な場合は長年の生活運動の繰り返しで、日常生活の動作に熟練した型が身についています。 しかし片麻痺になると、その熟練した型がすべて失われてしまいます。

さらに大脳基底核や視床が障害されることで、それらの動作をコントロールすることも難しくなってしまい、緊張したぎこちない動作を続けることになってしまいます。

ここでリハビリテーションにより、歩行に関する各種の動作をリラックスして簡単に行えるまで熟練したばあいはどうでしょう?

その場合は大脳基底核と視床による運動コントロールもより容易になるのではないでしょうか?

次回以降にこの脳卒中片麻痺に対する歩行リハビリテーションの型練習についての解説を行います。

この歩行の型練習を繰り返し行うことで、スムースな歩行パターンが獲得されます。

歩行の型練習は初期のレベルから徐々に応用を加えていきます。

ぜひ貴方もこの新しい歩行練習の試みにチャレンジしてみてください。 よろしくお願いします。

 

 

次回は

「最新の脳卒中片麻痺に対する歩行リハビリテーション」

解説を行います。

 

最新の脳科学に基づく脳卒中片麻痺の回復に関する記事はこちら

「脳卒中片麻痺を治す最新の脳科学に基づく脳卒中ニューロリハビリテーションの在宅での実施方法」

 

最後までお読みいただきありがとうございます!

 

 

注意事項!

この運動は、あなたの身体状態を評価した上で処方されたものではありません。 ご自身の主治医あるいはリハビリ担当者にご相談の上自己責任にて行ってくださるようお願い申し上げます。

 

 

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