はじめに
脳梗塞の患者さんで、一生懸命に歩いていて、後少しで椅子に到着するという、その寸前で急に腰をかがめて立ち止まってしまう方がおられます。
あと2~3歩歩いてから、反対側に振り向けば、無事に座れるものを、それが出来なくて、椅子に向ったまま、腰を少しかがめた状態で止まってしまいます。
どうしてこの様な現象が起きるのでしょう?
実はこの現象は、これまでは患者さんが、バランスを取れなくて、歩くのが怖くて途中で立ち止まってしまうと考えられていました。
しかし実際は、そうではなくて、この問題は脳梗塞による手足の麻痺によるものではなく、運動制御のための神経回路の障害によるものだと、分かってきたのです。
今回は、この脳梗塞で椅子に座ろうとするときなどに、動作が途中で止まって出来なくなるタイプの、運動制御の障害の原因と、そのリハビリテーション方法について解説したいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
動作が途中で止まってしまうのは動作の切り替えポイントです!
先ほどの一生懸命に歩いてきて、目標の椅子に座ろうとする直前で、椅子に向かい合ったまま、腰をかがめて動けなくなってしまう現象について、もう少し考えてみましょう。
これまでは椅子に座ろうとすると、バランスを崩してしまうために、転ぶのが怖くて動けなくなるのだと考えられてきました。
しかし患者さんは、椅子に着くまでは、しっかりと自分の足で歩いてきています。
そして椅子に座る動作といえば、それまで椅子に向って歩いてきたものを、体を反対側に方向転換して、椅子にお尻を向ける姿勢をとらなくてはなりません。
たしかに方向転換はバランスを崩しやすいため、苦手にしている脳梗塞の患者さんは多いですね。
しかし今回の様なケースでは、脳梗塞の患者さんは、方向転換を始める寸前で、真っ正面から椅子に向かい合ったまま、歩くことが出来なくなってしまいます。
ですから患者さんは、まだ方向転換を初めておらず、バランスも崩れていない状態で、全く動けなくなってしまっています。
では患者さんは、いったいどんなタイミングで歩けなくなってしまうのでしょう?
実はこの椅子に向って動けなくなるポイントは、まさに歩く動作から、方向転換のために足の踏み替えを始めようとするタイミングで起こっています。
つまり歩行動作から、方向転換のための動作に、動作のパターンを切り替えるタイミングで、患者さんは動けなくなっているのです。
つまり患者さんは動作の切り替えを失敗して動けなくなっているのです。
そしてこのタイプの患者さんには、もうひとつ大きな特徴があります。
それは歩き方が「パーキンソン病様の歩行パターン」であると言うことです。
「パーキンソン病様の歩行パターン」の原因は?
この「パーキンソン病様の歩行パターン」とはいったいどんな歩き方でしょう?
簡単にイメージしやすく説明すると、それは晩年の昭和天皇陛下の歩き方ですね。
あなたは覚えておられるでしょうか?
昭和天皇陛下の晩年の歩き方は、左右の足への体重移動が極端に少なく、足の蹴り返しもなくて、トボトボと少しずつ歩いておられました。
まさにあんな感じの歩き方をしている方が、良く椅子に座ろうとして、動けなくなる現象を起こすのです。
動画の開始から50秒くらいで陛下の歩く姿がご覧になれます
ではこの様な歩き方になる原因はなんなのでしょう?
実はこの様なトボトボとした、まあいわば年寄り臭い歩き方になる原因は、「大脳基底核」による運動制御の調子が悪くなることで起こります。
パーキンソン病などでのトボトボとした歩き方も、この「大脳基底核」の調子が悪くなることで、歩き方がおかしくなってくるのです。
「大脳基底核」の働きとは?
「大脳基底核」は、大脳皮質のすぐ下にある、いくつかの神経核の集まりです。
この「大脳基底核」は、大脳皮質の運動野に記憶されている、様々な運動パターンを、その時の状況に合わせて、適切に選び出して実行する働きをしています。
つまり椅子に向って歩いているときは、「大脳基底核」は大脳皮質から、歩行のための手足の運動パターンを選び出して、実行しています。
しかし椅子に近づいてくると、今度は椅子に座るために、椅子に対してお尻を向けなければなりませんから、方向転換するための運動パターンに切り替える必要があります。
椅子に座るための動作のパターンには、⑴ 椅子に対してお尻を向ける様に方向を転換する ⑵ 椅子とお尻の距離をキチンと合わせる ⑶ 転ばない様にバランスをとりながら椅子に腰掛ける などの、いくつかの動作パターンを組み合わせて行います。
この時に「大脳基底核」は、単純な左右の足を交互に振り出すだけの歩行パターンから、いくつかの動作パターンを複雑に組み合わせた、椅子に座るための運動パターンに動作を切り替える必要が出てきます。
そのために「大脳基底核」の調子が悪い場合には、単純な動作パターンから、複雑な動作パターンに切り替えるときの、切り替えが上手くいかなくなってしまうのです。
「大脳基底核」の調子が悪くて動作の切り替えが上手くいかないときの対策
脳梗塞によって「大脳基底核」に血液が流れにくくなると、「大脳基底核」の調子が悪くなり、運動パターンの切り替えなどが、上手に出来なくなります。
椅子に座ろうとして、上手く方向転換ができなくて、立ち往生してしまう様なケースは、まさにこれに当たります。
ではこれらの動作パターンの切り替えが上手くできなくて、立ち往生してしまうケースに対しては、いったいどんなリハビリテーションをすれば良いのでしょう?
⑴ 細かくて具体的な動作を口頭で指示してやる
この動作パターンを状況に合わせて「大脳基底核」が切り替えるやり方は、いわば飛行機で言えば自動操縦による飛行場への着陸みたいなものです。
ですから自動操縦装置が故障したらどうするか?
答えは簡単、「手動操縦に切り替える」ですね。
ではこの場合の「手動操縦」とはどうすれば良いのでしょう?
ズバリ! 大脳皮質の運動野から直接に動作の指令を行えば良いのです。
つまり「右足を少し引いて」「左足を半歩前に」「少し体を左に回して」などの、本当に細かくて具体的な指示を出してもらい、それを意識して考えながら、方向転換をして椅子に座る練習を行います。
すると「大脳基底核による自動的な運動パターンの選択」ではなく、「ひとつひとつの動作を自分で意識して考えながら行う」と言う大脳皮質の運動野による制御に切り替割ります。
そして時間はかかりますが、しっかりと確実に動作ができる様になります。
⑵ 同じ動作を繰り返し何度も練習する
脳梗塞によって「大脳基底核」の機能が低下している場合、できない運動パターンを何度も何度も、繰り返し練習することで、ふたたび大脳基底核が運動パターンを選択して、上手に切り替えをできる様になります。
ですから筋力トレーニングや、歩行練習を同じ様に、苦手な動作パターンも、繰り返し練習する必要があります。
まあテニスや卓球の素振りの練習みたいな感じですね。
練習方法としては、⑴ でご紹介した、細かい具体的な動作を口頭で指示してもらいながら、自分でやる様に練習します。
まとめ
脳梗塞で「大脳基底核」の機能が低下すると、単なる手足の麻痺ではなく、運動制御の障害が起こります。
そのために椅子に座るなどの動作を切り替えている途中で、急に動けなくなり立ち往生する様になってしまいます。
対策としては、運動制御を「大脳基底核による自動制御」から「大脳皮質による手動制御」に切り替えて練習を行います。
この「大脳皮質による手動制御」の練習を繰り返すことで、大脳基底核による運動制御も回復してきます。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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